「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん

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温室の扉を開けると、ふわりと甘い香りが広がった。

温かな陽光を浴びた花々が、静かに咲き誇っている。クラウディオが言っていた白い花は、中央の花壇に美しく並んでいた。

「これね……」

リリエットはそっと足を止め、目を細めた。

純白の花びらは透き通るようで、陽光を受けて優しく輝いている。その姿は儚げでありながら、どこか力強さも感じさせた。

「気に入ったか?」

クラウディオの声が、隣で静かに響く。

リリエットは微笑んだ。

「ええ、とても」

以前の彼なら、こんなふうに彼女の好みに気を配ることなどなかった。リリエットが何を好きで、何を美しいと思うのか、そんなことに興味を持ったことすらなかったはずだ。

でも、今の彼は違う。

「少し驚いたわ」

リリエットは花に手を伸ばしながら言った。

「あなたが、私の好きなものを気にしてくれるなんて」

クラウディオは短く息を吸い、目を伏せた。

「君のことを知りたいんだ」

「……」

「今さらかもしれないが、俺は、君のことを何も知らなかった」

クラウディオの言葉には、少しの後悔が滲んでいた。

「俺はずっと、君を遠ざけることばかり考えていた。でも……君がどんなものを好きで、何に心を動かされるのか、そんなことすら考えもしなかったんだ」

リリエットは彼の横顔をそっと見た。

「だから、今から知っていきたい。君が何を大切にして、どんなことに笑うのか。全部、少しずつでも」

クラウディオは真剣な目で彼女を見つめた。

リリエットは、少しだけ視線を逸らした。

――この人は、変わった。

それは間違いない。以前のクラウディオなら、こんなふうに正面から自分を見つめ、まっすぐな言葉をくれることはなかった。

でも……。

「……私には、あなたが本当に変わったのか、まだ分からないの」

リリエットは静かに言った。

「私を知りたいと思ってくれるのは嬉しい。でも、それが一時的なものなのか、それとも本当に……」

自分でも言葉を探しながら、リリエットは彼を見た。

「それとも、本当に心からそう思っているのか、私はまだ確かめられないの」

クラウディオは真剣な顔で彼女の言葉を受け止め、それから小さく頷いた。

「……そうだな」

「だから、焦らずにいてほしいの」

彼は、しばらく彼女を見つめた後、ふっと微笑んだ。

「分かった。焦らないよ」

その言葉に、リリエットは少しだけ安堵した。

彼の変化は本物なのかもしれない。でも、それをすぐに信じることはできない。

だけど――少なくとも、こうして話せるようになったことは、悪くないことなのかもしれない。

リリエットはもう一度、白い花に目を向けた。

その隣でクラウディオが静かに立っているのを感じながら、彼女の胸の奥で、小さな何かが芽吹き始めているのを自覚した。
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