26 / 32
26 超えた一線
「マリレーヌ、久し振りだね」
「ブレイザー伯爵、お久し振りです。遅くなってすみません」
取り敢えず、遅れた事を謝罪してから、私はリシューさんの隣に腰を下ろした。
『何故そっちに座るんだ?』みたいな顔をしているアシュトン。
「ブレイザー領の資料や土地の改良に関しての話──でしたか?」
「あ……あぁ、そうだ。過去の資料を見てもよく分からないし、同じようにしても上手くいかなくて。マリレーヌ助けを借りたいと思って。だから、私と一緒にサザリアンに帰ってくれないか?」
ー突っ込むところが多過ぎて、どこから突っ込めば良いのかー
「申し訳ありませんが、あの資料に追加する物はありません。あれが全てですから。それと、私がブレイザー伯爵と一緒に土地の改良をする事もありません。サザリアンに行く事もありません。分からないのなら、当主である貴方が領民達と頑張るしかないんです」
「それはそうかもしれないが、以前やった事があるマリレーヌがすれば、すぐに成果が出るかもしれないだろう?それに、領民も私よりマリレーヌに期待しているようで……私も記憶が戻らないままで、よく分からないから助けて欲しいんだ」
ー頭が痛いー
リシューさんは、怒りを通り越して呆れも通り越している気がする。目の前に居るアシュトンを見ているようで見ていない。憐れみすら抱いていない。
「私が、ブレイザー伯爵を助ける義理はありません。私と貴方は他人ですから」
「今は他人だとしても、かつては夫婦であったし、同じサザリアンの人間で──」
「あぁ、お伝えしてませんでしたね。私の名前はマリレーヌ=ナルターレル。ここ、スカレティア皇国のナルターレル侯爵の籍に入っています」
「なっ……ナルターレルの……侯爵籍に!?」
「はい。ですから、私がサザリアンに行く事はありません。もし、無理矢理にでも私を連れて行こうものなら、正式にサザリアン王国とブレイザー伯爵家を訴えます」
スカレティア皇国とサザリアン王国。ナルターレル候爵家とブレイザー伯爵家。どちらをどう比べても、こちら側が上だから、アシュトンがどう足掻こうとも私をどうする事もできない。しかも、私の隣に座っているのは、スカレティア皇国の宰相補佐官だ。リシューさんの一言で、アシュトンは即刻強制退去させる事もできる。
「でも……マリレーヌがブレイザーを助けてくれたら……また私と一緒に居られるようにできるし……それに、ラヴィーとの子供を、マリレーヌが育てる事もできる。マリレーヌにとって、良い事だと───」
育てる事もできる
「それは……一体どういう意味ですか?」
「残念ながら、私との子ができなかったけど、子供は欲しかっただろう?なら、ブレイザーに戻って来てくれたら、私とラヴィーとの子を────」
「その煩い口を今すぐ閉じろ」
「ひい──っ」
ーこんな人だったとはー
今迄聞いた事がない低い声のリシューさん。そのリシューさんに怯えているアシュトン。学園で出会った時のアシュトンも、結婚してからのアシュトンも優しくて、私の事を気遣ってくれて、良い領主であり良い夫だったのに。記憶がなくなっただけで、こんなにも変わってしまうのか。それとも、本当はもともとこういう人だったのか。どうなのかは分からないけれど、それがどうだろうと、この人は超えてはならない一線を超えたのだ。
「確かに、私達に子供は……できませんでした。ですが、だからと言って、私が貴方達の子を喜んで育てるわけないでしょう。人を馬鹿にするのもいい加減にして下さい。誰が、喜んで浮気相手の子を育てると!?」
「う……浮気ではない!記憶を失ってからの話で──」
プツリッ──と、頭の中で何かが切れた。
「記憶喪失になる前に関係を持ってできた子だと!もう分かっているのよ!記憶喪失になったから?そんな言い訳通じないから!いい加減にして!記憶喪失を免罪符にするのもたいがいにして!」
「なっ……え?」
無関心にもほどがある。アシュトンは、子供の妊娠周期をいまいち理解していないのだろう。妊娠周期が、最終月経から始まる事を知らないから、出産予定日が合わない事にも気付いていなかったんだろう。
