「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん

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学園の中庭には、昼下がりの穏やかな陽射しが降り注いでいた。リリエットはベンチに腰を下ろし、手元の本をめくりながらも、内容が頭に入ってこないことに気づいた。

――婚約を続けると決めたからには、ちゃんと向き合わないと。

彼女は静かに息をついた。夜会での出来事、話し合いの場での彼の姿、そしてこれまでの自分の気持ち。全てを踏まえて、自分は彼と向き合うことを選んだ。

「リリエット、また何か考え込んでる?」

弾む声が聞こえ、顔を上げるとセシルがこちらに駆け寄ってきていた。

「兄様のこと?」

そう尋ねられ、リリエットは苦笑した。

「ええ、まあ……」

「はぁ……もう、リリエットったら、本当に優しすぎるわ」

セシルは隣に腰を下ろし、大げさに肩を落とした。

「そんなに気を遣わなくてもいいのよ? 兄様なんて、見捨てちゃえばいいのに」

「セシル……」

「だってそうじゃない! ずっと冷たくしておいて、今になって『婚約を続けたい』なんて、勝手すぎるわ。普通なら見限られて当然よ」

セシルは憤慨したように腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。

「むしろリリエットが兄様を拒絶しないのが不思議なくらい。私だったら、もう関わりたくないもの」

リリエットはそんなセシルの様子を見て、ふっと微笑んだ。

「ありがとう、セシル。私のことを考えてくれて」

「もちろんよ。リリエットは私の大切な友達だもの」

セシルは真剣な顔で言った。その言葉に、リリエットの胸が温かくなる。

「でもね、私はもう決めたの」

彼女はゆっくりと本を閉じ、空を仰いだ。

「過去を責めることはしないわ」

セシルが驚いたように目を瞬かせる。

「それって……」

「これまでのことを思い返せば、たくさん悲しかったこともあった。でも、それを責めたところで、何も変わらないでしょう?」

リリエットは穏やかに微笑んだ。

「だから私は、前を向くことにしたの。婚約を続けると決めたからには、ちゃんと彼と向き合いたい。どうなるかは分からないけれど、少なくとも、私は後悔しないようにしたいの」

セシルはしばらく黙ってリリエットを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

「……本当に優しすぎるんだから」

「そうかしら?」

「そうよ。でも、そんなリリエットだからこそ、私は大好きなの」

そう言って、セシルは笑った。

リリエットもまた、そっと微笑む。

その時、ふと視線を感じて振り向くと、少し離れた場所でクラウディオがこちらを見ていた。

彼の表情は読めなかった。ただ、こちらに向かおうとして、足を止めたようにも見えた。

――あなたは、どうするの?

リリエットは何も言わず、再び本を開いた。

向き合うと決めたのは自分。だが、クラウディオが変わらなければ、この婚約が続く意味はない。
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