38 / 43
第三十八話 ボディーガードは神さま
しおりを挟む
翠羽の車が入ったのは大きな大学病院だった。
箒を持ち込むことはできないので、ハバキは車でお留守番だ。それでもハバキはすでに満足気で、文句は言わなかった。
「なんでわたしがパーカーなのさ」
ハシルヒメが身に着けている黒のパーカーをつまんだ。
「仕方ないでしょ。サイズが大きくても一番まともなのが、それだったんだから」
珠は前にも着た白いシャツ姿だ。病院で巫女装束はさすがにマズいということで、珠が持ってきていた服に二人とも着替えたのだ。
今は翠羽に連れられて受付を抜け、患者用のエレベーターの裏にある小さなエレベーターに乗っている。
エレベーターの扉が閉じると、翠羽が珠たちの方を向いた。
「さっきも少し説明したけれど、今日は刺美がこの病院で執刀しているの。それでたまたまなのだけれど、清掃スタッフがまとめて休んでしまったらしいのよ」
珠はうなずいた。
「うん。それで刺美さんが翠羽さんを病院に紹介して、清掃の穴埋めをすることになったんだよね」
珠の横でハシルヒメが手を上げた。
「ねぇ翠羽。わたしも掃除しないとだめ?」
翠羽が答える前に、珠がハシルヒメの頭をつついた。
「やらないなら、何しにきたの?」
「わたしは翠羽と話しに来ただけなの!」
ハシルヒメは珠の手を持ち上げて、頬を膨らませる。
その様子を見て、翠羽は微笑んだ。
「この先ではお話ししている時間はないけれど、車で待っている?」
ハシルヒメはブンブンと首を振って、翠羽を指さした。
「んなわけないじゃん! 珠ちんと二人きりにしたら何するかわかったもんじゃない!」
「いや、何もされてないから。水門さんに写真撮られただけだから」
珠は顔の前の虫でも払うかのようにして否定した。
「その水門って人も翠羽の手先だから! その写真は翠羽も楽しんでいるに決まってる!」
翠羽は頬に手を当て、悩むように首を傾げた。
「お客さんの個人情報でもあるから、自分の以外見せてもらったことないわね。珠さんのなら頼んだら見せてもらえるかしら? 今度試してみるわね」
「試すなぁ!」
ハシルヒメの声が響くと、翠羽が人差し指を唇に当てて静かにするよう促した。するとほぼ同時にエレベーターの扉が開く。
「この先は患者さんもいるから、静かにね」
エレベーターを降りた先には『この先関係者以外立ち入り禁止』と書かれた自動ドアが閉まっていた。その横には遊園地のチケット売り場のような小窓が一つだけある。
翠羽がそこで言葉を少し交わすとカードを受け取った。それをカードリーダーにかざすと自動ドアが開く。
「さぁ、行きましょうか」
翠羽の声には心なしか緊張感があった。ハシルヒメもそれを感じたのか、おとなしく後ろをついていっている。
その先でもカードリーダーのついた扉があり、中に入るとロッカーの並んだ広い部屋があった。ロッカーとロッカーの間には長椅子が置かれており、座ってスマホをいじっている人や、顔に何か塗っている人などがちらほら見える。
皆女性なので、きっとここは女性更衣室なのだろう。キャラクターのドットが入った、半袖の服と長ズボンを身に着けている人ばかりだ。
「外部の業者は、上の階で着替えるみたいよ」
翠羽が入ってすぐ横の扉を開けた。そこは広くはないが天井がやたら高い吹き抜けの部屋で、螺旋階段がすっぽり入っていた。翠羽がその階段を上り始めたので、その後ろをついていく。
他に人の姿は見えなかったからか、横を歩くハシルヒメが話しかけてきた。
「ねぇ、さっきの人たちが着ていたドットの服。かわいかったね」
「確かに。なんかパジャマみたいだったけど、患者さんたちなのかな?」
ハシルヒメの声も、それに答える珠の声も、部屋の中によく響いた。
翠羽は足を止めずに、ちらりと後ろを見た。
「前に珠さんには話したけれど、手術室内では一目でその人の役割がわかるように、着る服が決められているの。この病院では看護師さんがあの服を着るそうよ」
翠羽の声は抑え気味で、必要以上に響かなかった。珠が「あんなかわいい制服もあるんだ」と小さな声で返すと、翠羽は笑顔だけ見せて前を向く。
階段を上った先にはまたドアがあって、その先は先ほどと同じような更衣室になっていた。下の階と明確に違うのは、こちらには人の姿がないということだ。
翠羽が足元に目を向けた。
「やっぱり外部の人の方が綺麗に使うわね」
