花握りの魔女は話せない ~言葉のわからない異世界で、コミュ障のわたしが謎解き魔女になった理由~

もさく ごろう

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第二章 ノーカウントパンチ

第十九話 銀色のスプーンを握る女たち

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 腕をつかまれて、何よりも子供の体温の高さに驚いた。その熱さは自体は、そんなに嫌ではない。

 でもずっとそこにあると困る。

 手を握られるのに慣れていないわたしの心臓は、なぜパンを取るのを邪魔されたとか、考えることができないくらい暴れてしまうのだ。

「――――――――!」

 坊っちゃんが大きな声を出した。するとおばちゃんはにやりと笑って、パンを一欠けちぎって自分の口へと放り込んだ。

 坊っちゃんはそれを確認するとうなずいて、手を離した。解放されてもわたしの手は、目的を失って動かない。

 おばちゃんはその上にパンを置いた。

「あ……ありがとう」

 なんとかお礼を絞り出すと、お腹が催促して何のための右手なのか思い出した。おばちゃんがやってたように、パンを少しちぎって口へと入れる。

 ちぎった時点でわかっていたけれど、前の集落で食べた固いパンとは全く違う。

 何もつけていないのに、ほのかな甘みとミルクのような香りが鼻を抜ける。皮部分はパリッとした食感を生み出しつつも、薄く余計な主張はしない。ふんわりというよりかは、もっちりな生地はナンとかに近いかもしれない。

「――――?」

 訊ねてきたのは坊っちゃんだ。さっきまでおばちゃんを睨むように見ていたくせに、今はわたしをじっと見ている。

(そうか。坊っちゃんもお腹空いてるよね)

 坊っちゃんだって朝ごはんは食べていないはずだ。もしかしたら、おばちゃんも坊っちゃんに食べさせろと、このパンをくれたのかもしれない。

「ちょっと待って……」

 同じようにパンをちぎって、坊っちゃんの方へ差し出すと――

「「――――!」」

 坊っちゃんとおばちゃんの両方に、思いっきり怒鳴られた。

「え……? 違うの?」

 その疑問に答えるように、坊っちゃんもおばちゃんも小刻みに首を横に振っている。ちぎったパンをわたしが頬張ると、二人とも大きくうなずいた。

(わたしだけが食べていいの?)

 少し不気味だったけれど、空腹には勝てず、二人の様子をうかがいながらパンを食べ続ける。するとおばちゃんが視線を上げた。

(え?)

 過敏になっていたわたしは、その視線を追った。そこにあったのは、壁掛けの振り子時計だ。

(あれ? もう四時? あ、ここの時計は逆回りだから八時ちょっと前くらいか)

 目覚ましも無しになかなか健康的な時間に起きたのだなと、ちょっと感動した。

 ただおばちゃん的にはそんな場合でもないようで、下から両手で扇ぐようにして、わたしにわかるように急げといってくる。

(え? なんなの?)

 促されるままに、パンを口の中に押し込んだ。

 柔らかいパンを口に詰め込むのは難しくなかったけれど、もっちりとした食感が口の中を押し広げて、頬っぺたとあごを限界まで開げた。

 こうなってくると、この食感が恨めしく思えてくる。程よい弾力のせいで、噛もうとすると頬っぺたが頬袋のように膨らみ、顎に力が入らない。

 坊ちゃんが椅子から降りて、ちゃんと座り直した。そしてわたしの袖を引っ張り、立つ位置を椅子の左隣に変える。

 その間も、わたしの口の中はパンでいっぱいだった。

 突然背後で猫の断末魔のような音がした。

 扉が開いたのだ。

「ふぁ……?」

 わたしが振り向くと、部屋に飛び込んできた女の子が驚いて、扉の方へと戻っていった。

 後ろをついてきていた苔色のワンピースを着た女性の膝元に飛び込んで、張り付いたまま後ろに回る。

 隠れたまま、小さな湖のように潤んだ青い目を片方だけ覗かせて、こっちをうかがっている。

(うわ! かわいい! ふわっふわの金髪。お人形さんみたい)

 作り物じみて見えるのは、細い金色のくせ毛が腰の高さまで伸びているのに、朝日に照らされる雲のように綺麗だからだろう。

 手間を惜しまず手入れされているのだと、容易に想像できる。手入れしているのはきっと、彼女が隠れている、苔色のワンピースを着たナースメイドだ。

(あ、この子もかわいい)

 女性といっても高校生くらいの子で、女の子の髪を短くしたような髪形をしていた。

 といっても、その髪色はわたしと同じような黒で、目の色も茶色っぽくてどこか素朴だ。困ったように後ろの女の子を気にする様子は、なんだか微笑ましい。

(こういう子に育てられると、やっぱかわいく育つものなのかな)

 坊っちゃんの前任者には、好き嫌いくらいは我慢できる子に育てて欲しかったと、切に思う。

(もしかしたら、それができなくて、やめさせられちゃったのかな?)

