敗北魔王の半隠遁生活

久守 龍司

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36.修復

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片付けられて練兵場の瓦礫は少しばかり減っていたが、術の行使に支障をきたすほどではない。タニアさんは案内を終えた後、周囲にいた兵に離れるように命じて自分は側転や宙がえりを繰り返していた。

「僕もこの規模の修復は厳しいんだけど。どうやってやるの? まさか時を戻したり……?」
「時間を巻き戻すほどのことじゃないですよ。俺は世界に大規模な干渉をするのはあまり好きじゃなくて」
「『ほどのことじゃない』ね。できるんだ、ふーん」
できると答えたらそのまま勢いで実演させられそうだったので、答えずに術の展開を始める。

腕を前に出し、指を広げて魔力を流し始めた。
流すというよりは、俺の魔力で練兵場を満たすといった方が正しいか。指先から力が筋のように流れ出て、広がり、繋がって練兵場に充満する。

こういうのは魔法陣を使って丁寧にやった方がいい。いいのだが、使わなくてもいい。

「元の形なんてわかるの? これだけ壊されてて。っていうか陣も触媒もなしによくやるよ、ほんと」
「まあ見ていてください。『在るべき場所、在りし刻にあるように』──すみません、やっぱりちょっと時間系の魔法使いました」
周りを魔力で包み込まれた瓦礫は、水中を舞うように浮き上がり、元あるべき場所へと向かう。足りなかった分は魔力で補填して、瓦礫を元の位置に戻していく。俺とタニアさんが戦う前の状態まで戻すのには操作は殆ど必要ない。最初に時間を遡って視たくらいだな。
手から離れた魔力は、自然と渦となって闘技場の内部を巡っていった。

「うっ……魔力酔いしそう……暴発とかしないの……コレ……」
タニアは口を抑えて蹲っていた。魔力にあてられたらしい。吐くのはやめてくれよ。とはいっても、この程度の濃度なら「人間なら」身体機能に支障が出るほどではないと思うのだが。ちなみに魔族の場合は勝手に吸収して、余った分はそのまま放出されるからやはりこうはならない。

魔力の流れに乗って砂粒が堆積するかのような動きで瓦礫が、砂が、座席が元あった場所へとおさまる。
俺はとっくに操作をやめていた。腕を下ろしてその光景を見守る。散ったはずの兵──兵だけでなく市井の人々も──野次馬として成り行きに感嘆の声を上げていた。大道芸か何かのような扱いである。

時間を巻き戻しているわけではないのに、練兵場が修復されていく光景はそれに酷似していた。破壊される前に存在していた場所に、破片が吸い込まれるかのようにつうとおさまる。制御などしなくても、暴発する兆しは見えず。いっとき拡散した魔力も再び集束して、規則正しく役目を果たしていた。

……いよいよ、最後の瓦礫がてっぺんの部分に嵌め込まれて完全に修復が完了する。気持ち悪そうにしていたタニアもけろりとしていて、元気そうに動き回って歓声を上げている。

余った魔力は霧散して、空中に溶け込んでいく。
魔力で包むというやり方上、魔力の無駄は大きい。美しくない、野卑であるといえばそうだった。ただ魔法陣は解析される危険性を秘めている。それに一旦展開したのなら容易に中断することができない。自分以外に真似されたくないのなら、直感的な操作と膨大な魔力量に任せたこの方法が適していた。

タニアは手を叩いて俺の術を称賛した。強者の余裕がある魔法師は皆白々しく振る舞わなきゃいけない縛りでもあるのだろうか?
見ると、平気なようでいてまださっきの余韻が残っているらしく、千鳥足気味である。
無理をするなよと思いながら、じゃあ帰りましょうかと声を掛けたがタニアは動かなかった。

「月並みな言葉だけど、シェミくん化物だね。すっごいよ。……さすがは魔王シェミハザの名を騙るだけは、ある」
僅かな敵意、そして幾分かの殺意を込めて、練兵場の入り口に立つタニアは口を開きながら笑う。だが戦意は感じられない。
その口から覗く犬歯は鋭く尖っていて、俺は思わず自分の歯列を舌でなぞった。
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