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第二部
第十四話 争いのない世界へ〜三人の守護者たち〜
虚ろなる神ヤンドーラは、道を踏み違えたかと思われていたデオンが、信じた仲間を救い出したいと願った事を意外に思っていた。
また同時に、自分と同じように仲間を失いゆく道へと入ろうとしていた彼が持ち直したことは、どこか喜ばしくもあった。
ヤンドーラがかつて腹心と信じていた女を失ったように、デオンもイルヴァーナや仲間たちを失うのでは、と思っていたからだった。
どこかほっとした思いを抱きながら、ヤンドーラは、「イルヴァーナを救うためにお前も力を貸してくれるか」というデオンの言葉に頷いていた。
シュビラーナ・ヤンドーラ・キシュラーナの三神は、改めてジルカース・デオン・テオの意思を確認し、その神力の契約を確固たるものとしていた。
浮遊都市スペランツァ、その中央に浮かんでいる銀色の反射体に覆われた空間へとやってきた三人は、辺りを見渡した。
神々の力を使わねば入り込めない、入り口も出口も存在しないその空間は、ぐるりと四方八方に半透明のモニターのようなものがあり、下界の様子が投影されていた。そのほかに目立った建造物などは見当たらず、ただ下界を監視するために建造されたかのような、無機質な空間だった。
(俺がかつて神として存在していた空間)
「……ここだ、間違いない」
ジルカースの言葉に、デオンもテオもあたりを見渡したが、攫われたゼロとイルヴァーナたちの姿は見当たらない。
「やれやれ、本当にここで合ってるのかい?」
「二人とも……早く、早く迎えに行ってあげましょう……!」
二人に頷き返したジルカースは、おもむろに空間に向かって円形に十字のマークを描いた。
それが軌跡を描くように空間にとどまると同時に、鈴の音のような高い音が響き渡り、空間が波煙をあげながらひらけてゆく。その後に、三人の目の前に大きな階段が現れた。
まるで分厚い硝子が宙に浮いたかのような見た目のその階段は、頭上に広がる星空の空間に開いたホワイトホールへと繋がっていた。
「こんな穴、本当に入って大丈夫なの?」
「この先は神々しか存在を知らない場所だ、人間が立ち入ったことはないからな」
『大丈夫、我ら神々の力に守られている三人ならば無事通過することができるだろう』
シュビラーナの言葉に、デオンは戦闘前にワクワクするような笑みを見せ、「そいつは楽しみだね、一体何を拝ませてもらえるのかな」と返した。
ホワイトホールの中へ手を差し入れた、ジルカースのその肩に掴まったデオンとテオは、意を決してその中へと飛び込んだ。
ホワイトホールの中には、手のひら大ほどの数多の白い光が行き交っていた。
「これは天界へと導かれる人々の意識が視覚化されたものだ。この先に天界のトップシークレットがあるからな」
ジルカースの言葉を受け、ホワイトホールの向こうへ降り立った三人は、そこでおびただしい数の電子回路が一面に広がっているのを目撃する。
白銀の反射物に施された緻密な電子回路は、まるで命が脈打つ時のように光輝きながら、遥か上空へと続いていた。
先ほどの天上の星の存在すらも忘れてしまうような、高い塔のように頭上へと続いている電子回路。
そこに眠っているものたちのことを、ジルカースは思い出していた。いや、レビィによって消された記憶の片隅に、まだ覚えていたと言った方が正しいか。
「ここには俺がこの世界の神として創造されてから千六百年余りの歴史が、全て残っている。その間に存在していた人間の意識も、生死の歴史も、全て」
「驚いたわ、こんな物理的な天国が存在していたなんて……じゃあルトラの降霊術は、この場所にアクセスする行いだった、ということなのね」
「死後も神に人生を管理されるなんて、果たして天国と言えるのか、と思うけど。ボクには地獄のようにも見えるよ」
その頃、電子回路の回廊の向こう側で、ジルカースたちの存在を感知したイクリプセは、卵状のバリアの中で眠っている二人を眺めながら、「やってきたようだね」と呟いた。
