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#カリオンの帰還
しおりを挟む朝焼けがまだ地平線の向こうで、空気にわずかに霜の気配が残る頃。
カリオンは荷物を背負いながら、遠征用の駐屯テントの前で深くため息をついた。
(やっと終わった……)
合同演習は想像以上にハードだった。訓練メニューも詰め込まれ、睡眠時間は削られ、魔物模擬戦では本気で斬り合いもした。
でも、そんな疲労感も、今となっては心地よい達成感へと変わっている。
それよりも。
(やっと……帰れる)
胸の奥から、静かに熱が湧き上がってくる。
――アイリーンに会える。
その事実だけで、足取りが軽くなる。
(新婚早々、置いてきぼりにして悪かったな……)
アイリーンは「平気。大学に行けば時間を潰せるから」とメッセージで言っていたが、孤独な彼女と寄り添うために結婚したのに独りにしてしまった。
これからも出張や遠征はあるとはいえ、家具も生活魔道具もそろっていない家にアイリーンを置き去りにしてしまった罪悪感は大きかった。
卵型自動走行車《スフィアライド》で最低限の足だけは確保したとはいえ、大きな荷物を積めるタイプの車両ではないし、彼女独りでは家具の組み立ても無理がある。
リビングにカーテンを取り付けるだけでも、足場になるものがなくて二日がかりだったそうだ。本当に申し訳ない。
(帰ったら台所を整えて……ちゃんとしたものを食べさせないとな)
留守中の食事は学食かレトルトだったという彼女に、あたたかくて栄養のあるものをたくさん食べさせたい。
(喜ぶ顔が見たいな……)
離れていたせいだろうか。演習中、ずっと彼女のことを考えていた。
アイリーンの顔、声、指先。
そして、初夜の記憶。
縛られたまま、アイリーンの手でしごかれて、抵抗すればするほど深まる快感に、体が震えた夜。
演習中、何度かその記憶がふと蘇り、天幕の簡易結界の中でこっそり処理してしまったこともあった。
(……思い出すだけで、こんなに……俺、だめだな)
それでも今夜は違う。
今夜は、アイリーンがそこにいて、彼女の手が、体温が、香りが……すべてが自分のものとして目の前にあるはずだ。
(やっと触れてもらえる……)
思っただけで、下腹がじんと熱を帯びる。
恥ずかしい。でも、止められない。
早く帰りたい。
早く、彼女に会いたい。
そして、彼女の支配の中でまた、気持ちよく壊されたい――。
そんな想いを胸に、カリオンは駐屯地をあとにした。
玄関ドアを開けると異臭がした。焦げ臭い。
(火事……!?)
荷物を放りだしてカリオンは中に駆け込んだ。
「アイリーン!?」
もくもくと煙の漂うキッチンで、窓を開けて換気していたアイリーンは飛び上がった。魔導窯の中には表面が炭になるほど焦げたケーキ。
羞恥で真っ赤になる彼女に、見てはいけないものを見てしまったのを悟った。
それでも心配でたまらなくて、カリオンはアイリーンに駆け寄った。
「怪我は? 火傷してない?」
「へ、平気……」
白い手を取って火傷がないか確かめる。何事もないのを確かめて、カリオンは安堵の吐息をついた。
「よかった……火事かと思ったよ」
「ひ、火は出てないわ!」
そこまでの失敗じゃないとアイリーンは言い張った。小さな奥さんを抱きしめてカリオンは言い聞かせた。
「火事でも君だけは取りに戻らないとと思ったよ。無事でよかった」
カリオンの腕の中でぎゅっとアイリーンは身を固くした。心配され慣れていなくて、どう反応すればいいかわからないようだ。
「ごめん。抱きしめられるの嫌だった?」
初心者夫婦だからゆっくりと、お互いに初めてのことは合意を取ろうと言ったのはカリオンだ。無理強いして嫌われたくないので離れようとすると、縋るようにアイリーンの手がわずかに上がった。
「嫌じゃないわ……」
その瞬間、離れかけていた体が再びぎゅっと強く密着した。
アイリーンの細い体。柔らかい体を意識すると、心臓がドクドクと脈を打った。
「キスしたい。すごくしたい。……いい?」
こくんと小さくアイリーンが頷く。貪るようにカリオンは彼女の唇を奪った。
小柄な彼女とのキスは首が痛い。抱き上げて、シンクに彼女を座らせて、息をする間も惜しんで舌を絡めた。
「会いたかったよ、奥さん……っ」
今すぐ彼女を押し倒したい。抱き潰したい。離れている間、ずっと彼女とこうするのを待ちわびていた。
だがアイリーンの服に手を入れようとすると、びくっと彼女は怯えるように身を固くした。
「ごめんなさい。いいから……」
青い顔でアイリーンは続きを許可した。震える手が、無理をしているのを如実に語っている。
カリオンはアイリーンから離れた。
「やりすぎたね。奴隷が女王様を襲うところだった。お仕置きものかな?」
おどけて言うとアイリーンは戸惑った様子で、「お仕置き……」と考え込んだ。
「ダメな奴隷にお仕置きして、女王様。うんときついやつ」
アイリーンをふわりと腕の中に閉じ込めてささやくと、彼女は女王として微笑んだ。両手でカリオンの頬を包んでささやき返す。
「どうされたいの?」
「泣くまでいじめられて、空っぽにされたいな」
アイリーンの手を腹部に触らせながらカリオンはおねだりした。アイリーンに触れられただけで、腹の奥が熱を持つ気がする。
「お尻もいじめていい?」
無邪気に言われるとダメと言えなかった。
「おじさんのお尻なんか、若い女性が触るもんじゃないよ……」
「あんあん泣いて、お尻でイけるようになるまで調教したいわ」
ぞくぞくぞくっ。そっち方面の願望はないと思ってたのに、アイリーンにささやかれると何でもされたいと思ってしまった。
「女王様のお望みのままに。その代わり……責任取ってね」
「責任?」
「調教された奴隷を見捨てないで。責任持って、一生大事にして」
「もちろんよ。私の大事な、たった一人の奴隷さんだもの」
なぜか知らないが泣きそうになった。誤魔化すようにぎゅうぎゅうとアイリーンを抱きしめて、「ただいま、女王様」とカリオンは告げた。
「会いたかった。早く帰りたくて仕方なかったよ」
「おかえりなさい。怪我しなかった? 無事に帰ってきてくれてよかった」
アイリーンは抱きしめ返してくれた。
ああ帰ってきたんだ。もう自分には帰る場所があるんだと――何よりも強く感じることができた。
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