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クラウディオは、リリエットの頷きを見た瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。
こんなにも冷たい態度を取ってきた自分に、彼女はまだ向き合おうとしてくれている。婚約を続けると決めたからには、彼を避けずに関わろうとしてくれている。その誠実さと優しさが、彼の心を深く揺さぶった。
彼は思わず、彼女をじっと見つめていた。
リリエットが戸惑いを隠せずにカップを持つ指を僅かに動かすのを見ながら、今まで自分がどれほど愚かだったのかを改めて思い知る。
この優しさを、ずっと当たり前のものだと思っていた。
彼女が傷つきながらも追いかけてくることを、当然だと思っていた。
だが、今はもう違う。
彼女はもう、自分に期待をしていない。自分を好きだった頃の彼女ではない。それでもなお、彼女は向き合おうとしてくれる。
それが、どれほど貴いことか。
クラウディオは、美貌にほんの僅かな甘さを滲ませながら、リリエットを見つめた。
「……ありがとう、リリエット」
彼女は驚いたように顔を上げる。
「……何が?」
「君が、まだこうして向き合ってくれていること」
リリエットは一瞬、言葉を失ったようだった。そして、すぐに視線を伏せ、静かに紅茶を口にする。
「……気にしないで」
その言葉の裏には、複雑な感情が見え隠れしていた。
彼女はまだ、何かを決めたわけではない。
それでも、こうして話をすることを許してくれたのだ。
クラウディオは、それだけでも十分すぎるほどに心が満たされていくのを感じた。
自分はもう、彼女を見逃さない。
この気持ちが遅すぎたのだとしても、彼はもう二度と目を逸らさないと、心に誓った。
観劇の当日、リリエットは大きな鏡の前に立ち、そっとドレスの裾を持ち上げた。
「どう? すごく素敵でしょう?」
セシルが隣で満足げに笑っている。
「とても……綺麗だわ」
リリエットは柔らかく微笑んだ。例の商会で選んだ外出用の装いは、普段の彼女とは少し違う雰囲気を持っていた。落ち着いた青を基調としたワンピースに、繊細な刺繍が施されたショール。華美すぎず、それでいて洗練されたデザインは、彼女の気品を引き立てていた。
「兄様、ちゃんと褒めてくれるかしら?」
セシルがからかうように言うと、リリエットは少しだけ肩をすくめた。
「どうかしらね」
だが、その心配は無用だった。
待ち合わせの場所でクラウディオと向かい合った瞬間、彼の目が一瞬見開かれるのが分かった。
「……綺麗だ」
彼の口から零れた言葉に、リリエットの心が小さく揺れる。
けれど、それは嬉しさではなかった。
――どうして今になって、そんなふうに言うの?
夜会で別人と勘違いされ、初めて向けられた好意的な態度。そのとき感じた冷めた感情が、今も胸の奥に残っている。
「ありがとう」
リリエットは微笑みをつくった。
クラウディオは、そんな彼女の表情に何かを感じ取ったのか、一瞬だけ表情を曇らせたが、それ以上は何も言わず、彼女に手を差し出した。
「行こうか」
「ええ」
彼の手を取り、馬車へと向かう。
――彼のエスコートは、完璧だった。
これまで冷たく避けられ続けてきた日々が嘘のように、彼は細やかに気を配り、常にリリエットが快適に過ごせるように気を遣っていた。馬車へ乗り込む際には手を添え、歩くときも人混みを避けるように気を配る。劇場へ入る際も、彼の動きには一切の無駄がなかった。
そして、観劇そのものも――思いのほか楽しかった。
クラウディオは劇の内容について話し合うことを楽しみ、リリエットの感想を聞くたびに穏やかに頷いていた。これまでまともに会話すらしてこなかった相手とは思えないほど、自然に話が弾んでいた。
――これが、もっと早くにできていたら。
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
でも、それを口にするのはやめた。
劇場を出て、馬車に揺られながら屋敷へと向かう。
屋敷の前に着き、クラウディオが手を貸してくれた。
「……今日は、楽しかった」
自分でも意外だった。けれど、それが本心だった。
クラウディオが何かを言いかけたが、ふと口を閉じる。そして、僅かに逡巡するように彼女を見つめた。
「……また、誘ってもいいか?」
その瞳には、これまで見たことのない迷いがあった。
まるで、自分が拒絶されるかもしれないと恐れているような。
リリエットは静かに頷いた。
「ええ」
それだけを言って、彼女は屋敷へと向かう。
ふと振り返ると、クラウディオは名残惜しそうに彼女を見つめていた。