電子回路の下層から、昇降機を使って上がってきた三人は、イクリプセに対し同じ言葉が通じる存在と認識した上で語りかける。
「お前、本当にイクリプセなのか……?どうしてこんな事をする!」
「私が、この世界の誰とも違う存在だと気づいてしまったからだよ」
イクリプセの真の姿は、この世界の誰とも違う。トカゲのような尻尾に、ウサギのような耳、そして硝子細工のような半透明の羽。その体は、全面が光沢のある黒い鱗で覆われている。
ただひとつ思い出せるのは、イクリプセの存在の一角を構築するために使われたのが、あのレビィの意識だったと言うこと。
それを明かすと、ジルカースの表情が驚いた様子で強張った。
イクリプセはただこの機構に思いを馳せるように、あたりを見渡しながら言った。
「この電子回路は、ただひたすら人々と神々のプログラムを維持するために動き続けている。神々の存在が潰えてもなお、私のような新たな存在の神を作り出し、この場所へと導くんだ」
「ふぅん……そんな場所へ、イルヴァーナとゼロの二人を招いたのはどういう事なんだい?」
「二人は、私がこの世界で唯一心を許した存在。それゆえに、もう誰の悪事にも傷付かずに済むこの場所へ連れてきたんだ」
「二人は不老不死とはいえ、私たちとは違う人間なのよ!こんな場所では生きてはいけない……!」
「もしながきの間生きていたとしても……常人ならば正気を失ってしまうだろうな」
三人の言葉を耳にしたイクリプセは、己の事なのか、ゼロとイルヴァーナの事なのか、「仕方がないだろう!私にはこうするしかなかったんだ!」と声を荒げた。
「いついかなる時も、人は己と同じ見た目の相手ですら、争いと奪い合いをやめない。そんな中で誰を心から信じることができる?……人の世はつらい、寂しい」
そう頭を抱えて嘆いたイクリプセは、硝子細工のような羽を震わせる。
するとそれに呼応するように周囲の電子回路から現れた白い光の群れが、イクリプセの体に吸収されてゆく。
イクリプセの体は光り輝きながらその姿を変え、真っ白な七枚羽に七色のバリアを纏った完全体となった。
死した人々の意識を吸収して、完全体となったイクリプセは、『お前たちも私と同化せよ』と、回廊に響き渡るような咆哮を上げた。
『七枚羽……!貴奴がこの世界の正当なる神々の継承者になってしまったと言うのか』
『まずい……!こうなっては私たち三神の力を合わせても打ち勝てるかどうか』
そう嘆いたヤンドーラとキシュラーナに対し、シュビラーナだけはジルカースに問うように言った。
『勝つのではない、我々がすべきことは……分かるね、ジルカース』
「……イクリプセの正直な声を聞いた今なら、俺にも分かる気がする。俺があんたから授かったこの神力技、“明鏡止水“の力の意味も」
シュビラーナが隣で頷いたのを確認したジルカースは、刀を掲げると三神に祈るように技の名を唱えた。
「明鏡止水・暁……!」
ジルカースの刀から放たれたシュビラーナの蒼色のオーラに呼応するように、テオの再臨の鏡からキシュラーナの翠色のオーラが、デオンのナイフからヤンドーラの紅色のオーラが溢れ出し、ひとつの大きな本流となって周囲に眩い光の波をもたらした。
***
「なんだ……?空の様子がおかしいような……」
「スク兄!あれ、月蝕だよね……?もしかしてジル兄たちが天界に向かったから……?」
ルトラの声に促され、皆が外に飛び出してきては空を眺めている。
みるみるうちに太陽が黒い円形の影で覆われ、"真っ黒な太陽"に変わった。
「ジル兄、テオ姉……!」
「……きっと大丈夫です、いまや私たちは力を合せているのですから」
隣に現れたメリルがそう呟く後ろで、レギオンは動揺している部下たちを収めようとやっきになっている。
「そうだよね、あたしたちは痛みを乗り越えて協力できることを知ったんだもの……」
ルトラたちが並んで空に祈りを送っているさ中、ジルカースたちはとある空間に居た。
***
曇りのない鏡のように澄んだ水面に、夜明けの空が展開された空間。
