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牧野綾紗の場合
しおりを挟む「おはよう~~~」
元気よく教室にと足を踏み入れる私。
そんな私の声に、周りから返事が返ってくる。そんな周りからの声を聴きながら私は、教室の自分の席にと座った。
私の名前は牧野綾紗……高校2年生で、黒髪で耳にかかるほどの長さ。
身長は159センチ、体重は内緒……。
自分では別に可愛くないとも可愛いとも思ってはいない。
私が席に着けば、周りからクラスメイト達が集まってくる。
私はクラス委員を務め、吹奏楽部の部長を務め、それ以外の修学旅行の実行委員や、文化祭の実行委員も行っていたりする。またメールアドレスには、学年にかかわらず、後輩や先輩からのメールがひっきりなしに来ていたりする。私は、そんなクラスメイトにと声をかけて話をしながら、教師が来るまで談笑にふける。
周りから飛び交う言葉……。
私はそんな言葉を自分の記憶の中から引き出して話を続ける。
話をすることで、記憶の中で通じる話を切り出す。
なぜなら私は……クラスメイトの顔が頭に出てこないようになっていた。
「私」は、『私』に恋をする。
牧野綾紗
「はぁ……はぁ……」
1時間目、授業後……学校の隣にある公園のトイレの個室の中で、嗚咽しながら吐く。
トイレに膝をつき、便器に、顔を落としながら、はげしく吐いている。
既に、このような症状が、もう1年以上は続いている。
理由は激しいストレスであろう。
毎日毎日、人のご機嫌取りを行いながら、滅茶苦茶なスケジュールで人のために動いている私は心身ともにすでに限界を超えていた。
だが、それでも私は、この無茶苦茶な生活を続けなくてはいけない。
「死ね…死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「あああああああああああ!!!お母さん!お母さん許して、許してくださいぃぃ!!!」
頭の中に響き渡る、その声に、私は、トイレの中で大声を上げる。私は、周りを見渡しながら、怯えきった表情で、ふるえていた。トレイのペーパーを何枚も出しながら、口の周りを拭き、壁にもたれたまま、なんとか立ち上がる。ポケットから私は、錠剤を何錠か取り出すと、それを一気に喉にととおす。トイレからでた私は、トイレの周りで見ていた公園にきていたであろうおばさんに『大丈夫?』『顔真っ青だよ?』と言われながらも、笑顔で頷きながら、外にと出ていく
。
「はぁ……はぁ……」
『逃げたい、自由になりたい……、この苦痛から解き放たれたい』
私は、その声の主を睨みつける。
その表情を見たら、今まで彼女を慕っていた友人などは、きっと驚きを隠しきれないであろう。
公園の中の林に片手をつき、なんとか両足で踏みとどまった状態で、ゆっくりと近づいてくる影を見上げて対峙する。
『限界でしょ?早く、楽になればいいのに』
「五月蠅い……黙っていて」
吐き捨てるように告げる私。
目の前に立つ少女はそう告げる私そっくりであった。
私と同じ制服姿に、私と同じ髪型、顔立ち、その容姿、声だって、なにかもが私そのもの。
私自身にしか見えない彼女は、小学生のときからずっと付きまとってきている。ずっと、どんなことがあっても私のそばで……隣にいて、私に話しかけてくれる。彼女は、私の想っていることをすべてそのまま口に出してくる。私と彼女の間で隠し事などできない。私の記憶、感情、思考回路さえ同じもう一人の私は…
…私のすべてを知っている。
『そんなこといって……私に隠し事できると思ってるの?』
「ぐっ……うるさい!消えろ!消えて!」
私は唇を噛みしめながら、目の前の自分自身に言い放つ。だが、目の前の私は、そんな私の強気な口調をあざ笑うかのように、ゆっくりと近づいてくる。私は足元がふらつき、片手で支えていた木から手を滑らしてしまう。地面に倒れそうになった私を受け止める、もう一人の私。その自分自身と同じ大きさと柔らかさを持つふくよかな胸が顔に当たる。私はその柔らかい胸、そして温かさに身を許してしまいそうになる……。私に此処まで近づいてくるのは、彼女だけなのだから。温かく柔らかい感触に私はすべてをゆだねてしまいそうになる。
