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三,太子の嫁探し
しおりを挟む結局、竺董は彼ら両親の前に姿を現わすことができなかった。
――知らなかった、人心の読めぬ暗愚などと呼ばれていたことを……それを、実の父と母にまで思われていたことを。
父母も、同門の学友たちも、臣下も宮女も民も……この二十一年間、陰ではそう噂していたのだろうか。
しかし苦しい気持ちは、それ以上の深みを知らないように落ち着いていく。いっそ母のように涙を流せたら、気が楽になるのではないかと過るが、まるで他人事のようだった。
そんな竺董のことなど天はそも知らず、やがて陽は落ち始める。
竺董は母に呼ばれ、祝宴のための装いに飾り立てられた。上質な衣に身を包み、頭髪を念入りにくしけずる。
まとめ上げた毛束に、母は自ら輝く銀の冠を留めながら口を開いた。その声は落ち着き、諭すような色をしている。
「竺董、あなたは次期王となる立派な王太子です」
「……はい」
母に髪を触られるのは、それはそれとして気持ちがよかった。
「今宵の宴で、将来を共に歩むお嬢さんを探す……というのは、どうかしら、そろそろ」
そうではないのでしょう、母上。将来を共に歩むためではなく、この暗愚の矯正のための、嫁を探してほしいのでしょう。
常であれば、何も想わずにその言葉を投げていただろう。しかし、いまその言葉を言ってはいけないような気がして、竺董はただ頷いた。
実の母親の台詞には、裏の意味がある。そんなこと、考えたこともなかった。
「……わかりました。よい方がいらっしゃれば……」
二度目の点頭をすると、王妃は目尻に涙をためて微笑んだ。それは誰へ向けた涙なのか。竺董には分からなかった。
正殿前に長く続く階の眼下には、広く石畳の庭が開かれている。
賓客用の座席が用意され、その前にはたくさんの料理が並べられた。華やかに装った貴族たちが訪れ、時が経てばやがて民も加わることが許される。
夜通し続く宴のために、篝火や提灯《らんたん》が次々に灯された。
「殿下、お祝い申し上げますわ」
「わたくしも……お祝い申し上げます」
竺董の元へ、入れ替わり立ち代わり、令嬢が挨拶におとずれる。
彼女たちもまた、竺董の目に留まるようにと麗しい化粧を施し、一等気に入りの簪を挿していた。皆、若く美しい。しかしどんな娘を見ても、竺董の心は晴れそうになかった。
「いやはや竺董殿下、おめでとうございます」
「羅針公……ありがとうございます」
娘たちの合間を縫ってやってきたのは、父王の弟だ。学者肌の彼は羅針盤の研究をしており、その功績により羅針公と渾名されていた。
「殿下も二十一とは、本当にご立派になられた」
「もったいないお言葉です」
羅針公は王宮内の片隅に己の宮を設け、日がな研究をして暮らしているらしい。それもあって、普段からあまり顔を合わせることはなかった。
「我が兄に殿下のような聡明な跡継ぎがいること、弟ながら羨ましく思います」
「……本当に、そう思われますか?」
笑みを浮かべる叔父をじっと見上げて、竺董は問うた。一瞬、彼はひるんだように目を細める。
「おや、珍しい。殿下がそのような……ええ、言葉通り、偽りはございません」
「そうですか。……叔父上も、どうか宴を楽しまれますよう」
竺董の言葉を受けると、羅針公は恭しく頭を下げ、自席へと向かっていく。
夕の風が夜の空気を孕み、竺董の頬を撫でた。
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