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三、
しおりを挟むそうして伝助の元に、ほぼ押しかける状態であづさは居座った。
しかしあづさはよく働く精だった。
無頓着な伝助の山小屋を掃除し、衣を洗った。そして珍しく生地が欲しいと言うので与えてみれば……。
「少々不格好ではございますが、新しい着物を縫ってみました」
差し出された新しい着物は誂えたようにぴったりであった。だが、あづさの指は傷だらけで、その不器用さをありありと伝えていた。
それを見ると、着物を走る糸の一針一針がどうにもいじらしく感じられる。
伝助は自らがこしらえた切り傷用の軟膏をその手に塗ってやった。
「人としては全てがはじめてなのです……ご容赦ください」
「そんなことは分かっとる。……これはおらなりの礼じゃって」
ぱち、ぱちと囲炉裏の火が音を立てる。
伝助の言葉にあづさは目を伏せていた。花飾りが、また淡く色付いたような気がする。
「お、おらは木彫りをする。あづさはもう休んどれ」
「いいえ、わたくしめもお手伝いします。今度は何をお作りに? 兎ですか? 猫ですか?」
そう問いながら、あづさはまた木彫り細工に添えるため花びらに手を伸ばす。
しかしそれを見て、伝助は思わずその手首を強く掴んだ。
「やめるんじゃ、それはもうやめるんじゃ」
「どうしててすか? 花びらを付ければ、高く売れるのですよ?」
確かに、あれからいくつかを小間物屋へ卸した。
あづさのまじないをかけられた木彫り細工は、やはり高値で取り引きされた。それも子どもたちが遊ぶような人形ではなく、商人やお武家が欲する細工として。
「おらは……恐い」
「こわい……?」
「あの花びらの出どころがあづさだと知られて……誰かに見られるのが恐い」
もちろん、卸した問屋や木彫り細工を手にした者は、その制法を知りたがる。
天気によって色を変える花びら――どうしてこんな不思議な細工を木こりが片手間に出来るのか。
しかし問われても伝助には答えようがない。「紫陽花の精が家に居ついて、その花びらを分けてくれる」……そう答えて解決することではなかった。
「……わたくしめが紫陽花の精だから、ですか?」
どこか寂し気にあづさは言う。
「違う! そうじゃねえ、おらはあづさを……」
伝助は慌てて口を開いて、また慌てて口を閉ざす。
いま、何を言おうとした?
伝助は真新しい着物の膝をぎゅっと握りながら言葉を押し殺した。
「……いや、その花びらむしるとき、あづさの顔色が悪くなってるんじゃ」
「そのような、ことは……」
しかし実にそうである。
あづさの花飾りは、出会った当初に比べて瑞々しさを失いつつあった。まるで道祖神の傍らに見た時のような、雨の降らない雨期に咲いた紫陽花に戻っているようだ。
「あなた様は、本当にお優しいですね…………それでは、お願いをしてもよろしいですか」
「願い?」
「目合ってください」
「は? ま、まぐわ……!?」
そんな言葉を知らなそうなあづさの口から、あまりに真っ直ぐに発せられ面食らう。
「人間の生気……子の源を注いでいただければ、力は戻ります。もちろん伝助様には害はありません……多少の疲労はあるかと思いますが」
いつになくあづさはすらすらと話し、やがて膝立ちになると伝助へ近づいていく。
「道祖神様が体をお与えくださったときにおっしゃいました。女体にしては目合った際に子ができてしまうが、男体にしておけばその危惧はないと……」
「だ、だからってなんでそんなこと!」
囲炉裏の火に照らされた、あづさの影が長く伸びる。伝助は座ったまま後ずさると、やがて背中を壁にぶつけた。
「力を戻して、また伝助様のお役に立ちたい……その一心でございます」
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