「!」
だが、我に返り顔をあげる。
そうすれば目の前には、鏡でさえこんなに近くで見たことはないほどに、自分自身の顔がそこにはあった。もう一人の私は、私を見つめる。
その表情は……とても寂しそうで。彼女の……私自身のそんな顔をただ見つめていた私に、もう一人の私は顔をさらに近づける。
「んっ!」「ん……んふぅ」
重なる唇。
まだ胃液が口に嫌な味を残した状態であるというのに、それさえも目の前の彼女は味わうかのように、舌を入れてきて、舌を絡めてくる。目を見開き、相手を睨みつけてやれば、目の前の自分と瓜二つの女は、目を細め嬉しそうに、そして明らかに興奮した表情で、舌を絡めている。私は振り払うように、相手を突き飛ばすように、両手で体を押しのける。2人の唇からは銀の糸が引き、零れ落ちる。
「「はあ……はあ……」」
漏れる同じ吐息
同じ声。
同じ……顔。
『美味しい』
「ふ……ふざけないで!!私は……」
『家庭内暴力……親から受けた滅茶苦茶な暴力。それは私たちの心を抉り、壊した。私は……母親を事故に見せかけて殺した。小学生のころにね』
「……そう、だから、私には幸せになんかなれない!私は、人殺しなんだから。だからその罪滅ぼしに」
『違うね、そうしなきゃ母親の声が聞こえてきて、うぐっ……苦しいんだものね。私もあんたと同じ。苦しくて堪らなくなる』
「……なら、わかるでしょ?私のやることに邪魔をしないで!!」
『でも、あんたのやっていることももう限界』
「そんなこと……。それでも、それでもやらないと」
『興味のない友達の相談相手、誰もやりたがらない代表役を買って出て、イジメまで受けてる。でも、誰にも相談などできずに、全部一人で受け入れて……私以外、だれがだれなのかわからなくなっているのに』
「もうやめて!!」
私は大きく声を上げる。
彼女の言っていることはすべて当たっている。
目の前のもう一人の私は、私を見つめながら言葉を続ける。
『……みんな死ねばいい、みんないなくなれば、私は解放される。私は私でいることができる』
「やめてっていってるでしょ!」
私は、目の前の自分に掴みかかる。
だけど、目の前のもう一人の自分は決して、私の行動に動じることなく、私を見つめたまま、動かない。
もう一人の私の顔を見て私はつかんだ手を離す。
もう一人の私は、寂しそうで、辛そうで、苦しそうで……。私自身が、そんな顔をしていると考えてしまうと、何も言えなかった。
私は、掴んでいた手を緩める。
「ごめん」
私は小さく告げる。
もう一人の私は。そんな私を見つめ続けながら、腕を伸ばして私の手を握る。
『ねぇ、綾紗?』
「……なに?」
『私、綾紗と二人だけでいたいよ」
もう一人の私の言葉に、私は、胸が痛くなる。
誰かに好かれたことがない私にとって、彼女の言葉は、私の心を束縛し、そして彼女にすべてを任せてしまいたいという衝動に駆りたててしまう。
私もまた、彼女……『牧野綾紗』が好きだった。
もう一人の私と同じで……それこそ、気が狂いそうなほどに……。
家庭内暴力は凄まじかった。
私は毎日のように母親に殴られ、父親にけられていた。
私は頭を強く壁に叩きつけられて、そのまま意識を失っていた。
そして、気が付けば私はベッドの上に寝ていた。私の周りには医者や警察官が何かを喋っている。でも、その顔は一切私の頭の中にははいってこなかった。確かにいるはずの、存在。なのに、私にはまったくいるものとは思えないような感覚だった。そんな私のベッドにもたれながら私を見つめるもの。私を見つめながら、微笑む姿……もう一人の私。それが彼女との最初の出会いだった。両親は、私が気を失ってから事故死したらしい。ベランダから落ちたそうだ。でも、本当は違うことを私は感じていた。
『……私たち、これでもう苦しむことはないよ』
もう一人の私の言葉に、私は自分の手を見つめる。
ベランダで飲んでいた両親。
私は、酔っていた二人をそのまま突き落とした……。
それは、私だけじゃできない、ただの子供である私には……大の大人二人を同時になんて、だれか手を貸してくれなきゃ……。
私はもう一人の私を見つめる。もう一人の私は私を見て小さく頷いた。
