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第1章 ダンジョン嫌いニキ、世界にバレる
第9話 配信の女王
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『魔力出力、異常値。……人間です』
アリスの静かな宣告と同時、通路の空気が裂けた。
視界に現れたのは、ほとんど線としか認識できない速度の人影。
風圧が遅れて頬を打ち、着ている服の裾が揺れる。
俺が反応できたのは、影が目の前でぴたりと停止したあとだ。
そこに立っていたのは、金髪の女。
縦ロールに巻かれたツインテールが、動きの余韻でふわりと弧を描く。
身に着けているのは、胸元のざっくり開いた、きらびやかなドレス。
フリル、レース、色とりどりの宝石。
どう考えてもダンジョン向きじゃない。
舞踏会の主役を切り取って、そのまま放り込んだみたいな格好だ。
……しかも、妙にグラマラスだ。
視線のやり場に困る。
「……ふう。ようやく追いつきましたわ」
女はそう呟き、深紅の瞳で俺を見つめた。
一瞬、思考が止まる。
だが、すぐに立て直す。
「姫宮、愛沢……俺の後ろに下がれ……」
低く言い放つ。
「は、はいっ……!」
姫宮は即座に俺の背後へ回った。
しかし、愛沢はぽかんと口を開けたまま動かない。
「おい、愛沢! 何やって――」
「――ルクシア様じゃないっすかあああああああっ!!?」
洞窟に絶叫がこだまする。
な、何を言ってるんだコイツは……!?
「る、ルクシアって……」
姫宮も首をかしげる。
愛沢はそんな俺たちに目もくれず、ふんすと鼻息を荒げた。
「は、『配信の女王』! 天城ルクシア様っすよ!!」
天城……ルクシア。
配信に疎い俺でも、頭の片隅にその名は存在していた。
世界の人気配信者ランキングで、長年1位の座に君臨しているという人物。
まさか、目の前のこの派手な女が?
よく見ると、その背後では、黒子衣装の集団がカメラを構えていた。
……配信中ってわけか。
金髪の女――天城ルクシアは、俺を見据えたまま、ゆっくりと口角を吊り上げた。
「――おーっほっほ! 庶民の皆さん、ごめんあそばせ! 私のあまりの美貌に、見惚れてしまったようですわね?」
……な、なんだコイツ。
俺が絶句している横で、愛沢が拳を天に突き上げた。
「よっしゃあああああっ! 本物っすううううううう!!」
いや、お前こそいったい何なんだ。
ルクシアは大きく脚を開いて仁王立ちし、腰に手を当てる。
「ふふ、苦しゅうないですわ」
なんて尊大な態度だ。
「み、皆、何やってるっすか! 世界一の配信者っすよ! 挨拶しないと!」
「誰がするか!」
「よろしくお願いしますっ」
「姫宮もしないでいい!」
混沌とする中、ルクシアはくすりと笑う。
「ふふん、仕方ないですわ。私のオーラに圧倒されて何もできなくなるのは、魔物も人間も同じですもの……もちろん視聴者の貴方もですわよー!」
ばしん、とカメラに向かって指を突きつける。
俺は若干引き気味に、興奮しきっている愛沢へ視線を向けた。
「……そんなに凄いのか、こいつ」
「凄いなんてもんじゃないっす!」
ぐわっと前のめりになる。
その額には、ぺっとりと汗に塗れた黒髪が貼りついていた。
「登録者数は桁違い、同接は常に世界記録更新、国家予算クラスのスパチャを叩き出した伝説の配信! 世界一の大手企業とスポンサー契約して、CMもハリウッド映画もネットドラマも全部出て、出した楽曲はビルボード1位で!! S級ダンジョンのソロ攻略をリアルタイムでやって、しかもそれをエンタメに昇華する怪物っすよ!! あの『深淵洞』を笑いながら踏破した動画、知らないんすか!?」
「そ、そうか……」
知らない。
というか、半分以上聞き取れなかった。
これだからヲタクは……。
「で、でもな、愛沢。俺は配信に興味ないんだから、知らなくたってしょうがないだろ」
