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第三十七話 興奮する神さま
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翠羽の乗ってきた車は白のミニバンだった。最後部の座席は倒されており、荷物が積まれている。だが四人が乗るのに支障はなかった。
「ごめんなさい。無理を言ってしまって」
珠は運転席の後ろで頭を下げた。
「いいのよ。賑やかでとても楽しいわ。箒も持っていくと言われたはときは少し驚いたけれど」
運転している翠羽の顔は見えないが、苦笑いを浮かべたのだろうと、珠には容易に想像できた。
珠は横に座るハバキの肩に触れる。
「この子が箒ないとダメなんで」
もう一度「ごめんなさい」というと、翠羽も同じように「いいのよ」と返した。
話があると言っていたハシルヒメは助手席に座っている。
時間がなかったので珠は着替えずに緋袴のままだ。ハシルヒメもハバキも、細かいところは違えど似たような格好をしている。はたから見れば、完全にお祓いに向かう車だろう。
車はすでに参道から離れ、町中を走っていた。
「それで、お話って何かしら?」
翠羽が信号で止まったタイミングで訊ねた。助手席のハシルヒメは両手を頭の後ろで組んでヘッドレスト代わりにし、窓の外を見た。
「どうして珠ちんに服を買ったの?」
あきらかに不機嫌な声に、珠はヒヤヒヤした。だが珠の心境とは裏腹に、翠羽は変わらぬ声色で返す。
「何か問題があったかしら?」
信号が変わって車を走らせ始めた翠羽に、ハシルヒメは目を向けた。だが何も言わない。
翠羽は一瞬だけハシルヒメに目を向け、すぐに前を見た。
「確かにその服は素敵だけれど、掃除をしに行くのにあまり適さないの。一緒にお仕事をするのに他の服が必要だから、買っただけよ」
「それだったらツナギとかの作業着でいいじゃん。あんなかわいい服買っちゃってさ」
「女の子なんだもの。かわいい服を着ないともったいないと思わない?」
珠は『わたしは別に……』と口を挟みたくなったが、話がこじれそうに思えたのでやめた。その気配を感じたのか、ハシルヒメが珠をちらりと見る。そしてすぐに翠羽へ視線を戻した。
「それは勉強になった」
(なにを言ってるんだ?)
ハシルヒメの言葉に珠は首を傾げざるを得なかったが、翠羽はそうではないらしく頷いた。
「そう。それはよかったわ」
「でもそれとこれは話が別! 掃除の手伝いだっていうから、珠ちんの勉強にもなるかと思って貸してるの! あんな格好させてるってことは、他に目的があるんじゃないの? もしそうだったら珠ちんのことは貸せないよ!」
「そんな心配しなくても、本当にお掃除を手伝ってもらっているだけよ」
興奮気味のハシルヒメに対して、翠羽はいつも通り落ち着いていた。
「服装も、わたし自身のブランドイメージのようなものがあるから、ある程度合わせてもらう必要があるの。神社でわたしがお仕事をさせてもらったとき、袴を履いたのもそういう理由でしょう?」
「う、まぁ、そうだね」
(嘘つけ)
珠はハシルヒメが趣味で緋袴を履かせたと言っていたのを覚えている。
ハシルヒメのついた嘘は完全に裏目だった。
「それなら、わたしが珠さんの服を用意していてもおかしくはないでしょう?」
「そ、そうなんだけど、そうじゃなくて……!」
ハシルヒメが頭を抱える。翠羽はそれが視界に入っていたのか、小さく笑った。
「わたしが珠さんと仲良くなろうとしてプレゼントしたと思っているのなら、それ自体は否定しないわ」
ハシルヒメが勢いよく翠羽を指さした。
「ほ、ほらぁー! ついに尻尾を出したな! そんな邪な人には珠ちんを貸すことなんてできないよ! ほら、帰ろう珠ちん!」
ハシルヒメが手を伸ばしてきたので、珠はそれを避けるように扉側に体を移動させた。
「ちょっとハシルヒメ落ち着いて。一緒に働く人と仲良くしたいって思うのは普通なことじゃん。一体どうしたの?」
「どうもしてないって! 珠ちんこそ危機感ないの? 今は普通のかわいい服を渡されてるかもしれないけど、少しずつ感覚狂わされて、最終的にドエロい格好させられちゃうよ!」
「そんなことあるわけ……」
そう言いかけた珠の頭に浮かんだのは、服を集めてきたコンシェルジュの水門の顔だ。水門は珠が下着をつけてないと知ったとき、なぜか写真を撮ろうとした。
もし次も同じところで翠羽と買い物をしたら、服を選んでくるのは水門だろう。
「あれ? ありえる……?」
思わず考え込んでしまった。その様子を見て、ハシルヒメが固まる。
「え? もしかして、すでに……?」