私たちはこれで解放されたと思った。
でも、甘かった。
私が一人になると聞こえてくる。
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私はベッドの上で耳を抑えながら苦しみもがく。
そんな私をもう一人の私が私の耳を抑えながら苦しそうな表情で、でも私をただまっすぐ見つめていた。
私を安心させたかったのだろうか、私を守りたかったのだろうか。
気が付けば……私は手を伸ばして彼女の、もう一人の私の耳を抑えていた。
昼休み……。
上級生のクラスがある階の非常階段にて私は、髪の毛をひっぱられ、床に身を投げ出すようにしながら、上級生のいじめに耐えていた。これもまた自分の罪滅ぼしの一環。私は彼女達の言うことに何も抵抗はしない。そんな私をイジメる上級生の背後から、ずっと、もう一人の私が見ている。彼女は、ときたま私のあまりの惨状からか、視線をそらす。私は、昼休み中に、汚れた制服を着替えて、教室にと向かう。
『……今日も酷かったね』
「なれた……」
『そう…』
もう一人の私は、寂しく告げる。
そして、この後は、同じように授業を受ける。もしかしたら、この授業時間が一番、心落ち着くときなのかもしれない。
前には教師が黒板に文字を書いている。周りのクラスメイトは黒板に書かれたものを書き写している。
私は、そんな様子を見ながら、隣に感じる温かい感触を求めて、自ら身を寄せる。
『綾紗、こうして身を寄せるとすごくあったかいよね』
「……そうだね、とってもあったかい」
もう一人の私がイスを半分空けて隣に座っている。私たちは小動物のように身を寄せ合いながら、たわいのない会話を繰り返している。
ただ、そうしているだけのはずなのに、涙がこぼれそうなほどに嬉しくて……。
窓の外から差し込む光の中で、私たちはお互いだけをずっと感じ合っていた。
もう一人の私とずっと一緒にいたいと願ってしまっていた。
……放課後。
私は、また猛烈な吐き気に襲われて学校から出ていく。急いで公園にと向かう中、運悪く、イジメていた先輩たちと出会ってしまう。私は立ち止り、先輩達を見る。先輩たちは、私を見るとまるで面白い玩具を見つけたかのように、好奇に満ちた目で私に近づいてくる。私は公園の道の草むらに突き飛ばされる。我慢していた吐き気が抑えられなくなり、そのまま、吐いてしまう。先輩たちはそんな私をバカにしたように笑っている。私は、草むらに吐きながら、息を切らす。
そんな私の髪の毛を引っ張る先輩、彼女たちは、私を木に押し付け、その制服のボタンを無理矢理、破っていく。
「……」
私は何も言わない。
精神的にも、肉体的にも抵抗できない。
『……綾紗』
「……」
『こんな人生、楽しい?』
「……」
『ずっと苦しくて辛くてバカにされて、ボロボロになって……自分を殺し続ける人生……楽しい!?』
私のワイシャツが破り捨てられる。
露わになる下着、私はそのまま、木に背中を押し付けて、腰から崩れ落ちていく。先輩たちは笑いながら私から離れていく。崩れ落ちた私の身体は動かなくなっていた。顔を少し上げると暗い空からは、大粒の雨が降り出し始めていた。顔にと落ちていく雨。私はそれを受けながら、もう一人の私を見る。
『もう……もういい』
もう一人の私は、私と同じ格好で立っていた。
ボロボロの服で、雨に打たれた姿で立っていた。私は、虚ろな視界の中で、もう一人の私だけをただ眺めていた。
『綾紗……お願いだから、私だけを見て』
「……綾紗」
『私も、あんたも……同じことをずっと想っているし願っているんだから』
「私……」
私の頬にもう一人の私の手が触れ、顔を上げさせられる。
『私、綾紗のこと大好き……だから、ずっと一緒にいて?』
彼女の言葉は、私の頭の中で反芻される。
目の前で彼女は膝をついて、私を強く抱きしめる。温かい彼女の感触に私は、自分からも手を伸ばし、彼女を包み込む。愛しい、愛しくて……、私は、私の唇を自分から奪った。ほしい、ほしいよ……もう何もかも忘れてしまいたい。どうせ、私に待っているのは地獄だ。なら……もうどうなってもいい。私はもう、なにもかもいらない……全部いらない!!