ジルカースたち三人と、三神たちの精神世界に飛ばされたことを知ったイクリプセは、バリアの中で眠ったゼロとイクリプセを頭上に浮遊させ庇うと、戸惑った様子で周囲を見渡した。
「ここはお前の望む“争いごとがない空間“だ。しかしそう長い時間は取れない、どうか俺たちと腹を割って話をさせてくれないか」
イクリプセの面前に現れたジルカースはそう言うと、左手に持っていた刀を右腰の鞘に収める。
「あんたみたいな強そうなカミサマを前に、ボクの望む展開がないのは残念だけど、今はそれよりも優先すべきことがあるしね」
「ゼロとイルヴァーナは私たちの子よ。これ以上悲しい目に遭わせたくないと願うからこそ、今ここにいる……お願い、話を聞いて」
続いて左右に現れた、デオンとテオ。三人の背にはそれぞれに宿った三神の姿が見てとれる。
デオンの背に浮かんだ紅い大鳥のヤンドーラは、黙しているイクリプセに語りかけるように言った。
『イクリプセ、お前を見ているとまるで昔の自分を見ているようだ。私もかつて何も信じられなくなって、この世界に大きな戦乱を引き起こした。しかし今、こうしてデオンに宿り、彼ら二人と、三神と力を合わせてみて分かったのだ。争いというのは、なんと弱き心から引き起こされることなのか、という事が』
テオの背に浮かんだキシュラーナは、その言葉を噛み締めるように頷いて、続けるように言った。
『そうだな……争いは他者を疑い始めた所から始まる。我々にはそもそも、見てくれの違い以上に、生まれや育ちの違い、というものがある。ゆえに完全に他者を理解し受け入れる事は難しいのかもしれない。けれど、それでも、我らは諦めたくないのだよ……』
続いてジルカースの背に浮かんだシュビラーナが、蒼の毛並みを艶めかせながら語りかける。
『そう、他者を疑い、争いあってもなお、我らがこうして肩を組む事ができたのは、イクリプセ、あなたの存在があってのことだったのかもしれないね……だからこそ、あなたの存在は決して完全に否定されたものではないのだよ、イクリプセ』
その時、ゼロの耳にあった紅色の羽のピアスが、ゼロの目を覚まさせるかのように鳴り響きながら光を放つ。
バリアの中で不意に目を覚ましたゼロは、姿形が変わってもなお、イクリプセの存在を認知している様子だった。
三神の支配する精神世界ゆえか、ゼロの意識にも現状起こっている事が理解できている様子だった。
「イクリプセ……!お願いだ、父さんたちを、みんなを傷つけるような事はしないで……!ぼくたちの大切な人が居ない世界は、僕たちにとっても辛い世界だよ。たとえきみの心は救われたとしても……」
そこまで聞いたイクリプセのオッドアイの瞳に涙が溢れる。
姿かたちは違えど、人間たちと同じその感情表現。
本当は争いたくないという事が、その表情から見てとれた。
そこでテオの祈りの力が発動する。
「キシュラーナ様、どうか彼の心の鎧を解いてあげて……私たちは争うつもりはないの」
テオの再臨の鏡から溢れ出た翠色のオーラが、イクリプセの精神体を包みこみ、その異形化を解く。
その瞬間、イルヴァーナとゼロを覆っていたバリアが解け、ヤンドーラの大きな羽により受け止められた。
同時に戦意を失ったゆえか、その場に倒れ込んだイクリプセを受け止めたジルカースは、皆に向かって言った。
「帰ろう、俺たちの大地に。もう戦いは終わったんだ」
その言葉と当時に、五人の足元から光の渦が巻き起こり、あたりの精神世界が光に蝕まれるように解けて消えてゆく。
「大丈夫、イクリプセ、お前はまたここから生まれるんだ」
イクリプセの漆黒の長い髪を、我が子にするように撫でてやりながら、ジルカースは解け広がった光の向こう側に見えた下界の様子を見下ろしていた。
***
それ以降、ジルカースとデオンたちの働きかけもあり、リベラシオンとデオン軍を含む、大戦の火種は鎮火していった。
奴隷狩り収容監獄“ネメシス“から流れた兵たちは、やがてミオとアイラたちの働きにより、再び監獄へと戻される事となった。
デオンもその一件の責任を問われ、一旦、東の国主権の座を降りる事とした。
