「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん

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屋敷に戻った瞬間、クラウディオは怒りに満ちた声を浴びせられた。

「兄様、本当に最低!」

玄関の扉が閉まるなり、セシルの鋭い叱責が飛ぶ。彼女は普段の明るい表情とは打って変わり、眉を吊り上げていた。

「婚約者を見違えてナンパするなんて、どういうつもりなの!? しかも、リリエットが誰だかわからないまま『私の婚約者と同じ名前ですね』って、恥ずかしくないの!?」

「……」

クラウディオは言葉を失ったまま、黙ってセシルの怒りを受け止めるしかなかった。普段なら軽くいなすこともできたが、今はそれすらできない。何を言われても、すべてが的を射ていて反論の余地がなかった。

「お前という奴は……!」

今度は父のアルベルトが低い声を響かせる。冷厳な視線がクラウディオを射抜いた。

「貴様がリリエット嬢に対して冷淡な態度を取っているのは、以前から気づいていた。しかし、まさか婚約者の顔すらまともに見ていなかったとはな」

静かながらも、その言葉には底知れない怒気が滲んでいた。

「お前が婚約に不満を持っていたのは知っていたが、それはただの反発心だったのか? ふざけた真似をしている余裕があるなら、家の名を背負う者としての自覚を持て!」

「……」

クラウディオは奥歯を噛み締め、拳を握る。

そんな彼の様子を見ながら、母のイレーネがため息混じりに言った。

「呆れたわ……リリエット嬢は、貴族の令嬢としてだけでなく、一人の女性としてとても魅力的な方よ。それを今まで見てこなかったなんて、あなたは何をしていたの?」

「……」

「いいえ、見てこなかったどころか、彼女の気持ちを踏みにじってきたのよね。今日の彼女の態度、明らかにこれまでと違ったわ。クラウディオ、あなた……婚約破棄を言い渡されるのも時間の問題よ?」

その言葉に、クラウディオはようやく顔を上げた。

「婚約破棄……?」

「当然でしょう?」

セシルが腕を組み、きっぱりとした口調で言い放つ。

「ずっと好きだった人にあんな態度を取られ続けたら、誰だって愛想を尽かすわ。兄様は今になって、ようやく彼女に惹かれたのかもしれないけど、そんなの遅すぎるのよ!」

「……」

クラウディオは息を詰めた。胸が締めつけられるような感覚が広がる。

――リリエットが、本当に自分から離れていく?

――そんなはずはない。彼女はずっと自分を見つめ続けてくれていた。

だが、その愛情が揺らいでいることは、今夜の彼女の瞳が物語っていた。

「兄様、あなたは今、初めて彼女を失う可能性を考えたんじゃない?」

セシルの言葉が、胸に突き刺さる。

「リリエットはもう、前みたいに兄様を追いかけてくれないかもしれないわよ?」

クラウディオは、自分が初めて味わう焦燥を噛み締めながら、静かに目を閉じた。
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