ただ……。
「私も綾紗と……一緒にいたい」
それを聞いて、告げて、私たちは心の底からの笑みを浮かべる。
目の前の彼女が、私がこんな嬉しそうな顔をすることを私たちは初めて知った。私たちは、ただ目の前の女の子のことしか考えられず、ただ惹かれあうように唇を重ね合った。そこからは、もう覚えていない。幸せすぎて……彼女のことしか見ていなかったから。彼女のことだけし感じていなかったったから。気が付けば、私たちは自分たちの寮にいて、部屋にいて、ベッドにいた。
そこからの日々は、もう私たちのためだけにある日々だった。
「「おはよう……綾紗」」
ベットから目をあけるとまず最初に飛び込んでくるのは、もう一人の私の素顔。
自分の顔になんて今まで可愛いなんて思ったことないのに、今ではそう思わずにはいられない。そう感じられずにはいられない。これが誰かに恋をするっていうことなのか。ただ寄り添い、ただ触れ合っていたくて、ただ隣にいたくて……。私たちは、身を起こしながら顔を近づけあい唇を重ね合う。それが朝の挨拶。
一緒に台所に立って朝食を作り、互いに食べさせ合って……、そして生まれたままの姿でベッドにと落ちていく。私たちは、互いに匂いと体に包まれながら、何度も眠りにおちていった。私たちは私たちと何度も夜を飛び越える。
「……好き、綾紗」
ベットの上、私たちは隣にいる彼女を見つめながら言葉を零す。
あふれて止まらない思いを捧げあう。
「私も……綾紗」
私たちは自分の名前を告げあいながら、あふれて止まらない気持ちを何度も吐露する。
そうして、私たちはまた、ベッドの上で眠りにと落ちる。
「……このまま私たち、どうなっちゃうんだろうね」
すでに日は落ちて、空いた窓から冷たい風が二人を包んでいく。
私たちはもう何も考えられない場所まで来ていた。目の前の相手しか見れなくなっている今、ほかに何ができるのだろうか。自分と全く同じ思いを抱いている、もう一人の自分を相手にして、思うことも考えるもとも一緒で相性だってもちろんいいし、他の人のことなんて何も考えられなくなっていて。
「幸せ……」
「私もだよ」
「ずっと、最初からこうすればよかった」
「……大丈夫、私がずっと一緒だから」
「うん……ずっと、ずっと……」
「大好きだよ、私」
「私も……大好き」
私たちはゆっくりと目を閉じた。
指を絡め合って……お互いとつながりあって……目の前の相手のことだけを考えて。
……私は私しか見ることも感じることもできなかった。
もう、私は壊れていた。
朝
目をあける私。
隣にいる私を見つめようと顔を向ける。だが、そこには誰もいなかった。
私は、体を起こして反対側を見る。だが、そこにも誰もいない。
私は、立ち上がりベットの上で周りを見渡す。
「あ、綾紗?」
震えた声で私は、つぶやいた。
私は部屋の中を探し回る。狭い部屋だ隠れることなんかどこにでもできない。
「綾紗、どこ?隠れてないででてきてよ!!綾紗!!」
私は、お風呂場、棚、ベランダ、すべてを見た。邪魔なものはすべて投げ出して、徹底的に探した。
私と同じ姿をした綾紗を。
私のことを愛してくれる綾紗を。
大好きな大好きな綾紗を。
部屋が服なんかでぐちゃぐちゃになっても、私には何も感じなかった。
私は膝を落とす。
「……どこ、行っちゃったの。綾紗」
私は、徐々に暗くなる部屋の中で、壊れた人形のように、その場から動けなくなっていた。
「おはよう、綾紗」
私は、学校の教室で、自分の席に座りながら、声を掛けてくれた子を見た。この子、誰だっけ?私は、呆然とそのクラスメイトを眺めながら、壊れた人形のように頷いた。私がなぜ学校に出向いたのか……あの部屋にいたら、頭がおかしくなりそうだったから。もう一人の私がいなくなってしまって、私の心の中には穴が開いたようだった。何かをしなければ……。
「……死んじゃうから」
私はポツリとつぶやいた。
私にすべてを与えてくれた、生きる意味を教えてくれた存在が消えてくなくなってしまって、私にはもう何も残されてはいなかった。クラスメイトが私のもとにと集まってくる。何かを話しているようだった。だけど、私には何一つ、耳に入ってこなかった。彼女達の言っている意味も、言葉も何も聞こえない。チャイムが鳴り、クラスメイトたちは、席にと戻っていく。教室に入ってくる教師。その顔さえ、私は覚えてはいなかった。教師は何かを言っているようだった。怒っているのか、笑っているのかさえわからなかった。私は、窓の外を見つめる。
