魔族への生贄にされたので媚びまくって生き残ります

白峰暁

文字の大きさ
38 / 42

38_いつからだろう

しおりを挟む

「――シルフィア」

 チェルシーとダズの近くにいた私は、不意にふわりと腕を引かれて抱き留められた。


「レヴィウス様……」
「すまない、遅くなった。大変な目に遭わせてしまった」


 レヴィウスは魔術で移動してきたようだ。音もなく現われたレヴィウスに、他の魔族たちはざわめいている。
 それ以上に、ダズとチェルシーは怒りを露わにしていた。


「今まさに罪人を裁こうとしているところなのに、人間を庇うとはどういう了見だレヴィウス! やはりお前はその人間に頭をやられているな!?」
「魔族の領主が一人の人間に肩入れして罪を曖昧にするなどあってはなりません……! 悲しいことですが、伝統あるアドラー家であろうとも、彼の発言には信憑性が無いと言わざるを得ませんね……!」


 チェルシーの発言に、魔族たちはレヴィウスを注目する。
 魔族会議に続けて二回目だからか、みんな彼を疑わしい目で見ているようだ。



(そうか。なんでわざわざ人間界から私をここまで連れてきたんだろうと思ってたけど、レヴィウスの評判を下げる為だったんだ。レヴィウスはローヴァイン家のことを怪しんで調べているって言ってたから、レヴィウスの言葉には信憑性が無いって思わせるために私を誘拐したんだ……)


 ローヴァイン家だけでなく、声に出してレヴィウスを疑う魔族たちもちらほらと出ている。
 ……完全に乗せられているみたいだ。


 周囲の喧噪から守るように、レヴィウスが私の肩を抱き、耳元で呟く。


「すまない。シルフィアがこんな目に遭うことの無いように護衛をつけたのに」
「いえ。ティラミス……レヴィウス様の使い魔は私を守ってくれました。チェルシー様が出てこなければ、私は恐らく無事でいられましたから」
「そうか……。ローヴァイン家の筆頭使用人までもが動くのは予想外だった。だが、まだ終わってはいない。強い疑いを掛けられているからこそ、一気に印象を覆すチャンスでもあると思っている」



 その言葉を聞いて、私は心強さよりも、心配の方が勝ってしまった。
 ――レヴィウスは、私のことを助けようとしてくれている。
 魔族の中で立場が悪くなろうとも。



(レヴィウスは私のことを気に入ってくれた。だから自分が不利な立場になったとしても助けてあげたいと思っているんだろう。でも……)


 レヴィウスは私のことを誤解している。
 私は処世術のためにレヴィウスに縋っただけで、もともと彼を慕っていた訳ではない。
 レヴィウスが会いに来なければ、人間界での暮らしを優先してそのまま彼のことは忘れるようにしていただろう。


(ティラミス……彼の使い魔が倒されただけで、辛くなった。レヴィウス自身や、アドラー家の使用人たちが私のせいで扱いが悪くなっていくとしたら……しかも、私を誤解したままでそうなるとしたら……)


 そんな未来を想像すると、胸が苦しくなってくる。


 自分の生活さえ保障されるならなんでもしようと思っていた。
 でも……仮に私が無事に過ごせるとしても、レヴィウスたちに累が及ぶのは嫌だ。
 私の家に何度か訪問されたからだろうか、いつしかレヴィウスのことも自分の生活の一部であると認識するようになったのかもしれない。



 私は周りに聞こえないように小声でレヴィウスに話しかける。


「レヴィウス様……」
「うん?」
「これ以上私を庇わなくてもいいですよ。今私を庇うと、アドラー家の評判も落ちますし。この場は様子見で見送った方が、誰にとっても印象がいいはずです」
「シルフィア……」
「私が取り締まりを受けても、そう大変なことにはならないと思います……たぶん。だから、この後のことは気にしないで下さい」


 私はそう言って、へらっと笑った。


 私を見つめるレヴィウスは、どこか悲しそうな面持ちをしていた。
 そして、身を屈めて私の耳もとで囁く。


「シルフィア……お前は嘘をついているな」
「えっ? いえ、嘘なんて、そんな……」
「――今だけじゃなくて、シルフィアは最初に出会ったときから嘘をついていたこと、俺はもうわかっている。その上で俺はここにいる。だから、引け目なんて感じなくていいんだ」


(えっ……?)


 レヴィウスに言われたことの意味を理解するより先に、彼は私から離れ、魔族たちへ向けて言葉を発した。


「聞け! 皆がチェルシーに疑いを持っていないのは、既に魔術で調べられた後だからというのも関係しているだろう。今までこのような諍いの中で使われた、悪意があるか調べる魔術には穴があるのだ。それを持ってチェルシーを無罪とするのは早計だ!」
「な、何ですって……!」
「チェルシーは人間が魔族の祠を壊したのだと主張しているが、俺の調べによるとそれは違う。やったのはチェルシーの部下たちだ。奴らが人間がやったように細工したんだ」
「レヴィウス様、何を言われるのですか……!?」
「そうだ! チェルシーは俺の忠実な部下だ! そのような小細工なぞ……」
「俺の部下に依頼して、その女の捏造についての証拠を集めさせてもらっていた。最後の証拠は今日揃った。皆、入ってきてくれ!」


 レヴィウスがそう号令を掛けると、扉が開いて見知った顔が現われた。
 クリムトにリモネだ。そして彼らは私が人間界で襲いにかかってきた男性たちを連れている。


「その人間は、人間界で暮らしているところをローヴァイン家の手の者に襲われた。レヴィウス様の使い魔の働きによって、彼らは倒された。そして、こいつらがチェルシーの腹心の部下だ!」
「壊された祠とこの部下たちの持つ魔力をよく調べると、一致することが判明したわ。シルフィアの魔力は検出されなかった。皆、チェルシーはアンタたちを利用してアドラー家を嵌めようとしたのよ。チェルシーはダズの信頼を得るために、領地での問題を自分で起こして解決するように図っていた。都合の悪いことは人間に擦り付けるために、人間と魔族の関係が良くなるのは避けたかったのよ」


 クリムトとリモネの告発に、魔族たちは驚いた顔をしている。
 ダズはチェルシーを庇いながら、顔面蒼白になっていた。


「そ……そんな馬鹿な! チェルシーは、チェルシーは……!」
「あ、アンタも部下の動きを制御出来てなかったから同罪ね。ローヴァイン家は取り調べを受けるべきだわ」
「はあ、遅くなった。一応これも臨時の魔族会議ってことで、僕がホストを務めた方がいいか。ダズくん、チェルシーちゃん、なんか大変そうだね。みんながいる中で暴れたりしたら大変だから、大人しくしといた方がいいよ~。ローヴァイン家の他の子たちも同じだからね」



 扉からミロワールが入ってきて、にこやかにダズとチェルシー、ローヴァイン家の魔族たちに声を掛けた。
 ざわついていた室内は静かになり、ローヴァイン家の魔族たちはミロワールに連れて行かれた。
 ついでに言うと、私も移動して、ストレイウス家の城の部屋にひとりで保護されることになった。……魔族会議のときと同じだ。




 あのときは人間界へ戻れると思って清々しい気持ちでいたけど、今は少し違う。
 助かったことの安堵以上に気になることがあった。


(レヴィウスは、私が嘘をついていたって気付いてたって……。いつからだろう……?)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

処理中です...