「“純愛”だなんて笑えるわ。貴方が記憶喪失になる前に関係を持って、子供ができたのよ。それが嘘だと思うなら、サザリアンに帰ってフラヴィアさんに聞けば良いわ。主治医だったカロリーヌさんも証言してくれるわ」
「そんな……」
「貴方は、私を裏切ったのよ。私が、私を裏切った人を助けると思う?貴方が謝ろうが何をしようが、私が貴方を助ける事はないわ。二度と貴方の顔なんて見たくなかったわ。アシュトンにもブレイザー家にも未練なんてこれっぽっちもないわ。貴方に未練があるなんて思わないで!これ以上話す事はないわ!今すぐにここから出て行って!」
「マリ────っ!」
アシュトンが私に向かって伸ばした手を、リシューさんが振り落とす。
「トマス、客人のお帰りだ」
「承知しました」
「待って!マリレーヌ!!」
トマスに引き摺られるように出て行ったアシュトンは、結局最後まで私に謝る事はなかった。
「ブレイザー伯爵、お久し振りです。遅くなってすみません」
取り敢えず、遅れた事を謝罪してから、私はリシューさんの隣に腰を下ろした。
『何故そっちに座るんだ?』みたいな顔をしているアシュトン。
「ブレイザー領の資料や土地の改良に関しての話──でしたか?」
「あ……あぁ、そうだ。過去の資料を見てもよく分からないし、同じようにしても上手くいかなくて。マリレーヌ助けを借りたいと思って。だから、私と一緒にサザリアンに帰ってくれないか?」
ー突っ込むところが多過ぎて、どこから突っ込めば良いのかー
「申し訳ありませんが、あの資料に追加する物はありません。あれが全てですから。それと、私がブレイザー伯爵と一緒に土地の改良をする事もありません。サザリアンに行く事もありません。分からないのなら、当主である貴方が領民達と頑張るしかないんです」
「それはそうかもしれないが、以前やった事があるマリレーヌがすれば、すぐに成果が出るかもしれないだろう?それに、領民も私よりマリレーヌに期待しているようで……私も記憶が戻らないままで、よく分からないから助けて欲しいんだ」
ー頭が痛いー
リシューさんは、怒りを通り越して呆れも通り越している気がする。目の前に居るアシュトンを見ているようで見ていない。憐れみすら抱いていない。
「私が、ブレイザー伯爵を助ける義理はありません。私と貴方は他人ですから」
「今は他人だとしても、かつては夫婦であったし、同じサザリアンの人間で──」
「あぁ、お伝えしてませんでしたね。私の名前はマリレーヌ=ナルターレル。ここ、スカレティア皇国のナルターレル侯爵の籍に入っています」
「なっ……ナルターレルの……侯爵籍に!?」
「はい。ですから、私がサザリアンに行く事はありません。もし、無理矢理にでも私を連れて行こうものなら、正式にサザリアン王国とブレイザー伯爵家を訴えます」
スカレティア皇国とサザリアン王国。ナルターレル候爵家とブレイザー伯爵家。どちらをどう比べても、こちら側が上だから、アシュトンがどう足掻こうとも私をどうする事もできない。しかも、私の隣に座っているのは、スカレティア皇国の宰相補佐官だ。リシューさんの一言で、アシュトンは即刻強制退去させる事もできる。
「でも……マリレーヌがブレイザーを助けてくれたら……また私と一緒に居られるようにできるし……それに、ラヴィーとの子供を、マリレーヌが育てる事もできる。マリレーヌにとって、良い事だと───」
育てる事もできる
「それは……一体どういう意味ですか?」
「残念ながら、私との子ができなかったけど、子供は欲しかっただろう?なら、ブレイザーに戻って来てくれたら、私とラヴィーとの子を────」
「その煩い口を今すぐ閉じろ」
「ひい──っ」
ーこんな人だったとはー
今迄聞いた事がない低い声のリシューさん。そのリシューさんに怯えているアシュトン。学園で出会った時のアシュトンも、結婚してからのアシュトンも優しくて、私の事を気遣ってくれて、良い領主であり良い夫だったのに。記憶がなくなっただけで、こんなにも変わってしまうのか。それとも、本当はもともとこういう人だったのか。どうなのかは分からないけれど、それがどうだろうと、この人は超えてはならない一線を超えたのだ。
