「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん

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翌朝、学園の中庭は爽やかな陽射しに包まれていた。だが、その空気とは裏腹に、クラウディオの胸中は重く沈んでいた。

昨日の夜会以来、何もかもが変わってしまった気がする。

そして今、彼の視線の先にはリリエットの姿があった。

「リリエット」

意を決して呼びかけると、彼女は歩みを止め、ゆっくりと振り返った。

その瞳がクラウディオを捉える。

けれど、彼女の視線は冷ややかだった。呆れたような、それでいて失望を滲ませた目。まるで、どうして今さら、という気持ちをそのまま映しているかのようだった。

クラウディオは無意識に息を詰める。こんなふうに見られたのは初めてだった。

「……少し話がしたい」

「話?」

リリエットは僅かに首を傾げ、溜息をついた。

「昨日はダンスをありがとう。楽しかったわ」

クラウディオの眉がぴくりと動く。

「……それだけか?」

「それ以上、何かある?」

淡々とした声。その態度の変化に、周囲の生徒たちも興味をそそられたのか、ちらちらとこちらを窺っている。

クラウディオが、婚約者であるリリエットに話しかけること自体が珍しかった。ましてや、彼女の方が冷たい態度を取っている状況は、誰もが初めて目にするものだった。

「……昨日のことだけど」

どうにか言葉を続けようとしたが、ふと気づいた。リリエットは、僅かに身を引くような仕草をしていた。

――違う。

よく見れば、彼女は胸元を両手でそっと覆うようにしている。

クラウディオの心が、どくんと跳ねた。

――昨夜、俺は……。

記憶が鮮明に蘇る。

昨日、ダンスの最中、無意識に彼女の胸元に視線を落としていたことを。

それまで見向きもしなかった婚約者を、別人と勘違いした途端に、舐めるように見つめていたことを。

――最低だ。

昨日のリリエットの態度が冷えていたのは当然だ。彼女はずっと自分に誠実であろうとしていたのに、自分は彼女の本質を見ようとせず、ようやく意識した途端にそんな視線を向けてしまった。

気づけば、リリエットの唇が動いた。

「クラウディオ様、私はあなたが私をどう思おうと構いません。でも……せめて、誠実でいてほしかったわ」

クラウディオは何も言えなかった。

リリエットは、もう一度だけ短い溜息をつくと、ゆっくりと踵を返した。

クラウディオは、その背中を見つめるしかなかった。

周囲の視線が痛いほどに突き刺さる。昨日までなら、こんな状況になったとしても、どこかで気にも留めなかったかもしれない。だが、今は違う。

何よりも、彼女の冷めた態度が胸を締めつけた。

本当に、このままでは――彼女を失ってしまう。

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