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第20話 【敗走という名の選択】
しおりを挟む夜は、戦場にだけ特別な顔を持つ。
それは静寂ではない。息を潜めた殺意の集合体だ。
松明の列が揺れ、様々な殺意がぶつかり合う金属音が、低く腹に響く。
ラインハルト王国軍の前線。その中心に、、国王リュウコクは立っていた。
豪奢なマント。兜も被らず、夜風に髪を揺らしながら、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて、、返り血を浴びる。
「はいは~い、みんな慌てない慌てない☆順番においで!」
軽い声とは裏腹に、剣閃は正確だった。
一歩踏み出すごとに、マルディア兵が倒れる。
斬るというより、道を払うような動き。戦場が、彼の周囲だけ妙に整然としていた。
「……っ、強すぎだろ……」
誰かが呟いた声は、歓声にも悲鳴にも溶けて消える。
ザハラが右手を動かすと、白金の光が夜を裂いた。
「遅いっ!!」
ザハラの声と同時に、白金の槍が宙を舞う。
それは投げられた武器ではない。
彼女の意思そのものだった。
槍は空を滑り、弧を描き、突き刺さる。
逃げる兵の背、盾を構えた隊列の中心、指揮官の喉元。
血が咲くたび、ザハラは楽しそうに笑った。
「あ~はっはっ!!どうしたマルディア! 腰が引けておるぞ!」
金色の瞳が、獣のように輝く。
戦場は完全に、二人のものだった。
、、そう、誰もが思った。
これは勝つ、と。
だが、、
リュウコクの足が、ふと止まった。
剣を収めることはない。
だが、その視線が、戦場の“外”をなぞる。
(……あそこか?)
兵の動きではない。
空気の揺らぎでもない。
もっと原始的で、もっと嫌な違和感。
暗闇から、、“何か”が飛び出した。
リュウコクは、即座に踏み込む。
剣を振るう。迷いはない。
ガァンッ!!甲高い音。
リュウコクの剣が、弾かれた。
「……へぇ…首飛ばしたはずだったんだけどなぁ…」
そこに立っていたのは、男だった。
細身で、蒼白な肌。目に白目は無かった。
夜そのものを羽織ったような黒衣。
「ギュッギュッ!名乗る前に斬りかかるとは……野蛮だな」
「あはは、タイミング逃しちゃった??じゃあもう、お前名乗らなくていいよ」
リュウコクは、もう一度踏み込む。
男は笑い、指先をパチンと鳴らした。
血の匂いが、濃くなる。
地面に落ちた血が、逆流するように浮かび上がり、壁を作る。剣とぶつかり、火花を散らす。
「俺はノクティアル家が一人。名は、、」
「だから喋んなって!長いのは嫌いでさ」
リュウコクの剣が、血の壁を断ち切る。
同時に、白金の槍が突き刺さった、、様に見えた。
「ちっ!ザイール王家、女王ザハラだ!!その首貰うぞ!!」
挟撃。完璧な連携。だが、、倒れない。
「ギュッギュッ……二人がかりか、、まぁいい。俺はノクティアル家が一人。名はヴラド。先方を任された」
男は胸に手を当て、芝居がかった一礼をした。
「少し話を、、」
「黙れ!!」
リュウコクは一歩も引かず、剣を振る。
血の壁を裂き、間合いを詰める。
「これはこれは挨拶もなし、話しも聞かないとは。王にしては気品の欠片も無いんだな!」
「今この場に挨拶も気品も必要ない!お前の名前は僕達が勝った後に敗者としての名前をプレゼントしてあげるよ!!」
刃が閃く。
ヴラドは軽く身を引き、口元を歪めた。
「ギュッギュッ~!噂通りだな。言葉より先に斬る!まったく野蛮で虫唾が走る!!生意気な家畜共が!」
「喋る時間があるなら、避けろ。“ここで死ぬぞ”☆」
リュウコク、ザハラの剣と槍は止まらない。
会話を拒むように、ただ“殺すための距離”だけを詰め続けていた。
ヴラドは楽しそうに斬撃を躱し、弾き、笑う。
そしてリュウコクとザハラの攻撃の隙をつきながら戦場を見渡し、何かを仕掛けていく。
その瞬間、戦場の圧が変わった。
ラインハルト軍の後方が、じわじわと押され始める。
リュウコクは、理解した。
(ああ……そうか…うん、やっぱりね)
勝てないのではない。
勝ち切れない。
彼は、ザハラを見る。
ほんの一瞬。
それだけで、伝わる。
リュウコクは誰にも聞こえない様に小さく呟く。
「……頃合いだな」
