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喜多村有里の場合
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「よーい!ドーン!!」
陸上部の掛け声が聞こえてくる。
腕をいっぱい振りながら一生懸命に走る耳にかからない短髪の茶髪の女子、喜多村有里。茶髪で、日焼けした肌を晒しながら彼女は走り終えると汗をぬぐいながら、マネージャーから水を貰い、白いタオルで顔を拭き、ストローのついたペットボトルにと口をつけて、飲料水を飲んでいる。喉を鳴らしながら飲む彼女を私は眺めながら、同じように暑い日差しを冷たい濡らしたタオルで腕や首筋を拭いながら制服姿で眺めていた。金網から隠れるようにして眺めていた私に、彼女が視線を向けた。彼女は、私を見て、口だけ開ける。決して声には出さずに……いや、周りには聞こえない。私にだけ聞こえる声で。
「も・う・す・こ・し」
私はそんな彼女の言葉を聞いてため息をついて、小さく頷いた。私は、彼女と同じように飲んでいたストローの飲料水を口から離して、金網から離れて屋上の影になる場所に腰を落とす。手鏡を取り出して、そこに映り込んだ彼女を見る。そこに映る姿は、先ほど走っていた彼女と同じ顔、同じ姿をしている。私は、もう一度小さくため息をつきながら、手鏡から視線を外した。
「どうして……こんなことになっちゃったんだろ」
私は、誰に向かって言うわけでもなく独り呟いた。
夏の暑い日差しが降り注ぐ中で、私はこの不思議な体験を思い返す。
「私」は『私』と恋をする
ep 喜多村有里
私が突然、ふたりになった。
言葉で表すと此処まで簡単になる。
だが、それは言葉だけであって、実際はそれだけに収まることはない。
最初は戸惑いと混乱。
『誰よ、あんた!』
『私は、有里!喜多村有里!』
『なにいってるのよ!それはあ・た・し!』
『はあ!?私に決まってるでしょ!あ・た・し・に!』
何を言っても同じ私たちは、すぐにそれが自分であることを知る。
あり得ない出来事だったが、自分そっくりなやつを用意するほうこそありえないという結論に至った私たち。もう一人の自分が『突然』現れたといったほうが理由はわからないが納得はできた。実際に私たちは身長も体重も、好みも嫌いなものの趣味趣向から、私の過去の出来事・記憶・想い出まで、すべてを知っていた。記憶も、趣味もすべて同じもう一人の私がいること。同じ『喜多村有里』と言う存在を私たちは、2人で上手く分けていくことにした。だが、それに伴う代償は発生する。簡単だ。喜多村有里は本来は一人の人間だ。それを二人の喜多村有里が、演じるとなれば当然、空白な時間が存在してしまう。
「交互に学校に行くって言ってもね……私は暇だっつーの」
金網にと寄りかかりながら、残されている私は小さくため息をつく。
『残されたほうの身にもなってみろ!私は……暇だっつーの』
昨日、家に帰って言われた……残っていたもう一人の私の言葉。
この一週間、それはよくわかった。驚いたことは、さっきも言ったように、考え方……私たちの考え方、心も同じことで、こうやって同じことを考えてしまっていることだ。ある意味、お互いに気持ちが通じ合っているっていうことになるのかもしれない。
私は、寮生活と言うこともあって、基本的に1人が多い。
そんな私の話し相手にはちょうどいいだろう。なんせ、もう一人の私なのだから。
話が合わないわけがないし。どんなことだってわかってくれるから。
「おーい、何寝てるのさ?……終わったよ」
私の視界に入るのは、腰に腕を当てて私を見下ろす制服姿のもう一人の私。
「あ、あれ?もうそんな時間?」
私は校庭を見ると、まだ走っている生徒の姿があった。
「ん。早退した」
「は?なんで?」
私の問いかけに、もう一人の私は私を見ることなく、屋上からオレンジ色の空を眺める。
「あんたが……暇だろうと思って」
「……気にしないでよ。私同士で遠慮とかバカバカしい……」
私は起き上がって金網の前に立っているもう一人の私の背中を見た。もう一人の私は、金網に背中を預けて私の方にと振り返った。オレンジ色の日差しに照らされた茶髪で褐色色の肌をした私の顔が私の視界にと入った。
「別に遠慮じゃないし……」
「遠慮じゃなかったら……なんなのさ」
「……なんだって、いいじゃん」
不機嫌になるもう一人の私に、私はため息をつきながら手を伸ばす。
「帰ろ?」
「……うん」
私の言葉に彼女は私の手を掴んだ。
私たちは屋上から学校の中にと入る扉の前まで歩きながら、足を止める。
「「……ねえ、有里」」
私たちの声が重なる。
私たちは、お互いの顔を見つめ合った。鏡で見る顔と同じ顔……でも今の顔は、鏡でなんか見たことのない、辛そうで、苦しそうで。その顔を私たちは同時に見合ってしまった。同じ顔と同じ気持ちを、同じ心で想い合ってしまっていることを……私たちは知ってしまった。
「はあ……やっぱりね」
「……最近、有里変だったもんね」
私たちは互いの気持ちを理解してしまったことで、その胸に溜まっていた重い気持ちが溶けていくのを感じた。それだけじゃない、その辛そうな、苦しそうな表情も崩れていくのを見た。私達は、お互いの顔を見て笑顔を見せた。
「ちょっと、最近変だったのはそっちでしょ?」
「はいはい、私に会いたくて部活を早退しちゃうような有里ほどじゃないよねぇ」
「へぇ……自分の番でもないのに、わざわざ私と一緒に学校まで来ちゃうような有里には言われたくないわぁ」
「なっ!?あんただって最近ずっと私のこと見てたの知ってたんだから!」
「ちょっ!?部活している間、ずっと私のこと見てたのはそっちでしょう!?」
「「ぐぐぐぐっ……」」
私たちは両手に両手を互いに握りしめあいながら睨み付けあう。
私同士、力は拮抗。
私たちは手を離して、小さくため息をついてお互いをもう一度見た。
