白薔薇を求めて――『リチャード三世の王冠を目指して』

シェピシェピ

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第一話 不満の冬

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「馬を、馬をよこせ!代わりに我が王国をくれてやる!」

シェイクスピアの戯曲『リチャード三世』における最終局面、ボスワーズの戦い。死に際でリチャード三世が叫んだ言葉だった。

兄を欺き、幼い甥二人を殺し、即位に尽力した同志を切り捨てた冷酷な醜いせむしとされる、冷徹漢リチャード三世の最期の姿。

そのシーンに魅力されたのは、作中で悪魔だのヒキガエルだのと称されたリチャードとは違い、勇ましく美しい令嬢の羨望の対象とされたオブリージュ王国の王太子にしてローゼンシュタイン公アルカナだった。




オブリージュ王国の宮殿は、他の大国と比べても豪華絢爛で、この栄達ぶりは珍しい。
宮殿内の全てが栄華の極みを象徴していた。だが、その栄達ぶりは、近隣諸国から見れば「珍しい」というより「異様」と評されるほどだった。

宮殿内の図書室に、王太子にしてローゼンシュタイン公アルカナ・ガーディアンは書物を物色していた。指で一冊、また一冊と書物を引き出しては、その表紙を確かめていた。

「やはりそこにいたのですね、アルカナ。本当に貴方はここがお気に入りのようですね。毎日のようにここで過ごされていると、侍女たちから聞いています」

穏やかで優しい声が背後から響いた。振り返ると、そこに立っていたのは王妃ビオラ。ビオラは自身の産んだ子であるアルカナに声をかける。

「私にとって、書物は拠り所の一つございますから。神の言葉に触れ、歴史を振り返ることで、心が落ち着くのです」

大量に積まれた本の表紙をビオラが見ると、やはりルミナス教に関する聖典、教会史、教義注解、古い祈祷書など、信仰の深さを物語るものばかりだった。

「王族の中でもここまで神に献身的な者は居なかったでしょう。自ら率先して神に祈りを捧げ、勉学に励むなんて立派なこと。母は貴方のような信心深く、親想いであり、兄弟想いな子がこの国の王太子で、心の底から幸福であることを実感できますよ」

王太子のアルカナは魔術にも格段に優れて、文武両道。英雄と王家の血を色濃く受け継ぐ嫡男と称される。

「ルミナス教徒である私は神に使える者です。これくらいの信仰心を持たねば、王たる資格を持つに相応しくありません。故にこれくらいは当然のことだと存じます」

アルカナは謙遜ではなく、当たり前、当然の事実だと言わんばかりに母に己の信仰心は普遍だと語る。ビオラは誇らしげに頷きながらも、どこか困ったような、諭すような表情を浮かべた。

「その心構えは立派です。ですが、お父上たる国王陛下はどの神でも自由に信じる――あるいは信じない自由が大事だとお考えです。なのでお父様には……少し柔らかい言い方を心がけましょう?お父様が誤解なさったら大変ですから」

ガーディアン王家当主・オブリージュ王国現国王エルデ一世。ビオラの夫、アルカナの父だ。

彼は異界たる『地球』と呼ばれる場所から転移してきた存在で、類稀なる魔法能力と地球での知識、そしてこの世界の常識を覆す知識と思想の持ち主。先代国王(ビオラの父)に気に入られ、当時王女だったビオラと結婚し、国王として即位した。

「……分かりました。肝に銘じておきます」

数秒間沈黙したが、アルカナは母に微笑み、諫言に対しても納得した様に頷いた。

「では私は庭園でも見てきます。その後に礼拝堂で祈りを捧げてくるとしましょう。母上、また食事の頃に」

気に入った本を一冊持ち、アルカナは母に別れを告げて図書室を後にした。母から顔を背けた後、微笑んでいたアルカナの顔はスンと冷めた表情となった。まるで別人かの様な変わり様だった。

(母上には悪いが、父上……国王の所業には共感も何も得られない。私にあるのは、あの方への不信感のみだ)




宮殿の外にある薔薇の庭園は、国王エルデの地球文化の影響を受け得ない数少ないオブリージュの伝統文化のみで彩られた空間だ。

アルカナにとって、『穢らわしい』異文化に汚されていないこの庭園は、数少ない安らぎの場所の一つだった。
異邦の音楽も、奇妙な遊戯も、押しつけの「自由」も、ここには存在しない。

庭園の中央に立ち、彼は深く息を吐く。誰もいないことを確認し、静かに目を閉じた。

(あぁ神よ!この愚かな異端者たる王に支配されてしまったこの国に慈悲を……!本来なら教会に次ぐ、最も神を尊ぶ偉大な国だったのです……!)

