2 / 2
第二話 栄光の夏
しおりを挟む
宮殿の大広間は活気に満ち溢れていた。超大国としての栄光を享受しているこの国による輝かしさに満ち溢れていた。
高級品たる絹の衣装を纏った貴族、宝石が散りばめられた首飾りを付ける貴婦人、国王エルデ一世によって王宮への出入りを自由だと良しとされた平民らが肩を並べて談笑している。これもエルデ一世による平等だ。
しかし、表向きは華やかだったが、空気には微妙な緊張が張りつめていた。
「全く!陛下はどこまで我々を侮辱すれば気が済むのか……」
「卿、聞こえてしまいますよ!仮にも国王に対して……」
「別に良かろう?皆思っていることだ。陛下の言う共存なんて、あの方のやりたい放題を正当化する方便だろう?
貴族たちの間ではひそひそと不満の声が上がっていた。
「でも、面白いではないですか。あの異世界の話、奇想天外で、陛下だって文化を尊重すると」
「面白い?我々の伝統が、陛下の趣味のただの引き立て役じゃないか。神聖なルミナスを虐殺の正当化などと蔑み、教会を脅し、異教徒ばかりを擁護する。国を強大にする代わりに、悪魔の巣舞う国に変えたのだ」
貴族が吐き捨てるように言った。友人の別の貴族はあまりの発言に辺りをキョロキョロと振り返り、流石に黙らせようとしていた。何人か聞こえていた様だが、見て見ぬふりをしていた。同じ様に考えている者も多い様で、異文化を好む貴族もいるので、この発言に顔を顰める人物もいる。しかし、気持ちが分からなくもないと頭を抱える平民もいた。
「私は好きなのだけれど、陛下の宣伝の仕方よね……。善意なのも分かるし愛らしいのだけれど、今までの伝統に混入されすぎると独自性がなくなるのよ」
「別に陛下は教会の悪行が愚かとは言っても、文化が悪なんて言ってないでしょう?偉大な陛下に無礼な輩が多すぎるだけよ」
「むしろ教会非難が多すぎて信仰し辛いのだけど?教会を脅すなんて不敬極まりない……。そもそも布教活動を悪行だなんてなんてこと言うの」
貴婦人達も意見は様々で、好意的なもの、否定的なものと賛否両論。貴婦人達のリーダー格たる侯爵夫人はこう答えた。
「面白い試みではありませんこと?私、こういう賑やかさは嫌いじゃないですわ。いつもと同じ舞踏会よりよほど」
侯爵夫人は笑みを浮かべたが、その目は笑っていなかった。彼女の夫はエルデ一世の急進改革で領地の特権をいくつか削られていた。本心かどうか怪しい。
そんな声があちこちから漏れていた。皆、心のどこかで「王国の文化が脇役にされている」と感じていた。
反応は三つに分かれている。忌々しく思う者、純粋に楽しむ者、そしてどこか釈然としない者
王太子アルカナは、壁際の柱に寄りかかり、静かに会場を眺めていた。銀の刺繍を施した黒の礼装の姿は完璧で、表情は穏やかだった。
ヴェルフォード老公爵とその嫡男・グロリアス伯爵がアルカナの元へ近づいてきた。公爵は白髪交じりの髭を撫で、グラスを片手に。
「殿下、ご機嫌麗しゅうございますな。お楽しみでいらっしゃいますかな?」
アルカナはヴァルフォード老公に対し、軽く頭を下げた。
「ええ。この様な催しは珍しく、他国にはない我が王国独自のパーティに相応しいでしょう」
ヴェルフォード老公は小さく笑ったが、侯爵夫人同様に目は笑っていなかった。
「珍しいですか。私からすれば、地球由来の物語ばかり……我が王国の古い戯曲は、まるで埃をかぶった置物扱いですよ。陛下の趣味にも困ったものです」
ルミナス教に敬虔で、国王には逆らわないが、比較的保守なアルカナであり、嫡男のグロリアス伯はアルカナの側近、アルカナの国王への反発心を見抜いている様だからこそ、溢しているように見える。
「父上は、新しい風を吹き込みたいと仰せです。古いものだけでは、世界は広がらないと」
ヴェルフォード老公はグラスを傾け、声を潜めた。
「広がる、ですか。広がる前に、根っこが腐らなければいいのですがね。……失礼、老いぼれの戯言です」
「いえ、ヴェルフォード公のご意見は貴重。父上も、様々な声を聞きたいとおっしゃっています」
「聞きたい、ですか。聞くだけで、変わらないことも多いですがね」
下手なことを諫言すれば、民衆を軽視していると思われかねない。
国王エルデは温厚かつ穏やかな人格者として人気だ。誰に対しても、身分や種族も関係ない、別け隔てのない振る舞いをしている。
