花握りの魔女は話せない ~言葉のわからない異世界で、コミュ障のわたしが謎解き魔女になった理由~

もさく ごろう

文字の大きさ
29 / 45
第二章 ノーカウントパンチ

第二十九話 坊ちゃんのお兄さん

しおりを挟む
 いつもならば、お人形ちゃんたちは庭で遊んでいるはずだ。それなのにお人形ちゃんと無垢なメイドさんが、わたしたちの部屋に来た。

(何か、イレギュラーなことが起きたのかな?)

 無垢なメイドさんは走ってきたのか、少し頬が紅潮していて、息も弾んでいる。

 無垢なメイドさんはそっとわたしに近寄り、耳に口を寄せた。

「―――――」

(いや、わかんないって……)

 わたしの耳元でささやく。それはこの世界で一番無駄な行為だと思う。ただ明るい声だったので、何かいいことがあったのだろうということだけわかった。

 わたしの反応が悪かったからか、無垢なメイドさんに手首を掴まれた。そのまま部屋の外へと引っ張り出される。

 『見ればわかる』ということなのだろうか。

(坊ちゃんは……?)

 廊下に出たところで後ろを見たけれど、坊ちゃんは付いてきていなかった。

(戻らなきゃ)

 そう思ったときには、すでにロビーのバルコニーまで来ていた。手を振り払おうとすると、ちょうど同じタイミングで無垢なメイドさんは手を離した。

 そして声を潜めて何か言いながら、手すり越しにロビーを指さす。

 手すりに近寄ってロビーを見ると、たくさんの人が集まっていた。

 猫目メイドさんに姫ちゃん。眠気メイドさんと姉御ちゃんに、食堂のおばちゃんもいる。見たことのないメイドさんも二人いた。

(いないのは黒ドレスさんとご主人と、最初に見たメイドさんかな? あと双子ちゃんもいないか)

 ご主人と最初に見たメイドさんは、初日しか見かけていない。きっと、普段はこのお屋敷にいないのだろう。

(どうしてこんなに集まって……って、考えるまでもないか)

 ロビーにいる人の視線は玄関に集まっていた。そこには見知らぬ男が一人立っている。

 一週間ぶりに坊ちゃん以外の男の人を見た。その男は高校生くらいで、短い金髪に整った顔をしている。細身でありながら、芯の通った立ち姿。それでいて力の入りすぎていない様子は、年齢以上の威厳を感じさせた。

(ご主人と坊ちゃんの、ちょうど中間って感じかな?)

 坊ちゃんのお兄さんなのかなと、勝手に思った。

 お兄さんが手招きすると、列から一人だけ前に出た。猫目メイドさんだ。姫ちゃんは列でおとなしく待っている。

(この二人はお人形ちゃんたちみたいに、べったりって感じじゃないよね)

 お人形ちゃんと無垢なメイドさんが姉妹みたいな関係だとしたら、姫ちゃんと猫目メイドさんは先生と生徒みたいな関係だろう。

 猫目メイドさんが膝を折って礼をすると、お兄さんは背中越しに玄関の扉を叩いた。すると扉が開き、外に立っていたスーツ姿の紳士が紙袋を差し入れる。紳士はお屋敷の中には入ってこない。

 お兄さんはそれをあごで指し示す。すると、猫目メイドさんは前に出て、その紙袋を受け取った。

(なんだろう? みんなに何か配ってるのかな?)