かくして、新たな王の座は国民たちの意見により選ばれる事となった。
回復したイクリプセは、記憶が混濁している様子だった。
処遇に迷うジルカースだったが、テオの「あなたにしかできない方法があるはずよ」という言葉に、記憶操作の神力により暴走時のイクリプセの記憶を消すこととした。
また三神とジルカースの力により、その驚異的な神力を封じ込める事に成功した。
のちに三神は、「人々が信じ協力しようとする力が働いたからこそできた事だろう」と述べた。
かくして、神々の管理下のもと、イクリプセはゼロとイルヴァーナの友として再会できたのだった。
やがて、ジルカースは二軍の和平の使者として、リベラシオンのリーダーの名を賜り派遣される事となった。
デオン軍との公の会談が実現したのは、イクリプセとの一件があってから一年ほど経ってのことだった。
「思えば、あんたの息子であるゼロのピアスが、レビィ閣下のピアスと似通っていたのも、この一件の解決を目論んだどこぞの上位神の一手だったのかもしれないね。反する属性の守護を得ることで、守りとする方法……神力を会得する者には稀にあった例だと聞くよ。ボクもデロと融合してから、不思議と穏やかな気分なんだ。まるで幾度も死を経験して、様々な世界線を見てきたかのような気分だよ」
デオンの言葉に頷き、そっと思いを馳せるように目を閉じたジルカースは、デオンに問いかけた。
「イルヴァーナを保護したお前なら、本当はもっと早くに分かっていたんじゃないか?戦争なんて愚かな行いだということが」
どこか責めるかのようなジルカースの問いに「そうだね」と返したデオンは、メリルによってカップに注がれた傍の紅茶に口をつける。
「戦争なんて所詮は弱者を屠り、勝った人間が正義になるだけのくだらないものだ。ただ、それでも、戦いを好む僕が、親に虐げられてきた僕が、僕として生きるためにはこれしか無かったって事」
デオンの言葉を耳にして、哀れそうな眼差しで見やったテオは、うっすら浮かんだ涙を手の甲で拭った。
「……お前の居場所なら俺が作ってやる。戦いたいと言うならいつでも相手になってやろう。そうして神々の力で、皆で平和に、永遠に生きていくんだ」
「あんたにしては随分ロマンチックな事を言うね……ふふっ、まぁそれも悪くないかな」
「……戦争には勝者も敗者もないんだ、ただ残されるのは、お互いに被害者となった傷ついた人々だけ。そんな虚しい行いを繰り返してはいけない。お前の家族を、俺たちの家族を、悲しませないために」
「……そうだね、あんたの言おうとしてる事は、今のボクにも何となく分かるよ。これはつまり、ボクは真の家族を得たってことなのかな。父に虐げられてきたボクが……」
「そういうことだろうな。それは得ようと思って得られるものではない、大切にしろよ」
「忠告感謝するよ。フッ、まさかあんたに感謝する日が来るなんてね」
「……痛みを乗り越え、こうして手を結ぶことが出来た俺たちなんだ、よりよい関係を築いていけるだろう」
そう言ったデオンとジルカースは、二人揃って笑い合った。二人の様子を見届けたテオもつられるように微笑み、それを見たメリルも僅かに口元を綻ばせた。
その直後、会談が開かれていた広間に、イルヴァーナとゼロがやってきた。その背にはイクリプセも居る。
会談の場に相応しい整った装束に着替えた三人は、目の前のジルカース、デオン、テオに向かい合うと、その手から守護の印を受けとった。
三神の力が宿った宝玉状のペンダント。それを和平の印とし、世界各国の要人への使者として派遣する事としたのである。
「これからは、神々も人々も、皆支え合い力を合わせて生きていくんだ。もう傷つけ合う時代は終わった」
「承りました父さん、これからはぼくたちも一緒に力を合わせていきます」
「任せとけよデオン!これからは泥舟に乗ったつもりで居ることだ!」
「それならば“大船“の間違いではないかな……?」
イクリプセの言葉にどっと笑った一同は、穏やかな日和のもと、バルコニーの下に集まった東国の国民に向かって手を振った。