 だとしたら、好き嫌いの解消は急務だ。

 そんなことを思っていると、扉のとこに立っていたナースメイドさんが、つまづいたように二歩だけ前に出た。

 スペースの空いた扉から、別のナースメイドさん入ってくる。

 髪を後ろに流しておでこを全部出した髪形で、右に重心の偏った仁王立ちをしていた。猫を思わせる吊り上がった目は、それだけで強気な性格をうかがわせる。

 堂々とした立ち姿は、まるで本人が主人のように見えた。

 もちろんそんなことはなく、猫目メイドさんの後ろから、小学校低学年くらいの女の子が出てきて前に立った。

 さらさらのストレートヘアーと澄ました表情は、幼くしてクールビューティーとして君臨している。

(この子は姫ちゃんって呼ぼう。さっきのかわいらしい子はお人形ちゃんで、メイドさんは無垢なメイドさんと猫目メイドさんかな)

 無垢なメイドさんは、お人形ちゃんをかばうように背中側に回して、猫目メイドさんに向かって頭を下げた。

 猫目メイドさんはツンとした声で何か言うと、姫ちゃんを促して前へと進んだ。

 右から二番目の椅子に向かっていたみたいだけれど、途中でわたしに気づくと猫目メイドさんは姫ちゃんを呼び止めて、わたしを指した。すると姫ちゃんはわたしへと方向転換する。

 姫ちゃんはドレスの裾を広げてほんのり腰を下ろし、完璧なお姫様お辞儀をして見せた。

 姫ちゃんがそのときに発した言葉が、わたしの脳内で『ごぎげんよう』と再生された。

「……あ」

 危うく見とれているだけになるところだった。

「ど、どうも……」

 わたしが頭を下げると、姫ちゃんはダンスのターンのように向きを変え、もともと向かっていた椅子へと戻っていく。

 なぜだかそれを見て、安堵のため息が出た。廊下で校長先生に挨拶されたときのような緊張感を、なぜか感じていた。

「――――――――――――」

 早口で話しかけられて、ため息が口の中に戻った。

 猫目メイドさんがおでこを見せつけるように、前傾気味の上目遣いでわたしを覗き込んでいる。わたしの方が背が低いので、ヤンキーに睨みつけられているような形になっていた。

 といっても、相手の目にあるのは敵意ではなく好奇心だ。

 笑みを含んだ表情と、口数の多さから、わたしへの興味は十二分に感じられた。ただそれはおもちゃを見つけたときの興味だ。少なくとも、わたしには友好的には思えなかった。

(高すぎるコミュ力に拒否反応を示してるだけかもしれないけど……)

 口の中いっぱいにパンが詰まってるせいもあって、愛想笑いを返すことしかできない。

 待っていてもわたしが何も言わないのを察したのか、猫目メイドさんは手を振って姫ちゃんの元へと戻っていく。

 それを待っていたかのように、無垢なメイドさんがゆっくりと、重たい荷物でも引きずるかのように近寄ってきた。

「―――――――――」

 無垢なメイドさんの声は小さいけれど、聞き取りやすかった。もちろん意味はわからない。

 スカートの後ろに隠れるお人形ちゃんを、前に押し出すようにしながら何か言う姿は、なんだかほほえましい。

 子供がいうことを聞いてない感じとかは、ナースメイドとして残念なのかもしれないけれど、子供との距離感はこっちの方が好きだ。

 口の中がいっぱいのわたしは、やっぱり愛想笑いに会釈を追加することくらいしかできなかった。

(口に何も入ってなくても一緒だったかもしんないけど)

 お人形ちゃんは半分くらい隠れたまま会釈を返してきて、無垢なメイドさんが困り顔ながらもそれを褒める。

(かわいいなぁ。わたしも、お人形ちゃんみたいな子の担当だったらよかったのに)

 坊っちゃんがこんなふうに甘えてくることなんてないだろう。

「――!」

 お人形ちゃんが鈴のような悲鳴を上げながら一歩前に出てきた。もちろん自分の意志で出てきたわけではないし、無垢なメイドさんが無理やり押し出したわけでもない。もう一人の介入があったのだ。

「―――――――――」

 その一人は子供の中では唯一、口数が多かった。お人形ちゃんの両肩に手を置いて、守護霊のように後ろに立つその子は、他の二人よりも少しだけお姉さんのようだ。頭一つ分だけ背が高い。

 ここの子供の決まりなのか、やっぱり髪は長く、色は赤茶色だ。

(この子はとりあえず、姉御ちゃんで。母親はきっと、それぞれ違うんだろうな)

