前世竜王だった私の右腕が選んだのは私の兄で、私は左腕に囚われる

みん

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初めて、その人族の王妃─ヴァネッサ─様を見た時、何て儚げな人なんだろう─と思った。



「シャノン。今日からお前は、その人族の娘─俺の番の護衛を任せる。」

「は?陛下の…番!?」

「そうだ。俺の番だ。ようやく…番に出会えたのだ。」

と、陛下は嬉しそうに笑っている。
そりゃそうだ。自分の半身である番に出会えたのだ。喜ばない方がおかしい。ただ…

チラリと、その陛下の番様に視線を向ける。
その番様は、ここに来た時からずっと震えながら泣いているのだ。

「陛下。この番様に…人族からの同行人は居ないのですか?」

「ん?同行人など必要ないだろう?侍女も護衛も、竜族で用意できるし、俺の番の側には、俺が信を置ける者しか付けないしな。」

ーは?陛下は…こんな…馬鹿だったか?と言うかー

「陛下。今日は…人族の新たな王の戴冠式に参加されていたのでは…なかったですか?」

「あぁ、参加していたが、番を見付けたから、途中だったが…番を連れ帰って来たんだ。」

「は?途中?」

「兎に角、俺の番に俺以外の男は近付けるな。お前が信を置いている2人も─だ。例外は認めない。今日からは、番の為の奥の離宮で、俺の番の世話をするように。分かったか?」

「……承知しました。」

そう返事をすると、陛下は満足げな顔をして部屋から出て行った。

“賢王”と謳われている現竜王─オルガレン様─も、番を前にすると、ただの男と言う事か…。

「えっと、すみません。私、戴冠式に参加どころか、そちらの国にも行っていなかったので、状況が分からないのですが…お名前をお訊きしても?」

ソファーに座って、震えて泣いている彼女の目線に合わせるように、彼女の前に膝を着き、彼女を窺い見る。

「あ…の…私……名は…ヴァネッサ…です…」

「ヴァネッサ…様ですね?ん?確か…新たな王のお妃様の名もヴァネッサ様ではなかった────」

ーまさかー

「……はい。その…王妃である…ヴァネッサは…私の事です。」

そう言うと、ヴァネッサ様は私にしがみつき、声を出して泣き出した。

ー陛下は、既婚者─人族の新たな王の妃である女性を…連れて帰って来たのか!?ー

「ヴァネッサ様、ここには…同意を得ていらっしゃったのですか?」

ヴァネッサ様は、泣きながらも首を横に振る。

「何て事を──!ヴァネッサ様、少しの間、離れますが…大丈夫ですか?ここには、私の許可がない限り誰も入って来る事はできませんから。」

「分かり…ました。」

ヴァネッサ様を1人にするのは心苦しかったが、躊躇っている余裕も無く、直ぐに陛下の元へと駆けて行った。














「陛下!何をお考えですか!?既婚者─それも王妃となるお方を拐って来るなど!」

「シャノン?何故怒っている?“番”だぞ?例え既婚者であれ、王妃であれ、何よりも優先されるだろう?」

「それは、番が分かる者に限ってでしょう!人族や魔族には“番”はありません!それに、彼女は王妃になるお方。そんな方を拐って来ては、国─種族間での争いが起こります!兎に角、一度彼女を国にお返し下さい!」

「それは出来ない。」

「陛下!──っ!?」

更に私が陛下に進言しようとすると、陛下が私の首を締め上げて来た。

「黙れシャノン。これは─竜王としての命令だ。お前は俺の番と共に、奥の離宮に!」

「へい…か…」

「“否”は受け付けない。お前が口にできる事は“是”だけだ。分かったな?」








“番”の存在が、ここまで人を狂わせるのか─

誰もが、竜王に番ができた事を喜んだ。誰もヴァネッサ様を見てはいない。ならば、私は─私だけでもヴァネッサ様に寄り添い、味方であろうと思った。


人族の新たな王は、直ぐ様行動を起こした。そして、そこに魔族が手を差しのべ─長く続く争いの日々が始まったのだ。


陛下は、それはそれは、番であるヴァネッサ様を大切に大切に囲い込んだ─但し、である。
拐って来た翌日には、ヴァネッサ様は竜心を飲まされ、竜化させられた。その半年後には─竜王の離宮へのが始まった。無駄な抵抗とは分かっていたが、何日かは、ヴァネッサ様の体調が良くない、月のモノが始まった─と先延ばしにしたが…

「シャノン様…ありがとうございます。私…大丈夫です。もう…覚悟はできていますから…。」

と、フワリと儚げに微笑むヴァネッサ様。

その笑顔に、胸が抉られるような気持ちだった。

ヴァネッサ様は…全てを諦め、竜王を受け入れた。













私は、ヴァネッサ様と共に奥の離宮に閉じ込められるように過ごしていた為、外がどうなっているか─などは全く分からなかった。どれ程の月日が流れたかも、よく分からなかった。

そんなある日。珍しく、陛下がヴァネッサ様を連れて外に出掛けて行ったのだ。私が1人になると、アドルファスとブラントが私の元へとやって来た。

「あぁ、シャノン様!お久し振りです!」

アドルファスとブラントは、私の左腕と右腕─直属の配下─だ。

「本当に久し振りだな。2人とも元気そうで良かった。それで、今、外はどうなっている?」

急ぎ、これ迄の外の現状を聞けば─予想以上に酷い状況だった。

「2人とも、ありがとう。そろそろ本殿に戻った方が良い。陛下は、お前達でさえ離宮ここに来る事を善しとしていないから。」

ーすまないが、今度、陛下が不在の朝議の予定があるなら、知らせて欲しいー

と、それだけ2人にお願いをした後、陛下達が戻って来る前に2人を帰らせた。





世代が変わっても続く争い。
人族から“話し合いを”─と届く親書を一蹴する陛下。

幸いな事は、エルフ族、獣人族、亜種族が中立の立場を保っていてくれている事だろう。

でも─

現状を知ったからには、もう知らないフリはできない。












「私が……陛下を止める。」

陛下不在の朝議の場で、私がそう宣言すると、誰も反対はしなかった。それどころか、皆安堵したような顔をしていた。

ー“陛下を止める”意味を、解っていないのか?ー

「ただ…今回の挑戦は…私が死ぬか、私が陛下をしいするか…になる。」

「何を─!?」

その場が一気にざわつく。

「負けが死を意味する─とは、もう既に廃れた風習です!前回同様、どちらかが─」

「争いを治めたいのだろう?治める為には…王妃を人間ひと必要がある。それは─陛下から番を奪うと言う事だ。意味が…解ったか?」

「まぁ─私も負けるつもりはないし…頑張るけど、私が負けたら…後は頼んだよ─アドルファス、ブラント。」

アドルファスとブラントは、私の言葉に無言で頷いた。



嘘でも強がりでもない。私は、負けるつもりなんてない。必ず…勝つ。






そうして、その3日後、陛下と私の決闘が行われた。







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