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学園の中庭に柔らかな陽光が降り注ぎ、春の風が花々の香りを運んでいた。
リリエットは温室のベンチに座り、隣で沈んだ表情を浮かべるセシルをそっと見つめた。
「セシル、最近少し元気がないように見えるけれど……何か悩んでいるの?」
問いかけると、セシルは溜息をつきながら顔を上げた。
「……リリエットには話そうと思ってたのよ」
「何かしら?」
「私ね、令嬢として結婚するんじゃなくて、仕事をしたいの」
セシルの言葉に、リリエットは軽く目を瞬かせた。
「仕事?」
「ええ、エミールの商会の仕事に関わりたいのよ。新しい服飾のデザインを提案したり、社交界の流行を分析したり……そういうことに携われたらって思ってるの」
セシルの瞳には、確かな夢が宿っていた。
「でも、家のことを考えると、そんな自由は許されないかもしれないでしょう? 兄様は、私が普通に社交界で立ち回ると思ってるし、父も母も……」
リリエットは微笑んだ。
「セシルらしいわ」
「……え?」
「あなたのそういうところ、素敵だと思うわ。自分の生き方を見つけて、それを実現したいと思えるのは簡単なことじゃないもの」
「リリエット……」
セシルは少し目を潤ませ、苦笑した。
「でも、家族はどう思うかしら……」
その言葉に、リリエットはふと思い出した。
「クラウディオ様に相談してみたら?」
セシルは驚いたように目を見開いた。
「兄様に?」
「ええ。あなたがどれだけお兄様に大切にされているか、私は知っているもの。もし本気で考えているのなら、きっと耳を傾けてくれるわ」
セシルはしばらく考え込み、それから意を決したように頷いた。
「……分かった。話してみる」
その夜、ヴェステンベルク伯爵家の書斎。
クラウディオは机に向かい、書類を整理していた。
「兄様、少しいい?」
扉が開き、セシルが顔を覗かせる。クラウディオは視線を上げ、手を止めた。
「どうした?」
セシルは彼の前に座り、僅かに緊張しながら口を開いた。
「……私、結婚するよりも仕事をしたいの」
クラウディオは驚いたように目を細めた。
「仕事?」
「ええ、友人の商会で働きたいの。令嬢としてではなく、自分の力で何かを成し遂げたいのよ」
セシルの真剣な瞳を見て、クラウディオはしばらく沈黙した。そして、静かに息を吐くと、低い声で言った。
「お前はそれを、本気で考えているのか?」
「……うん」
「ならば、俺が反対する理由はないな」
セシルの目が大きく見開かれた。
「えっ?」
「お前が自分で決めた道ならば、それを尊重する。ただし、覚えておけ」
クラウディオは穏やかながらも、どこか厳しさを滲ませた声で続ける。
「どんな道を選ぼうと、責任は伴う。お前がやりたいからという理由だけでなく、それを成し遂げる覚悟が必要だ」
「……兄様……」
「もし本気なら、俺も父上と母上に掛け合おう」
セシルの顔に驚きと感動が浮かび、やがて笑みが広がった。
「……ありがとう、兄様!」
セシルはそのまま彼に抱きつく勢いで喜びを表現した。クラウディオは少し困惑しながらも、静かに微笑んだ。
その出来事をリリエットが知ったのは、翌日の学園だった。
セシルが満面の笑みで「兄様が応援してくれたの!」と報告してくれたのだ。
リリエットはその話を聞きながら、かつての自分が彼に抱いた憧れの気持ちを思い出した。
「リリエット?」
セシルに呼ばれ、ハッとする。
「……ごめんなさい、考え事をしていたわ」
「ふふっ、リリエットってば、まるで恋する乙女みたいな顔してたわよ?」
「そんなこと……」
否定しようとしたが、言葉が続かない。
――私は、また彼に惹かれ始めているのかしら。
リリエットは静かに自分の胸に手を当てた。
リリエットは温室のベンチに座り、隣で沈んだ表情を浮かべるセシルをそっと見つめた。
「セシル、最近少し元気がないように見えるけれど……何か悩んでいるの?」
問いかけると、セシルは溜息をつきながら顔を上げた。
「……リリエットには話そうと思ってたのよ」
「何かしら?」
「私ね、令嬢として結婚するんじゃなくて、仕事をしたいの」
セシルの言葉に、リリエットは軽く目を瞬かせた。
「仕事?」
「ええ、エミールの商会の仕事に関わりたいのよ。新しい服飾のデザインを提案したり、社交界の流行を分析したり……そういうことに携われたらって思ってるの」
セシルの瞳には、確かな夢が宿っていた。
「でも、家のことを考えると、そんな自由は許されないかもしれないでしょう? 兄様は、私が普通に社交界で立ち回ると思ってるし、父も母も……」
リリエットは微笑んだ。
「セシルらしいわ」
「……え?」
「あなたのそういうところ、素敵だと思うわ。自分の生き方を見つけて、それを実現したいと思えるのは簡単なことじゃないもの」
「リリエット……」
セシルは少し目を潤ませ、苦笑した。
「でも、家族はどう思うかしら……」
その言葉に、リリエットはふと思い出した。
「クラウディオ様に相談してみたら?」
セシルは驚いたように目を見開いた。
「兄様に?」
「ええ。あなたがどれだけお兄様に大切にされているか、私は知っているもの。もし本気で考えているのなら、きっと耳を傾けてくれるわ」
セシルはしばらく考え込み、それから意を決したように頷いた。
「……分かった。話してみる」
その夜、ヴェステンベルク伯爵家の書斎。
クラウディオは机に向かい、書類を整理していた。
「兄様、少しいい?」
扉が開き、セシルが顔を覗かせる。クラウディオは視線を上げ、手を止めた。
「どうした?」
セシルは彼の前に座り、僅かに緊張しながら口を開いた。
「……私、結婚するよりも仕事をしたいの」
クラウディオは驚いたように目を細めた。
「仕事?」
「ええ、友人の商会で働きたいの。令嬢としてではなく、自分の力で何かを成し遂げたいのよ」
セシルの真剣な瞳を見て、クラウディオはしばらく沈黙した。そして、静かに息を吐くと、低い声で言った。
「お前はそれを、本気で考えているのか?」
「……うん」
「ならば、俺が反対する理由はないな」
セシルの目が大きく見開かれた。
「えっ?」
「お前が自分で決めた道ならば、それを尊重する。ただし、覚えておけ」
クラウディオは穏やかながらも、どこか厳しさを滲ませた声で続ける。
「どんな道を選ぼうと、責任は伴う。お前がやりたいからという理由だけでなく、それを成し遂げる覚悟が必要だ」
「……兄様……」
「もし本気なら、俺も父上と母上に掛け合おう」
セシルの顔に驚きと感動が浮かび、やがて笑みが広がった。
「……ありがとう、兄様!」
セシルはそのまま彼に抱きつく勢いで喜びを表現した。クラウディオは少し困惑しながらも、静かに微笑んだ。
その出来事をリリエットが知ったのは、翌日の学園だった。
セシルが満面の笑みで「兄様が応援してくれたの!」と報告してくれたのだ。
リリエットはその話を聞きながら、かつての自分が彼に抱いた憧れの気持ちを思い出した。
「リリエット?」
セシルに呼ばれ、ハッとする。
「……ごめんなさい、考え事をしていたわ」
「ふふっ、リリエットってば、まるで恋する乙女みたいな顔してたわよ?」
「そんなこと……」
否定しようとしたが、言葉が続かない。
――私は、また彼に惹かれ始めているのかしら。
リリエットは静かに自分の胸に手を当てた。
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