天上には三神が祝福するように花を散らしながら、三体で円を描くように舞っていた。
ーメインストーリー 第二部 完ー
また同時に、自分と同じように仲間を失いゆく道へと入ろうとしていた彼が持ち直したことは、どこか喜ばしくもあった。
ヤンドーラがかつて腹心と信じていた女を失ったように、デオンもイルヴァーナや仲間たちを失うのでは、と思っていたからだった。
どこかほっとした思いを抱きながら、ヤンドーラは、「イルヴァーナを救うためにお前も力を貸してくれるか」というデオンの言葉に頷いていた。
シュビラーナ・ヤンドーラ・キシュラーナの三神は、改めてジルカース・デオン・テオの意思を確認し、その神力の契約を確固たるものとしていた。
浮遊都市スペランツァ、その中央に浮かんでいる銀色の反射体に覆われた空間へとやってきた三人は、辺りを見渡した。
神々の力を使わねば入り込めない、入り口も出口も存在しないその空間は、ぐるりと四方八方に半透明のモニターのようなものがあり、下界の様子が投影されていた。そのほかに目立った建造物などは見当たらず、ただ下界を監視するために建造されたかのような、無機質な空間だった。
(俺がかつて神として存在していた空間)
「……ここだ、間違いない」
ジルカースの言葉に、デオンもテオもあたりを見渡したが、攫われたゼロとイルヴァーナたちの姿は見当たらない。
「やれやれ、本当にここで合ってるのかい?」
「二人とも……早く、早く迎えに行ってあげましょう……!」
二人に頷き返したジルカースは、おもむろに空間に向かって円形に十字のマークを描いた。
それが軌跡を描くように空間にとどまると同時に、鈴の音のような高い音が響き渡り、空間が波煙をあげながらひらけてゆく。その後に、三人の目の前に大きな階段が現れた。
まるで分厚い硝子が宙に浮いたかのような見た目のその階段は、頭上に広がる星空の空間に開いたホワイトホールへと繋がっていた。
「こんな穴、本当に入って大丈夫なの?」
「この先は神々しか存在を知らない場所だ、人間が立ち入ったことはないからな」
『大丈夫、我ら神々の力に守られている三人ならば無事通過することができるだろう』
シュビラーナの言葉に、デオンは戦闘前にワクワクするような笑みを見せ、「そいつは楽しみだね、一体何を拝ませてもらえるのかな」と返した。
ホワイトホールの中へ手を差し入れた、ジルカースのその肩に掴まったデオンとテオは、意を決してその中へと飛び込んだ。
ホワイトホールの中には、手のひら大ほどの数多の白い光が行き交っていた。
「これは天界へと導かれる人々の意識が視覚化されたものだ。この先に天界のトップシークレットがあるからな」
ジルカースの言葉を受け、ホワイトホールの向こうへ降り立った三人は、そこでおびただしい数の電子回路が一面に広がっているのを目撃する。
白銀の反射物に施された緻密な電子回路は、まるで命が脈打つ時のように光輝きながら、遥か上空へと続いていた。
先ほどの天上の星の存在すらも忘れてしまうような、高い塔のように頭上へと続いている電子回路。
そこに眠っているものたちのことを、ジルカースは思い出していた。いや、レビィによって消された記憶の片隅に、まだ覚えていたと言った方が正しいか。
「ここには俺がこの世界の神として創造されてから千六百年余りの歴史が、全て残っている。その間に存在していた人間の意識も、生死の歴史も、全て」
「驚いたわ、こんな物理的な天国が存在していたなんて……じゃあルトラの降霊術は、この場所にアクセスする行いだった、ということなのね」
「死後も神に人生を管理されるなんて、果たして天国と言えるのか、と思うけど。ボクには地獄のようにも見えるよ」
その頃、電子回路の回廊の向こう側で、ジルカースたちの存在を感知したイクリプセは、卵状のバリアの中で眠っている二人を眺めながら、「やってきたようだね」と呟いた。
電子回路の下層から、昇降機を使って上がってきた三人は、イクリプセに対し同じ言葉が通じる存在と認識した上で語りかける。
「お前、本当にイクリプセなのか……?どうしてこんな事をする!」