「そろそろ着くから、きちんと座って頂戴ね」
翠羽がそう言っても、ハシルヒメは珠の方を向いて固まったままだった。
「ごめんなさい。無理を言ってしまって」
珠は運転席の後ろで頭を下げた。
「いいのよ。賑やかでとても楽しいわ。箒も持っていくと言われたはときは少し驚いたけれど」
運転している翠羽の顔は見えないが、苦笑いを浮かべたのだろうと、珠には容易に想像できた。
珠は横に座るハバキの肩に触れる。
「この子が箒ないとダメなんで」
もう一度「ごめんなさい」というと、翠羽も同じように「いいのよ」と返した。
話があると言っていたハシルヒメは助手席に座っている。
時間がなかったので珠は着替えずに緋袴のままだ。ハシルヒメもハバキも、細かいところは違えど似たような格好をしている。はたから見れば、完全にお祓いに向かう車だろう。
車はすでに参道から離れ、町中を走っていた。
「それで、お話って何かしら?」
翠羽が信号で止まったタイミングで訊ねた。助手席のハシルヒメは両手を頭の後ろで組んでヘッドレスト代わりにし、窓の外を見た。
「どうして珠ちんに服を買ったの?」
あきらかに不機嫌な声に、珠はヒヤヒヤした。だが珠の心境とは裏腹に、翠羽は変わらぬ声色で返す。
「何か問題があったかしら?」
信号が変わって車を走らせ始めた翠羽に、ハシルヒメは目を向けた。だが何も言わない。
翠羽は一瞬だけハシルヒメに目を向け、すぐに前を見た。
「確かにその服は素敵だけれど、掃除をしに行くのにあまり適さないの。一緒にお仕事をするのに他の服が必要だから、買っただけよ」
「それだったらツナギとかの作業着でいいじゃん。あんなかわいい服買っちゃってさ」
「女の子なんだもの。かわいい服を着ないともったいないと思わない?」
珠は『わたしは別に……』と口を挟みたくなったが、話がこじれそうに思えたのでやめた。その気配を感じたのか、ハシルヒメが珠をちらりと見る。そしてすぐに翠羽へ視線を戻した。
「それは勉強になった」
(なにを言ってるんだ?)
ハシルヒメの言葉に珠は首を傾げざるを得なかったが、翠羽はそうではないらしく頷いた。
「そう。それはよかったわ」
「でもそれとこれは話が別! 掃除の手伝いだっていうから、珠ちんの勉強にもなるかと思って貸してるの! あんな格好させてるってことは、他に目的があるんじゃないの? もしそうだったら珠ちんのことは貸せないよ!」
「そんな心配しなくても、本当にお掃除を手伝ってもらっているだけよ」
興奮気味のハシルヒメに対して、翠羽はいつも通り落ち着いていた。
「服装も、わたし自身のブランドイメージのようなものがあるから、ある程度合わせてもらう必要があるの。神社でわたしがお仕事をさせてもらったとき、袴を履いたのもそういう理由でしょう?」
「う、まぁ、そうだね」
(嘘つけ)
珠はハシルヒメが趣味で緋袴を履かせたと言っていたのを覚えている。
ハシルヒメのついた嘘は完全に裏目だった。
「それなら、わたしが珠さんの服を用意していてもおかしくはないでしょう?」
「そ、そうなんだけど、そうじゃなくて……!」
ハシルヒメが頭を抱える。翠羽はそれが視界に入っていたのか、小さく笑った。
「わたしが珠さんと仲良くなろうとしてプレゼントしたと思っているのなら、それ自体は否定しないわ」
ハシルヒメが勢いよく翠羽を指さした。
「ほ、ほらぁー! ついに尻尾を出したな! そんな邪な人には珠ちんを貸すことなんてできないよ! ほら、帰ろう珠ちん!」
ハシルヒメが手を伸ばしてきたので、珠はそれを避けるように扉側に体を移動させた。
「ちょっとハシルヒメ落ち着いて。一緒に働く人と仲良くしたいって思うのは普通なことじゃん。一体どうしたの?」
「どうもしてないって! 珠ちんこそ危機感ないの? 今は普通のかわいい服を渡されてるかもしれないけど、少しずつ感覚狂わされて、最終的にドエロい格好させられちゃうよ!」
「そんなことあるわけ……」
そう言いかけた珠の頭に浮かんだのは、服を集めてきたコンシェルジュの水門の顔だ。水門は珠が下着をつけてないと知ったとき、なぜか写真を撮ろうとした。
もし次も同じところで翠羽と買い物をしたら、服を選んでくるのは水門だろう。
「あれ? ありえる……?」
思わず考え込んでしまった。その様子を見て、ハシルヒメが固まる。
「え? もしかして、すでに……?」
「そろそろ着くから、きちんと座って頂戴ね」
翠羽がそう言っても、ハシルヒメは珠の方を向いて固まったままだった。
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