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#アイリーンの恋
しおりを挟む見合いに教えてもないのに母が乱入して来たことは驚いたが、「この人ならやりかねない」という諦めもあった。アイリーンが良い思いをしないように、ぶち壊すことにストーカーじみた執念を持っている人なのだ。勲章の授与式のときも教えてないのにやってきて、猫なで声で「体の弱いあなたが式典の途中で倒れたらどうするの。辞退しなさい」と強要され、国王陛下からの授与は叶わなかった。
(私は一生、この人に人生をぶち壊され続ける……)
気分が悪くなって、アイリーンは逃げ出した。この人の前で魔力暴走を起こしても、また「仮病」と言われるだけだ。具合が悪い時は誰にも見つからない場所に行って、一人で耐えるのが染み付いていた。
(あの人達から逃げるには、もう死ぬしかないのかな……)
卒業後、どこかで働いたとしても彼女は「セラフィータ家の娘が労働なんてみっともない!」と職場に嫌がらせを続けるだろう。居づらくなって辞めたら勝ち誇って彼女は「ほら、あなたに労働なんてやっぱり無理なのよ」と蔑むに違いない。
そうやって、壊されていくだけの人生になんの意味があるんだろう。頑張っても報われないなら、もう楽になりたい。
「アイリーン!」
一人で苦しみに耐えていたら、お見合い相手がわざわざ探しに来てくれた。迷惑をかけてしまって申し訳なくて、最初から渡すつもりで準備していたお金を差し出すと拒絶された。自分にはお金を払うしか能がないのに、相手はお金に頼らなくてもきちんと人間関係を築ける立派な人なんだ――。そう思ったらますます自分がふがいなくて、みっともなく思えた。
なのに「君さえよければお見合いを進めないか」と言われて、アイリーンは混乱した。カリオンはきちんとした家の人で、騎士団で立派に働いていて、出世頭で騎士団の重鎮にも目をかけられている。どうして自分なんかにそんなことを言うのかわからなかった。
子供が産めない欠陥品なのは伝えてもらったはずなのに、うまく伝達されていなかったんだろうか――。
「釣書を見ただけでも、どんなに努力家で優秀な人かわかるよ。あの母親や、もっとひどい兄に長年痛めつけられながら勉強するのは、どんなに大変で難しかったか。一人で戦って、必死に自立しようとしてる、立派な女性だ」
誰かにそんな風に言われたのは生まれて初めてだった。涙がこぼれて、本当に自分が嫌になる。泣きたくないのに、勝手に出てくるのだ。普通の反応ひとつ出来ない自分がアイリーンは本当に嫌だった。
優しくされるほどアイリーンには、この人から離れることしか浮かばなかった。
カリオンの落ち着いた優しい空気が、自分を弱くするように思えた。泣くばかりのアイリーンにきっと彼もうんざりするだろう。
でもウソをついたり傷つけたくなかった。そんな風に男性に対して思ったのは初めてだった。
大学で付き合おうと言ってくる男性がアイリーンは嫌いだった。賭けの対象にされたこともあるし、「からかっただけなのに調子に乗るなよ、ブス」と暴言を吐かれたこともある。
好意を持たれたら誠意を持って接するべき――親しくもない上級生に説教されたことあるが、好意を持ってほしいと望んだわけでも頼んだわけでもない相手に、どうしてこっちが誠意を尽くさなければならないのか、意味がわからなかった。
長年、実の兄に性的虐待をされてきたから男性が嫌いだし怖い――。そう答えるのが誠意? でもアイリーンはそれを誰にも言いたくなかった。勝手に好意を持って近寄ってくるだけの相手に、なんでそんなことを言わなければならないのか。
でもカリオンには迷惑をかけてしまったし、あなたが悪いんじゃなくアイリーン自身の問題だと理解してほしかったから店の名刺を渡した。
SMバーだと知ったら来ないか、「とんでもない女だった」と噂を広められるかもしれない。教授に密告されて退学になるかも――不安は尽きなかったが、自分で選んだことだしと言い聞かせた。
断るためだったのに、本当の自分を知ってほしかったみたいだと気づいた時が一番ショックで恥ずかしかった。お店はずっと、誰にも教えないアイリーンだけの秘密の居場所だったのに。
「俺にしておきなよ、女王様」
甘く笑ってささやかれて、背筋がゾクゾクした。カリオンはアイリーンの趣味を嘲ったり侮蔑したりしなかった。それどころか理解を示して、君がしたいなら協力する、奴隷になってあげるとまで言ってくれた。
こんなに美味しい話があるわけない。きっと甘いことを言うのは今だけで、結婚したら兄みたいになる――そう思うのに周りに背中を押されて、「暴力を振るわれたら仲人が助けてくれる」というオプションに惹かれてしまった。
カリオンの声が、アイリーンに無理に触れようとしない手が、柔らかで優しい雰囲気が好きだった。
きっと他の誰と結婚しても、ふとした瞬間にカリオンと結婚していたらどうだったろうと考えてしまう。そう思ったら奇跡のような申し出を逃がしたくなくて、カリオンの手を取っていた。
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