次の瞬間、リュウコクは声を張り上げた。
「全軍撤退だ!!各自散開! 必ず生きてラインハルトへ戻れ!!」
「なっっ!!まだ戦えるだろうが!!」
ザハラが叫ぶ。
リュウコクは、微笑んだまま、ウィンクする。
「大丈夫☆ついて来て」
二人は走る。追っ手が迫る。
「ギュッギュ!!止まれ!!その首をここに置いていけ!!」
「あははっ!悪いけど」
リュウコクは振り返り、ヴラドを見る。
「お前、、顔、覚えたから☆次会ったら、、ね?」
不敵に笑い、首元をなぞる手刀。
それを見たヴラドは、愉快そうに笑った。
◇◇◇
右陣に辿り着き、撤退が伝えられる。
伝令係に、リュウコクは短く告げた。
「ザイール王国とボダレスに居るカリオスにこう伝えて。、、リュウコク、ザハラ敗走。マルディア、ラインハルト領内に侵攻開始」
早馬が走ろうとするとマルディア兵がすぐそばまで迫っていた。
「大丈夫!僕とザハラが殿を務める!伝令係は一刻も早く走れ!そして他の者達はラインハルト領内に逃げる事だけを考えろ!!」
「はぁ~、、まったく…殿までやるとはね……人使いが荒いな~」
「あははっ!ザハラ、顔、嬉しそうだよ☆」
「ぷっ!私がそう見えるなら、、お前は変態だ!!あははっ!さぁ!やるぞ!!」
◇◇◇
夜明け前。
二人が立つ丘の上から、ラインハルトの平原が見える。
「何とか撒けたな、、……それでこれからどうする?」
ザハラが問う。
リュウコクは、肩をすくめて笑った。
「あははっ。こっからは少し我慢の時間だね」
そして、空を見上げる。
「父さんに……少し頑張ってもらわないと…」
ザハラは夜明けの風に揺れる髪を押さえ、視線を戻す。
「……具体的には?」
リュウコクは丘の先、まだ闇に沈む平原を指差した。
「国境戦ってさ、守る側が一番有利なんだ。踏み込まなきゃ追えないし、退かれたらそこで終わり。だから、、最初から“勝つ場所”じゃない…。それに逃げられたら西の奥まで追えないしね!」
「なるほど。誘い込む気だったか」
「うん。ラインハルト領内の平原なら、父さんの魚鱗の陣が最大限に活きる。中央突破特化型だからマルディアを逃がさない。あれは防衛じゃなくて、超攻撃用の陣形だからね!出来る事ならこの平原で大幅に削れると嬉しいんだけどね~☆」
ザハラは小さく息を吐いた。
「最初から、ここまで読んでいたか……」
「うん。ここまでは予定通り。それともう一つ…」
リュウコクは笑みを深くする。
「“リュウコクとザハラ、敗走”って噂が流れたら、、湯ノ花は、いや、、ミサトは必ず動く」
「ふっ……あの女王か……待て、、お前…まさか…そこまで計算して……?」
「うん。ミサトが動けば、湯ノ花のゴブリン部隊、エルフの民、アルガスのマリー、、全てが動く!きっと可愛い顔して怒って、愛くるしい文句言いながら、でも絶対にこの盤面をひっくり返しに来る。だからこれは“負け”じゃない。ただの合図なんだよ☆」
「あはは、、まったく…。とりあえず一休みって事だな!」
ザハラはゴロンと寝転び釈迦寝をすると目を閉じた。
夜明けの向こうで、戦の火が揺れていた。
だが二人の視線は、すでに次の一手を見据えていた。
戦場の夜明けが、静かに牙を畳んだ。
◇◇◇
夜の帳が薄れ、霧を孕んだ平原が姿を現す。
ラインハルト王国軍は、川のように静かに広がり、鱗を並べる魚のごとく陣を組んだ。
前列は盾、後列は槍、そのさらに奥で弓兵が息を潜める。流れを止めず、形だけを変える、、退却も前進も同じ動きでできる、冷たいまでに攻撃特化の布陣だった。
その中央で、ラインハルト王は短く言った。
「皆、焦るな。リュウコクが帰って来るまでだ……勝ちは、もう我らにある!!」
対するマルディア軍もまた、黒い影の塊となって陣を敷く。重装兵が前に出て、血の匂いを孕んだ気配が風に乗った。
その奥、ノクティアル家の男、、ヴラドが、唇を歪めて呟く。
「ギュッギュッギュッ!平原か……いい。ここなら、全員の血がよく見える…。おい…!そこの頭でっかち!ちゃんと布陣組んどけよ!」
ヴラドが影で隠れてる誰かに声をかけた。
「はい。ヴラド様。仰せのままに……」
二つの陣が、無言のまま噛み合おうとしていた。
続
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