堕ちた神と同胞(はらから)たちの話

鳳天狼しま

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第一部

読み切り短編 デオン編

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※デオン・ギロが義息子イルヴァーナの名をどうして”イルヴァーナ”にしたのか、という話
※新規登場キャラとの友情的なフラグあり

月明かりが、儚く散りゆく占術師の表情を、ベール越しに薄らと照らし出した。
「あなたはやがて、世界的に君臨する大王になる」
そう言った彼女の表情は、今際の際だというのに、どこか嬉しげだった。
出会った時に聞いた占いとはてんで真逆のその言葉に、デオンは思わず笑ったが、なかなかに悪くない予言だと思った。
「ただの貴族の息子で、戦闘狂のこのボクが?世界的な大王?面白いことを言うね!」
ははっと、どこか小馬鹿にすらしている様子のデオンの反応に、彼女”イオ”は致命傷を追った体で、至って真面目に答えた。
「あなたが選んでいるのは……幾多の道筋のひとつにすぎないんです、どうかご武運を」
その言葉を最後に事切れたイオを、物言わず静かに見送ると、デオンはなおも向かってくる夜襲に備え、静かに両手のナイフを構えた。
窓辺から差し込んだ月光に、デオンの長い銀髪の後ろ髪がふわりと輝いて揺れた。

***

彼女、イオ・イルヴァーナとの出会いは、デオン・ギロが十七歳を迎えようとしていた年のこと。
父の仕事に随行させられていた嫡子のデオンは、北の国へと赴いていた。
暇な時間が出来たため、雪の降る街並みを散策していると、そこに彼女が居た。
「い、今ならこの私イオ・イルヴァーナが、たったの1,000ゴルドであなたの未来をお調べします!まだ見習いですけど……私の占いは的中しますよ!さぁさぁどなたでもどうぞ!」
やたらとカラ元気な占術師も居たものだなぁと思いつつ、他にめぼしい観光スポットも無かったデオンはなんの気はなしにふらりと立ち寄った。

占術師とは、この世界の占い師の事だ。
神から直々の神託を得る神子ほどの能力はないが、微かに未来を予見できる能力を持った人間である。
その能力は古来から娯楽だけでなく軍事にも生かされており、強力な力を秘めた占術師は各国で引っ張りだこにされるほどだった。

デオンの立ち寄った露店内には、いかにも胡散臭そうなオーブや書物といった、占術に必要なグッズが揃えられており、噎せ返るような匂いのするお香が炊きしめられていた。
煙に咳き込みながら、疑わしげな目でそれらを物色するデオンに、イオは目線があうなり”あっ”と言って口元をおさえた。
「そこのあなた……十八歳で死ぬと予言されてはいませんか?」
(なんだこいつ……?)
当然の反応である。デオンは占ってくれとも頼んでいなかったし、そんな未来予知誰だって聞きたくはないだろう。
しかもデオンは今年十七歳になる、予言が本当だとしたら”もうまもなく”ではないか。
「あっそ、ボクはそんな事聞いた事もないし、どうでもいいね」

気分が削がれたデオンは、その場は素っ気なく断ったが、どうにも記憶に残ってもやもやとした日が続く。
占いを信じるなど自分らしくないと思いつつも、後日、前代の執事長へ事の真偽を問いただしに向かった。
そこで聞いたのは耳を疑う”秘密”だった。
「デオン様ももうよいお歳ですから、話しても許されましょう……”ギロ家の嫡子は十八歳の年を最後に、暗殺者Jにより殺されるであろう”それがデオン様のお父上と私との間で共有されていた秘密です」
デオンが幼少の頃、この国の神子の神託により予言されていたと。それを父と前代執事長が長い間秘密にしてきたと。
よもやの”イオの占いが当たっていた”という結果に、デオンは思わず腹を抱えて笑いだしたが、前代執事長は”死期を予言されていたと知ってなお笑う余裕があるデオン”に戸惑いを隠せないようだった。
「それってつまりボクはもう間もなく死ねるって事だよね?あのクソ親父の懲罰的な教育から解放されるって!いいさ、こっちだって死ぬ前くらい心置き無く生きたいからね、ふふ」
何か面白い事でも思いついたかのようなデオンの様子に、執事長はどこか背筋のぞくりとする心地を受けたが、ほどなくしてデオンはじゃあねとだけ言い残し立ち去って行った。