まるで舞台役者の様にアルカナは、庭園の真ん中で心の中で偉大なる神に懺悔を行う。

そう、彼にとっては父は愛すべき存在ではなく、神に逆らう異端者だった。

エルデ一世は本心では平和、宗教・文化の自由、弱者保護、平等などを本気で信じている。
地球の人権、多文化共生、民主主義の概念を理想化していて、それを実行しようとしている。

しかし、彼の行動は二枚舌そのもの。

教会や近隣諸国の遠征・布教(実態は領土・資源拡大)を、原住民虐殺・奴隷化と非難しつつ、自身も海外へと進出し、同盟・保護・教育を推進する。
だが結局は政治・経済・文化への干渉・支配という帝国主義そのもので、近隣諸国を避難できる立場ではない。

厳格なルミナス教の大国を「異端弾圧の象徴」として戦争する。それはエルデが自身の強大な魔法と地球の知識を使っての武力行使だった。敵国の首都陥落後、見せしめとして大規模な皆殺し。

教皇が激怒すると軍事力で脅迫などと言う愚行さえも犯しながら、平和のためなら必要悪と正当化する。

アルカナにとっては、父の語る平和のための統一は、近隣諸国がルミナス教徒を尊重し、原住民を悪としていたとするなら、それを逆転させたにすぎない。平和主義を語る野蛮人だった。

(文化の尊重も同様だ。尊重してると考えているなら滑稽極まりない!)

エルデは文化を尊重すると言いながら、地球文化を無自覚で、ほぼ強制的に取り入れ、宮廷の壁画をアニメ風に変えたり、聖堂でJ-POP調の賛美歌を流したり、一夫一妻制だった王国に後宮を作るなどやりたい放題。

しかも占領した地域、国にも同じ様なことをしてるなど、趣味の押し付けも甚だしいのだ。

(父には偽善者という言葉が最も相応しい……。平和を語り武力で屈服させ、共生を語りながら弱者以外は悪とみなしている。これでは近隣諸国から敵視されて当然だ)
 
当然、ルミナス教の力は大国の王をも凌ぐ存在。そんな教会のことを公然と非難し、異端を擁護するエルデは同盟国からは利用され、敵国や教会は彼を滅ぼそうと躍起になっている。

(いずれは異端の国として滅ぼされる……。しかし、そのために私もあの不敬極まりない道を辿らねばならないのか? こんな偽善に塗れた道ならば、もっと潔い道は……)

苦悩が胸を締めつける。父の「自由」と「平和」は、伝統を踏みにじり、神を冒涜するものにしか見えない。

何代も前の王が創り上げたこの異文化の『娯楽』や『革新』に汚されていない。純粋な庭園でならば、答えを導き出せるかもしれない。何か思いつくかもしれない。

アルカナは咲き誇る赤薔薇と白薔薇に目をやる。いつもは一つの花に目を向けることはないが、なぜだか今日は白薔薇にしか関心がないと言わんばかりに、白薔薇のみに視線を注いでいた。

「王太子殿下」

突然、護衛の一人が近づいてきた。恭しく頭を下げ、国王エルデ一世からの伝言を告げる。

「国王陛下よりお言葉がございます。この後、王が新たに創設された劇団が、様々な劇を披露するパーティを催すとのこと。王太子殿下も、ぜひご臨席いただきたく……」

アルカナの瞳がわずかに揺れた。きっと父の地球とやらの物語か、父が創作したくだらない劇だろう。いずれにせよ軽薄で、神を軽んじた劇に違いない。

せめて笑いを取ろうと必死な喜劇ではなく、信仰を題材としたものにしてほしい。キリスト教とやらならまだルミナスに似ているので許容できる。とアルカナは上から目線な考えを持っていた。

「……了解した。参上しよう」

声は平静だったが、アルカナの視線はやはり白薔薇。

手に取った白薔薇の棘が指に刺さり、赤い血が一滴、落ちた。アルカナはそれをじっと見つめていた。



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