 ここにいない人たちは、貰える物に興味がないか、配る対象ではない人たちなのだろう。

 バルコニーから見ているわたしも、その一人だ。

「じゃあ、戻るね……」

 無垢なメイドさんに断って、手すりから離れた。

 立ち去ろうとするわたしの肩を、無垢なメイドさんが叩いた。そして少し興奮気味に、ロビーを指さしている。

 その姿は完全にアイドルオタクだ。

(いや、もう見たからいいって)

 ロビーを覗き直すと、お兄さんと目が合った。そしてあろうことか、手招きしている。

(いやいや、わたしじゃなくて無垢なメイドさんでしょ)

 そう思いながらも自分を指さしてみると、お兄さんは静かに微笑んで頷いた。

「いや、あの……」

 困っていると、無垢なメイドさんに背中を押されて、階段へと連れていかれてしまった。

(あれ? 行くしかない? 何か貰えるのはうれしいけど、あんな人前に行くの嫌なんだけど)

 階段をゆっくり下りて、どうにかできないか考える。ただもし、ここでわたしが変なことをしたら、坊ちゃんに迷惑がかかるかもしれない。

 そんなことを思っていたら、何も思いつかないまま、ロビーの真ん中に来ていた。

 お兄さんは手を前に出し、床を指さした。

(ああ、そうか。礼をしないと)

 猫目メイドさんがやっていたのを思いだして、腰を下ろす要領で一礼する。

 それでもお兄さんは床を指さすのをやめない。むしろ、強調するように手首を動かした。

(腰を下げる量が足りなかったかな?)

 猫目メイドさんを真似したつもりだったけれど、自分が思っているより腰が下がっていなかったのかもしれない。

 意識して、さっきよりも腰が低くなるように礼をする。そして腰を下げたまま、お兄さんの様子をうかがう。

(あれ? まだ高い?)

 お兄さんは床を指さしたままだ。

 もう少し腰を下げて様子を見てもそれは変わらなかった。

(これ以上、下げたら座っちゃうけど)

 もう一度顔を上げたとき、見えたのは靴底だった。

(え……!)

 顔が熱くなる。反射で目をつぶった瞬間に、後ろへと突き飛ばされた。一番痛かったのは、床に打ち付けたお尻だ。

 石を叩きつけられるような痛みに備えていた顔には、全く痛みがなかった。代わりに、ぬいぐるみを投げつけられたような感覚が、腕と体に残っている。

(なにが……?)

 目を開くと、金色の毛先が目の前にあった。

「坊ちゃん!?」

 間違いない。わたしの腕に収まっているのは坊ちゃんだ。

 顔を上げると、お兄さんの汚い靴底がこっちを向いていた。

(もしかして、わたしを庇ったの?)

「―――!」

 坊ちゃんが叫んだ。わたしでもお兄さんに向かってでもなく、ただ天に向かって、何かをぶちまけるように叫んだのだ。

 お兄さんが足を持ち上げた。

(もう一回来る!)

 思わず体に力が入る。でも固まったりはしなかった。わたしの体は坊ちゃんをしっかり抱え込み、お兄さんへ背中を向けた。

 腹ばいになって、坊ちゃんを体の下に隠したのだ。

 背中が一気に冷えた気がした。

(怖い……)

 感じたことのない恐怖だった。これが本当の恐怖なのかもしれない。

 暴れる坊ちゃんを抑え込みながら体を震わせていると、本当に背中に冷たい感覚があった。

 水がぶちまけられる音も聞こえる。

「「「――――!」」」

 重なる悲鳴がロビーに響いた。

「あっ……!」

 悲鳴に気を取られてる隙に、坊ちゃんがわたしの腕から抜け出してしまった。

 顔を上げるとすでに坊ちゃんは立ち上がっていて、目が合うとわたしの手を掴んだ。

 坊ちゃんに急かされて立ち上がると、階段の方へと引っ張られる。

 坊ちゃんの目はわたしの後ろに向けられていた。そこにはお兄さんらしき人が立っている。

 『らしき人』と思ったのは、顔が見えていなかったからだ。

(頭にバケツをかぶってる?)

 わたしの背中は濡れていた。バルコニーを見上げると、お人形ちゃんたちの姿はなく、代わりに紐がスルスルと上がっていく途中だった。その先にあった小さな影には見覚えがあった。

(双子ちゃん?)

 反対側のバルコニーをみると、全く同じ影があった。やっぱりと思ったときには、二つの影は姿を隠してしまった。

 花火が破裂したような音が、空気を凍らせる。

 お兄さんの足元で、木のバケツがバラバラに砕け散っていた。雨の中の野良犬のようにびしょ濡れになった金髪は、見る影もない。ただその下に見える表情は猛犬のようだった。

 間違いなく、もう蹴られるだけでは済まない。

(ど、どうすんの……!)

 このまま逃げても簡単につかまってしまうだろう。だからといって、戦う力なんてわたしにはない。それは坊ちゃんだって同じだ。

(わたしが坊ちゃんを守らないと……)

 その術を探していると、坊ちゃんはわたしの手を思いっきり引っ張った。かまぼこ型の扉を指さしている。

 わたしたちはその扉へと飛び込んだ。

 黄色い竜と目が合った。

(ここって……)

 一度だけ入ったことがある。お屋敷で最初に通された謁見の間だ。もちろんご主人の姿はない。小さめの体育館くらいの広さはあるけれど、ここで追いかけっこをしても、時間稼ぎにすらならないだろう。

 坊ちゃんがわたしの手を離した。そしてあろうことかUターンして、入ってきた扉へと向かっていく。

「な、なにを……!?」

 脳裏によぎったのは、蹴とばされる坊ちゃんだった。さっきのようにわたしを庇って、お兄さんに立ち向かおうとしてるのではないか。

 そう思うと心臓が冷えた。

 坊ちゃんと扉はまだ距離がある。にもかかわらず、扉が動いた。

 お兄さんが入ってこようとしているのだ。

「まって!」

 わたしの声に答えるように、坊ちゃんはスピードを上げた。そして開く扉とすれ違うように飛んで、両足を前へと突き出す。

 坊ちゃんのドロップキックが扉の先にいたお兄さんのお腹に突き刺さり、カエルのような声が聞こえた。そしてお兄さんはそのまま後ろによろけて、尻餅をつく。

「坊ちゃん!」

 お腹から床に落ちた坊ちゃんは、うつぶせに倒れていた。わたしが駆け寄ると、坊ちゃんは顔を上げて、生意気な目をこっちに向けてニッっと笑った。

「やるじゃん……!」

 そんなことを言っている場合ではないのに、思わず声に出てしまった。

 大きなダメージを与えられたとはいえ、お兄さんを行動不能にできたとは思えない。

 わたしが坊ちゃんの手を取るのと、お兄さんが床に手をつくのはほぼ同時だった。

「に、逃げ――」

 鉄パイプでコンクリートを叩いたような音がして、空気が固まった。

 わたしの手を握ったまま立ち上がった坊ちゃんは、お兄さんに目を向ける。お兄さんのすぐ前の床に、細い棒が突き刺さっていた。

(なにあれ……?)

 太さはボールペンくらいだろうか。真っ黒で、長さはわたしの身長と同じくらいだ。お兄さんはその棒に怯えているようだった。

 坊ちゃんはもう逃げようとしない。わたしも、もうお兄さんから脅威を感じなかった。

 お兄さんの視線が横にずれる。そこに現れたのは、姿勢のいい黒いドレスの影だった。

「黒ドレスさん……?」

 黒ドレスさんの目はお兄さんに向けられていた。絵本を読むような穏やかな表情なのに、その目はドライアイスのように冷たい。

 黒ドレスさんは何も言わずに、黒い棒を引き抜いた。するとお兄さんは尻尾をまいた犬のように後ろへと逃げる。

 黒ドレスさんが静かに何か言うと、お兄さんは引きつった笑みを見せた。もう、わたしたちなど目に映っていないだろう。

 そのままじりじりと後ろに下がり、玄関から外に出て行った。

(こわっ……)

 わたしの視線の先で、黒ドレスさんはさっきの棒を五等分に分解していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。 【あらすじ】   異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。  それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。  家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。  十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。   だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。  最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。  この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。  そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。  そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。  旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。 ☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。 ☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...