そっか……。
壊れてしまった私には、もう周りの人間の言葉も感情もわからなくなってしまっているんだな……。ずっと、ずっと、もう一人の私しか見てこなかった私は、周りの私以外の人間をすべて、心から追い出してしまったから。そっか、そういうことか。
私は、笑いながら、そう思った。こんな私が生きていけるはずもない。だって、こんな状態でどうやって生きていけというのか。もう私には生きる意味がわからなくなっていた。これが私に対する罪。人を殺した罪。だとしたならば、これほど効果的なことはない。希望という高いところから、絶望に突き落とされるんだ。今の私には死ぬことよりも苦しい、絶望を味わっている。
「綾紗?部活は?」
私に何かを言っているクラスメイト。
空を見ていた私は、その空が既に夕暮れになっていることに気がついた。そうか、もう学校終わったんだ。帰らなくちゃいけない。でも帰ってどうする?誰も待っていないあの場所で。誰もいないあの部屋で……。だけど、私はそこに希望を見た。もしかしたら、帰ったら、あの子がいるんじゃないかと思って。腕を広げて、私のことを待っていて。抱き合って、キスして……。
「……」
そんな、そんな甘いことを考えていた私にはただ現実というものだけが、待っているだけだった。夕闇に照らされる私の部屋は、荒れ果てていた。昨日、あの子が消えて、さんざん荒した部屋がそこにはあった。私は、扉を閉めて、その場に崩れ落ちる。玄関に座りこんで、私は、扉にもたれかかりながら、その瞳から、涙をこぼしていた。
「ずっと、いるって……そういったじゃん」
「愛してるって、何度も何度もいってくれたじゃん」
「……どうして」
「どうして……」
「私の前からいなくなったの……」
私は、顔を床に上げて、枯れた声でつぶやいた。
気がつくと、私は、夜の闇の中、ベンチに座っていた。
学校の近くの公園のようだ。どうやら、あの部屋からは飛び出してしまったらしい。それはそうだ。あんなに思い出がいっぱい、いっぱい詰まっている場所なんかにいたら、辛いだけだ。私は、ベンチによりかかりながら、闇に光る電灯だけを眺めていた。
「……どうせいなくなるなら、一緒に連れて行ってよ。もう、私は一人じゃ無理なんだよ。あんたのせい。あんたが現れて私の心をかき乱して、狂わせて、あんたしか見れなくして……それなのに、いなくなったら、もう私……生きていくことなんかできないよ……」
私は、ベンチに座りながら、うつむき、枯れ果てたはずの涙をこぼす。
「……」
私は立ち上がると、自分の寮にと戻る。
部屋は相変わらず、誰もいない。もうそんなことは知っている。彼女は、きっと帰ってこない、元々私が二人いるってこと自体がおかしかったんだから。もう、そんなことはどうでもいい。私は、台所からナイフを取り出した。そして、そのまま部屋を見つめる。何度も抱きしめ合ったベット、一緒に横に並んで料理を作った台所。一緒にご飯を食べたテーブルを眺め、私は、お風呂にと向かった。蛇口から、お湯を出す。このお風呂でも、何度も抱き合ったっけ。記憶にないほどに、抱きしめ合った。甘い匂いに、どこまでも気持ちのいい感覚。
「夢でもいい……綾紗、傍にいさせて。もう、あんたしか、私見れないんだから」
零れ落ちる涙。
「大好き、綾紗……もう一人の、私」
私は自分と彼女の名前をつぶやく。
時計が鳴り響く。
手を伸ばす、私の手に触れるもう一つの手。
「「……」」
その手をしっかりと握りしめて、その二つの手は絡み合うように、しっかりと恋人繋ぎをして、毛布の中にともぐりこんでいく。ひとつのベットの上で、毛布にくるまった二つの体は、求めあうように、息を漏らしながら、ベッドを揺らした。部屋に入ってくる、風。私達の部屋には、もう外に続く扉はなかった。私が求める空間は、この部屋だけで十分だから。
「「ただいま」」
「「おかえり」」
私たちは、満面の笑みを浮かべ、同じ表情を映し出しながら同時に囁いた。
もう一度……
ずっと、ここで……。
私は、私と恋をする。
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