「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん

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学園の昼休み、リリエットは花壇の近くで新しい知り合いと談笑していた。

彼の名はエミール・ヴァルトナー。伯爵家の次男で、爽やかな笑顔が印象的な青年だった。

「クラウゼヴィッツ嬢、次の演劇祭にはもう行かれる予定はおありですか?」

「いいえ、まだ考えていないわ」

「それなら、ぜひご一緒しませんか? 学園の劇団が新しい試みをするらしく、かなり評判がいいんです」

エミールの提案に、リリエットは少し驚きながらも微笑んだ。

「まあ、それは興味深いわね」

その様子を、少し離れた場所からクラウディオは見ていた。

――また、だ。

最近、やけにリリエットの周りに男が増えた。

それも、ただの友人というわけではない。彼らの多くは、明らかにリリエットに好意を持っている。学園でも名の知れた青年たちが、彼女に話しかけ、食事に誘い、共に過ごす機会を増やそうとしていた。

最初は気のせいかと思っていた。

だが、それが意図的なものだと気づくまでに時間はかからなかった。

――リリエットの家族とセシルが、さりげなく彼女の周りに好青年を近づけているのだ。

いまさらそれに文句を言う資格はない。
リリエットの幼いわがままから始まった婚約話に反感を覚え、冷淡に接してきたこれまでの自分の行いの報いなのだ。

「兄様、焦ってる?」

不意に背後から声がかかった。振り向くと、セシルがニヤリと笑っていた。

「まさか……お前が?」

「さあ、どうかしら?」

セシルはとぼけた顔をしながら、リリエットとエミールの方を見やる。

「でも、兄様が今までリリエットにしてきたことを考えたら、当然の流れだと思わない?」

クラウディオは何も言えなかった。

自業自得――それは分かっている。

けれど、どうしても胸の奥がざわつく。

以前は、彼女が自分の婚約者として敬愛の目を向けてくれるのは自分だけだった。

だが今、彼女は別の誰かと笑っている。

それが、どうしようもなく落ち着かなかった。

「まあ、頑張ってね、兄様」

セシルは肩をすくめると、軽やかに去っていく。

クラウディオは拳を握りしめた。

――このままでは、本当に彼女を失う。

その事実が、彼を焦らせる。

だが、何も言えない。

自分が彼女を遠ざけたのだから。

クラウディオはリリエットの姿を見つめながら、静かに息を吐いた。焦る気持ちを抑えなくては、余計にリリエットの心は離れてしまうだろう。




朝の空気はひんやりと澄んでいた。

リリエットが屋敷の玄関を出ると、門の前に見慣れた馬車が停まっていた。

もう、何度目になるだろう。

クラウディオは毎朝のようにこうして迎えに来るようになっていた。

最初は驚いた。何の前触れもなく、彼が自分を待っていると知ったとき、心の奥がざわついたのを覚えている。

けれど、彼はそれを当然のことのように続けた。

「おはよう、リリエット」

馬車の扉を開け、クラウディオが柔らかく微笑む。

彼のエスコートは完璧で、扉を開けるタイミング、手を差し出す仕草、全てが洗練されていた。

「……おはようございます」

リリエットは、自然な笑顔をつくりながらその手を取る。

馬車の中は静かだった。以前なら、この沈黙が重く感じられたかもしれない。だが、今は違った。

クラウディオは無理に話しかけることはせず、彼女の気持ちを尊重するように、適度な距離感を保っていた。

それが、少しだけ心地よかった。

「今日は、学園の薔薇園をみようと思っているんだ」

ふと、クラウディオが口を開く。

「薔薇園?」

「学園の庭師が新しい品種のバラを育てたそうだ。教授が話していたのを聞いて、君が興味を持つかもしれないと思った」

リリエットは瞬きする。

今までの彼なら、こんなふうに彼女の興味を考えて何かを提案することなどなかった。

「……素敵ね」

「君さえよければ、一緒に行かないか?」

彼は、決して強引に誘うことはしなかった。ただ、穏やかに提案し、彼女の意思を尊重している。

リリエットは、僅かに口元をほころばせた。

「ええ。行きましょう」

クラウディオの表情が、どこか安堵したように和らいだのを見て、リリエットは少しだけ、彼との距離が縮まったような気がした。
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