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#アイリーンの結婚
しおりを挟む入籍してすぐ引っ越しと、新婚生活は慌ただしかった。
「ごめん。どうしてもこの日しか予定が取れないんだ。翌日から二週間、俺は出張だし……内見する暇もないけど、フェリクス卿いわく良い家らしいから、引っ越そう。結婚がバレたら君の家族がどういう反応するかわからないし、安全な場所に居てほしい」
どういう反応をするかは、アイリーンには想像がついた。怒り狂って母は兄にアイリーンを暴行させるだろう。その後、兄に部屋に連れ込まれて気絶するまで罰として犯される。
大学にいる間は安全だが、買い物やバイトで外に出る時はいつも恐怖がつきまとった。新しい家なら大学より安全だと言われて、アイリーンは引っ越しを了承した。
早く引っ越したい理由はアイリーンにもあった。
寮のルームメイトが、良い人だが衛生観念が致命的に欠如している人で、食べ物や飲み物を残した後、カビたり虫が湧くまで放置するのだ。耐えられなくて最初はアイリーンが片付けていたが、「神経質にそういうことするのやめて」と言われて、以後は手が出せなくなってしまった。
自分が神経質なのかと思っていたが、カリオンに話したら「それは俺だって耐えられない」と心底気持ち悪そうにするので、自分の感覚は間違ってないんだとほっとした。その件以外は本当に良い人なので、悪口になるようで誰にも言えなかったのだ。
「我慢が板についちゃってるね。俺との生活では些細なことでも気になったら言ってね? 俺も言うから。そのうえで、二人で対策を考えよう」
カリオンがそう言ってくれて、たとえ今だけ、口先だけかもしれなくても嬉しかった。尊重されているように感じた。
新居があるのは駐屯特別保全区。出入りを厳重に管理され、部外者が入り込めない安全地帯だった。
大学では兄に背格好が似た人を見つけるたび心臓がぎゅっとしたが、ゲートをくぐれば絶対に安全だと言われて、安堵で涙が出そうだった。
新居は築100年の洋館。古いが中は改装されて綺麗だった。
駐屯特別保全区の中でも端のほうにあり、ゲートから遠いので移動には不便だが、とても静かだ。家の真ん中には大きなオリーブの木が植えられた中庭があり、前の住人が残したガーデンチェアとテーブルが置かれていた。
(すごく静か……)
ガーデンチェアに座ってオリーブの木を眺めると、現実から切り離されたように感じた。
ずっと、こんな場所がほしかった。
大学の寮は夜中でも友人同士で集まって騒ぐ人が多く、あまり気が休まらなかった。いつも人の気配に疲れていたから、葉擦れの音だけが聞こえる場所でゆっくりと座って落ち着ける時間に、心が溶けていくように感じた。
(もし、カリオンがひどい人でも……)
この家のために耐えよう。この中庭で過ごす時間のために。
明日からカリオンは二週間の長期任務へ行く。これほど長い出張は稀らしいが、隊の性質上、危険な魔物が出たときなどは即応で遠征になるらしい。大変な仕事だ。
だから多少暴力的な片鱗があっても仕方ないし、ずっと家にいるわけではないから耐えられるはずだとアイリーンは考えた。
精一杯、結婚を前向きの考えようとしての思考だった。
暴力を振るわない男性というのがアイリーンには想像できなかった。優しくされても、それは本性を隠す釣り餌のように感じてしまう。
女王様になりたいアイリーンを尊重してカリオンは奴隷になってくれると言ったが、いざ結婚生活が始まったら約束は都合よく反故にされると思っていた。
「疲れた? アイリーン」
夕食を食べた後、引っ越しの疲れからうとうとするアイリーンを見てカリオンは部屋で休むよう言った。
部屋に戻ってマットレスに倒れ込み、アイリーンは覚悟を決めた。
(このあとするのかな……)
入籍したのは数日前だが、たぶん今日が新婚初夜になるのだろう。このあとカリオンが来て、するんだろうか。
兄の行為を思い出すとゾッとして、体格のいいカリオンに同じことをされると思うと何倍も怖かった。
(でも、この家に住めるんだから……)
体を差し出して、この家に住めるなら安いものだとアイリーンは自分に言い聞かせた。不安で最初はびくびくしていたが、カリオンが二階に上がってくる気配がなく、気づけば眠ってしまった。
(はっ! いま何時!?)
気づくと深夜だった。カリオンが来た気配はない。
(しないの……? 明日から長期で遠征なのに?)
アイリーンに興味がないんだろうか。痩せ過ぎのアイリーンは女性として魅力的な体ではない自覚があった。
(結婚はカモフラージュで他に好きな人がいるとか……?)
それなら言ってくれればいいのに。最大限協力する。
(でも……もし、彼が女王様を待ってるなら――)
寝てる場合じゃない。女王様の責任を果たさなければ。
アイリーンはお気に入りのボンテージドレスに袖を通すと、カリオンに合いそうな一番太くてごつい装着型魔道具《ペニバン》をつけて、カリオンの部屋に殴り込んだ。
「さあ、やるわよ!」
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