「私も詳しくはないですけど……街中の広告とかにも出てますよ?」
姫宮が裏切る。
愛沢がそれを聞いて、ため息をついた。
「まあ、先輩は『配信に』っていうか、『仕事以外に』興味ないっすからねえ」
「……悪かったな」
俺は小さく呟いて、ルクシアに向き直る。
「その配信の女王様とやらが、なんの用だ? まさかダンジョン攻略ってわけでもないだろ」
「よくぞ聞いてくださいましたわ! 実は私、貴方に興味がありますの。……ダンジョン嫌いニキさん?」
ルクシアは、ずびしっとこちらを指さす。
やめろ、それ。
「……俺は黒野だ。その名前で呼ばないでくれ」
「あら? ダメでしたの? 何か複雑な事情がおありのようね」
「まあ、ちょっとな。で、俺が何か?」
ルクシアは「ふふん」と笑うと、華麗なターンで背後のカメラへ向き直る。
「本日の企画は――『検証! 話題の新人配信者は、私のお眼鏡にかなうんですの!?』ですの!」
「な……なんて馬鹿馬鹿しい」
もはや、ため息も出ない。
そんな俺を気にも留めず、ルクシアは再びこちらへ向き直って、先を続ける。
「世間の注目を浴び、スター街道を登りつつある貴方! 本当にその資格があるのか、私がジャッジして差し上げますわ!」
「遠慮しておく」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう。感謝は結構で――って、なんですって……?」
即答しすぎて、認識できなかったらしい。
あるいは、まさか断られるはずが無い、と信じていたのか。
「遠慮しておく、と言った。お前にジャッジなんてされなくて結構だ」
そもそも俺は配信者じゃないしな。
それを聞いたルクシアは、ふらりとよろめく。
「な、な、なんてことですの……!? この私と、コラボしたくない配信者がいるだなんて……!?」
「そんな奴いてなるものかっす! 先輩、さっさとジャッジされるっす!」
「お前はどっちの味方なんだ!」
愛沢にツッコミを入れ、俺は腕を組む。
「残念だが、俺はお前の思い通りには動かない。さあ、さっさと帰ってくれ」
「ふ、ふふ……ほーっほっほ! いいですわ! 貴方がその気なら、こちらにも考えがありますのよ!」
ルクシアは高笑いをしたが、その口角はひくひくと震えている。
断られたショックが、それほど大きいのだろうか。
どうせまた、くだらない提案を――
――ドヒュン!
突風が横を抜けた。
視界からルクシアの姿が消えたことに気づくまで、数瞬。
そしていつの間にか、背後に強い魔力の気配。
振り返る。
俺の後ろに、ルクシアが背を向けて立っていた。
その脇には……愛沢が抱えられている。
油断した……!
「おわっ!? アタシ、ルクシア様に抱えられてるっすか!? なんて幸せな……」
「言ってる場合か! 大丈夫か愛沢!」
足をばたつかせる愛沢。
ダメージの類は、特に無いようだ。
ルクシアは肩越しに、こちらへ微笑みを向ける。
「この方を返して欲しければ、この奥……ボス部屋まで来ることですわ。それでは、ごめんあそばせ」
「なっ……待て!」
「先輩! 先輩、助け――」
愛沢の助けを求める言葉の途中で、ルクシアは再び風となった。
「愛沢ーっ!」
俺の叫びは、むなしく洞窟にこだまする。
ルクシアの影はみるみる小さくなっていく。
「――なくてもいいかもしれないっすうぅぅぅぅ……」
なぜか幸せそうな声を残して、完全に消えてしまった。
黒子たちも、そそくさと後を追う。
場には静寂が訪れた。
『……申し訳ございません。敵の感知が遅れました』
ふいに、アリスが謝罪を述べてきた。
俺はかぶりを振って返事をする。
「いや、あの速さで来られたら誰だって遅れる。気にするな」
『マスター……ミス愛沢は、どうされますか?』
「どうって、行くしかないだろ」
あいつは憧れの存在と会えて、案外幸せなのかもしれないが。
「……一応、大事な後輩なんだ」
「はいっ、いきましょう!」
俺は大きな声で賛同する姫宮と顔を見合わせ、同時に頷く。