「私が、この世界の誰とも違う存在だと気づいてしまったからだよ」
イクリプセの真の姿は、この世界の誰とも違う。トカゲのような尻尾に、ウサギのような耳、そして硝子細工のような半透明の羽。その体は、全面が光沢のある黒い鱗で覆われている。
ただひとつ思い出せるのは、イクリプセの存在の一角を構築するために使われたのが、あのレビィの意識だったと言うこと。
それを明かすと、ジルカースの表情が驚いた様子で強張った。
イクリプセはただこの機構に思いを馳せるように、あたりを見渡しながら言った。
「この電子回路は、ただひたすら人々と神々のプログラムを維持するために動き続けている。神々の存在が潰えてもなお、私のような新たな存在の神を作り出し、この場所へと導くんだ」
「ふぅん……そんな場所へ、イルヴァーナとゼロの二人を招いたのはどういう事なんだい?」
「二人は、私がこの世界で唯一心を許した存在。それゆえに、もう誰の悪事にも傷付かずに済むこの場所へ連れてきたんだ」
「二人は不老不死とはいえ、私たちとは違う人間なのよ!こんな場所では生きてはいけない……!」
「もしながきの間生きていたとしても……常人ならば正気を失ってしまうだろうな」
三人の言葉を耳にしたイクリプセは、己の事なのか、ゼロとイルヴァーナの事なのか、「仕方がないだろう!私にはこうするしかなかったんだ!」と声を荒げた。
「いついかなる時も、人は己と同じ見た目の相手ですら、争いと奪い合いをやめない。そんな中で誰を心から信じることができる?……人の世はつらい、寂しい」
そう頭を抱えて嘆いたイクリプセは、硝子細工のような羽を震わせる。
するとそれに呼応するように周囲の電子回路から現れた白い光の群れが、イクリプセの体に吸収されてゆく。
イクリプセの体は光り輝きながらその姿を変え、真っ白な七枚羽に七色のバリアを纏った完全体となった。
死した人々の意識を吸収して、完全体となったイクリプセは、『お前たちも私と同化せよ』と、回廊に響き渡るような咆哮を上げた。
『七枚羽……!貴奴がこの世界の正当なる神々の継承者になってしまったと言うのか』
『まずい……!こうなっては私たち三神の力を合わせても打ち勝てるかどうか』
そう嘆いたヤンドーラとキシュラーナに対し、シュビラーナだけはジルカースに問うように言った。
『勝つのではない、我々がすべきことは……分かるね、ジルカース』
「……イクリプセの正直な声を聞いた今なら、俺にも分かる気がする。俺があんたから授かったこの神力技、“明鏡止水“の力の意味も」
シュビラーナが隣で頷いたのを確認したジルカースは、刀を掲げると三神に祈るように技の名を唱えた。
「明鏡止水・暁……!」
ジルカースの刀から放たれたシュビラーナの蒼色のオーラに呼応するように、テオの再臨の鏡からキシュラーナの翠色のオーラが、デオンのナイフからヤンドーラの紅色のオーラが溢れ出し、ひとつの大きな本流となって周囲に眩い光の波をもたらした。
***
「なんだ……?空の様子がおかしいような……」
「スク兄!あれ、月蝕だよね……?もしかしてジル兄たちが天界に向かったから……?」
ルトラの声に促され、皆が外に飛び出してきては空を眺めている。
みるみるうちに太陽が黒い円形の影で覆われ、"真っ黒な太陽"に変わった。
「ジル兄、テオ姉……!」
「……きっと大丈夫です、いまや私たちは力を合せているのですから」
隣に現れたメリルがそう呟く後ろで、レギオンは動揺している部下たちを収めようとやっきになっている。
「そうだよね、あたしたちは痛みを乗り越えて協力できることを知ったんだもの……」
ルトラたちが並んで空に祈りを送っているさ中、ジルカースたちはとある空間に居た。
***
曇りのない鏡のように澄んだ水面に、夜明けの空が展開された空間。
ジルカースたち三人と、三神たちの精神世界に飛ばされたことを知ったイクリプセは、バリアの中で眠ったゼロとイクリプセを頭上に浮遊させ庇うと、戸惑った様子で周囲を見渡した。