だが無自覚に自分の世界の価値観が正しいと言う優越感がある。もしかしたら迷信的と捉えられるのではないか、と言う不安が見え隠れしている。
その時、扇笛の音が響いた。王立劇団の開幕だ。広間だけでなく、回廊、中庭、庭園の舞台まで、複数の場所で上演される。
中央の仮設舞台では、最初の短い喜劇が終わったばかりで、観客から拍手と笑い声が上がっている。
グロリアス伯は口元を隠しながら、くすくすと笑う。
「先ほどの喜劇、なんでもアニメとやらの戦記物だそうですよ?主人公が悪徳領主を倒す、権力者に立ち向かう物語だとか、平和の使者たる陛下が好みそうですね。流石は神をも恐れぬ権力者だこと」
「声が大きいではないか。周りに気をつけろ」
公爵は息子を静かに制した。だが、その目は同意を示していた。グロリアス伯は察している様で、笑っていた。
「父上、何を今更」
そこへ、国王エルデ一世が現れた。金色のローブを纏い、傍らには王妃ビオラと、数名の側室の子供たちが付いている。国王は満面の笑みで手を振った。
突然の父、そして国王の登場にアルカナや親子や少し焦るが、エルデは煌びやかなマントを翻し、広間の者達に呼びかけた。
「皆の者、今日は楽しんでくれ。異なる文化、世界が交わり、寛容され、認めていくことこそ真の共生だ!」
廷臣たちの拍手が巻き起こった。熱心な廷臣もいれば、本心ではなくあくまで義務の様に行う廷臣も少なくない
「おお、アルカナ! ここにいたか。ちょうどいい、こっちの舞台で面白いのが始まるぞ。来い。一緒に見ようじゃないか」
エルデは長男に手を差し伸べた。声は明るく、親しげだった。笑顔は明るいが、どこか子供のような無邪気さが漂う。
アルカナは一瞬躊躇し、本当は拒絶したかったが、微笑んで従った。
「はい、父上」
エルデがアルカナを連れて向かった次の舞台――中庭に設けられた簡素な木製の舞台――に向かっていた。そこでは『リチャード三世』が上演される予定だ。
「正直俺は内容なんて全く知らないが、シェイクスピアの作品らしいぞ。ぶっちゃけロミオとジュリエットとか、4大悲劇しか名前で聞いたことある程度にしか知識なかったな。面白いのかな?」
まさかの国王ですら知らなかったのかとは思いつつ、正直この場を去りたかったが、表向きは父に忠実な王太子を演じているのでこの催しを断る訳にはいかない、ら
そして劇がいよいよ始まった。
『さぁ、俺たちの不満の冬は終わった。
栄光の夏を読呼んだ太陽はヨークの長男エドワード。
我が一族の上に重く垂れ込めていた雲は
大海原の底深く葬られた。』
グロスター公リチャード(後のリチャード三世)の独白が、響き渡る。
背骨が曲がり、左右の肩の高さが異なり、足を引き摺る醜い姿に観客は今までとは違う意外性を感じた。
これまでの劇が国王の趣味嗜好で独自性はあれど、喜劇的な要素が多かったのに対し、それを感じさせないダークな雰囲気を感じ取った。
エルデは始まってまもないのに首を傾げ、すぐに顔をしかめた。
「んー、なんだか難解そうだな。喜劇的な方が好きだ。ほら、あっちで恋愛喜劇をやっているぞ。そっちの方が軽快でいい。そっちにしないか?アルカナ」
アルカナは静かに首を横に振った。
「……いいえ。こちらで結構です」
エルデは珍しく娯楽に集中してる息子の姿に、少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って肩を叩く。
「そうか。まあ、たまには難しいものも悪くないな。では、俺は他の子たちとあっちへ行くよ。楽しめよ」
そう言い残し、エルデは側室との子供達と共に別の劇へと向かった。グロリアスが横にいるアルカナの方を見ると、今までにない程、アルカナが見入っている。ここまでの反応をしたのは、ルミナス教以外ではなかった。
「で、殿下……珍しい」
アルカナは父とは対照的に、まだ始まって間もないのにリチャードに取り憑かれたかの様になっていた。
彼にとって、リチャードが放つ禍々しさ、毒々しさは逆に魅力的に、かつ中毒性の高いものに思えた。
劇のリチャードは独自を続ける。
『ところで俺は——色事の似合う柄ではないし、
己惚れ鏡にうっとりする様な出来でもない——
俺ときたら——このお粗末な姿かたち。すまし帰った浮気女のお前を味得を切って歩く色男の自信もない——
