猫のキミと暮らせば

竹笛パンダ

文字の大きさ
29 / 32

軍港近くのバーにて

しおりを挟む
 港から聞こえる波の音が、薄暗いバーの中にわずかな静けさをもたらしている。棚に並んだボトルが灯りに照らされて輝き、古いジュークボックスからかすかに流れるジャズが、二人の会話を包み込む。
「ねえ、本当にそれでよかったのかい? サラの形見だったんだろう。」
 サムはグラスをゆっくりと回しながら、ふと微笑んだ。その瞳の奥に、過去を懐かしむような光が一瞬揺らめいた。
「構わないさ。指輪一つ手放したけど、それでまた新しい指輪を買う理由ができたからね。」
 サムの言葉に、真理は小さく微笑んだ。
「新しい指輪……ね。誰かに贈るつもり?」

 軽い冗談のつもりだったが、サムは真理の目を見つめながら肩をすくめた。
「さあな。でもな、マリィ……俺もそろそろ、日本での生き方を考え直してもいい頃かもしれない。」
 サムの声は冗談めかしていたが、その奥にある真剣な響きに、真理はグラスを傾けながら目を細めた。彼の言葉の意味をじっくりと噛みしめる。
「私が知ってる限り、あなたはずっと自由な人よ。日本に来ても、アメリカにいても、どこにいても、あなたはあなたらしく生きてる。今さら、何を考え直すっていうの?」
「……家族ってやつさ。」

 サムはグラスを傾け、琥珀色の液体が揺れるのをじっと見つめた。
「俺にはサラとの思い出がある。でも、それだけでこの先の人生を生きるのは、ちょっと寂しいと思うようになったんだ。」
 真理は静かに聞いていた。サムはいつも冗談ばかり言うが、時折こうして本音をぽろりとこぼす。
「そうね……サラもそう思うかもしれないわね。でも、あなたが誰かと一緒にいる未来って、ちょっと想像しにくいわ。」
 真理はくすっと笑った。サムも苦笑しながらグラスを置く。
「俺もそう思ってた。ずっと独りで、気楽に生きるのも悪くないと思ってたさ。でも、最近思うんだよ。たまには、誰かと食事をしたり、並んで歩いたりするのも悪くないってな。」
 真理は静かに頷いた。彼の言葉の一つ一つが、どこか心に響く。

「……あなたは、誰かを探してるの?」

 サムはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと真理の方を向いた。
「もう見つけたかもしれないな。」
 彼の目が、少しだけ真理を覗き込むように輝いた。真理は思わず視線をそらし、グラスの縁を指でなぞる。

「……あなたって、本当にずるいわね。」
「そうかい?」
「ええ。でも、そういうところ、嫌いじゃないわよ。」

 二人の間に、静かで温かな空気が流れた。真理はふっと息をつき、空になったグラスを軽く揺らした。

「それで……この先どうするの?」
「さあな。俺のことだから、きっと気まぐれに決めるさ。でも、少なくとも……しばらくはここにいるつもりだ。」
 サムは軽く笑い、真理のグラスに酒を注ぐ。

「じゃあ、また時々、こうして飲みに来てもいいかしら?」

「もちろん。むしろ、そうしてくれると嬉しい。」
 真理は苦笑しながらグラスを掲げる。

「気まぐれな未来に……乾杯。」

 二つのグラスが静かに触れ合い、心地よい音を響かせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...