珠も真似して床を見てみたが、下の階の床の状態を覚えていないので何もわからない。
そしてハシルヒメだけは床ではなく、天井の隅やロッカーの上などに目を向けている。
「ハシルヒメ? どうしたの?」
「カメラとかで盗撮していないか確認してんの。翠羽の仕掛けた罠かもしれないからね」
ハシルヒメは近くに翠羽がいるにも関わらず、声を抑えたりしなかった。珠はハシルヒメに顔を寄せ、ささやくくらいまで声を抑えた。
「失礼なこと言わないの。それにカメラとか盗聴器は見えるところに置かないから。ここだったら椅子の下に貼り付けたり、ロッカーの空気穴とかダクトの中に仕掛けたりとか」
「おお、珠ちん詳しいね。まさか……! すでに翠羽に盗撮されたことが――」
珠に合わせたのか、最初は小さな声だったが、すぐに大きくなり始めたので珠は手でハシルヒメの口をふさいだ。
そして翠羽が離れているのを確認してから、耳元でささやいた。
「そんなわけないでしょ。前の仕事で使ったり使われたりしてたから知ってるだけ」
ハシルヒメはそれを聞いてもおとなしくしていたので、珠は手を離した。心なしか、ハシルヒメの顔が赤くなっている。
「ごめん。苦しかった?」
「いや……むしろ逆かも」
ハシルヒメの意味不明な発言に眉をひそめていると、翠羽が戻って来た。手にはビニールに包まれた白い服を持っている。
「ここでは外部の業者はこのツナギを着るみたいね。珠さんは前に、刺美の病院で着ているわね」
翠羽の手渡してきた服を手に取る。するとハシルヒメが珠と翠羽の間で仁王立ちして両手を広げた。
翠羽はちょうどいいとばかりに、ツナギを渡した。
「これはハシルヒメさんのぶんよ」
ツナギを受け取っても、ハシルヒメはその場からどかなかった。
「なにをやってるの?」
珠はツナギの袋を開けながら訊ねた。ハシルヒメは翠羽の方を向いたまま、動かない。
「珠ちん! わたしが目隠しになるから、その隙に着替えて!」
「え? 必要ないけど」
「そんなこと言って――」
振り向いたハシルヒメと目が合ったとき、珠は服の上からツナギを着ている最中だった。
ハシルヒメはしばらく固まったあと、叫んだ。
「早く言ってよ!」
ハシルヒメは手際よくツナギを身に着けた。
箒を持ち込むことはできないので、ハバキは車でお留守番だ。それでもハバキはすでに満足気で、文句は言わなかった。
「なんでわたしがパーカーなのさ」
ハシルヒメが身に着けている黒のパーカーをつまんだ。
「仕方ないでしょ。サイズが大きくても一番まともなのが、それだったんだから」
珠は前にも着た白いシャツ姿だ。病院で巫女装束はさすがにマズいということで、珠が持ってきていた服に二人とも着替えたのだ。
今は翠羽に連れられて受付を抜け、患者用のエレベーターの裏にある小さなエレベーターに乗っている。
エレベーターの扉が閉じると、翠羽が珠たちの方を向いた。
「さっきも少し説明したけれど、今日は刺美がこの病院で執刀しているの。それでたまたまなのだけれど、清掃スタッフがまとめて休んでしまったらしいのよ」
珠はうなずいた。
「うん。それで刺美さんが翠羽さんを病院に紹介して、清掃の穴埋めをすることになったんだよね」
珠の横でハシルヒメが手を上げた。
「ねぇ翠羽。わたしも掃除しないとだめ?」
翠羽が答える前に、珠がハシルヒメの頭をつついた。
「やらないなら、何しにきたの?」
「わたしは翠羽と話しに来ただけなの!」
ハシルヒメは珠の手を持ち上げて、頬を膨らませる。
その様子を見て、翠羽は微笑んだ。
「この先ではお話ししている時間はないけれど、車で待っている?」
ハシルヒメはブンブンと首を振って、翠羽を指さした。
「んなわけないじゃん! 珠ちんと二人きりにしたら何するかわかったもんじゃない!」
「いや、何もされてないから。水門さんに写真撮られただけだから」
珠は顔の前の虫でも払うかのようにして否定した。
「その水門って人も翠羽の手先だから! その写真は翠羽も楽しんでいるに決まってる!」
翠羽は頬に手を当て、悩むように首を傾げた。
「お客さんの個人情報でもあるから、自分の以外見せてもらったことないわね。珠さんのなら頼んだら見せてもらえるかしら? 今度試してみるわね」
「試すなぁ!」
ハシルヒメの声が響くと、翠羽が人差し指を唇に当てて静かにするよう促した。するとほぼ同時にエレベーターの扉が開く。
「この先は患者さんもいるから、静かにね」