***

イオがギロ家お抱えの占術師として招待されたのは、それから程なくしての事だった。
招待状に記されていたのは”ギロ家、ひいては嫡子のデオンお抱えの占術師になること、その事は誰にも秘密として欲しい”という事だった。
イオとしてはデオンと目が合った瞬間、瞼に過ぎったイメージそのままに問いかけただけだったのだが、まさかこんな事になるとは。
「ど、どうしよう、何かうさんくさくない……?」
オドオドと戸惑いながら問いかけたイオに、彼女の両親は”貴族お抱えの占術師など願ってもない果報だ、早々に身支度をして向かいなさい”と、嬉々として送り出したのだった。

荷造りを済ませ、単身で怖々ギロ家の屋敷へやってきたイオだったが、あまりに挙動不審な様子から怪しまれたのだろう、早々に門前で無表情なメイドに引き止められた。
「どちら様で……?ああ、坊ちゃんのお客人でしたか、失礼致しました。どうぞ、こちらです」
”占いする時は物怖じせずに話せるのになぁ”とウジウジしながら、メイドに案内されるまま屋敷内部へ立ち入ると、貴族の館らしい大階段と豪華なシャンデリアの下で、にんまり笑顔のデオンが出迎えた。
「やぁ、丁度いい所に来てくれたね、早速だけど占って欲しい事があるんだ」