この俺は——美しい均衡を奪い取られ、
不実な自然な自然の女神のぺてんにかかり、
不細工にゆがち、出来損ないのまま
月足らずでこの世に送り出された』
彼は自らの身体的特徴を自嘲していた。今まで容姿には何の不自由もなかったアルカナにはない感情だ。
『そんな俺が無様にびっこを引いて通りかかれば、
犬も吠えかかる——そんな俺だ』
リチャードの言葉を聞いて、グロリアス伯や周囲の廷臣は嘲る様に苦笑した。
「あのリチャードという男、歩けば犬も吠えるなんて……美しい王太子殿下とは大違いでございますな」
「本当に。陛下の血を引く殿下は、まるで天使のよう。背も高く、顔立ちも整って……あんな醜い跛の王が王座を狙うなんて、滑稽極まりない」
アルカナはゆっくりと振り返り、静かに言った。
「……静かにしてくれ」
一言だけ。声は低く、抑揚がない。だがその響きに、グロリアス伯含む廷臣たちは、はっと息を呑み、笑いを引っ込めた。
『のどかな笛に浮かれるやわで平和なご時世だ、
暇つぶしの楽しみといえば
ひだまりの己の影法師でもながめながら
その悍ましさを種に、出まかせの歌でも歌うしかない』
『口先で綺麗事を言う今の世の中、
どうせ二枚目は無理となれば、
思い切って悪党になり
この世のあだな楽しみの一切を憎んでやる』
陽だまりの己の影法師を眺めながら、口先で綺麗事を言う今の世の中……この言葉がアルカナにとって胸の奥に突き刺さる。
極め付けは、どうせ二枚目が無理となれば、思い切って悪党になる。これが一番、アルカナの心に火を灯した。
父の言う平和なご時世、治世に疑問や不満を持ちつつも逆らおうとはできない。父やその家臣が語る美徳、正義に囚われて、自分がどこか許されない存在、自分こそが異端者なのではないかと感じていた。
この平和が、独善による綺麗事で成り立つものだと思っていながらも、それに逆らってはならないというもどかしさがあった。
(どうせなら、悪党に……)
そしてリチャードが兄クラレンス公を陥れ、ヘンリー六世の王太子エドワードの妻アンを砕き、二人の甥を暗殺も行い、臣下も切り捨てる。
紛れもない謀略家の姿だ。だがそんなリチャードの、狡猾な悪のカリスマ性にどうしても惹かれてしまう。
父の「善」が、どれほど押し付けがましく、どれほど血に塗れているか。
(父上が善ならば……私は)
(対極の道。悪として徹する道)
胸の奥で、何かがゆっくりと動き始めた。
これまで抑えていた苛立ち、違和感、不満が、一つの形を取りつつある。
遂にボズワーズの戦い。
リッチモンド伯ヘンリー(ヘンリー七世)に追い詰められたリチャードは叫ぶ。
『下郎!賽は投げられた。命懸けだ。
日が出るまで退くものか。
リッチモンドは六人もいるらしい。
五人は殺したが、全員影武者だった。
馬だ!馬を寄越せ!代わりに俺の王国をくれてやる!』
王座を奪うために、兄弟を、甥を、味方を、次々と排除していく。冷徹なマキャベリスト、権謀術数家なリチャードの王冠のために生きてきた筈なのに、最後は馬を王国の代わりに求めてしまう最期だった。
この姿は、アルカナにとっては無様、自業自得などではない。寧ろ美しいし潔い。
偽善になるくらいなら、悪となる。
目的の為なら手段を選ばない。
「この男は、目的のためなら何でもする。血を流し、嘘を重ね、しかし最後まで己の道を貫く。父上は、善を掲げて世界を変えようとする。ならば私は——」
「……殿下」
最後まで、リチャード三世に入り込んだアルカナに、グロリアス伯が、そっと近づいてきた。一瞬、息を飲んだ。王太子の声に、普段ない熱が宿っていた。
「初めて面白いと思った」
エルデは知らない。世継ぎの王太子アルカナが、リチャード三世に取り憑かれ、悪の道を選ぼうとしていることを
高級品たる絹の衣装を纏った貴族、宝石が散りばめられた首飾りを付ける貴婦人、国王エルデ一世によって王宮への出入りを自由だと良しとされた平民らが肩を並べて談笑している。これもエルデ一世による平等だ。
しかし、表向きは華やかだったが、空気には微妙な緊張が張りつめていた。
「全く!陛下はどこまで我々を侮辱すれば気が済むのか……」
「卿、聞こえてしまいますよ!仮にも国王に対して……」
「別に良かろう?皆思っていることだ。陛下の言う共存なんて、あの方のやりたい放題を正当化する方便だろう?