「ここはお前の望む“争いごとがない空間“だ。しかしそう長い時間は取れない、どうか俺たちと腹を割って話をさせてくれないか」
イクリプセの面前に現れたジルカースはそう言うと、左手に持っていた刀を右腰の鞘に収める。
「あんたみたいな強そうなカミサマを前に、ボクの望む展開がないのは残念だけど、今はそれよりも優先すべきことがあるしね」
「ゼロとイルヴァーナは私たちの子よ。これ以上悲しい目に遭わせたくないと願うからこそ、今ここにいる……お願い、話を聞いて」
続いて左右に現れた、デオンとテオ。三人の背にはそれぞれに宿った三神の姿が見てとれる。
デオンの背に浮かんだ紅い大鳥のヤンドーラは、黙しているイクリプセに語りかけるように言った。
『イクリプセ、お前を見ているとまるで昔の自分を見ているようだ。私もかつて何も信じられなくなって、この世界に大きな戦乱を引き起こした。しかし今、こうしてデオンに宿り、彼ら二人と、三神と力を合わせてみて分かったのだ。争いというのは、なんと弱き心から引き起こされることなのか、という事が』
テオの背に浮かんだキシュラーナは、その言葉を噛み締めるように頷いて、続けるように言った。
『そうだな……争いは他者を疑い始めた所から始まる。我々にはそもそも、見てくれの違い以上に、生まれや育ちの違い、というものがある。ゆえに完全に他者を理解し受け入れる事は難しいのかもしれない。けれど、それでも、我らは諦めたくないのだよ……』
続いてジルカースの背に浮かんだシュビラーナが、蒼の毛並みを艶めかせながら語りかける。
『そう、他者を疑い、争いあってもなお、我らがこうして肩を組む事ができたのは、イクリプセ、あなたの存在があってのことだったのかもしれないね……だからこそ、あなたの存在は決して完全に否定されたものではないのだよ、イクリプセ』
その時、ゼロの耳にあった紅色の羽のピアスが、ゼロの目を覚まさせるかのように鳴り響きながら光を放つ。
バリアの中で不意に目を覚ましたゼロは、姿形が変わってもなお、イクリプセの存在を認知している様子だった。
三神の支配する精神世界ゆえか、ゼロの意識にも現状起こっている事が理解できている様子だった。
「イクリプセ……!お願いだ、父さんたちを、みんなを傷つけるような事はしないで……!ぼくたちの大切な人が居ない世界は、僕たちにとっても辛い世界だよ。たとえきみの心は救われたとしても……」
そこまで聞いたイクリプセのオッドアイの瞳に涙が溢れる。
姿かたちは違えど、人間たちと同じその感情表現。
本当は争いたくないという事が、その表情から見てとれた。
そこでテオの祈りの力が発動する。
「キシュラーナ様、どうか彼の心の鎧を解いてあげて……私たちは争うつもりはないの」
テオの再臨の鏡から溢れ出た翠色のオーラが、イクリプセの精神体を包みこみ、その異形化を解く。
その瞬間、イルヴァーナとゼロを覆っていたバリアが解け、ヤンドーラの大きな羽により受け止められた。
同時に戦意を失ったゆえか、その場に倒れ込んだイクリプセを受け止めたジルカースは、皆に向かって言った。
「帰ろう、俺たちの大地に。もう戦いは終わったんだ」
その言葉と当時に、五人の足元から光の渦が巻き起こり、あたりの精神世界が光に蝕まれるように解けて消えてゆく。
「大丈夫、イクリプセ、お前はまたここから生まれるんだ」
イクリプセの漆黒の長い髪を、我が子にするように撫でてやりながら、ジルカースは解け広がった光の向こう側に見えた下界の様子を見下ろしていた。
***
それ以降、ジルカースとデオンたちの働きかけもあり、リベラシオンとデオン軍を含む、大戦の火種は鎮火していった。
奴隷狩り収容監獄“ネメシス“から流れた兵たちは、やがてミオとアイラたちの働きにより、再び監獄へと戻される事となった。
デオンもその一件の責任を問われ、一旦、東の国主権の座を降りる事とした。
かくして、新たな王の座は国民たちの意見により選ばれる事となった。
回復したイクリプセは、記憶が混濁している様子だった。
処遇に迷うジルカースだったが、テオの「あなたにしかできない方法があるはずよ」という言葉に、記憶操作の神力により暴走時のイクリプセの記憶を消すこととした。