そして、ボス部屋へと続く闇へ踏み出した。
アリスの静かな宣告と同時、通路の空気が裂けた。
視界に現れたのは、ほとんど線としか認識できない速度の人影。
風圧が遅れて頬を打ち、着ている服の裾が揺れる。
俺が反応できたのは、影が目の前でぴたりと停止したあとだ。
そこに立っていたのは、金髪の女。
縦ロールに巻かれたツインテールが、動きの余韻でふわりと弧を描く。
身に着けているのは、胸元のざっくり開いた、きらびやかなドレス。
フリル、レース、色とりどりの宝石。
どう考えてもダンジョン向きじゃない。
舞踏会の主役を切り取って、そのまま放り込んだみたいな格好だ。
……しかも、妙にグラマラスだ。
視線のやり場に困る。
「……ふう。ようやく追いつきましたわ」
女はそう呟き、深紅の瞳で俺を見つめた。
一瞬、思考が止まる。
だが、すぐに立て直す。
「姫宮、愛沢……俺の後ろに下がれ……」
低く言い放つ。
「は、はいっ……!」
姫宮は即座に俺の背後へ回った。
しかし、愛沢はぽかんと口を開けたまま動かない。
「おい、愛沢! 何やって――」
「――ルクシア様じゃないっすかあああああああっ!!?」
洞窟に絶叫がこだまする。
な、何を言ってるんだコイツは……!?
「る、ルクシアって……」
姫宮も首をかしげる。
愛沢はそんな俺たちに目もくれず、ふんすと鼻息を荒げた。
「は、『配信の女王』! 天城ルクシア様っすよ!!」
天城……ルクシア。
配信に疎い俺でも、頭の片隅にその名は存在していた。
世界の人気配信者ランキングで、長年1位の座に君臨しているという人物。
まさか、目の前のこの派手な女が?
よく見ると、その背後では、黒子衣装の集団がカメラを構えていた。
……配信中ってわけか。
金髪の女――天城ルクシアは、俺を見据えたまま、ゆっくりと口角を吊り上げた。
「――おーっほっほ! 庶民の皆さん、ごめんあそばせ! 私のあまりの美貌に、見惚れてしまったようですわね?」
……な、なんだコイツ。
俺が絶句している横で、愛沢が拳を天に突き上げた。
「よっしゃあああああっ! 本物っすううううううう!!」
いや、お前こそいったい何なんだ。
ルクシアは大きく脚を開いて仁王立ちし、腰に手を当てる。
「ふふ、苦しゅうないですわ」
なんて尊大な態度だ。
「み、皆、何やってるっすか! 世界一の配信者っすよ! 挨拶しないと!」
「誰がするか!」
「よろしくお願いしますっ」
「姫宮もしないでいい!」
混沌とする中、ルクシアはくすりと笑う。
「ふふん、仕方ないですわ。私のオーラに圧倒されて何もできなくなるのは、魔物も人間も同じですもの……もちろん視聴者の貴方もですわよー!」
ばしん、とカメラに向かって指を突きつける。
俺は若干引き気味に、興奮しきっている愛沢へ視線を向けた。
「……そんなに凄いのか、こいつ」
「凄いなんてもんじゃないっす!」
ぐわっと前のめりになる。
その額には、ぺっとりと汗に塗れた黒髪が貼りついていた。
「登録者数は桁違い、同接は常に世界記録更新、国家予算クラスのスパチャを叩き出した伝説の配信! 世界一の大手企業とスポンサー契約して、CMもハリウッド映画もネットドラマも全部出て、出した楽曲はビルボード1位で!! S級ダンジョンのソロ攻略をリアルタイムでやって、しかもそれをエンタメに昇華する怪物っすよ!! あの『深淵洞』を笑いながら踏破した動画、知らないんすか!?」
「そ、そうか……」
知らない。
というか、半分以上聞き取れなかった。
これだからヲタクは……。
「で、でもな、愛沢。俺は配信に興味ないんだから、知らなくたってしょうがないだろ」
「私も詳しくはないですけど……街中の広告とかにも出てますよ?」
姫宮が裏切る。
愛沢がそれを聞いて、ため息をついた。
「まあ、先輩は『配信に』っていうか、『仕事以外に』興味ないっすからねえ」
「……悪かったな」
俺は小さく呟いて、ルクシアに向き直る。
