人形師の第三夫人は傍観者

久守 龍司

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 美しく賢明な姉上、お久しぶりです。
 突然ですが、悪い知らせともっと悪い知らせがあります。悪い知らせの方は、父上が東部の前線で敵の捕虜となったことです。待遇は不明、生死も不明です。戦いそのものには勝ったようなのですが。一旦休戦協定は結びました。常の通り、領土割譲で。
 それよりも悪い知らせというのがあるのが不思議でしょうが、あるのです。我らが生まれる遥か前より我が物顔で政治を取り仕切り、皇族の権限をこれでもかというほど奪い去ってきた軍事貴族どもに、城を追われました。まあ正確には、命を奪われかけたのですが……幸か不幸か、生きています。生き延びています。
 皇太子の兄上が人質に取られているという状況なのですが、おそらく父上を退位したことにして即位式を執り行うつもりでしょう。そして武力を盾に傀儡の皇帝を仕立て上げると。
 我らが祖国の命運は、もはやこれまでといっても差し支えない状況です。
 ……と、いうことで、亡命させていただきたく。手勢のみ引き連れて落ち延びていますので、どうぞよろしくお願い致します。あと末妹のアンナも連れて行きます。


 …………お父様が捕らえられ、軍事貴族に政権を握られている。
 何故か終始軽い調子で手紙は書かれていますが、その内容は重いものです。
 私の一存で決められることでは当然ないので、旦那様にも相談しましょう。何人連れてくるかにもよりますね……。


「例の弟君か。貴女の親族で、同盟国の皇族でもある彼らを受け入れない理由はない。しかし、戦時中に国内にも敵がいる状況というのは、本当に危機的状況といえるだろうね……」
「また国が滅びてしまうかもしれませんね」
「そういえば、二百年前にも一度滅びていたのだったか……」
 ヨハネスの見解では、父上が捕らえられたことよりも軍事貴族に国を乗っ取られたことの方が重大な問題であるようですが、私は逆の考えです。このまま領土の割譲を続けていては、いずれ敵国に完全に支配されてしまうかもしれません。
 かつて滅びた時は、皇統を断絶させて貴族が新たな国家の樹立を宣言したのみでした。今の状況はそれに近いものではあるものの、外圧は当時よりも強まっています。もはや国家の内で争っている暇などないでしょう。

「あまりに敵が多ければ、助けることはできないでしょうね。母国なのに薄情、とお思いになられますか?」
「そんなことはない。私だって甥と常日頃争っているじゃないか。それに比べれば……」
 でも、命までは懸かっていないのでしょう? とは訊きませんでした。何と返ってくるのか怖かったのです。
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