エレベーターを降りた先には『この先関係者以外立ち入り禁止』と書かれた自動ドアが閉まっていた。その横には遊園地のチケット売り場のような小窓が一つだけある。
翠羽がそこで言葉を少し交わすとカードを受け取った。それをカードリーダーにかざすと自動ドアが開く。
「さぁ、行きましょうか」
翠羽の声には心なしか緊張感があった。ハシルヒメもそれを感じたのか、おとなしく後ろをついていっている。
その先でもカードリーダーのついた扉があり、中に入るとロッカーの並んだ広い部屋があった。ロッカーとロッカーの間には長椅子が置かれており、座ってスマホをいじっている人や、顔に何か塗っている人などがちらほら見える。
皆女性なので、きっとここは女性更衣室なのだろう。キャラクターのドットが入った、半袖の服と長ズボンを身に着けている人ばかりだ。
「外部の業者は、上の階で着替えるみたいよ」
翠羽が入ってすぐ横の扉を開けた。そこは広くはないが天井がやたら高い吹き抜けの部屋で、螺旋階段がすっぽり入っていた。翠羽がその階段を上り始めたので、その後ろをついていく。
他に人の姿は見えなかったからか、横を歩くハシルヒメが話しかけてきた。
「ねぇ、さっきの人たちが着ていたドットの服。かわいかったね」
「確かに。なんかパジャマみたいだったけど、患者さんたちなのかな?」
ハシルヒメの声も、それに答える珠の声も、部屋の中によく響いた。
翠羽は足を止めずに、ちらりと後ろを見た。
「前に珠さんには話したけれど、手術室内では一目でその人の役割がわかるように、着る服が決められているの。この病院では看護師さんがあの服を着るそうよ」
翠羽の声は抑え気味で、必要以上に響かなかった。珠が「あんなかわいい制服もあるんだ」と小さな声で返すと、翠羽は笑顔だけ見せて前を向く。
階段を上った先にはまたドアがあって、その先は先ほどと同じような更衣室になっていた。下の階と明確に違うのは、こちらには人の姿がないということだ。
翠羽が足元に目を向けた。
「やっぱり外部の人の方が綺麗に使うわね」
珠も真似して床を見てみたが、下の階の床の状態を覚えていないので何もわからない。
そしてハシルヒメだけは床ではなく、天井の隅やロッカーの上などに目を向けている。
「ハシルヒメ? どうしたの?」
「カメラとかで盗撮していないか確認してんの。翠羽の仕掛けた罠かもしれないからね」
ハシルヒメは近くに翠羽がいるにも関わらず、声を抑えたりしなかった。珠はハシルヒメに顔を寄せ、ささやくくらいまで声を抑えた。
「失礼なこと言わないの。それにカメラとか盗聴器は見えるところに置かないから。ここだったら椅子の下に貼り付けたり、ロッカーの空気穴とかダクトの中に仕掛けたりとか」
「おお、珠ちん詳しいね。まさか……! すでに翠羽に盗撮されたことが――」
珠に合わせたのか、最初は小さな声だったが、すぐに大きくなり始めたので珠は手でハシルヒメの口をふさいだ。
そして翠羽が離れているのを確認してから、耳元でささやいた。
「そんなわけないでしょ。前の仕事で使ったり使われたりしてたから知ってるだけ」
ハシルヒメはそれを聞いてもおとなしくしていたので、珠は手を離した。心なしか、ハシルヒメの顔が赤くなっている。
「ごめん。苦しかった?」
「いや……むしろ逆かも」
ハシルヒメの意味不明な発言に眉をひそめていると、翠羽が戻って来た。手にはビニールに包まれた白い服を持っている。
「ここでは外部の業者はこのツナギを着るみたいね。珠さんは前に、刺美の病院で着ているわね」
翠羽の手渡してきた服を手に取る。するとハシルヒメが珠と翠羽の間で仁王立ちして両手を広げた。
翠羽はちょうどいいとばかりに、ツナギを渡した。
「これはハシルヒメさんのぶんよ」
ツナギを受け取っても、ハシルヒメはその場からどかなかった。
「なにをやってるの?」
珠はツナギの袋を開けながら訊ねた。ハシルヒメは翠羽の方を向いたまま、動かない。
「珠ちん! わたしが目隠しになるから、その隙に着替えて!」
「え? 必要ないけど」
「そんなこと言って――」
振り向いたハシルヒメと目が合ったとき、珠は服の上からツナギを着ている最中だった。
ハシルヒメはしばらく固まったあと、叫んだ。
「早く言ってよ!」
ハシルヒメは手際よくツナギを身に着けた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる