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#アイリーンの境遇
しおりを挟むアイリーンが子宮を摘出したのは七歳の時だ。学校の健診で魔力量が多すぎると引っかかって、魔力過多症と診断された。
多すぎる魔力のせいで心身に不調が出るので普通はもっと早く親が気づくらしいが、母親はいつも「仮病でしょう。そうやって気を引きたがって」とアイリーンを突き放していたので学校の健診まで原因が判明しなかった。
医師に説明されても「この子のはただの仮病!」と言い張っていた母の姿を覚えている。
子宮を摘出して薬を飲むようになったら、体の苦しさはだいぶ楽になった。それまでは「気持ち悪い」と訴えると母親に仮病と言われ、兄に殴る蹴るをされて「仮病って言え!!」と謝罪させられたから、病気とわかったのは嬉しかった。でも病気とわかっても母と兄の態度は変わらなかった。
「仮病ばかり使う子」が「出来損ないの欠陥品」になっただけだ。
4つ上の兄に犯されたのは11歳のとき。「どうせ妊娠しないんだろ」と縛られて暴行された。泣いて母親に訴えたが、「お兄様がそんなことするはずないでしょう。またウソばかりついて本当に嫌な子!」と言われた。
兄も母も、アイリーンがいかに嘘つきでどうしようもない子か、周囲に吹聴した。そうするほうが兄には好都合だったのだ。家を出るまで性的虐待は続いた。
助けてくれる人は誰もいなかった。母と兄のせいでアイリーンは「嘘つきの子」と遠巻きにされて、親しい友人もできなかった。何を言っても信じてもらえない。
早く家を出たくて勉強を頑張れば、兄に「カンニングをしている」とウソの告発をされた。アイリーンが良い成績を取ると兄はひどく怒って「調子に乗りやがって」とひどく犯した。
それでもアイリーンには、勉強を頑張って奨学金をもらい、家を出ることしか希望がなかった。
推薦の理由になるからと、特級危険種対応支援プロジェクトに参加した。特級指定の大型魔獣討伐のため、「広域支援型魔導環式結界」の魔力供給者が募集されたのだ。
アイリーンは魔力量の多さと制御精度が評価され、結界陣の“北端支柱”=要の一点に配置された。持続魔力供給者として、魔導陣の安定稼働を数日間にわたって支えるのが役目だ。
気圧変化・魔力逆流の影響で複数の供給者が脱落する中、唯一脱落せず任務を全うした。その功績を称えられて勲章が与えられた。生まれて初めて、ウソつき呼ばわりされずに得た功績だった。「こんなもので調子に乗りやがって」と兄に捨てられそうになったが、銀行の貸金庫に預けて死守した。自分の命より大切なものだったから。
推薦を得られても「お前に学なんか必要ない!」と兄と母には最後まで邪魔をされた。兄より立派な大学に進学するのが二人とも許せなかったのだろう。だが特待生として学費免除で進学できるのに、なぜ行かせないのかと周囲から言われるようになると、あっさりと手のひらを返した。
寮に入って、やっとアイリーンは自分の人生を手に入れた。
周りは恋愛を楽しむ中、アイリーンにはそんな余裕もなかった。生きていくことだけで必死だったのだ。
絶対に家に戻りたくなかった。自分でお金を稼ぐために、とにかく勉強して論文を書きまくり、運良く二つが特許認定された。毎月定額のライセンス料が入るようになったため、仕送りがないゆえの食事抜きもなくなり、やっと「生きていける」と思えるようになった。
余裕ができても、周囲との間には溝があった。
兄にされていたことを思い出すと吐き気がして、とても誰かと恋愛する気にはなれない。男性からの好意が怖かった。拒絶すると急に態度を変えたり、悪評をまかれたり、兄のように外面はよくても平気で暴力を振るう人間もいるから信じられない。
誰とも一生愛し合うことなく、孤独に生きていくしかないと思った。尊厳を傷つけられながら生きるより、孤独のほうがずっとマシだ。でも時々、叫びだしたくなる。
どんなに頑張っても普通の人生すら手に入らない。
周りは当たり前に与えられてきたものなのに。
功績を褒められたり、ライセンス料を羨ましがられるたび腹が立った。アイリーンにはそれらが必要だったから死に物狂いで努力したのだ。
どうして努力する必要がなかった恵まれた人たちに、そんな風に言われなきゃいけないんだろう。
彼らはアイリーンに「奢ってよ」とか「今月厳しくて。ちょっと貸してくれない?」と軽々しく求めた。強く拒絶すると「高飛車」「偉そうに」「調子に乗ってる」と陰口をたたかれた。
怒りと憎悪のぶつけ先が欲しかった。たまたまネットで見かけたSM写真に強く惹かれた。男性を屈服させる強い女王様になりたい。
そう思ってSMバーに行き、働かせてほしいと頼んだ。大学にバレたら退学になるかもしれない。お店の人にも「せっかくいい大学に在籍してるのに」と止められたが、何もかもがもう限界だった。
でも奴隷志望のお客さんを初めて鞭で叩いたとき、涙が止まらなくなった。
お客さんは良い人で、何かを察したのか「気が済むまで叩いていいよ」と言ってくれたが、八つ当たりで何も悪くない人を殴っているようにしか感じられなくて、それ以上は出来なかった。
女王様になりたかったのに、兄と同じ最低人間になった気がした。
先輩スタッフにも「奴隷が女王と認めてくれないと私達は女王でいられないの。今のあなたは女王じゃない。可哀想な女の子」と言われてしまった。
耐えられずに兄にされたことを全部話すと、誰もアイリーンを嘘つきとは言わなかった。多かれ少なかれ、みんな似たような経験をしていた。初めてアイリーンは素の自分を認められて、受け入れられる場所を手に入れた。
大学は努力して得た居場所だから失いたくないが、努力を続けるために店が必要だった。ありのままの自分を受け入れてもらえる場所がないと、辛くてもう何も頑張れない。
でもずっと罪悪感があった。自分が退学になるだけならいいが、店でバイトしていることが母や兄にバレたらどんな嫌がらせをするかわからない。
お店の人たちに迷惑をかけたくないのに、辞めたくない。本当の自分になって呼吸ができると思えるのは店だけだった。
店のスタッフや常連客はアイリーンを心配してくれた。自分たちでは貴族の家のことはわからないし、何もできない。力になってあげられなくてごめんねと言われて、いたたまれなかった。どんなにこの店が力になってくれているか、言い表せないくらいなのに。
「もう……結婚しかないんじゃない? 信頼できる人に頼んで、お見合いするの」
結婚に期待や憧れはなかったが、恋愛よりは出来る気がした。何よりアイリーンは論文を発表するとき、家の名字を使わなければならないのが嫌だった。
自分があの家の一員だと突きつけられるたび吐き気がして、名字を変えたかったのだ。
「でも……私みたいな子供の産めない欠陥品と結婚してくれるような人がいるのかな」
「子供が産めないことは欠陥じゃないでしょ! 病気で仕方なかったんだし、国家に貢献して勲章までもらった人を欠陥品なんて言う人は相手にしなければいいのよ!」
常連客にも、案外世の中にはいろんな人がいるから、どんな人にも需要があるんだよと言われた。
少なくともアイリーンには勲章と、ライセンス料があった。離婚歴ありの男性とか、お金に困っている人なら、自分と結婚してくれるかもしれない。
一番アイリーンに親身になってくれていたニコロ教授に、お見合いの斡旋を頼んだ。「家を縁を切りたいから――」と。
子供が作れないことは打ち明けたが、実の兄にずっと暴行されて汚れていることは言えなかった。
結婚相手にはいつか言わないといけないんだろうか――そう考えたら急に怖くなった。「騙しやがって、嘘つき女が!」と言われてしまうんだろうか。
話が進んでしまって今更やめたいなんて言えないのに、お見合いの日は近づいて来てしまった。
お見合い相手は騎士だった。きちんとした貴族の家の男性。離婚歴もなく、年は10歳上だが、出世頭で穏やかな性格だと聞かされた。想像以上に条件が良くて、自分では到底釣り合わないと感じた。
(ど、どうやって断ろう……)
自分から望んだのに、アイリーンの頭は断ることでいっぱいだった。
騎士だけあって、カリオン・エスカーリドは非情に体格が良かった。この人に兄のように殴られたら死ぬかもしれない。そう考えると、怖くてたまらなかった。
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