貴族たちの間ではひそひそと不満の声が上がっていた。
「でも、面白いではないですか。あの異世界の話、奇想天外で、陛下だって文化を尊重すると」
「面白い?我々の伝統が、陛下の趣味のただの引き立て役じゃないか。神聖なルミナスを虐殺の正当化などと蔑み、教会を脅し、異教徒ばかりを擁護する。国を強大にする代わりに、悪魔の巣舞う国に変えたのだ」
貴族が吐き捨てるように言った。友人の別の貴族はあまりの発言に辺りをキョロキョロと振り返り、流石に黙らせようとしていた。何人か聞こえていた様だが、見て見ぬふりをしていた。同じ様に考えている者も多い様で、異文化を好む貴族もいるので、この発言に顔を顰める人物もいる。しかし、気持ちが分からなくもないと頭を抱える平民もいた。
「私は好きなのだけれど、陛下の宣伝の仕方よね……。善意なのも分かるし愛らしいのだけれど、今までの伝統に混入されすぎると独自性がなくなるのよ」
「別に陛下は教会の悪行が愚かとは言っても、文化が悪なんて言ってないでしょう?偉大な陛下に無礼な輩が多すぎるだけよ」
「むしろ教会非難が多すぎて信仰し辛いのだけど?教会を脅すなんて不敬極まりない……。そもそも布教活動を悪行だなんてなんてこと言うの」
貴婦人達も意見は様々で、好意的なもの、否定的なものと賛否両論。貴婦人達のリーダー格たる侯爵夫人はこう答えた。
「面白い試みではありませんこと?私、こういう賑やかさは嫌いじゃないですわ。いつもと同じ舞踏会よりよほど」
侯爵夫人は笑みを浮かべたが、その目は笑っていなかった。彼女の夫はエルデ一世の急進改革で領地の特権をいくつか削られていた。本心かどうか怪しい。
そんな声があちこちから漏れていた。皆、心のどこかで「王国の文化が脇役にされている」と感じていた。
反応は三つに分かれている。忌々しく思う者、純粋に楽しむ者、そしてどこか釈然としない者
王太子アルカナは、壁際の柱に寄りかかり、静かに会場を眺めていた。銀の刺繍を施した黒の礼装の姿は完璧で、表情は穏やかだった。
ヴェルフォード老公爵とその嫡男・グロリアス伯爵がアルカナの元へ近づいてきた。公爵は白髪交じりの髭を撫で、グラスを片手に。
「殿下、ご機嫌麗しゅうございますな。お楽しみでいらっしゃいますかな?」
アルカナはヴァルフォード老公に対し、軽く頭を下げた。
「ええ。この様な催しは珍しく、他国にはない我が王国独自のパーティに相応しいでしょう」
ヴェルフォード老公は小さく笑ったが、侯爵夫人同様に目は笑っていなかった。
「珍しいですか。私からすれば、地球由来の物語ばかり……我が王国の古い戯曲は、まるで埃をかぶった置物扱いですよ。陛下の趣味にも困ったものです」
ルミナス教に敬虔で、国王には逆らわないが、比較的保守なアルカナであり、嫡男のグロリアス伯はアルカナの側近、アルカナの国王への反発心を見抜いている様だからこそ、溢しているように見える。
「父上は、新しい風を吹き込みたいと仰せです。古いものだけでは、世界は広がらないと」
ヴェルフォード老公はグラスを傾け、声を潜めた。
「広がる、ですか。広がる前に、根っこが腐らなければいいのですがね。……失礼、老いぼれの戯言です」
「いえ、ヴェルフォード公のご意見は貴重。父上も、様々な声を聞きたいとおっしゃっています」
「聞きたい、ですか。聞くだけで、変わらないことも多いですがね」
下手なことを諫言すれば、民衆を軽視していると思われかねない。
国王エルデは温厚かつ穏やかな人格者として人気だ。誰に対しても、身分や種族も関係ない、別け隔てのない振る舞いをしている。
だが無自覚に自分の世界の価値観が正しいと言う優越感がある。もしかしたら迷信的と捉えられるのではないか、と言う不安が見え隠れしている。
その時、扇笛の音が響いた。王立劇団の開幕だ。広間だけでなく、回廊、中庭、庭園の舞台まで、複数の場所で上演される。