「その配信の女王様とやらが、なんの用だ? まさかダンジョン攻略ってわけでもないだろ」
「よくぞ聞いてくださいましたわ! 実は私、貴方に興味がありますの。……ダンジョン嫌いニキさん?」
ルクシアは、ずびしっとこちらを指さす。
やめろ、それ。
「……俺は黒野だ。その名前で呼ばないでくれ」
「あら? ダメでしたの? 何か複雑な事情がおありのようね」
「まあ、ちょっとな。で、俺が何か?」
ルクシアは「ふふん」と笑うと、華麗なターンで背後のカメラへ向き直る。
「本日の企画は――『検証! 話題の新人配信者は、私のお眼鏡にかなうんですの!?』ですの!」
「な……なんて馬鹿馬鹿しい」
もはや、ため息も出ない。
そんな俺を気にも留めず、ルクシアは再びこちらへ向き直って、先を続ける。
「世間の注目を浴び、スター街道を登りつつある貴方! 本当にその資格があるのか、私がジャッジして差し上げますわ!」
「遠慮しておく」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう。感謝は結構で――って、なんですって……?」
即答しすぎて、認識できなかったらしい。
あるいは、まさか断られるはずが無い、と信じていたのか。
「遠慮しておく、と言った。お前にジャッジなんてされなくて結構だ」
そもそも俺は配信者じゃないしな。
それを聞いたルクシアは、ふらりとよろめく。
「な、な、なんてことですの……!? この私と、コラボしたくない配信者がいるだなんて……!?」
「そんな奴いてなるものかっす! 先輩、さっさとジャッジされるっす!」
「お前はどっちの味方なんだ!」
愛沢にツッコミを入れ、俺は腕を組む。
「残念だが、俺はお前の思い通りには動かない。さあ、さっさと帰ってくれ」
「ふ、ふふ……ほーっほっほ! いいですわ! 貴方がその気なら、こちらにも考えがありますのよ!」
ルクシアは高笑いをしたが、その口角はひくひくと震えている。
断られたショックが、それほど大きいのだろうか。
どうせまた、くだらない提案を――
――ドヒュン!
突風が横を抜けた。
視界からルクシアの姿が消えたことに気づくまで、数瞬。
そしていつの間にか、背後に強い魔力の気配。
振り返る。
俺の後ろに、ルクシアが背を向けて立っていた。
その脇には……愛沢が抱えられている。
油断した……!
「おわっ!? アタシ、ルクシア様に抱えられてるっすか!? なんて幸せな……」
「言ってる場合か! 大丈夫か愛沢!」
足をばたつかせる愛沢。
ダメージの類は、特に無いようだ。
ルクシアは肩越しに、こちらへ微笑みを向ける。
「この方を返して欲しければ、この奥……ボス部屋まで来ることですわ。それでは、ごめんあそばせ」
「なっ……待て!」
「先輩! 先輩、助け――」
愛沢の助けを求める言葉の途中で、ルクシアは再び風となった。
「愛沢ーっ!」
俺の叫びは、むなしく洞窟にこだまする。
ルクシアの影はみるみる小さくなっていく。
「――なくてもいいかもしれないっすうぅぅぅぅ……」
なぜか幸せそうな声を残して、完全に消えてしまった。
黒子たちも、そそくさと後を追う。
場には静寂が訪れた。
『……申し訳ございません。敵の感知が遅れました』
ふいに、アリスが謝罪を述べてきた。
俺はかぶりを振って返事をする。
「いや、あの速さで来られたら誰だって遅れる。気にするな」
『マスター……ミス愛沢は、どうされますか?』
「どうって、行くしかないだろ」
あいつは憧れの存在と会えて、案外幸せなのかもしれないが。
「……一応、大事な後輩なんだ」
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俺は大きな声で賛同する姫宮と顔を見合わせ、同時に頷く。
そして、ボス部屋へと続く闇へ踏み出した。
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