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#SMバーへ参戦
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空になったグラスを睨んで、カリオンは小さく息を吐いた。
(……よし。行くか)
アイリーンに教えられた店に行くには景気づけの一杯が必要だった。
行きつけのバーで戦闘準備を整えたカリオンは、臨戦態勢で店へと向かう。
帝都の南区、裏通りにひっそりと佇むその店には、目印らしい看板すらなかった。
指定された名前を告げて中に入ると、案内されたのはほんのりと赤い照明に照らされた落ち着いたラウンジ。
思っていたほど派手ではなく、大人びた雰囲気の店内だった。
(これがSMバーか。もっと、縄やらムチやらが飛び交ってる場所かと……)
カリオンは軽く肩透かしを食らいながら、カウンターの一番端の席に腰を下ろした。
胸の内では、既に鼓動が高鳴っている。
(さて……どんな“本当の姿”が出てくるか)
しばらくして、店の奥から現れたのは――アイリーンだった。
黒を基調にした露出の少ないボンテージドレス。
袖は長く、膝下まであるスカートに高めのヒール、きっちりとしたラインに身を包んだ彼女は、お見合いの時とは別人のように背筋を伸ばしていた。
それでも顔立ちは変わらない。
目が合った瞬間、ぎこちない笑みが浮かんだ。
そして、視線が合ったまま動かないカリオンに、彼女が歩み寄る。
「ご来店、ありがとうございます。……本当に来てくれるとは思わなかった」
「約束したからね。……いいね、その衣装。とても似合ってる」
心から称賛すると、彼女は一瞬目を見開き――それから、ほんの少し、頬を赤く染めた。
「あ、ありがとう……」
その反応に、カリオンは少し驚いた。
お見合いの時にいくら褒めても、彼女は一切顔を崩さなかった。
なのに、今日は――
(これが、本当のアイリーンか)
自分の居場所で、自分のスタイルで、ちゃんと存在している。
そんな姿に、妙に納得してしまう。
「そういう衣装、好きなの?」
訊ねると、彼女は少しだけ口元を引き締めた。
「強くなれたような気がするから」
その答えに、カリオンはくすりと笑った。
「わかるよ。俺も軍服着てるときは、似たような気分だ」
アイリーンはカリオンの隣に座った。
「ご注文は?」
「じゃあウイスキーをシングルで。君も何か飲む?」
「私は――」
カウンターの女性――やはり女王様スタイル――に先手を打ってカリオンはアイリーンの分を注文した。
「この子にはメロンソーダで。あったらバニラアイスも乗せて。チェリーもね」
「ちょっと! そんな子供じゃないわ!」
アイリーンは怒ったが、二十歳なんてカリオンから見たらまだ子供だった。
「メロンソーダ嫌い? そんなこと言ったらせっかく作ってくれたお姉さんが悲しむよ」
「嫌いでは……ないけど」
悔しそうにアイリーンは出てきたソーダをストローですすった。
「チェリーもらっていい?」
「ダメ。……アイスなら一口あげてもいいけど」
許可が下りたので口を開けると、アイリーンは自分のスプーンを見つめ、カウンターの女性に「スプーンもう一つちょうだい」と言った。
食べさせてくれたので、それで良しとすべきだろうか。他の客にも同じことをされたら嫌だし。
ウィスキーで喉をうるおして、カリオンは店内を見回した。数名の女性スタッフと何人かの客。
こちらに注意を向けている人間はいないが、奥にいるんだろうか。
「それで――君の御主人様はどこ? あ、もしかして奴隷の方?」
「えっ?」
アイリーンが素っ頓狂な声をあげた。
「てっきり今夜は“私には心に決めた御主人様がいるから、あなたとは結婚できない”って言われると思ってたんだけど」
「そ、そんな人いないわよ!」
彼女は顔を赤くした。
「主従関係は、魂を縛る一生ものの契約なの。そんな簡単にできることじゃないのよ。私みたいな新米で、研修中の、出来損ないが……っ」
「……ふーん?」
カリオンは肩をすくめ、軽く頷く。
「じゃあ、募集はしてる? 立候補するなら、どうしたらいい?」
アイリーンは目をぱちぱちと瞬かせた。
「そ、そんな、えっ……!?」
「結婚だって、一生物の契約だよ?」
笑いながら、カリオンは彼女の目をまっすぐ見つめた。
「俺、“お見合いを進めよう”って言ったじゃないか」
(……よし。行くか)
アイリーンに教えられた店に行くには景気づけの一杯が必要だった。
行きつけのバーで戦闘準備を整えたカリオンは、臨戦態勢で店へと向かう。
帝都の南区、裏通りにひっそりと佇むその店には、目印らしい看板すらなかった。
指定された名前を告げて中に入ると、案内されたのはほんのりと赤い照明に照らされた落ち着いたラウンジ。
思っていたほど派手ではなく、大人びた雰囲気の店内だった。
(これがSMバーか。もっと、縄やらムチやらが飛び交ってる場所かと……)
カリオンは軽く肩透かしを食らいながら、カウンターの一番端の席に腰を下ろした。
胸の内では、既に鼓動が高鳴っている。
(さて……どんな“本当の姿”が出てくるか)
しばらくして、店の奥から現れたのは――アイリーンだった。
黒を基調にした露出の少ないボンテージドレス。
袖は長く、膝下まであるスカートに高めのヒール、きっちりとしたラインに身を包んだ彼女は、お見合いの時とは別人のように背筋を伸ばしていた。
それでも顔立ちは変わらない。
目が合った瞬間、ぎこちない笑みが浮かんだ。
そして、視線が合ったまま動かないカリオンに、彼女が歩み寄る。
「ご来店、ありがとうございます。……本当に来てくれるとは思わなかった」
「約束したからね。……いいね、その衣装。とても似合ってる」
心から称賛すると、彼女は一瞬目を見開き――それから、ほんの少し、頬を赤く染めた。
「あ、ありがとう……」
その反応に、カリオンは少し驚いた。
お見合いの時にいくら褒めても、彼女は一切顔を崩さなかった。
なのに、今日は――
(これが、本当のアイリーンか)
自分の居場所で、自分のスタイルで、ちゃんと存在している。
そんな姿に、妙に納得してしまう。
「そういう衣装、好きなの?」
訊ねると、彼女は少しだけ口元を引き締めた。
「強くなれたような気がするから」
その答えに、カリオンはくすりと笑った。
「わかるよ。俺も軍服着てるときは、似たような気分だ」
アイリーンはカリオンの隣に座った。
「ご注文は?」
「じゃあウイスキーをシングルで。君も何か飲む?」
「私は――」
カウンターの女性――やはり女王様スタイル――に先手を打ってカリオンはアイリーンの分を注文した。
「この子にはメロンソーダで。あったらバニラアイスも乗せて。チェリーもね」
「ちょっと! そんな子供じゃないわ!」
アイリーンは怒ったが、二十歳なんてカリオンから見たらまだ子供だった。
「メロンソーダ嫌い? そんなこと言ったらせっかく作ってくれたお姉さんが悲しむよ」
「嫌いでは……ないけど」
悔しそうにアイリーンは出てきたソーダをストローですすった。
「チェリーもらっていい?」
「ダメ。……アイスなら一口あげてもいいけど」
許可が下りたので口を開けると、アイリーンは自分のスプーンを見つめ、カウンターの女性に「スプーンもう一つちょうだい」と言った。
食べさせてくれたので、それで良しとすべきだろうか。他の客にも同じことをされたら嫌だし。
ウィスキーで喉をうるおして、カリオンは店内を見回した。数名の女性スタッフと何人かの客。
こちらに注意を向けている人間はいないが、奥にいるんだろうか。
「それで――君の御主人様はどこ? あ、もしかして奴隷の方?」
「えっ?」
アイリーンが素っ頓狂な声をあげた。
「てっきり今夜は“私には心に決めた御主人様がいるから、あなたとは結婚できない”って言われると思ってたんだけど」
「そ、そんな人いないわよ!」
彼女は顔を赤くした。
「主従関係は、魂を縛る一生ものの契約なの。そんな簡単にできることじゃないのよ。私みたいな新米で、研修中の、出来損ないが……っ」
「……ふーん?」
カリオンは肩をすくめ、軽く頷く。
「じゃあ、募集はしてる? 立候補するなら、どうしたらいい?」
アイリーンは目をぱちぱちと瞬かせた。
「そ、そんな、えっ……!?」
「結婚だって、一生物の契約だよ?」
笑いながら、カリオンは彼女の目をまっすぐ見つめた。
「俺、“お見合いを進めよう”って言ったじゃないか」
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