「……じゃあ、まあ……」
「そうだね……改めて」
私たちは頭をかきながら、お互いを見つめ合う。
「……有里」
「有里……」
「私……」
「……あなたのことが」
「「大好きです」」
「……付き合って」
「もらえまえんか」
私たちは、お互いを見詰めたまま、その目をしっかりと捕らえたまま告げる。
「はい……」
「……お願いします」
どうして……こんな気持ちになってしまったのかわからない。
どうして……相手は、自分と瓜二つで、自分と同性で、自分相手だっていうのに……。
わからない。
でも、いつも一緒にいるようになって、バカなこと言い合って、喧嘩して、優しくされて。
いつの間にか……こいつがいれば、後は何もいらないな。とか思うようになっちゃって。
家族・友達全部を兼ねちゃって。
あとは何もいらないっていう気持ちから、あんたじゃなきゃ……ダメだって思うようになっちゃって。
私たちは……目の前の私自身から離れられなくなってしまっていた。
ずっと一緒にいたい。
その気持ちが、私たちの心にはできてしまっていた。
「あーあ、言っちゃった」
「……言っちゃったね」
私たちは屋上にてお互いを見つめ合ったまま、どこか安堵した表情を浮かべながら告げあう。私の目の前にいる私は、その目から涙を零している。それは、今の私と同じで。熱い涙を流して、零して、落としながら私たちは、ゆっくりとその手を握りしめあう。
「「嬉しい……」」
私たちは、互いの指と指をからめ合いながら、肩を寄せ合って再び歩き出した。
こうして……私と私の、二人の喜多村有里の付き合いが始まることとなる。
最初の一週間。
2人で作った料理を真ん中に挟みながら、私たちはお互いを見つめ合う。その顔は、自分で言うのもなんだか気恥ずかしいが、言葉では言い表せることができないほど、ニヤついている。きっと第三者がいれば、気持ち悪いという一言が飛んできそうな状況だ。ああ、知っている。そうさそうさ、それがどうした。私は、私と付き合っているんだから。こうして一緒に暮らしているってことは同棲しているってことなんだから。
「「いただきます」」
私たちは手を合わせて告げると、互いに作った料理にと箸を伸ばす。そして、互いに視線を重ね合わせながら、箸でとった料理を互いの口にと向ける。
「はい……」
「あーん」
私たちは口をあけて互いの口の中に料理を収める。
「「美味しい」」
誰もいないからできるようなこと。
私たちは、そうやって一緒にいる喜びを分かち合う。
嬉しくて……楽しくて……。
「お風呂……はいる?」
「……一緒に?」
私たちは、その言葉に少し頬を赤く染める。
だから私たちはその問いかけの答えに対して、手を握りしめあいながら、一緒になってお風呂場にと歩いていく。私たちは、お互いを見つめ合いながら、そっと服を脱いで……一緒に湯船にと浸かる。自分と同じ身体、何も変わらない、何もかも同じ体だっていうのに……どうして、こんなにもお互いのことを意識してしまうのだろうか。
「……好きだから……かな。こんなにも私、有里のこと……意識しちゃって」
「同じ姿……同じ喜多村有里なのに、ね」
もう一人の私が、私の腕をとって、胸元にと触れさせる。
「ちょ、ちょっと……」
「静かに」
もう一人の私の言葉に、私は黙った。
「私の心臓の音、凄いなってるでしょ?」
「……本当だ」
もう一人の私もまた腕を伸ばして、私の心臓のある胸元にと触れる。
「あんたも……」
「うん……凄く高鳴ってる」
私たちは、お互いを見つめ合いながら、その自分にと触れている腕をもう片方の腕で掴む。
欲しかった……私と同じ心を持った彼女が。
きっと同じ体と心を持った彼女を、私の心と体が取り戻したいと思っているのかもしれない。欠けた半身を……欲しいって。
「我慢……できない」
「……私だって」
私たちはその腕を引っ張り合いながら、互いの顔を見つめ、その距離が縮まるのを感じた。小さく息を漏らしている彼女を見つめながら、私は、ゆっくりと目を閉じて、その距離を零にする。
その一週間後
私たちはデートとして、一緒に海にときていた。
夏の日差しを浴びる中で、私たちは、海辺で水着姿になりながら、周りの人々の声を聞いている。本当は静かな場所で二人でベンチに座りながら、イチャつきたかったのだが、この季節だ。なかなかそううまくはいかない。私たちは、黒い水着姿になりながら、目の前の相手の背中にオイルを塗ってやっていた。目の前の私は、気持ちよさそうに、オイルの感触を味わっていた。
「2人でこういうところ来るの……初めてだね」
「いつもは……学校の手前さ。私達二人一緒にいられるところみせられないじゃない」
「そうだよね……。本当はこんな隠れたりしないで、二人で一緒にいられればいいんだけどさ」
「もう、恥ずかしいこと言わないでよ」
「しょうがないじゃん。有里だって、そうでしょ?」
「同じ有里として、そうだけどさ……」
私たちはお互いの顔を見つめ合いながら、小さく微笑む。
しばらくして、2人は交換してオイルを塗り合っていた。自分の背中をこう第三者から見るのはなんというか不思議な気持ちだ。なんというか、意外と筋肉ついているんだなと思いながら、もう一人の私の身体を手で塗る。
「……そうはいってもさ、学校とかまた行かなくちゃね」
「そうだよね、部活も全然行ってなかったし」
「しょうがないよ。私だって……有里と一緒にいたくてどこにも行きたくなかったからさ」
「バカ……何恥ずかしいこと言ってんのさ」
「しょうがないじゃん。有里だって、そうでしょ?」
「同じ有里として、そうだけどさ……」
私たちはお互いを見つめながら笑みを浮かべ合った。
そして、さらに一週間後。
その日は残暑のせいか、酷く暑かった。
「はあ……暑い」
