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新たな一歩
しおりを挟む食堂の仕事が終わり、ジョンと私は店を出た。まだ陽が沈んでいない時間帯だったけれど、夜の空気がすでにひんやりとしていて、歩く足元が心地よかった。
「今日も忙しかったね。」ジョンが、何気なくそう言うと、私は頷きながら微笑んだ。「本当に。でも、なんだか楽しかったわ。みんなが元気だと、こっちも元気をもらえるから。」
ジョンはその言葉にうなずいて、少しだけ歩調を緩めた。「それが一番だね。エリザベスが楽しそうだと、僕も嬉しいよ。」
その言葉に、ふわりと温かい気持ちが胸を満たしていった。ジョンと一緒にいると、こうして自然に会話ができて、何の不安もなく過ごせる。それが、どれだけありがたいことか、今更ながら感じる。
「ところで…」ジョンが少し躊躇しながら言った。「最近、君が庭に植えた新しい花、どうなった?」
私は一瞬、何を言われているのか少しだけ考えた後、すぐに思い出して笑った。「ああ、それ、順調よ。ちょっと手間はかかるけれど、花が咲くのが楽しみ。」
「それはいいな。」ジョンが嬉しそうに頷く。「また見せてくれる?」
「もちろん。」私は力強く答えた。その時、ふと後ろから足音が近づいてきたことに気づく。
振り返ると、そこには予想通り、チャールズが立っていた。どこかいつもと違う、真剣な表情を浮かべている。
「エリザベス…」彼が一歩踏み出し、私たちに向かって声をかけた。彼の顔には、これまで見せたことのない切実さが浮かんでいた。
「チャールズ…」私は軽く息をつきながら、冷静に彼を見つめた。「どうしてここに?」
チャールズは一歩前に出ると、目を真剣に私に向けた。「エリザベス、お願いだ。もう一度、僕にチャンスをくれ。」
その言葉に、私は胸が締め付けられるような気持ちになった。確かに、彼との過去には良い思い出もあった。しかし、それ以上に私は自分を失いそうだった日々が強く心に残っている。
「でも…」私はゆっくりと息を吸ってから言葉を続けた。「チャールズ、あなたが変わったと感じている部分もあるけれど、それでも私はもう、戻ることはできない。」
チャールズの表情が少し曇る。しかし、私は視線を外さず、きっぱりと伝える。
「私がこれから歩んでいきたいのは、もうあなたとの未来ではないの。私は…ジョンと一緒に歩んでいきたい。」
その言葉を聞いたチャールズの顔は、一瞬泣きそうに歪んで見えた。そして、うつむいてしまった。彼はしばらく黙って立ちすくみ、やがてゆっくりと私を見上げた。
「その、優しそうな男か…」彼の声は小さく、どこか遠くから聞こえるようだった。「君がそう決めたなら、もう無理に引き止めることはできない。彼女を頼むよ」
そして、チャールズは少しだけ頭を下げると、静かに歩き出した。その背中を見送る間、私は心の中で何度も彼に言いたい言葉を思い浮かべたが、結局一言も口にできなかった。
ジョンがそっと私の手を取る。私はそれに応えるように少しだけ手を握り返した。
「大丈夫?」ジョンの声が優しく響く。
私は彼を見上げて微笑んだ。「ええ、大丈夫よ。ありがとう。」
チャールズが去った後、私たちはしばらく黙って歩き続けた。ジョンは言葉を選ぶように、私の手を優しく握りしめている。その温もりが、どこか私の不安を和らげてくれる。振り返ると、チャールズの姿はもう見えなくなっていた。
「気にしなくていい。」ジョンが静かに言った。「君が決めたことなら、それが一番大事だよ。」
私は小さく頷きながら、少しだけ足を止めた。「でも、なんだか…胸が苦しい。チャールズにも、少しは感謝してるから。」
「それは当然だよ。」ジョンが微笑む。「でも、感謝と前に進むことは別の話だからね。」
その言葉が、私の心にすっと入ってきた。そうだ。過去を大切にしながら、でも前を向くことが、今の私にとって一番必要なことなんだ。
「ありがとう、ジョン。」私はもう一度彼を見つめた。「あなたがそばにいてくれて、すごく助かってる。」
ジョンは穏やかに笑って、私の手をもう少し強く握りしめた。「僕はエリザベスのことを大事に思ってるよ。だから、これからもずっと一緒にいるつもりだ。」
その言葉に、私の胸が温かくなる。ジョンの優しさが、今、こんなにも私にとって必要だと感じた。
私たちはそのまま静かな通りを歩きながら、何も言わなくてもお互いの気持ちが通じ合っているのを感じていた。夜の空気が肌に心地よく、星がひときわ輝いているように見える。
「ねえ、ジョン。」私はふと口を開いた。「これから、私たちが一緒にやりたいこと、たくさんあるわ。」
ジョンは私を見つめ、にっこりと笑った。「それ、楽しみにしてるよ。どんなことがいい?」
「まずは…あのハーブの花をもっと育てて、料理に使うこと。」私は思わず笑顔を見せながら言った。「そして、もっと一緒に過ごす時間を作りたい。」
ジョンは嬉しそうにうなずいた。「それ、すごく楽しそうだね。一緒にいろんなことをやって、もっと君を知りたい。」
私たちはお互いに微笑み合いながら、歩みを進めた。未来がどんなものであれ、今、私にはジョンと一緒に歩んでいく力強い意志がある。その手のぬくもりを感じながら、私は心から思った。
これからも、二人で築いていく未来が待っている。
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