中央の仮設舞台では、最初の短い喜劇が終わったばかりで、観客から拍手と笑い声が上がっている。
グロリアス伯は口元を隠しながら、くすくすと笑う。
「先ほどの喜劇、なんでもアニメとやらの戦記物だそうですよ?主人公が悪徳領主を倒す、権力者に立ち向かう物語だとか、平和の使者たる陛下が好みそうですね。流石は神をも恐れぬ権力者だこと」
「声が大きいではないか。周りに気をつけろ」
公爵は息子を静かに制した。だが、その目は同意を示していた。グロリアス伯は察している様で、笑っていた。
「父上、何を今更」
そこへ、国王エルデ一世が現れた。金色のローブを纏い、傍らには王妃ビオラと、数名の側室の子供たちが付いている。国王は満面の笑みで手を振った。
突然の父、そして国王の登場にアルカナや親子や少し焦るが、エルデは煌びやかなマントを翻し、広間の者達に呼びかけた。
「皆の者、今日は楽しんでくれ。異なる文化、世界が交わり、寛容され、認めていくことこそ真の共生だ!」
廷臣たちの拍手が巻き起こった。熱心な廷臣もいれば、本心ではなくあくまで義務の様に行う廷臣も少なくない
「おお、アルカナ! ここにいたか。ちょうどいい、こっちの舞台で面白いのが始まるぞ。来い。一緒に見ようじゃないか」
エルデは長男に手を差し伸べた。声は明るく、親しげだった。笑顔は明るいが、どこか子供のような無邪気さが漂う。
アルカナは一瞬躊躇し、本当は拒絶したかったが、微笑んで従った。
「はい、父上」
エルデがアルカナを連れて向かった次の舞台――中庭に設けられた簡素な木製の舞台――に向かっていた。そこでは『リチャード三世』が上演される予定だ。
「正直俺は内容なんて全く知らないが、シェイクスピアの作品らしいぞ。ぶっちゃけロミオとジュリエットとか、4大悲劇しか名前で聞いたことある程度にしか知識なかったな。面白いのかな?」
まさかの国王ですら知らなかったのかとは思いつつ、正直この場を去りたかったが、表向きは父に忠実な王太子を演じているのでこの催しを断る訳にはいかない、ら
そして劇がいよいよ始まった。
『さぁ、俺たちの不満の冬は終わった。
栄光の夏を読呼んだ太陽はヨークの長男エドワード。
我が一族の上に重く垂れ込めていた雲は
大海原の底深く葬られた。』
グロスター公リチャード(後のリチャード三世)の独白が、響き渡る。
背骨が曲がり、左右の肩の高さが異なり、足を引き摺る醜い姿に観客は今までとは違う意外性を感じた。
これまでの劇が国王の趣味嗜好で独自性はあれど、喜劇的な要素が多かったのに対し、それを感じさせないダークな雰囲気を感じ取った。
エルデは始まってまもないのに首を傾げ、すぐに顔をしかめた。
「んー、なんだか難解そうだな。喜劇的な方が好きだ。ほら、あっちで恋愛喜劇をやっているぞ。そっちの方が軽快でいい。そっちにしないか?アルカナ」
アルカナは静かに首を横に振った。
「……いいえ。こちらで結構です」
エルデは珍しく娯楽に集中してる息子の姿に、少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って肩を叩く。
「そうか。まあ、たまには難しいものも悪くないな。では、俺は他の子たちとあっちへ行くよ。楽しめよ」
そう言い残し、エルデは側室との子供達と共に別の劇へと向かった。グロリアスが横にいるアルカナの方を見ると、今までにない程、アルカナが見入っている。ここまでの反応をしたのは、ルミナス教以外ではなかった。
「で、殿下……珍しい」
アルカナは父とは対照的に、まだ始まって間もないのにリチャードに取り憑かれたかの様になっていた。
彼にとって、リチャードが放つ禍々しさ、毒々しさは逆に魅力的に、かつ中毒性の高いものに思えた。
劇のリチャードは独自を続ける。
『ところで俺は——色事の似合う柄ではないし、
己惚れ鏡にうっとりする様な出来でもない——
俺ときたら——このお粗末な姿かたち。すまし帰った浮気女のお前を味得を切って歩く色男の自信もない——