目の前の私が、暑さにワイシャツの第二ボタンを外して、ワイシャツを掴み引っ張って風を身体の中にいれる。私の視界にははっきりともう一人の私に褐色色の肌が見え、胸元を汗でぬれている様子、そして自慢なんかできない大きさの胸が見える。私は顔を真っ赤にさせてワイシャツの襟元を掴んで煽ぐもう一人の私から、目を逸らす。それは相手も同じなのか、汗のせいで、ワイシャツから私の肌がはっきりと浮かび上がっており、私の身体から視線をそらす。同じ私の身体だって言うのに、別の視点から見るその行為は、私にとっては恥ずかしいものでしかなかった。いや、恥ずかしいなんて言うただの感情じゃない……。
……触れたい。
私達はあわてて首を横にと振りながら、その感情を頭から追い出す。
「きちんと帰って来てよ?連続ででたらどうなるか」
「私はあんたじゃないからそんなせこい真似しないし~」
「はあ!?あんた、昼食勝手に出て食べちゃったじゃん!」
「だって、美味しそうだったんだもん」
「自己中!」
「私が自己中ならあんたも自己中ってわかってる?!だいたい、家庭科の調理実習勝手に出て勝手に食べたのはあんたじゃん!!」
「うっ……うるさいっ!!とにかく、きちんと帰ってくること!」
「わかったわよ……」
いつもの口喧嘩。
2人に別れてしまってからずっと繰り返されている。
きっかけは些細なもの。どうでもいい内容のこと。そんなもので私達は、お互いに身を寄せて罵り合う。
同じ声で、同じ口調で、同じ悪口で……だけど、しっかりと肩を重ねて。
それはきっと……ノロケのひとつなのかもしれない。
「ったく、あんたなんか干からびてろ!」
「それはこっちの台詞だ!ばーかばーか!」
屋上からそういって出ていく私と、一時間目は待ちになっている私。
二人は互いに悪口を言い合いながら、一人は屋上から出ていき、一人は屋上で待つ。足を一歩踏み出したところで、私達は胸の痛みを堪えながら生活を行っていく。私は、屋上で、氷水を額にと当てて、汗をタオルで拭いながら外をみる。そこには体操着に着換えたもう一人の私が、夏の太陽の日差しに、既に嫌そうな表情を浮かべて、頬にと汗を垂らしながら立っている。私はそんなもう一人の私を見つめていた。そこで体操着に着換えた私も、屋上にいる私の方にと視線を向ける。体操着姿の私を見つめた私と制服姿の私達は舌を出して、相手を小馬鹿にする。だけど、私達の視線は絡み合ったまま外せなくて。
「喜多村~~~」
先生の言葉で、ようやっと視線を離すことができた。
同じ自分の顔をみてなにをしているんだか、体操着姿の私は、自分に突っ込みながら準備運動を行う。
屋上で眺めている私は、もう一人の私が、別の女子と組んで一緒に準備体操をしている姿をみて、無性に腹が立つ。なぜかはわからない。でも、嫌で仕方がない。私は、拳を握りしめながら、もう一人の私を眺めていた。片方の女子が、もう一人の私と手を腕を絡め、背中に相手を乗せて、準備運動をし始めれば、私は思わず、屋上の安全のための仕切りになっている網をつかみ、口を開け
「やめっ……!!」
思わず声が漏れてしまう。
声に出して私はあわてて自分の口元を抑える。
「はあ……やっぱり、私ダメだ」
顔を上げ、コンクリートの床にと倒れた私は、小さくため息をついた。
「もう私……有里、ううん……私自身しか見ることができなくなってる」
好きと言う言葉が溢れて止まらない。
ずっと一緒にいたい、ずっと有里を見ていたい、ずっと傍に、ずっと隣に、ずっと二人だけで……。
「……今度は、そっちが寝てるの?」
顔を上げた私の視界に入るのは、私が私の身体を挟んで、見下ろしている姿。私は、そんなもう一人の私の姿に笑みが自然と毀れてしまう。本当に……私、私が好きなんだ。
「私……あんたが好き」
「い、いきなり何言ってるのよ?!」
もう一人の私は、その言葉に、頬をかきながら私から一度視線を外した。そして、改めて私の方を見つめなおす。
「私も……あんたのこと、有里のこと大好きだよ」
「……そうだよね、きっと私達は……お互いのことずっと、そう思いつづけるんだろうね」
「なにいってるのさ?ずっと、そうに決まっ……有里、あんたまさか……」
もう一人の私が私の想っていることに気が付いた。
さすが私……よくわかってくれている。本当に……以心伝心できちゃうんだよね、私たちは。
そこも……私の好きなところのひとつかな。
「このままじゃ……私達、苦しむだけだよ」
理由は簡単だ。
私たちはもう、私達しか見たくなくなってきている。
いつか、それは学校にも通わなくなって、ずっと部屋で、ずっと二人しか知らない場所で、ずっとずっと……お互いのことだけしか見れなくて。そんなことになったら、幸せだろう。きっと……ううん、絶対に幸せだとおもう。だけど、それじゃあ生きていけない。お金は誰が稼ぐの?学校はしっかり通えるの?私たちが一緒にいて、お互いしか見れなければ絶対にそうなる。ただでさえ……私は、もう有里が誰かと一緒にいるということだけで焼きもちを焼いてしまって、もう少しすればきっと、他の誰に対しても、有里を離したくなくて……。
「私の大好きな有里が壊れちゃう……」
もう一人の私が、私から離れて……背中を見せる。
「私達、別れよう?」
もう一人の私は、私の言葉に、何も言わずに振り返る。
私は溢れる涙を我慢できずに、零している。
「このままじゃ……本当に、私達……壊れちゃうよ」
「有里……」
「好き」
「……」
「私は、あんたが大好き。だから……壊れてほしくない」
「……私だって、あんたが大好きだよ。だから……」
私たちは恋人を解消した。
そうしなければ……もう限界だったから。
好きと言う言葉が溢れて、もう後のことは何も考えられなかったから。だからこれでいい。これで、私たちは元の私達に戻れるはずだから。これでいいんだ。
「おはよう……有里」
「有里……おはよう」