リリエットは、そんな彼を見ながら――戸惑いを隠せないまま、屋敷の扉を開いた。
こんなにも冷たい態度を取ってきた自分に、彼女はまだ向き合おうとしてくれている。婚約を続けると決めたからには、彼を避けずに関わろうとしてくれている。その誠実さと優しさが、彼の心を深く揺さぶった。
彼は思わず、彼女をじっと見つめていた。
リリエットが戸惑いを隠せずにカップを持つ指を僅かに動かすのを見ながら、今まで自分がどれほど愚かだったのかを改めて思い知る。
この優しさを、ずっと当たり前のものだと思っていた。
彼女が傷つきながらも追いかけてくることを、当然だと思っていた。
だが、今はもう違う。
彼女はもう、自分に期待をしていない。自分を好きだった頃の彼女ではない。それでもなお、彼女は向き合おうとしてくれる。
それが、どれほど貴いことか。
クラウディオは、美貌にほんの僅かな甘さを滲ませながら、リリエットを見つめた。
「……ありがとう、リリエット」
彼女は驚いたように顔を上げる。
「……何が?」
「君が、まだこうして向き合ってくれていること」
リリエットは一瞬、言葉を失ったようだった。そして、すぐに視線を伏せ、静かに紅茶を口にする。
「……気にしないで」
その言葉の裏には、複雑な感情が見え隠れしていた。
彼女はまだ、何かを決めたわけではない。
それでも、こうして話をすることを許してくれたのだ。
クラウディオは、それだけでも十分すぎるほどに心が満たされていくのを感じた。
自分はもう、彼女を見逃さない。
この気持ちが遅すぎたのだとしても、彼はもう二度と目を逸らさないと、心に誓った。
観劇の当日、リリエットは大きな鏡の前に立ち、そっとドレスの裾を持ち上げた。
「どう? すごく素敵でしょう?」
セシルが隣で満足げに笑っている。
「とても……綺麗だわ」
リリエットは柔らかく微笑んだ。例の商会で選んだ外出用の装いは、普段の彼女とは少し違う雰囲気を持っていた。落ち着いた青を基調としたワンピースに、繊細な刺繍が施されたショール。華美すぎず、それでいて洗練されたデザインは、彼女の気品を引き立てていた。
「兄様、ちゃんと褒めてくれるかしら?」
セシルがからかうように言うと、リリエットは少しだけ肩をすくめた。
「どうかしらね」
だが、その心配は無用だった。
待ち合わせの場所でクラウディオと向かい合った瞬間、彼の目が一瞬見開かれるのが分かった。
「……綺麗だ」
彼の口から零れた言葉に、リリエットの心が小さく揺れる。
けれど、それは嬉しさではなかった。
――どうして今になって、そんなふうに言うの?
夜会で別人と勘違いされ、初めて向けられた好意的な態度。そのとき感じた冷めた感情が、今も胸の奥に残っている。
「ありがとう」
リリエットは微笑みをつくった。
クラウディオは、そんな彼女の表情に何かを感じ取ったのか、一瞬だけ表情を曇らせたが、それ以上は何も言わず、彼女に手を差し出した。
「行こうか」
「ええ」
彼の手を取り、馬車へと向かう。
――彼のエスコートは、完璧だった。
これまで冷たく避けられ続けてきた日々が嘘のように、彼は細やかに気を配り、常にリリエットが快適に過ごせるように気を遣っていた。馬車へ乗り込む際には手を添え、歩くときも人混みを避けるように気を配る。劇場へ入る際も、彼の動きには一切の無駄がなかった。
そして、観劇そのものも――思いのほか楽しかった。
クラウディオは劇の内容について話し合うことを楽しみ、リリエットの感想を聞くたびに穏やかに頷いていた。これまでまともに会話すらしてこなかった相手とは思えないほど、自然に話が弾んでいた。
――これが、もっと早くにできていたら。
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
でも、それを口にするのはやめた。
劇場を出て、馬車に揺られながら屋敷へと向かう。
屋敷の前に着き、クラウディオが手を貸してくれた。
「……今日は、楽しかった」
自分でも意外だった。けれど、それが本心だった。
クラウディオが何かを言いかけたが、ふと口を閉じる。そして、僅かに逡巡するように彼女を見つめた。
「……また、誘ってもいいか?」
その瞳には、これまで見たことのない迷いがあった。
まるで、自分が拒絶されるかもしれないと恐れているような。
リリエットは静かに頷いた。
「ええ」
それだけを言って、彼女は屋敷へと向かう。
ふと振り返ると、クラウディオは名残惜しそうに彼女を見つめていた。
リリエットは、そんな彼を見ながら――戸惑いを隠せないまま、屋敷の扉を開いた。
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