敗北魔王の半隠遁生活

久守 龍司

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35.反省

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弁償やら責任やらをあれこれ考えて沈んでいる俺に対し、タニアはどこまでも楽観的に見える。こう振る舞っておいて実は……? なんてことがあるのだろうか。

崩壊した練兵場には、早くも野次馬と衛兵が集まり始めていた。俺達は練兵場を立ち去るとさらに歩く。

時折通行人がこちらを見て指差してきたり、振り返ってきたりする。タニアは黄金ランク(黄金ランクは秘匿されているとか聞くけど、王都の住人は皆知っているのかちらちら見られている)だし、この老人も立場のある人のようだから2人は有名人なのかもしれない。


到着したのは冒険者ギルドに似た建物だった。違うところといえば、それよりも全体的に小綺麗で規模が小さいところだろうか。小さいといっても、セバルドの冒険者ギルドに比べたら大きいことは言うまでもない。その扉の横に書かれた文字を見て似ている理由を知る。魔法師ギルドか。

練兵場との相関は全然わからんが、2人がごく自然に扉を潜るので、俺もなんとなく魔法師ギルドに足を踏み入れた。

冒険者ギルドと違って手前の溜まり場のような酒場はなく、入ってすぐ近くに受付、そこから簡単なゲートを通ると奥の廊下に部屋がずらりと並んでいるというつくりだった。当然のようにそこを通過し、階段を登った先の部屋に入る。

壁の2面には本棚、1面は窓があり、扉と向かい合うように机が置いてあった。老翁は椅子に座って腕を組み、タニアと俺は机を挟んで部屋の中央に立つ。

「さて、改めて聞かせてもらいたいのじゃが……どうしてああなった?」
タニアは恥ずかしそうに頭を掻きながら答える。

「魔王アザゼル討伐本隊の説明後に、折角だし親睦を深めようと思って練兵場の予約をしてたんだ。そしたら僕とこの子で壊しちゃった」
「彼が?」
「うん。被害をなるべく抑えるようにはしてくれてたみたいなんだけど、僕の不手際だよ。拘束魔法使われて負けるとか、本当に強くってさあ」
俺が予め戦っている外側に障壁を張っておけば防げたことなのに、俺のことを庇ってもらって申し訳ない。当の本人は楽しそうで、壊したことをなんとも思っていない語り口だ。

「武器を携えて鎧を纏っているから戦士だと思っておった」
何度も壊したのはタニアと俺ですと主張しているにもかかわらず、まだ驚いている。俺のことを戦士だと思い込んでいたようだ。戦士に見えるか? 数刻前に魔法師に見えるかどうか怪しいと考えていたのは俺だったが。

「魔法師……じゃないように見えますか、もしかして」
「障壁で物理攻撃を防ぐ魔法師が殆どじゃ。装備に術式を組み込む際、年月を経た金属の伝導率が優れているのは事実……しかし重さと引き換えにするほどのものでもあるまいて。その鎌は何に使っておる。見たところ、ただの飾りのように見えるのじゃが」
「元々身体能力は有り余ってるので。大鎌はまあ、特に効果はないんですけどお金もないし。あー……金……その、弁償とかは……」
弾む話の途中で、壊した練兵場の話題に自分で引き戻しておきながら憂鬱な気分になった。あの規模の建物を壊し、騒ぎを起こしておいてお咎めなしとはいかないだろう。が、苦肉の策でひとつ提案をした。

「練兵場は俺が直すので、それで何とかして貰えませんか?」
「直す? 1人であの規模を? 元の機能を取り戻すならそれでもよいのじゃが……到底できるとは思えぬ」
それでもよい、とは。
つまり直せば弁償しなくてもいいのか。徹夜で駆け巡った報酬をいっときの過ちで無にしなくてもいいのか。一転して笑顔になる。

「練兵場に行けば、たちどころに直してみせます。完了報告に戻って来たらいいですか?」
「……できなくても元より咎めるつもりはない。しかし、出来ることなら見てみたいの」
では早速戻ろう。道はわからないんだが──俺の魔法が見たいらしいタニアが案内してくれるそうだ。ありがたい。
失礼しますと言って部屋を出ようとすると、老人は改まって声を俺の背に掛けた。

「名乗り忘れておった。儂の名はラーホス・ルッセゲ。魔法師ギルドマスターじゃ」
ああ、必要もないし名乗りたくないならどうでもいいと思って名前を聞いていなかったな。魔法師ギルドマスターか。多分偉い人だ。

「俺の名前は──」
「いいから! 今は名前はいいでしょ。いずれ分かることなんだし」
名乗ろうとすればタニアに遮られた。急くような言い方に、名乗らせないようにしているのだと気付く。やっぱり分かっているのか。でもそれなら何故。
はやくはやくと背を押されながら退室した俺に、タニアは小声で本心のようなことを言ってきた。

「君の全力、見てみたかったんだけど。残念だよ……1度だけでもいいから、それが人生最期の瞬間でもいいから、本気で戦ってるところを見てみたいなぁ」
戦闘狂の類いか? 人のことは言えないが……ああ、今日は自分に当てはまる反省点を大量に見つけてしまうな。
心の底から俺の力を見たいというような調子のタニアに、適当に調子を合わせながらも内心は「できるもんならやってみろ」と思っていた。

「なに。その『本気を出せば一瞬で消し炭にできますが?』って顔」
「心を読めるんですか?」
「今のかまかけたつもりだったんだけど」
むすっとしたながら先導するタニア。俺は表情筋を稼働させないような術をかけるか否か悩み続けながら練兵場へ戻った。
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