花握りの魔女は話せない ~言葉のわからない異世界で、コミュ障のわたしが謎解き魔女になった理由~

もさく ごろう

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第二章 ノーカウントパンチ

第二十八話 名前のわからないゲーム

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 何かお返ししたいとか、そういうことを思ったわけではない。翌日の朝食後、一人将棋をしている坊ちゃんの前に座ったのは、たまたま頃合いがよかったからだ。

 坊ちゃんは眉をひそめた。わたしと坊ちゃんの間の将棋盤には、チェスの駒のようなものが置かれいる。いつも坊ちゃんは、勉強時間まで、これで一人で遊んでいる。

 わたしだって、ただ見ていたわけではない。どういう法則で駒を動かしているのか。どういう勝利条件なのか。じっくり観察してルールはあらかた把握した。

(基本は将棋やチェスと同じで、駒で駒を取っていくゲーム。特殊なのは、駒を動かすルール)

 状況を察した坊ちゃんが駒を並び直していく。その横に、おみくじのときに振るような木箱がある。これはゲームの肝となるもので、いわゆるダイスタワーだ。

 ここに入れて転がしている石には、一面一面に数を示す線が引かれていて、サイコロになっている。

 水晶の原石のような不規則な形だけれど、ここにある二つは全く同じ形なので、あえてこの形にしているのだとわかる。

 わたしの推測では、三から五などの中間の数字は出やすく、一や十などの極端な数字は出にくくなるように、こういった形になっている。

 駒を並べ終わった坊ちゃんが、わたしに原石サイコロを渡した。先手は譲ってやろうということだろうか。

「では……」

 中立の駒に囲まれた盤面に、飛車角落ちのように二列の駒が一列空けて並んでいる。それは坊ちゃん側も同じだ。

 わたしは前の列の左から四番目の駒を、マスの前方に寄せた。これは『この駒を前に動かします』という宣言だ。そしてサイコロをタワーに入れる。

 木琴のような音を立てながら、サイコロはタワーの中を転がり、下のトレイに転がり出る。

「えっと……三、かな?」

 水晶の結晶を斜めに置いたような状態で止まった。上の面には三本の線が引かれている。

 わたしが駒を三つ前に進めると、坊ちゃんはその先にある駒を前にずらして、進める宣言をする。駒は一つ離れている。

 坊ちゃんの転がしたサイコロの目は一だった。わたしの駒へは一つ足りない。

(ラッキー。この駒は貰った)

 前に進ませる宣言をしてサイコロを振る。

 出た目は三だったけれど、駒を取ったらそのマスで止まる。正面に坊ちゃんの駒がある今の状況だと、サイコロの目に関わらず一個進んで駒を取るだけだ。

 駒を取られても坊ちゃんは眉一つ動かさずに、同じ列の後方の駒を、右斜め前に移動宣言をした。ちなみに駒の移動できる方向は、駒の上を見るとわかるようになっている。

 坊ちゃんの触れた駒の上には、Vの字に縦線を引いたような絵が刻まれている。これは正面と斜め前方に動ける証だ。

 サイコロの目は四。いい目ではあったけれど、坊ちゃんの駒は右斜めに二つだけ動き、味方の駒を取って止まった。

 このゲームは味方の駒も取れてしまうのだ。考えなしに動かしていると、移動距離がランダムなのもあって、味方の駒をポコポコ倒してしまう。

 逆に味方の駒にあえて当てて、移動距離を調整するなんてこともできる。

(まぁ、エアプなりの分析だけど)

 坊ちゃんは子供らしからぬ、堅実な守りのプレイングをした。弱い駒を犠牲にしながら、強い駒で将棋でいうところの王将を囲んでいくのだ。

 逆にわたしは攻めの姿勢だ。同士討ちの事故を気にしながら、守り続けるのは初心者のわたしには難しい。

 ならば、攻めて攻めて攻めまくって、坊ちゃんのミスを誘おうというわけだ。

(どんどんいこう)

 正面にしか動けない弱い駒をどんどん前に出して、圧力をかけていく。弱いとはいえ、正面三マスくらいは射程圏内。坊ちゃんの行動範囲は確実に減っている。

 しかしさすが坊ちゃん。毎日一人で動かしていただけあって、限られた陣地でもうまく駒を回している。

 動きすぎた駒のフォローは欠かさないし、わたしの駒が前に出すぎたら確実に取ってくる。

 そして守りに余裕が出てくると、盤を囲う中立の駒を取り始めた。

(まずいな……)

 点数も持ち駒のルールもないこのゲームで、中立の駒を取るのは一見無意味に思える。でも実はこのゲームにはリングアウトのようなルールがあって、盤の外まで移動した駒は脱落してしまうのだ。

 中立の駒は盤を囲んでいるので、一度だけリングアウトを防いでくれる。つまり自陣近くの中立駒を減らすと、攻め込んできた相手の駒がリングアウトしやすくなるのだ。

 もちろん守っている自分の駒がリングアウトするリスクも高まるので、諸刃の剣の戦略と言える。

(初心者のわたしが、リングアウトを気にしながら駒を動かし続けるのは難しい)

 坊ちゃんの一人プレイを見て、ある程度戦略は学んだとはいえ、細かい立ち回りは初心者の域を出ない。本当はこうなる前に、崩さなければならなかったのだ。

(どうしよう。守りに回る? でも前列の駒は前に出しちゃったから、守りの駒をうまく配置できるかは運次第。それに、ここで守ったら坊ちゃんの思うつぼのような――)

 何か聞こえたような気がして、顔を上げた。

 坊ちゃんも顔を上げていて、視線は扉へと向けられている。そこから小石を落としたような音が鳴った。

 外から扉を叩かれたのだ。

 聞きようによっては、駒を動かした音と間違いそうな、固い音のノックだった。

 扉を揺らさないように、指の硬いところで叩いたのだろう。

(っていうか、あの向こうってわたしの部屋だよね? 勝手に誰か入ってきてるの?)

 黒ドレスさんではない。なぜなら、黒ドレスさんはノックなどせずに入ってくるからだ。

 坊ちゃんに促され、扉へと近づく。そして緊張しながら扉を開くと、ふわふわの黒髪のナースメイドさんが立っていた。その足元にはふわふわの金髪の女の子だ。

「お人形ちゃんと、無垢なメイドさん……?」

 二人がわたしたちの部屋に来たのは初めてだった。
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