ベッドの上で目を覚ました私たちは、時計を止めると、二人で一緒に眠っているベッドから身を起こすと同時に、二人で視線を絡み合わせながら、手を伸ばして、そっと顔を近づける。それはいつもの挨拶。いつも朝起きて最初に、大好きな人と触れ合うことが私たちの日課となっていたから。顔を近づける私たちは……そこで、あわてて互いの顔の間に腕を伸ばして肩を掴む。
「だ、ダメでしょ……」
「つ、付き合ってもいないのに、な、なにをしようとしているんだか……」
私たちは頬を染めながら、互いから視線をそらす。
そこからはもう、苦難の連続だった。日ごろやっていたことがすべてできない。
恋人繋ぎをして誰にもバレないように登校したり
授業をさぼってずっと屋上で抱きしめ合っていたり
私同士で、キスしたいって……心で言い合うのが分かるから、それに合わせて唇を重ね合ったり。
そんな、私たちにとっては日常茶飯事だったことすべてができなくなった。
学校の喜多村有里という存在を二人で交互に役割を行うこと。
「それじゃあ、今日は私の番だから、待っていてね」
「うん、後で入れ替わろう。それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい……」
私たちはお互いの視線を絡み合わせながら、互いの肩を掴んで目を閉じてゆっくりと顔を近づけ……。
「だ、駄目!」
「あ、危ない!」
「はあ、はあ……い、いってらっしゃい」
「い、いってきます」
私たちは息を切らしながら、学校に向かい、家にと残る。
独りになった有里は、自分がひどく苛立っていることに気が付いた。それは、もう一人の自分と触れあえないつらさ……。
「ダメ!ダメだってば……」
「決めたんだ、私は……」
互いに別々の場所でそう告げあいながら……。
でも……胸が痛くて、苦しくて、切なくて……。私たちは別々の場所で全く同じように、胸元を手で抑えていた。
「「辛いよ……苦しい」」
私は、家の玄関で膝を落としてその瞳から滴を零し……。
私は、家から出たマンションの壁に背中を押し当てて、しゃがみこんで……滴を落とす。
一週間後
「ただいま」
「おかえり」
顔を見合わせた私たちは、笑顔を向けあう。
「お風呂沸かしておいたから一緒にはいろう?」
「い、一緒はまずいんじゃない?だって、ほら私達別に付き合ってるわけじゃないし」
「そ、そっか。そうだよね。ごめんごめん、変なこと言っちゃって」
「う、ううん。いいの……それより、今度の日曜日さ、一緒にデート付き合ってほしくて」
「で、デート?デートはまずいんじゃないかな。だって、ほら私達別に付き合ってるわけじゃないし」
「そ、そっか。そうだよね。ごめんごめん、変なこと言っちゃって」
「……」
「……」
私たちはお互いに背中を向ける。
その視線を落として、涙をこぼさないようにするのが精いっぱいだった。
「ねえ……私」
「ん……?」
私たちは互いの背中を向けたまま、口をあける。
「辛いね」
「……うん」
私たちは、震えた声で告げ合った。
それはもう私たちの心の限界が近づいていたのかもしれない。
その一週後
「……ただいま」
「おかえり……」
私たちは、お互いを見つめ合いながら、乾いた表情を向けることしかできなくなってしまっていた。
その表情は苦しさと辛さと哀しみでいて。
きっとそれは自分も同じように相手に向けているんだなとそう想った。
「「ねえ……」」
私たちは顔を見合わせる。
「もう、無理」
「……私も、もう……限界」
「言い出しておいて、それなわけ?」
「そっちだって、一緒でしょ?」
私は大きくため息をつく。
部屋のベッドの上に、2人で座る。
「有里が好きすぎて……もう、周りの何もかもを見たくなくて……私、だけかな。私だけがおかしくな……」
「違う!」
私の弱弱しい声に、もう一人の私が声を荒げる。
「私だって、あんたが好き。有里……あんたが好きで。叶うことなら……二人でずっと一緒にいたいに決まってる!!だって、私とあんたは……同じ喜多村有里でしょ。見た目だって、心だって……一緒に決まってる」
「……有里」
「自分だけとか、そんなさびしいこと言わないでよ。苦しいことだって、辛いことだって……私たちは何でも共有できるんだからさ」
「だから、だからなの!!」
「……」
「このままじゃ、本当に私たちは壊れちゃう。本当にもう周りが見えなくなっちゃう」
「……いいよ」
もう一人の私が、私の身体を抱きしめた。
彼女のぬくもりに私は、もう何も考えられなくなってしまう……。私と私、同じ体と心を持った二つの身体が、互いを引き合う。
「……我慢できた?」
もう一人の私の問いかけに、私は口をあける。
「……できなかった」
「でしょ?……だって、私もね、こうして抱きしめていないと、涙が出るくらいに弱っちゃってるんだからさ」
「……」
「こんなにお互いにお互いのこと好きになっちゃってるんだもん。離せないよ」
「でも……有里、私ね。もう本当に……あんたのことしか見えないの。もうほかの人なんて、どうでもよくて……このままじゃ、私達生活できないよ」
「それでもいい……、あんたと別れなくちゃいけないくらいなら、私……死んでもいい」
「……有里」
私は、その瞳から滴を零す。
嬉しい。
私はこんなにも、大好きな人から愛されていて……嬉しいよ。
でも、本当にこれでいいのかな。
私達、本当に……もう二人でしかいたくないって思っちゃっていて……。
どうすることもできなくて……。
「……そういえば、まだ言ってなかった」
「え?」
「改めて……」
「もう……律儀な奴」
私たちは微笑みながら改めて相手の肩にと両手を置いて、顔を見つめ合う。
「「私と付き合って……」」
「あんたのことが」
「大好きだから」
私たちは笑顔を見せ合って、そのままベッドの海にと沈んでいく。
もう、そのときには……この後のことなっか何も考えらえなくなっていて。
ただ、目の前の彼女と一緒にいたいって。
それしか考えられなくて。
「そして……」
「……それで」
「結婚……して」
震えた声で、涙を零して私たちは、お互いに向けて言った。
