もう、今更です

もちもちほっぺ

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踊るポエマー

8

午後の陽光が窓辺に柔らかく差し込み、セリーヌとジュリアが運営するサロンには、楽しげな談笑が満ちていた。

広間には華やかなドレスに身を包んだ令嬢たちが集まり、それぞれ紅茶を片手にくつろいでいる。銀のティーポットから注がれる香り高い茶が、優雅な雰囲気を一層引き立てた。

「もうすぐね、ジュリア」

セリーヌが微笑みながら言うと、ジュリアは少し照れくさそうに肩をすくめた。

「ええ、ヴィクトールったら、準備に妙に張り切っていて大変なのよ」

「彼らしいわね」

セリーヌはくすりと笑う。

ジュリアの婚約者、ヴィクトール・デュランは昔から陽気で賑やかだったが、彼女のこととなると真剣だった。

「でも、いざ自分の結婚式となると、なんだか実感が湧かなくて……セリーヌ、あなたもそうだった?」

「ええ、私も直前までは実感がなかったけれど、当日になれば自然と気持ちが落ち着いたわ」

「なら、私もそうなるといいんだけど……まあ、ヴィクトールのことだから、きっと派手な演出を考えているわよね」

「間違いなくね」

二人が笑い合っていると、近くの令嬢が興味深げに話に加わった。

「ジュリア様の結婚式、とても楽しみですわ。きっと素敵なものになるでしょうね」

「ありがとうございます。でも、期待しすぎるとヴィクトールが調子に乗りそうだからほどほどにね」

場の雰囲気が温かく和やかに包まれる中、ふと別の令嬢が、少し声を潜めながら話を振った。

「そういえば……ご存じかしら? モントレイユ公爵家が、ついにご子息の婚約を決めたそうですわ」

セリーヌはカップを持つ手を止め、ジュリアも驚いたように瞬いた。

「アラン様が?」

「ええ、かなり強引に決められたらしくて……どうやら公爵様が業を煮やして、ほぼ無理やり相手を決めたとか」

「まあ……」

セリーヌは自然と眉を寄せた。

アランの婚約話は長らく進まず、貴族社会でも彼の将来を案じる声が増えていた。だが、まさかここまで強引に進められるとは思っていなかった。

「公爵様にとっては、詩集の発表が決定打になったそうですわ」

「詩集?」

ジュリアが怪訝そうに首を傾げる。

「ええ、公爵様は激怒されたらしいですわよ。『公爵家の嫡男が、婚約もせずに詩作ばかりしているとは何事か!』と。それで、すぐに婚約を決めるよう命じたとか」

サロンにいた令嬢たちは、やや困惑しながらもどこか納得したように頷いている。

「でも、それだけで急に婚約者が見つかるものなの?」

セリーヌが疑問を口にすると、別の令嬢が少し声を潜めながら話を続けた。

「どうやら、お相手の方がとても豪胆な女性なのだとか……」

「豪胆?」

ジュリアが眉をひそめる。

「ええ、とても気が強くて、アラン様を尻に敷いているそうですわ」

その言葉に、セリーヌは思わず絶句した。

「まさか、アラン様が尻に敷かれるなんて……信じられないわ」

ジュリアも驚いたように目を丸くする。

「でも、実際にその方とお会いしたことのある方によれば、すでに彼女がアラン様を完全に掌握しているとか」

「掌握……」

「ええ、婚約が決まった日にはっきりこう仰ったらしいのです。『あなたの無駄な詩作は私が止めるわ。公爵家の当主としての自覚を持たせてあげる』って」

サロンの空気が一瞬静まり、次の瞬間、ジュリアが大きく笑い出した。

「それは……すごい方ね!」

「ええ、本当に……」

セリーヌも思わず苦笑する。

まさか、あのアランが、そんな女性に出会うとは――。

「まあ、アラン様もこれで少しは落ち着くかもしれませんね」

「落ち着くというよりは……抑え込まれる、という感じですわね」

誰かがそう言い、サロン内にくすくすと笑い声が広がった。

セリーヌはふとカップを持ち上げ、淡い紅茶の香りを楽しみながら、遠くを見るような気持ちで呟いた。

「……彼にとって、それが良い方向に進むといいのだけれど」

彼は変わるのだろうか。

詩を綴りながら、誰かの影に寄り添うように生きていた彼が――。

「まあ、どんな形であれ、前に進むことは大事ですわ」

ジュリアが肩をすくめながら言う。

「私たちは私たちの道を歩むだけよ。セリーヌ、あなたもそうでしょう?」

「ええ」

セリーヌはジュリアの方を向き、微笑んだ。サロンの中に満ちる笑い声とともに、二人はこれからの未来を思い描いていた。

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