そう言って案内されたのは、貴族階級らしい男たちがずらりと着席した大広間だった。
「どどど……どうして!!何ですかいきなり!?」
「みんなアンタの占術の腕を確かめたがっているんだよ、知ってるだろう?占術は軍事に生かされる事もある」
「それは確かにそうですけど……」
”いま目の前にずらりと並んでいる貴族たちは、現政権下の正規兵なのだろうか?”
お抱え占術師になることを内密にして欲しい、という文言がずっとひっかかっていた。
けれどここまでのこのこやって来てしまった手前、もう後に引くことは出来なかった。
「占術師どの、貴公の腕前を確認させて頂きたい、それ次第では我ら全員の名のもとに然るべき待遇を約束させて頂きましょう」
立ち上がってそう言って寄越したのは、やけに見目の整った顔立ちの青年だった。
イオと同い年、23歳程だろうか、デオンよりは一回りほど歳上に見えた。
青年は自らをこの一団の司令官だと言い、その名を”レビィ・ザイアッド”と名乗った。
「わ、分かりました……」
とはいえ、いきなり占えとだけ大雑把に言われても、確たる指示もなしに占うことはできない。
占術師の未来予知は、この国に古来からある”神子の神託”の未来予知とは全く違うものである。
まずはそれを分からせる必要がある、と知ったイオは、ひとつの提案をした。
「で、では……占ってほしい人物と、何年先までの未来を視るか、ご提示ください」
「じゃあ、ボクの父……ギロ家当主の未来を、とりあえず五年先まで、占ってもらえる?」
「分かりました」
イオ自身、ここまで仰々しい環境での占術は初めての事だった。
持参してきた占術道具を大広間のテーブルへと広げると、あの噎せ返るようなかおりのお香を炊きしめる。
「す、すみません、匂いキツイですよね!これは占いに必要なものなので……!!ご容赦ください!」
緊張でどもりそうになる口をどうにか動かしながら、手始めとなるヒアリングをしてゆく。
「で、では……デオン様のお父上の事を占います。お生まれはこちらが母国でお間違いないですか?ご兄弟は、居られないですね?」
「ああ、東国のギロ家の第一子。ボクから見て叔母が居たそうだけど、幼少の頃に死んでるみたいだね」
一通りヒアリングを終えたイオは、狙撃手が照準を合わせるように、パワーストーンを握った両手を合わせ、目の前の水晶玉に向かって意識を集中させた。
イオの閉じた瞼の裏にふわりと浮かんだのは、父の亡骸の前で血に濡れたナイフを手に立ち尽くすデオンの姿だった。
「……!」
血にまみれたデオンの父の首筋にあったのは東の国正規軍の刺青だった、これはつまり。
―――イオは瞬時に悟った。
”自分は今クーデターを起こそうとしている一団の軍略に利用されている”と。
「どうした?そんなに言いづらい事?それとも……そんなに”不味いもの”が視えた?」
(ど、どうしよう)
占術師が技を行使するうえでタブーとされている事柄がある。
―――ひとつは、死に関する情報を対象である本人以外に漏らすこと。
―――もうひとつは、占術師本人の死期を占うことである。
今回のデオンの父の未来予知は”死に関する情報を対象である本人以外に漏らすこと”に該当すると思われた。
「申し訳ないのですが……占術師のタブーにあたる結果であるため、お伝えできません」
「……ふぅん、そういう事もあるんだ」
デオンは相変わらずのにんまり笑顔で、どこか疑わしげに口元に手を当てている。
イオの回答にざわつきながら少し考えていた様子の一同だったが、ややあってから、ふたつめの占いを提案してきた。
「では、この私レビィ・ザイアッドがいかなる地位に収まるか……一年先までの未来を占っていただきたい」
そう言ったレビィの表情は、珍妙な生体の生き物を見るかのような、どこか物珍しげな表情をしていた。
常人には理解しがたい力を行使する占術師は、時にこういった視線を向けられる事もあった。
遥か異郷では、占術師を忌むべき存在とする土地もあると聞いたことがある。
そういった土地で扱われないだけ、自分はまだ良いのかもしれないとイオは思い至る。
「分かりました、ではレビィ様の未来を占います、ご出自などをうかがっても?」
「……分かりました、良いでしょう」
レビィはややあってから、己の身の上をぽつぽつと語り始めた。
―――ここではない異郷の土地の出自であること。
―――両親は知らず、その土地で長い間とある監視者として生きてきたこと。
―――とある人物を探す目的で、最終的にこの東の国へやってきたこと。
なんだかいまひとつ詳細を把握できない内容ではあったが、この一団がクーデターを起こそうとしていると仮定すれば、少なからず秘密にしたい事柄が出てくるのも当然であろう。
「で、では、占います……!」
再びのヒアリングを終えたイオは、緊張で汗ばんだ手でパワーストーンを握ると、両手を合わせ目の前の水晶玉に向かって意識を集中させた。
しかしいくら祈っても祈っても”何も視えてこない”、まるで霧か煙に阻まれているかのように。こんな事は初めてだった。
(なにこれ?こんなこと経験したことない、この世に生きている者なら皆、何かしらの未来が視えるはず……もし視えない者がいるとしたら、そんなもの)
ふと視線を上げた先のレビィの表情が、小馬鹿にしたかよのうに笑んでいるのに気づいて、イオは勘づいた。
―――このレビィは”占術師を忌む異郷の存在”なのだと。
「どうしました?なにも視えませんか?」
「うぐっ……」
(こ、こんなはずでは……!)
戸惑うイオの意識に、ふと一筋のイメージが湧き上がる。すかさず閉じた瞼の裏に浮かんだそれを、イオは瞬時に逃がすことなく言葉につむぎ出した。
「あなたは、もうまもなく王妃さまのお気に入りになります!逆玉です!おめでとうございます!」
一同がしんと静まり返ったのを察して、イオは”やってしまったかもしれない”という事に気付く。
おそらくここに居る全員が知りたかった情報は、そんな個人的なことでは無いし、おめでとうございますはかなり余計だった、おそらくそうだ。
そこでレビィが突然笑いだし、イオは思わずびくりとして瞼を開いた。
「面白い、私しか知りえなかったその事実を知るあなたは、確かに占術師とやらの素質があるのでしょう。デオン、こちらのイオ殿を我らの軍師としてお迎えします、支度を進めてください」
(えっ、今ので本当に良かったの?)
戸惑うイオをよそに、てきぱきと卓上の備品は片付けられ、ギロ家屋敷内の一室へと案内される。
「こちらでおやすみください、いま暖かいお紅茶をお持ちします」
どこか冷ややかだった先程のメイドの表情も、すこしばかり穏やかに見えるから不思議だった。
なんだか嘘みたいな事の連続の日だったなぁと思いながら、持参した荷物を横目に、窓際のベッドに腰を下ろす。
そこにやってきたのは、先程顔を合わせていたデオンだった。
「やぁ、今日はお疲れ様。ひとつ、忠告をしておこうと思ってね」
丈の長い白い軍服からのぞく、黒いタイトなブーツをカツカツと鳴らしながら歩み寄ってきたデオンは、イオにそっと耳打ちするように言った。
「このギロ家は様々秘密があってね、よそからすると”気が触れてる”そうだよ。まぁ、そんな訳だから、必要以上に詮索しない事をおすすめするよ」
窓際から差し込んだ月光が、そう言ったデオンのガーネット色の瞳を妖しく照らし出す。
相変わらずの底の知れないにんまり笑顔で微笑んだデオンは”なんてね”と、嘘か本当か分からないような言葉で締めると、イオの口元に人差し指を当ててこう言った。
「あんまり無防備なお登りさんは”悪い狼ども”に食べられちゃうだろうね、まぁこんな男むさい所だから、真実深入りはしない事をおすすめするよ」
忠告か警告か、気にかかる言葉を残すと、デオンはカツカツとヒールを鳴らしながら部屋を去って行った。
(ほ、本当に食べられるかと思った……)
こんな男だらけの反政府組織で、怯える小動物のように弱小な自分はやっていけるのだろうか。
不安に苛まれるイオだったが、ほどなく先程のメイドが暖かい紅茶を届けてくれたため、その日は幾分か落ち着いて床に就くことが出来た。