その言葉に私たちは、満面の笑みを浮かべる。
「私」は『私』と恋をする。
陸上部の掛け声が聞こえてくる。
腕をいっぱい振りながら一生懸命に走る耳にかからない短髪の茶髪の女子、喜多村有里。茶髪で、日焼けした肌を晒しながら彼女は走り終えると汗をぬぐいながら、マネージャーから水を貰い、白いタオルで顔を拭き、ストローのついたペットボトルにと口をつけて、飲料水を飲んでいる。喉を鳴らしながら飲む彼女を私は眺めながら、同じように暑い日差しを冷たい濡らしたタオルで腕や首筋を拭いながら制服姿で眺めていた。金網から隠れるようにして眺めていた私に、彼女が視線を向けた。彼女は、私を見て、口だけ開ける。決して声には出さずに……いや、周りには聞こえない。私にだけ聞こえる声で。
「も・う・す・こ・し」
私はそんな彼女の言葉を聞いてため息をついて、小さく頷いた。私は、彼女と同じように飲んでいたストローの飲料水を口から離して、金網から離れて屋上の影になる場所に腰を落とす。手鏡を取り出して、そこに映り込んだ彼女を見る。そこに映る姿は、先ほど走っていた彼女と同じ顔、同じ姿をしている。私は、もう一度小さくため息をつきながら、手鏡から視線を外した。
「どうして……こんなことになっちゃったんだろ」
私は、誰に向かって言うわけでもなく独り呟いた。
夏の暑い日差しが降り注ぐ中で、私はこの不思議な体験を思い返す。
「私」は『私』と恋をする
ep 喜多村有里
私が突然、ふたりになった。
言葉で表すと此処まで簡単になる。
だが、それは言葉だけであって、実際はそれだけに収まることはない。
最初は戸惑いと混乱。
『誰よ、あんた!』
『私は、有里!喜多村有里!』
『なにいってるのよ!それはあ・た・し!』
『はあ!?私に決まってるでしょ!あ・た・し・に!』
何を言っても同じ私たちは、すぐにそれが自分であることを知る。
あり得ない出来事だったが、自分そっくりなやつを用意するほうこそありえないという結論に至った私たち。もう一人の自分が『突然』現れたといったほうが理由はわからないが納得はできた。実際に私たちは身長も体重も、好みも嫌いなものの趣味趣向から、私の過去の出来事・記憶・想い出まで、すべてを知っていた。記憶も、趣味もすべて同じもう一人の私がいること。同じ『喜多村有里』と言う存在を私たちは、2人で上手く分けていくことにした。だが、それに伴う代償は発生する。簡単だ。喜多村有里は本来は一人の人間だ。それを二人の喜多村有里が、演じるとなれば当然、空白な時間が存在してしまう。
「交互に学校に行くって言ってもね……私は暇だっつーの」
金網にと寄りかかりながら、残されている私は小さくため息をつく。
『残されたほうの身にもなってみろ!私は……暇だっつーの』
昨日、家に帰って言われた……残っていたもう一人の私の言葉。
この一週間、それはよくわかった。驚いたことは、さっきも言ったように、考え方……私たちの考え方、心も同じことで、こうやって同じことを考えてしまっていることだ。ある意味、お互いに気持ちが通じ合っているっていうことになるのかもしれない。
私は、寮生活と言うこともあって、基本的に1人が多い。
そんな私の話し相手にはちょうどいいだろう。なんせ、もう一人の私なのだから。
話が合わないわけがないし。どんなことだってわかってくれるから。
「おーい、何寝てるのさ?……終わったよ」
私の視界に入るのは、腰に腕を当てて私を見下ろす制服姿のもう一人の私。
「あ、あれ?もうそんな時間?」
私は校庭を見ると、まだ走っている生徒の姿があった。
「ん。早退した」
「は?なんで?」
私の問いかけに、もう一人の私は私を見ることなく、屋上からオレンジ色の空を眺める。
「あんたが……暇だろうと思って」
「……気にしないでよ。私同士で遠慮とかバカバカしい……」
私は起き上がって金網の前に立っているもう一人の私の背中を見た。もう一人の私は、金網に背中を預けて私の方にと振り返った。オレンジ色の日差しに照らされた茶髪で褐色色の肌をした私の顔が私の視界にと入った。
「別に遠慮じゃないし……」
「遠慮じゃなかったら……なんなのさ」
「……なんだって、いいじゃん」
不機嫌になるもう一人の私に、私はため息をつきながら手を伸ばす。
「帰ろ?」
「……うん」
私の言葉に彼女は私の手を掴んだ。
私たちは屋上から学校の中にと入る扉の前まで歩きながら、足を止める。
「「……ねえ、有里」」
私たちの声が重なる。
私たちは、お互いの顔を見つめ合った。鏡で見る顔と同じ顔……でも今の顔は、鏡でなんか見たことのない、辛そうで、苦しそうで。その顔を私たちは同時に見合ってしまった。同じ顔と同じ気持ちを、同じ心で想い合ってしまっていることを……私たちは知ってしまった。
「はあ……やっぱりね」
「……最近、有里変だったもんね」
私たちは互いの気持ちを理解してしまったことで、その胸に溜まっていた重い気持ちが溶けていくのを感じた。それだけじゃない、その辛そうな、苦しそうな表情も崩れていくのを見た。私達は、お互いの顔を見て笑顔を見せた。
「ちょっと、最近変だったのはそっちでしょ?」
「はいはい、私に会いたくて部活を早退しちゃうような有里ほどじゃないよねぇ」
「へぇ……自分の番でもないのに、わざわざ私と一緒に学校まで来ちゃうような有里には言われたくないわぁ」
「なっ!?あんただって最近ずっと私のこと見てたの知ってたんだから!」
「ちょっ!?部活している間、ずっと私のこと見てたのはそっちでしょう!?」
「「ぐぐぐぐっ……」」
私たちは両手に両手を互いに握りしめあいながら睨み付けあう。
私同士、力は拮抗。
私たちは手を離して、小さくため息をついてお互いをもう一度見た。
「……じゃあ、まあ……」
「そうだね……改めて」
私たちは頭をかきながら、お互いを見つめ合う。
「……有里」
「有里……」
「私……」
「……あなたのことが」