また三神とジルカースの力により、その驚異的な神力を封じ込める事に成功した。
のちに三神は、「人々が信じ協力しようとする力が働いたからこそできた事だろう」と述べた。
かくして、神々の管理下のもと、イクリプセはゼロとイルヴァーナの友として再会できたのだった。
やがて、ジルカースは二軍の和平の使者として、リベラシオンのリーダーの名を賜り派遣される事となった。
デオン軍との公の会談が実現したのは、イクリプセとの一件があってから一年ほど経ってのことだった。
「思えば、あんたの息子であるゼロのピアスが、レビィ閣下のピアスと似通っていたのも、この一件の解決を目論んだどこぞの上位神の一手だったのかもしれないね。反する属性の守護を得ることで、守りとする方法……神力を会得する者には稀にあった例だと聞くよ。ボクもデロと融合してから、不思議と穏やかな気分なんだ。まるで幾度も死を経験して、様々な世界線を見てきたかのような気分だよ」
デオンの言葉に頷き、そっと思いを馳せるように目を閉じたジルカースは、デオンに問いかけた。
「イルヴァーナを保護したお前なら、本当はもっと早くに分かっていたんじゃないか?戦争なんて愚かな行いだということが」
どこか責めるかのようなジルカースの問いに「そうだね」と返したデオンは、メリルによってカップに注がれた傍の紅茶に口をつける。
「戦争なんて所詮は弱者を屠り、勝った人間が正義になるだけのくだらないものだ。ただ、それでも、戦いを好む僕が、親に虐げられてきた僕が、僕として生きるためにはこれしか無かったって事」
デオンの言葉を耳にして、哀れそうな眼差しで見やったテオは、うっすら浮かんだ涙を手の甲で拭った。
「……お前の居場所なら俺が作ってやる。戦いたいと言うならいつでも相手になってやろう。そうして神々の力で、皆で平和に、永遠に生きていくんだ」
「あんたにしては随分ロマンチックな事を言うね……ふふっ、まぁそれも悪くないかな」
「……戦争には勝者も敗者もないんだ、ただ残されるのは、お互いに被害者となった傷ついた人々だけ。そんな虚しい行いを繰り返してはいけない。お前の家族を、俺たちの家族を、悲しませないために」
「……そうだね、あんたの言おうとしてる事は、今のボクにも何となく分かるよ。これはつまり、ボクは真の家族を得たってことなのかな。父に虐げられてきたボクが……」
「そういうことだろうな。それは得ようと思って得られるものではない、大切にしろよ」
「忠告感謝するよ。フッ、まさかあんたに感謝する日が来るなんてね」
「……痛みを乗り越え、こうして手を結ぶことが出来た俺たちなんだ、よりよい関係を築いていけるだろう」
そう言ったデオンとジルカースは、二人揃って笑い合った。二人の様子を見届けたテオもつられるように微笑み、それを見たメリルも僅かに口元を綻ばせた。
その直後、会談が開かれていた広間に、イルヴァーナとゼロがやってきた。その背にはイクリプセも居る。
会談の場に相応しい整った装束に着替えた三人は、目の前のジルカース、デオン、テオに向かい合うと、その手から守護の印を受けとった。
三神の力が宿った宝玉状のペンダント。それを和平の印とし、世界各国の要人への使者として派遣する事としたのである。
「これからは、神々も人々も、皆支え合い力を合わせて生きていくんだ。もう傷つけ合う時代は終わった」
「承りました父さん、これからはぼくたちも一緒に力を合わせていきます」
「任せとけよデオン!これからは泥舟に乗ったつもりで居ることだ!」
「それならば“大船“の間違いではないかな……?」
イクリプセの言葉にどっと笑った一同は、穏やかな日和のもと、バルコニーの下に集まった東国の国民に向かって手を振った。
天上には三神が祝福するように花を散らしながら、三体で円を描くように舞っていた。
ーメインストーリー 第二部 完ー
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