 似ていないとかそういうレベルではなく、まとっている空気がみんな違う。

 考えてみれば、育てている人まで違うのだ。雰囲気も変わるだろう。

 この子は快活な子のようだ。きっと担当しているナースメイドさんも、アニメとかに出てくるアメリカ人のような、陽気な人なのだろう。

 噂をすればなんとやらで、苔色のワンピース姿が姉御ちゃんの近くに立った。視線を向けると、眠そうな瞳と目が合った。

(あれ? 思ってたのと違う)

 そこに立っていたのは一際背の高い女性で、お胸のあたりも同じ服を着ているとは思えないくらいアメリカンなサイズだ。でも白い肌とグレーに近い黒髪と、やる気なさげな表情は、わたしの中ではアメリカンというよりかは北欧美人のように思えた。

「―――……――――――…………」

 眠気メイドさんは、ゆっくりとした口調で姉御ちゃんに話しかける。

 姉御ちゃんは倍以上の速さで、倍以上の時間をしゃべった。視線も眠気メイドさんからお人形ちゃん、そしてわたしへと忙しく動いている。

 姉御ちゃんがお人形ちゃんを押し出しながら近寄ってきた。お人形ちゃんはこちらを上目遣いでうかがっている。

 わたしが思い切って一歩だけ近寄ると、お人形ちゃんがこっちに手を差し伸べた。姉御ちゃんの手が添えられているので、自分の意志でというよりかは、まさに姉御ちゃんのお人形といった感じだ。

 とはいえ嫌がっている感じでもない。

「ん……よろしく」

 パンをやっとのことで飲み込んで、その手を握ると、お人形ちゃんはこそばゆそうに笑った。

「――――――」

 我慢できなくなったようにしゃべりだしたのは、姉御ちゃんだ。お人形ちゃんのから手を放し、あろうことか、わたしの反対の手をつかんだのだ。

(これだから子供は……!)

 いきなり手を取られると、体温を余計に感じてしまうからやめてほしい。

 姉御ちゃんはおいしいものを食べ切ったときのように満足げに笑い、眠気メイドさんと一緒に右端の椅子へと向かっていった。

 子供たちが椅子に座ると、おばちゃんが鍋を持ち上げて、料理を注ぎ始めた。子供たちの正面に銀のお皿が置かれていて、そこに坊ちゃん、お人形ちゃん、姫ちゃん、姉御ちゃんの順に注いでいく。

 透明感のあるビーフシチューのようなその料理は、わたしを引き寄せた甘い香りをより一層強く放ち始めた。あまいパンで満たされたはずのお腹は、すぐにその料理を求め始める。

(さすがにパンだけだと味気なかったかな)

 でもこれは、どう見ても坊ちゃんたちに出された料理だ。

(坊ちゃんたちの食事が終わったら、わたしたちも食べられるかもしれないから、ここは我慢――)

 スプーンが差し出され、思考が止まった。銀色のスプーンだ。おばちゃんがこっちに差し出している。

 それを手に取ると、おばちゃんは他のナースメイドさんたちにも手渡していった。

 そして、ナースメイドさんたちは皆、子供たちの前の料理をすくって口にしたのだ。

(え? 食べていいの?)

 坊っちゃんの顔をうかがうと、あごで料理を示して食べろといってくる。

(じゃあ失礼して)

 遠慮してスープだけをすくって、自分の口へと運ぶ。

 塩味で強調された旨味が口の中いっぱいに広がって、コショウと人参のような香りが鼻を抜ける。肉じゃがを濃くしたような味わいが、胃に染みた。

(やっぱ普通においしい!)

 はっきりとした塩味は後を引く。もう一口とスプーンを伸ば――

「うぇっ!」

 目から火が出るというのを、初めて体験したかもしれない。反射的に両手で頭のてっぺんを押さえて、初めて冷たい痛みに気づいた。

 おばちゃんが説教するように早口で何か言っている。お玉をこっちに向けているあたり、あれで叩かれたのだろう。

「ご、ごめんなさい……」

 やはりそう都合よくいくものではないらしい。

(一口だけってことなのかな? まさか毒見とか?)

 当主の子供たちなら、それくらい普通なのかもしれない。

(待って。もしかしていま、わたし死ぬ可能性があったってこと? しかもこの生意気な坊っちゃんのために?)

 背筋が冷たくなった。

(ここにいると危ない? でもここから出ていくってことは、衣食住を全部捨てることになる)

 外に投げ出されて、生きていける自信はない。一人で生きていけるのなら、最初からその道を選んでいる。

(ナースメイドさんたちも、わたしと同じような事情があったりするのかな?)

 毒見は命を落とすかもしれない仕事のはずだ。この世界の常識はまだわからないけれど、まともな経歴の人間が続ける仕事とは思えない。

(行く場所のない人たちなのかな? なんか、あんまり詳しい話は聞きたくないな)

 言葉がわからないっていうのも、やっぱり悪いことばかりじゃない。わたしは何も知らずに、子供とナースメイドさんの、微笑ましい風景を眺めていればいいのだ。
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