「「大好きです」」
「……付き合って」
「もらえまえんか」
私たちは、お互いを見詰めたまま、その目をしっかりと捕らえたまま告げる。
「はい……」
「……お願いします」
どうして……こんな気持ちになってしまったのかわからない。
どうして……相手は、自分と瓜二つで、自分と同性で、自分相手だっていうのに……。
わからない。
でも、いつも一緒にいるようになって、バカなこと言い合って、喧嘩して、優しくされて。
いつの間にか……こいつがいれば、後は何もいらないな。とか思うようになっちゃって。
家族・友達全部を兼ねちゃって。
あとは何もいらないっていう気持ちから、あんたじゃなきゃ……ダメだって思うようになっちゃって。
私たちは……目の前の私自身から離れられなくなってしまっていた。
ずっと一緒にいたい。
その気持ちが、私たちの心にはできてしまっていた。
「あーあ、言っちゃった」
「……言っちゃったね」
私たちは屋上にてお互いを見つめ合ったまま、どこか安堵した表情を浮かべながら告げあう。私の目の前にいる私は、その目から涙を零している。それは、今の私と同じで。熱い涙を流して、零して、落としながら私たちは、ゆっくりとその手を握りしめあう。
「「嬉しい……」」
私たちは、互いの指と指をからめ合いながら、肩を寄せ合って再び歩き出した。
こうして……私と私の、二人の喜多村有里の付き合いが始まることとなる。
最初の一週間。
2人で作った料理を真ん中に挟みながら、私たちはお互いを見つめ合う。その顔は、自分で言うのもなんだか気恥ずかしいが、言葉では言い表せることができないほど、ニヤついている。きっと第三者がいれば、気持ち悪いという一言が飛んできそうな状況だ。ああ、知っている。そうさそうさ、それがどうした。私は、私と付き合っているんだから。こうして一緒に暮らしているってことは同棲しているってことなんだから。
「「いただきます」」
私たちは手を合わせて告げると、互いに作った料理にと箸を伸ばす。そして、互いに視線を重ね合わせながら、箸でとった料理を互いの口にと向ける。
「はい……」
「あーん」
私たちは口をあけて互いの口の中に料理を収める。
「「美味しい」」
誰もいないからできるようなこと。
私たちは、そうやって一緒にいる喜びを分かち合う。
嬉しくて……楽しくて……。
「お風呂……はいる?」
「……一緒に?」
私たちは、その言葉に少し頬を赤く染める。
だから私たちはその問いかけの答えに対して、手を握りしめあいながら、一緒になってお風呂場にと歩いていく。私たちは、お互いを見つめ合いながら、そっと服を脱いで……一緒に湯船にと浸かる。自分と同じ身体、何も変わらない、何もかも同じ体だっていうのに……どうして、こんなにもお互いのことを意識してしまうのだろうか。
「……好きだから……かな。こんなにも私、有里のこと……意識しちゃって」
「同じ姿……同じ喜多村有里なのに、ね」
もう一人の私が、私の腕をとって、胸元にと触れさせる。
「ちょ、ちょっと……」
「静かに」
もう一人の私の言葉に、私は黙った。
「私の心臓の音、凄いなってるでしょ?」
「……本当だ」
もう一人の私もまた腕を伸ばして、私の心臓のある胸元にと触れる。
「あんたも……」
「うん……凄く高鳴ってる」
私たちは、お互いを見つめ合いながら、その自分にと触れている腕をもう片方の腕で掴む。
欲しかった……私と同じ心を持った彼女が。
きっと同じ体と心を持った彼女を、私の心と体が取り戻したいと思っているのかもしれない。欠けた半身を……欲しいって。
「我慢……できない」
「……私だって」
私たちはその腕を引っ張り合いながら、互いの顔を見つめ、その距離が縮まるのを感じた。小さく息を漏らしている彼女を見つめながら、私は、ゆっくりと目を閉じて、その距離を零にする。
その一週間後
私たちはデートとして、一緒に海にときていた。
夏の日差しを浴びる中で、私たちは、海辺で水着姿になりながら、周りの人々の声を聞いている。本当は静かな場所で二人でベンチに座りながら、イチャつきたかったのだが、この季節だ。なかなかそううまくはいかない。私たちは、黒い水着姿になりながら、目の前の相手の背中にオイルを塗ってやっていた。目の前の私は、気持ちよさそうに、オイルの感触を味わっていた。
「2人でこういうところ来るの……初めてだね」
「いつもは……学校の手前さ。私達二人一緒にいられるところみせられないじゃない」
「そうだよね……。本当はこんな隠れたりしないで、二人で一緒にいられればいいんだけどさ」
「もう、恥ずかしいこと言わないでよ」
「しょうがないじゃん。有里だって、そうでしょ?」
「同じ有里として、そうだけどさ……」
私たちはお互いの顔を見つめ合いながら、小さく微笑む。
しばらくして、2人は交換してオイルを塗り合っていた。自分の背中をこう第三者から見るのはなんというか不思議な気持ちだ。なんというか、意外と筋肉ついているんだなと思いながら、もう一人の私の身体を手で塗る。
「……そうはいってもさ、学校とかまた行かなくちゃね」
「そうだよね、部活も全然行ってなかったし」
「しょうがないよ。私だって……有里と一緒にいたくてどこにも行きたくなかったからさ」
「バカ……何恥ずかしいこと言ってんのさ」
「しょうがないじゃん。有里だって、そうでしょ?」
「同じ有里として、そうだけどさ……」
私たちはお互いを見つめながら笑みを浮かべ合った。
そして、さらに一週間後。
その日は残暑のせいか、酷く暑かった。
「はあ……暑い」
目の前の私が、暑さにワイシャツの第二ボタンを外して、ワイシャツを掴み引っ張って風を身体の中にいれる。私の視界にははっきりともう一人の私に褐色色の肌が見え、胸元を汗でぬれている様子、そして自慢なんかできない大きさの胸が見える。私は顔を真っ赤にさせてワイシャツの襟元を掴んで煽ぐもう一人の私から、目を逸らす。それは相手も同じなのか、汗のせいで、ワイシャツから私の肌がはっきりと浮かび上がっており、私の身体から視線をそらす。同じ私の身体だって言うのに、別の視点から見るその行為は、私にとっては恥ずかしいものでしかなかった。いや、恥ずかしいなんて言うただの感情じゃない……。