***

翌日から、イオの軍師としての慌ただしい日々が始まった。
占術により、政府軍で将来的に味方に付きそうな人物をターゲッティングしていく作業。
危うい仕事ではあったが、しっかりやっていれば危険回避にもなりえる作業であったし、レビィたち一団もイオの事に関しては機密扱いとしてくれていたため、身の安全は保証されていた。

ギロ家から新たに住まいを移したイオが、反政府組織の隠しダネとして働く中で知ったのは、レビィの腹心デオンのトリッキーさとしたたかな反骨精神だった。
”人の血を見るのが好きな戦闘狂、デオン・ギロ”
”レビィ閣下に従う一方で裏切る機会をうかがっているらしい”
組織の人間を占った先々で聞こえてくるのは、どれも明るくない噂話ばかりだった。
デオンに”そういった危うい側面がある”と察したからこそ、イオはギロ家に住み続ける事を断ったのだが。
(初日のデオン様の忠告が本当になったなぁ)
そう思いながら、イオは今しがたデオンから”個人的な占術”を依頼され、占っている最中だった。
「ボクの家に居れば身の安全も固くなるってのに、どうしてわざわざ外に住むことにしたの?」
「ま、待って、今話しかけないでください……!」
デオンが占って欲しいと願い出たのは、初対面の頃イオが言い当てたあの予言についてだった。
”ボクを殺すと予言されている暗殺者Jとやらの行方が知りたい”
デオンが占って欲しいと願ったのは、あろうことか、自分の命を奪いに来る暗殺者その人についてだった。
とはいえ、イニシャルしか分かっていない、ヒアリングのしようがない相手である。
きっかけとなるデオンの未来を占う事でしか情報を得られないが、それでも良いかと問えば、デオンはあっけらかんとした顔で”いいよ”と言ってよこした。
(自分の身の回りに関して詮索するなと言った事を忘れちゃったの……?)
デオンは釈然としない様子のイオに構うことなく、どこかいつもより楽しげなにんまり笑顔で詰め寄ってくる。
「そいつは今どこでどうしてるの?男?女?」
「だから……!待ってくださいって、言ってるでしょ……!!」
矢継ぎ早に急かされ、水晶玉への集中を切れさせそうになったイオの意識に、ひとつのイメージが流れ込んでくる。
―――坑道かどこかの穴蔵のような場所だった。
デオンの向こうに対峙しているのは、短い黒髪に黒衣を纏った、二十歳過ぎ程の銃刀使いの男だった。
その背中に守っているのは純白の衣を纏ったブロンドの娘。
「黒衣の男、ブロンドの娘に、坑道か……いまひとつピンとこないけど、まぁ記憶にとめておくよ」
そう返したデオンは、面白い本を手に入れた子供のように無邪気な様子で立ち上がる。
(自分を殺しにくる相手を知ってなお楽しげにするなんて、相変わらずよく分からない人)
しばらくのあいだ身内として接してきたものの、デオンという人間に理解がおよばないイオは首をかしげる。
しかしデオンの去り際、水晶玉から手を離そうとしたイオの意識に駆け込むように降りてきたのは、幼少期のデオンと父らしき人物の姿だった。
―――親子というにはあまりにも、ひどく、聞くに絶えない言葉を浴びせられている、それだけは解った。
穏やかな両親の元で育ったイオからすると、デオン親子のその様子はあまりに異質に映ったのやもしれない。
『このギロ家は様々秘密があってね、よそからすると”気が触れてる”そうだよ』
いつぞやのデオンの言葉を思い出す。
過剰すぎる言葉で異質な教育を施す実父、そんな父の元で育ったデオンは血を見る事を好む戦闘狂に育った。
イオの中で全く理解が及ばなかった、まばらに散らばっていたデオンの姿が、全て繋がったような気がした。