「確かに、私達に子供は……できませんでした。ですが、だからと言って、私が貴方達の子を喜んで育てるわけないでしょう。人を馬鹿にするのもいい加減にして下さい。誰が、喜んで浮気相手の子を育てると!?」
「う……浮気ではない!記憶を失ってからの話で──」
プツリッ──と、頭の中で何かが切れた。
「記憶喪失になる前に関係を持ってできた子だと!もう分かっているのよ!記憶喪失になったから?そんな言い訳通じないから!いい加減にして!記憶喪失を免罪符にするのもたいがいにして!」
「なっ……え?」
無関心にもほどがある。アシュトンは、子供の妊娠周期をいまいち理解していないのだろう。妊娠周期が、最終月経から始まる事を知らないから、出産予定日が合わない事にも気付いていなかったんだろう。
「“純愛”だなんて笑えるわ。貴方が記憶喪失になる前に関係を持って、子供ができたのよ。それが嘘だと思うなら、サザリアンに帰ってフラヴィアさんに聞けば良いわ。主治医だったカロリーヌさんも証言してくれるわ」
「そんな……」
「貴方は、私を裏切ったのよ。私が、私を裏切った人を助けると思う?貴方が謝ろうが何をしようが、私が貴方を助ける事はないわ。二度と貴方の顔なんて見たくなかったわ。アシュトンにもブレイザー家にも未練なんてこれっぽっちもないわ。貴方に未練があるなんて思わないで!これ以上話す事はないわ!今すぐにここから出て行って!」
「マリ────っ!」
アシュトンが私に向かって伸ばした手を、リシューさんが振り落とす。
「トマス、客人のお帰りだ」
「承知しました」
「待って!マリレーヌ!!」
トマスに引き摺られるように出て行ったアシュトンは、結局最後まで私に謝る事はなかった。
あなたにおすすめの小説
病弱な幼馴染みには「俺がいないとダメなんだ」なら、一生背負わせてあげます。
ぽんぽこ狸
恋愛
公爵令嬢のソフィアは、今回も約束をすっぽかしたことを婚約者のセドリックに謝罪されていた。
セドリックはソフィアとのよく約束を放棄する。
重要な社交や両家が話し合うなどの場面ではやらないくせに、ソフィアの心情的に大切なお祝いなどでであえてすっぽかす。
そうして向かうのは病弱でかわいらしい幼なじみのパトリシアところである。
次こそは約束を守ると言う彼に、ソフィアは『誕生日の食事会』の誘いをかけた。
必ず行くと言う彼だが、当日来なかった。
そして、『ソフィアの成人祝いを兼ねた食事会後の、今後の話し合い』がセドリック抜きで始まる。
誰もがその場に居ないセドリックの心を察し、ソフィアの提案でそんなに想っているならばパトリシアと結婚させてあげることが決まる。
しかしそのパトリシアは両親が困り果てるほど、身内には苛烈な一面を持っていた。後日助けを求めに来たセドリックにソフィアは小さく微笑む。
他サイトにもアップしています。
妹は謝らない
青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。
手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。
気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。
「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。
わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。
「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう?
小説家になろうにも投稿しています。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。