……触れたい。
私達はあわてて首を横にと振りながら、その感情を頭から追い出す。
「きちんと帰って来てよ?連続ででたらどうなるか」
「私はあんたじゃないからそんなせこい真似しないし~」
「はあ!?あんた、昼食勝手に出て食べちゃったじゃん!」
「だって、美味しそうだったんだもん」
「自己中!」
「私が自己中ならあんたも自己中ってわかってる?!だいたい、家庭科の調理実習勝手に出て勝手に食べたのはあんたじゃん!!」
「うっ……うるさいっ!!とにかく、きちんと帰ってくること!」
「わかったわよ……」
いつもの口喧嘩。
2人に別れてしまってからずっと繰り返されている。
きっかけは些細なもの。どうでもいい内容のこと。そんなもので私達は、お互いに身を寄せて罵り合う。
同じ声で、同じ口調で、同じ悪口で……だけど、しっかりと肩を重ねて。
それはきっと……ノロケのひとつなのかもしれない。
「ったく、あんたなんか干からびてろ!」
「それはこっちの台詞だ!ばーかばーか!」
屋上からそういって出ていく私と、一時間目は待ちになっている私。
二人は互いに悪口を言い合いながら、一人は屋上から出ていき、一人は屋上で待つ。足を一歩踏み出したところで、私達は胸の痛みを堪えながら生活を行っていく。私は、屋上で、氷水を額にと当てて、汗をタオルで拭いながら外をみる。そこには体操着に着換えたもう一人の私が、夏の太陽の日差しに、既に嫌そうな表情を浮かべて、頬にと汗を垂らしながら立っている。私はそんなもう一人の私を見つめていた。そこで体操着に着換えた私も、屋上にいる私の方にと視線を向ける。体操着姿の私を見つめた私と制服姿の私達は舌を出して、相手を小馬鹿にする。だけど、私達の視線は絡み合ったまま外せなくて。
「喜多村~~~」
先生の言葉で、ようやっと視線を離すことができた。
同じ自分の顔をみてなにをしているんだか、体操着姿の私は、自分に突っ込みながら準備運動を行う。
屋上で眺めている私は、もう一人の私が、別の女子と組んで一緒に準備体操をしている姿をみて、無性に腹が立つ。なぜかはわからない。でも、嫌で仕方がない。私は、拳を握りしめながら、もう一人の私を眺めていた。片方の女子が、もう一人の私と手を腕を絡め、背中に相手を乗せて、準備運動をし始めれば、私は思わず、屋上の安全のための仕切りになっている網をつかみ、口を開け
「やめっ……!!」
思わず声が漏れてしまう。
声に出して私はあわてて自分の口元を抑える。
「はあ……やっぱり、私ダメだ」
顔を上げ、コンクリートの床にと倒れた私は、小さくため息をついた。
「もう私……有里、ううん……私自身しか見ることができなくなってる」
好きと言う言葉が溢れて止まらない。
ずっと一緒にいたい、ずっと有里を見ていたい、ずっと傍に、ずっと隣に、ずっと二人だけで……。
「……今度は、そっちが寝てるの?」
顔を上げた私の視界に入るのは、私が私の身体を挟んで、見下ろしている姿。私は、そんなもう一人の私の姿に笑みが自然と毀れてしまう。本当に……私、私が好きなんだ。
「私……あんたが好き」
「い、いきなり何言ってるのよ?!」
もう一人の私は、その言葉に、頬をかきながら私から一度視線を外した。そして、改めて私の方を見つめなおす。
「私も……あんたのこと、有里のこと大好きだよ」
「……そうだよね、きっと私達は……お互いのことずっと、そう思いつづけるんだろうね」
「なにいってるのさ?ずっと、そうに決まっ……有里、あんたまさか……」
もう一人の私が私の想っていることに気が付いた。
さすが私……よくわかってくれている。本当に……以心伝心できちゃうんだよね、私たちは。
そこも……私の好きなところのひとつかな。
「このままじゃ……私達、苦しむだけだよ」
理由は簡単だ。
私たちはもう、私達しか見たくなくなってきている。
いつか、それは学校にも通わなくなって、ずっと部屋で、ずっと二人しか知らない場所で、ずっとずっと……お互いのことだけしか見れなくて。そんなことになったら、幸せだろう。きっと……ううん、絶対に幸せだとおもう。だけど、それじゃあ生きていけない。お金は誰が稼ぐの?学校はしっかり通えるの?私たちが一緒にいて、お互いしか見れなければ絶対にそうなる。ただでさえ……私は、もう有里が誰かと一緒にいるということだけで焼きもちを焼いてしまって、もう少しすればきっと、他の誰に対しても、有里を離したくなくて……。
「私の大好きな有里が壊れちゃう……」
もう一人の私が、私から離れて……背中を見せる。
「私達、別れよう?」
もう一人の私は、私の言葉に、何も言わずに振り返る。
私は溢れる涙を我慢できずに、零している。
「このままじゃ……本当に、私達……壊れちゃうよ」
「有里……」
「好き」
「……」
「私は、あんたが大好き。だから……壊れてほしくない」
「……私だって、あんたが大好きだよ。だから……」
私たちは恋人を解消した。
そうしなければ……もう限界だったから。
好きと言う言葉が溢れて、もう後のことは何も考えられなかったから。だからこれでいい。これで、私たちは元の私達に戻れるはずだから。これでいいんだ。
「おはよう……有里」
「有里……おはよう」
ベッドの上で目を覚ました私たちは、時計を止めると、二人で一緒に眠っているベッドから身を起こすと同時に、二人で視線を絡み合わせながら、手を伸ばして、そっと顔を近づける。それはいつもの挨拶。いつも朝起きて最初に、大好きな人と触れ合うことが私たちの日課となっていたから。顔を近づける私たちは……そこで、あわてて互いの顔の間に腕を伸ばして肩を掴む。
「だ、ダメでしょ……」
「つ、付き合ってもいないのに、な、なにをしようとしているんだか……」
私たちは頬を染めながら、互いから視線をそらす。
そこからはもう、苦難の連続だった。日ごろやっていたことがすべてできない。
恋人繋ぎをして誰にもバレないように登校したり
授業をさぼってずっと屋上で抱きしめ合っていたり
私同士で、キスしたいって……心で言い合うのが分かるから、それに合わせて唇を重ね合ったり。
そんな、私たちにとっては日常茶飯事だったことすべてができなくなった。
学校の喜多村有里という存在を二人で交互に役割を行うこと。
「それじゃあ、今日は私の番だから、待っていてね」
「うん、後で入れ替わろう。それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい……」
私たちはお互いの視線を絡み合わせながら、互いの肩を掴んで目を閉じてゆっくりと顔を近づけ……。
「だ、駄目!」
「あ、危ない!」
「はあ、はあ……い、いってらっしゃい」
「い、いってきます」
私たちは息を切らしながら、学校に向かい、家にと残る。
独りになった有里は、自分がひどく苛立っていることに気が付いた。それは、もう一人の自分と触れあえないつらさ……。
「ダメ!ダメだってば……」
「決めたんだ、私は……」
互いに別々の場所でそう告げあいながら……。
でも……胸が痛くて、苦しくて、切なくて……。私たちは別々の場所で全く同じように、胸元を手で抑えていた。
「「辛いよ……苦しい」」
私は、家の玄関で膝を落としてその瞳から滴を零し……。
私は、家から出たマンションの壁に背中を押し当てて、しゃがみこんで……滴を落とす。
一週間後
「ただいま」
「おかえり」
顔を見合わせた私たちは、笑顔を向けあう。
「お風呂沸かしておいたから一緒にはいろう?」
「い、一緒はまずいんじゃない?だって、ほら私達別に付き合ってるわけじゃないし」
「そ、そっか。そうだよね。ごめんごめん、変なこと言っちゃって」
「う、ううん。いいの……それより、今度の日曜日さ、一緒にデート付き合ってほしくて」
「で、デート?デートはまずいんじゃないかな。だって、ほら私達別に付き合ってるわけじゃないし」
「そ、そっか。そうだよね。ごめんごめん、変なこと言っちゃって」
「……」
「……」
私たちはお互いに背中を向ける。
その視線を落として、涙をこぼさないようにするのが精いっぱいだった。
「ねえ……私」
「ん……?」
私たちは互いの背中を向けたまま、口をあける。
「辛いね」
「……うん」
私たちは、震えた声で告げ合った。
それはもう私たちの心の限界が近づいていたのかもしれない。
その一週後
「……ただいま」
「おかえり……」
私たちは、お互いを見つめ合いながら、乾いた表情を向けることしかできなくなってしまっていた。
その表情は苦しさと辛さと哀しみでいて。
きっとそれは自分も同じように相手に向けているんだなとそう想った。
「「ねえ……」」
私たちは顔を見合わせる。
「もう、無理」
「……私も、もう……限界」
「言い出しておいて、それなわけ?」
「そっちだって、一緒でしょ?」
私は大きくため息をつく。
部屋のベッドの上に、2人で座る。
「有里が好きすぎて……もう、周りの何もかもを見たくなくて……私、だけかな。私だけがおかしくな……」
「違う!」
私の弱弱しい声に、もう一人の私が声を荒げる。
「私だって、あんたが好き。有里……あんたが好きで。叶うことなら……二人でずっと一緒にいたいに決まってる!!だって、私とあんたは……同じ喜多村有里でしょ。見た目だって、心だって……一緒に決まってる」
「……有里」
「自分だけとか、そんなさびしいこと言わないでよ。苦しいことだって、辛いことだって……私たちは何でも共有できるんだからさ」
「だから、だからなの!!」
「……」
「このままじゃ、本当に私たちは壊れちゃう。本当にもう周りが見えなくなっちゃう」
「……いいよ」
もう一人の私が、私の身体を抱きしめた。
彼女のぬくもりに私は、もう何も考えられなくなってしまう……。私と私、同じ体と心を持った二つの身体が、互いを引き合う。
「……我慢できた?」
もう一人の私の問いかけに、私は口をあける。
「……できなかった」
「でしょ?……だって、私もね、こうして抱きしめていないと、涙が出るくらいに弱っちゃってるんだからさ」
「……」
「こんなにお互いにお互いのこと好きになっちゃってるんだもん。離せないよ」
「でも……有里、私ね。もう本当に……あんたのことしか見えないの。もうほかの人なんて、どうでもよくて……このままじゃ、私達生活できないよ」
「それでもいい……、あんたと別れなくちゃいけないくらいなら、私……死んでもいい」
「……有里」
私は、その瞳から滴を零す。
嬉しい。
私はこんなにも、大好きな人から愛されていて……嬉しいよ。
でも、本当にこれでいいのかな。
私達、本当に……もう二人でしかいたくないって思っちゃっていて……。
どうすることもできなくて……。
「……そういえば、まだ言ってなかった」
「え?」
「改めて……」
「もう……律儀な奴」
私たちは微笑みながら改めて相手の肩にと両手を置いて、顔を見つめ合う。
「「私と付き合って……」」
「あんたのことが」
「大好きだから」
私たちは笑顔を見せ合って、そのままベッドの海にと沈んでいく。
もう、そのときには……この後のことなっか何も考えらえなくなっていて。
ただ、目の前の彼女と一緒にいたいって。
それしか考えられなくて。
「そして……」
「……それで」
「結婚……して」
震えた声で、涙を零して私たちは、お互いに向けて言った。
その言葉に私たちは、満面の笑みを浮かべる。
「私」は『私』と恋をする。
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