***

それからというもの、デオンに対するイオの見方は少しずつ変わっていった。
適度にビジネスライクな距離を貫くイオに対し、当初の印象とは裏腹にどこか懐きはじめたデオンの様子もあっただろう。
”不遇な環境で孤高に育ったこの少年の助けになりたい”と、どこか遠縁の姉のような感覚で見るようになっていった。

そんなある日、クーデターが実行に移されたという知らせが飛び込んできた。
組織の人間の動向を占う中でそろそろかと勘づいてはいたが、いよいよ事が起こされたらしい。
そしてその最中でデオンが実父を殺めたという一件を聞き、イオはこの国にやってきた初日に垣間見たデオンの未来図を思い起こした。
(過剰な教育の元で育ったとはいえ、実の父を殺めたデオン様はどんな気持ちだったんだろう)
イオは殺したいほど憎い相手というものがない。
ましてやデオンはその相手が実父であったのだから、イオのような平穏無事な環境で育った人間が容易に想像できたものではないのだが、しかしそれでも苦悩が全くなかったとは思えなかった。
(私はただ占術師としてデオン様とみんなの役に立つんだ)
イオが何を願おうと、初めからこの国で出来うる事など限られていた。
そもそも自分の存在はこの国で”ないもの”と扱われてきたのだ。
クーデターが成功した今後はどうなるか分からないが、未来を占うことが出来るイオの力がより必要とされるであろう事だけは分かった。
(そういえばこの国に古くから居ると聞く”神託を告げる神子”とやらはどうしているんだろう)
イオは今の自分と近しい立場にあるであろうその人を思い浮かべながら、せめて身の危険に晒されていないことだけを願った。


その晩の事だった、旧政府軍残党と思われる一派の夜襲が入った。
クーデターが成功に終わり、一同が集っていた最中のことで、今まで矢面に立たされる事が無かったイオも巻き込まれてしまった。
「居たぞ!あいつが情報にあった占術師だ!」
「殺せ!」
どこから情報がもれたのか、占術師イオの存在は敵方に知られていた。
(あ、私ここで死ぬんだ)
―――占術師は自分の死期を占ってはならない。
今際の際になって、イオはその理由が解った気がした。

***

月明かりをベール越しに受けたイオが、死期を悟った様子でデオンのもうひとつの未来を告げる。
「あなたはやがて、世界的に君臨する大王になる」
(今際の際だってのに、どうしてそんな嬉しそうな顔するんだ)
出会った時に聞いた占いとはてんで真逆のその言葉に、デオンは思わず笑ったが、なかなかに悪くない予言だと思った。
「ただの貴族の息子で、戦闘狂のこのボクが?世界的な大王?面白いことを言うね!」
じわりと滲んだ不安を、いつもの作り笑顔で押し殺したデオンをよそに、イオは致命傷を追った体で、なおも穏やかに答えた。
「あなたが選んでいるのは……幾多の道筋のひとつにすぎないんです、どうかご武運を」
その言葉を最後にがくりと事切れたイオを、物言わず静かに見送ったデオンは、彼女の亡骸にそっとベールを被せる。
―――イオが最期に見た未来の自分はどんな顔をしていたんだろう。
その未来にイオが居ない事を心苦しく思う己を打ち消すように、デオンは静かに両手のナイフを構える。
(大王とか、正直どうでもいいけど……ボクはこんな所で死なないさ、イオが視た”暗殺者J”の顔を拝むまでは)

先日飛び込んできた情報”黒衣の暗殺者 ジルカース”
彼が守るのは、この国から亡命している”神託の神子”だ。

まだ見ぬ彼らの姿を思い浮かべながら、デオンは喜劇を待ちきれない子供のような笑顔でナイフを振りかぶった。
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