この俺は——美しい均衡を奪い取られ、
不実な自然な自然の女神のぺてんにかかり、
不細工にゆがち、出来損ないのまま
月足らずでこの世に送り出された』
彼は自らの身体的特徴を自嘲していた。今まで容姿には何の不自由もなかったアルカナにはない感情だ。
『そんな俺が無様にびっこを引いて通りかかれば、
犬も吠えかかる——そんな俺だ』
リチャードの言葉を聞いて、グロリアス伯や周囲の廷臣は嘲る様に苦笑した。
「あのリチャードという男、歩けば犬も吠えるなんて……美しい王太子殿下とは大違いでございますな」
「本当に。陛下の血を引く殿下は、まるで天使のよう。背も高く、顔立ちも整って……あんな醜い跛の王が王座を狙うなんて、滑稽極まりない」
アルカナはゆっくりと振り返り、静かに言った。
「……静かにしてくれ」
一言だけ。声は低く、抑揚がない。だがその響きに、グロリアス伯含む廷臣たちは、はっと息を呑み、笑いを引っ込めた。
『のどかな笛に浮かれるやわで平和なご時世だ、
暇つぶしの楽しみといえば
ひだまりの己の影法師でもながめながら
その悍ましさを種に、出まかせの歌でも歌うしかない』
『口先で綺麗事を言う今の世の中、
どうせ二枚目は無理となれば、
思い切って悪党になり
この世のあだな楽しみの一切を憎んでやる』
陽だまりの己の影法師を眺めながら、口先で綺麗事を言う今の世の中……この言葉がアルカナにとって胸の奥に突き刺さる。
極め付けは、どうせ二枚目が無理となれば、思い切って悪党になる。これが一番、アルカナの心に火を灯した。
父の言う平和なご時世、治世に疑問や不満を持ちつつも逆らおうとはできない。父やその家臣が語る美徳、正義に囚われて、自分がどこか許されない存在、自分こそが異端者なのではないかと感じていた。
この平和が、独善による綺麗事で成り立つものだと思っていながらも、それに逆らってはならないというもどかしさがあった。
(どうせなら、悪党に……)
そしてリチャードが兄クラレンス公を陥れ、ヘンリー六世の王太子エドワードの妻アンを砕き、二人の甥を暗殺も行い、臣下も切り捨てる。
紛れもない謀略家の姿だ。だがそんなリチャードの、狡猾な悪のカリスマ性にどうしても惹かれてしまう。
父の「善」が、どれほど押し付けがましく、どれほど血に塗れているか。
(父上が善ならば……私は)
(対極の道。悪として徹する道)
胸の奥で、何かがゆっくりと動き始めた。
これまで抑えていた苛立ち、違和感、不満が、一つの形を取りつつある。
遂にボズワーズの戦い。
リッチモンド伯ヘンリー(ヘンリー七世)に追い詰められたリチャードは叫ぶ。
『下郎!賽は投げられた。命懸けだ。
日が出るまで退くものか。
リッチモンドは六人もいるらしい。
五人は殺したが、全員影武者だった。
馬だ!馬を寄越せ!代わりに俺の王国をくれてやる!』
王座を奪うために、兄弟を、甥を、味方を、次々と排除していく。冷徹なマキャベリスト、権謀術数家なリチャードの王冠のために生きてきた筈なのに、最後は馬を王国の代わりに求めてしまう最期だった。
この姿は、アルカナにとっては無様、自業自得などではない。寧ろ美しいし潔い。
偽善になるくらいなら、悪となる。
目的の為なら手段を選ばない。
「この男は、目的のためなら何でもする。血を流し、嘘を重ね、しかし最後まで己の道を貫く。父上は、善を掲げて世界を変えようとする。ならば私は——」
「……殿下」
最後まで、リチャード三世に入り込んだアルカナに、グロリアス伯が、そっと近づいてきた。一瞬、息を飲んだ。王太子の声に、普段ない熱が宿っていた。
「初めて面白いと思った」
エルデは知らない。世継ぎの王太子アルカナが、リチャード三世に取り憑かれ、悪の道を選ぼうとしていることを
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる