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1巻
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◇◇◇
異世界生活二日目。
目が覚めると、すでに日は昇りきっていて、テントの中には私一人だった。
テントを出ると、ちょうど食事の準備が終わったところだったようで、私を起こしに来たアルトさんと鉢合わせた。
「おはようございます。きのう、ごはんのあとすぐにねちゃってごめんなさい。テントまではこんでくれてありがとうございました」
「おはよう。昨日はたくさん泣いて疲れてたもんね。どういたしまして。さぁ、朝ごはんにしよう」
「うっ。ないちゃったことはわすれてください。……あさごはんありがとうございます。いただきます」
大声を出して泣いてしまったことを思い出して、顔が熱くなった。ううっ。精神年齢は大人のままなのにあんなに取り乱して泣くなんて……。何か衝撃があると大人の精神がどこかへ行っちゃうみたい。頑張って大人の精神を保とうと、密かに決意した。
朝ごはんは、昨日の残りのスープに黒パン、近くの木に実っていた果物だ。
なんの実だろう? 見た目は桃っぽいけど。鑑定とかできないかな……と思っていたら、頭の中に情報が浮かんできた。
《ピーモ》
どこでも育つ木に実る、甘い果実。皮が濃いピンクになった頃が食べ頃。薄い色の実はものすごくすっぱい。
鑑定、できちゃった。何これ、チート? 鑑定って、なんとなくレベルが高い人しかできないイメージだけど。とりあえずこの世界の常識を覚えるまでは黙っておこう。ないとは思うけど、誰もできないことだったりしたら、面倒くさいことになりそうだし。
人のことも鑑定できるのかな? ちょっと気になるけど、勝手に鑑定するのは駄目だよね。人の個人情報、盗み見てるみたいでなんか嫌だし。……あ、自分のことも鑑定できるのかな? 一人の時間ができたらやってみよっと。
「どうした、チナ。ボーッとして」
「あっ。なんでもないです。……ん~! このくだもの、おいしいです!」
ピーモは見た目だけじゃなくて味も桃に似ていて、とても美味しかった。しめじっぽいきのこといい、桃っぽいピーモといい、この世界の食べ物は前の世界に似たものが多いのかな。それはちょっと嬉しいな。
食事が終わったらみんなで話し合いだ。今日から町に向かって進んでいく。ここから町までは大人の足だと一日あれば着くらしい。ただ、今回は私もいるので余裕を持って二日かけて進んでいくそうだ。
「あの、さんにんはこのもりで、なにしてたんですか? このまま、まちにむかってしまって、だいじょうぶですか?」
私はずっと気になっていたことを聞いてみた。まあ、私がいる状態じゃ、町に行くしかないだろうけど。
「大丈夫だよ。僕たちはお仕事でここに来てたんだけど、お仕事も終わって、もう帰ろうかってところでチナちゃんに会ったから」
「そうそう。仕事が思ったより早く終わったからな。時間には余裕がある。軽く探索でもしながらのんびり帰ろうって話してたところだったんだ。だから、あんまり予定は変わってないな。チナが気にすることは何もないぞ」
もしかしたら、私に気を遣ってそう言っただけかもしれないが、気持ちが少し楽になった。
「ありがとうございます。じゃあ、これからまちまで、よろしくおねがいします」
そう答えると、アルトさんが少し眉を下げて悲しそうに微笑んだ。どうしたんだろうと思って首を傾げると、アルトさんが口を開いた。
「……ねぇ、チナちゃん。そんなにかしこまって喋らなくていいんだよ? もっと気楽に話してくれた方が嬉しいな」
カイルさんとライさんも大きく頷いている。
「わかりま……じゃなくて、わかった。ありがと」
少し照れくさかったけど、三人とも満足そうに頷いて順番に頭をなでてくれる。私も、みんなと少し仲良くなれたような気がして嬉しかった。
「よし! じゃあ出発するか! チナはライに抱えてもらえ」
二回も転んだ前科からか、カイルさんにそう言われる。
確かに今の私では、一日中歩き続けるっていうのは難しいだろうから、素直に頷く。
「うん! ライさん、おねがいします!」
カイルさんの言葉に頷くと、ライさんが眉をしかめ、少し不機嫌そうな顔で見つめてくる。
「ご、ごめんなさい。ちゃんとあるけるようにれんしゅうします」
「……そうじゃない。抱っこはいつでもする。ていうかしたい」
「…………?」
「……ライさん、ってなんかやだ」
「じゃあ……ライくん?」
表情は変わらないけど、心なしか目をキラキラさせたライくんが両手を広げる。ライくんに近づいて首に腕を回すと、スッと持ち上げられる。あまり筋肉はついてなさそうに見えたけど、かなり力はあるらしい。軽々持ち上げられたことに少し驚いた。
◇◇◇
先頭はカイルさん、真ん中に私を抱いたライくん、後ろにアルトさんの順番で並んで歩く。川に背を向け、まっすぐに草原をかき分けて進んでいく。
ライくんに抱えられて視界が開けたことで、周囲がよく見えるようになった。でも、視界に映るのは草と木のみ。代わり映えしない景色が続く。
そんな中でも、まっすぐに迷いなく進んでいくカイルさん。この代わり映えしない景色だと、そのうち迷いそうだ。カイルさんはどうやって道を把握しているんだろう?
ふと、探索魔法なんてものがあったな、と思い出した。確か、私が読んだ本で主人公は軽々と探索魔法を使っていた。冒険小説では定番の魔法だろう。無意識に鑑定が使えたチート臭い私だったら、使えるんじゃないだろうか……?
そういえば、コウモリは発した超音波の反射で地形を把握しているんじゃなかったっけ……と思い出し、周囲に魔力を放つイメージをする。そもそも魔力について何も知らないのだが、魔法はイメージが大事ってよく聞くし……なんて自分に言い訳をしながら。
その時、何かが引っかかったような感覚がした。意識してその感覚を探ってみると、頭の中に地図が浮かぶ。――まじか、できちゃったよ…………。
ポツポツと木が連なり、背後には大きな川。その後ろに複雑に絡み合った木々があるのが分かる。範囲は……半径一キロメートルくらいは分かるんじゃないだろうか? やっぱりチート……?
なんてことを考えていると、突然カイルさんが進む方向を変える。何を目印に……!? と静かに驚く。私が探索している範囲には何も変わったことはない。木々が点々としている以外には何もない、ただの草原だ。カイルさんの探索が私のよりも広い範囲に及ぶものだからなのか、それとも私には見えない何かが見えているのか……。内心首を傾げる。
そこで私は、冒険小説にはもう一つ定番魔法があったことを思い出した。その名も、索敵魔法。何を隠そう、これさえあれば敵の数、位置、強さが丸分かりなのである。初期魔法にして最強魔法だ。
ただ、これはイメージが難しい。探索魔法の方はコウモリ大先生というお手本があったからすぐにできたが、索敵とは……。そもそも敵意なんて曖昧なもの、どう感知すればいいのか。この世界での魔法の概念を、私は全然知らない。魔物がいる、というのは昨日のカイルさんとアルトさんの会話でなんとなく分かったけど、そもそもその魔物がどういったものか、分からないのだ。ただただ凶暴な生き物なのか、それとも魔力を持った生き物なのか、はたまた形のない魔の者という概念なのか……。
うん、考えても分からん! 私は開き直った。知らないことを考え続けてもしょうがない。これは聞くしかない。とはいっても、今話しかけるのは迷惑じゃないだろうか? 魔物がいる世界なんだし、多分、常に警戒しながら歩いてるんだよね……? と思いながら顔を上げると、バチッとライくんと目が合う。
目が合ったことにびっくりして固まっていると、ライくんがゆっくりと口を開く。
「……面白いね」
「え、なにが?」
思わず心の声がそのまま漏れてしまった。
「……百面相」
どうやら私は観察されていたらしい。考えていることが全て表情に出ていたようだ。恥ずかしくて顔が熱くなる。
「……真っ赤」
言わなくていいよ! 分かってるよ! 私はライくんの肩に顔を埋めた。恥ずかしすぎる……。
「あー、駄目だな」
唐突にカイルさんが呟く。
「どうしたの?」
アルトさんが問いかけると、カイルさんが立ち止まって振り返る。ライくんとアルトさんも立ち止まり、アルトさんがライくんの横に並んだ。
「魔物だ。なるべく遭遇しないように避けてきたんだが、この先にいるのを避けられそうにない」
やっぱり。カイルさんが進む方向を変えていたのは、魔物を避けていたかららしい。悩ましげにチラッとこちらを見るのは、私に配慮してくれているからだろう。やっぱり、優しい人たちだ。
「……ああ、あれか。僕だけ先に行ってこようか?」
何かを考えていたアルトさんが「ちょっとコンビニ行ってくる」くらいの気軽さでそう言う。ギョッとした私とは反対に、カイルさんとライくんは頷いた。
「そうだな。そうするか」
私は慌てて声をかけた。
「え、だいじょうぶなの!? まものでしょ!?」
魔物が何かは分かっていない私だが、危険なものであることは分かる。一人で行かせるなんて大丈夫なのだろうか。
私が相当不安そうな顔をしていたのか、カイルさんとアルトさんが突然吹き出した。
「ふふっ。心配してくれてるの? 大丈夫だよ。こう見えても結構強いから、僕」
「なんなら見学するか? チナが怖いかと思って迷ってたんだが、その様子じゃアルトを一人で行かせる方が心臓に悪そうだ」
え、そんな感じ? なんか、かなり余裕そう? なんの気負いもない三人を見てあっけに取られる。そんな感じなら、見学……してみようかな?
「よし、じゃあ行くか。怖かったら目を瞑ってていいから、暴れるのと大声を出すのはやめろよ。危ないからな」
分かった、と頷く。
今度はアルトさんを先頭にして、カイルさんは後ろだ。
三百メートルくらい歩いただろうか。少し先の木の陰に動くものが見えた。
「いたな」
「じゃあ、チナちゃんはここで待っててね。ライから離れちゃ駄目だよ」
アルトさんは私の頭をひとなでして、颯爽と駆けていく。瞬きする間もなく抜いた剣は、敵に気づかれる前にその命を奪った。近くにいた魔物の仲間がようやくアルトさんに気づく。一頭が右から飛びかかり、牙を剥き出しにして噛みつこうとした。
私は恐怖に身を硬くしたが、アルトさんはスラッと後ろに避け、剣を一振り。見事命中して魔物はドサッと崩れ落ちる。
その隙に、正面の一頭と左の一頭が同時に飛びかかる。悲鳴を上げそうになった口を両手で押さえ込み、私は息を詰めた。
アルトさんは正面の一頭を剣で受け流しながら左手はもう一頭に突き出す。アルトさんが何かを呟いた声が聞こえた直後、水の刃が魔物を真っ二つに切り裂いた。受け流された一頭は尻尾を巻いて逃げていく。
あっという間の出来事だった。剣についた血を払ったアルトさんは、それを鞘に収め、こちらを振り返る。
「終わったよー!」
私たちはアルトさんの元へ集まる。
足元には倒れた魔物が三頭。なかなかにグロい。魔物はオオカミの姿をしていた。灰色で、大型犬くらいの大きさだ。
そして、この魔物たちは黒いモヤのようなものを纏っていた。これが魔物の特徴なのだろうか。息絶えた魔物たちからは、そのモヤが少しずつ霧散しているように見える。
完全に消えてしまう前に急いで鑑定してみると、このモヤは魔力だということが分かった。魔物特有の魔力であるらしい。詳しいことは分からなかったが、それで十分だ。索敵ではこの魔力を探せばいいだろう。できるかは分からないけど……。
「チナちゃん、大丈夫だった?」
私がじっと魔物の亡骸を見つめていると、アルトさんがかがんで私の顔を覗き込んできた。
突然現れたアルトさんの顔にびっくりして、少しのけぞる。ライくんにもたれかかった私の口からは、無意識に言葉が出ていた。
「アルトさん、すごいねぇ」
アルトさんは苦笑いで「大丈夫そうだね」と私の頭をなでる。
「……俺も」
唐突にライくんが口を開いた。ん? アルトさんになでてほしいの?
「……俺も、あれくらいは、余裕」
あ、そっちか。アルトさんに対抗意識を向けるライくん。反抗期真っ盛りの弟みたいで可愛い。私の右手は自然とライくんの頭に乗っていた。
「ライくんも、すごいねぇ」
黙ってなでられるライくん。可愛すぎる。
「そろそろ行くぞ」
カイルさんが魔物の亡骸を鞄にしまいながら言う。明らかに魔物より小さな鞄だが、亡骸はスルッと消えてしまった。おそらく収納魔法つきの鞄なのだろう。実は昨日、テントや調理道具がそこからスルスルと出てくるのを見ていたのだ。欲しい……。とはいっても、今の私はそこに入れる荷物を何一つ持っていないんだけど。
血に濡れた地面を、アルトさんが魔法で出した水で洗い流す。そして再び、カイルさん、私を抱えたライくん、アルトさんの順で歩き出した。目的の町は、まだまだ先だ。
◇◇◇
途中で野営を行い、異世界生活三日目の朝が来た。
代わり映えのない景色に、体力より先に精神がやられそうである。
今日は抱っこじゃなくておんぶをお願いした。昨日、私の百面相を見られてものすごく恥ずかしかったのだ。自分がこんなに顔に出るタイプだなんて知らなかった。それに、抱っこよりもおんぶの方がライくんも楽だと思うからね。
さて、ライくんの背中で暇になった私は魔法の練習中だ。昨日は分からなかった索敵魔法ができるようになりたい。索敵に引っかかってほしいのは魔物だ。
魔物は昨日、偶然にも見ることができた。黒いモヤを纏った、オオカミの魔物。ほぼ全ての魔物が、あのモヤを纏っているという。ということは、あのモヤを察知することができれば、魔物の居場所が分かるということだ。
昨日見た魔物を思い出し、あのモヤの魔力を思い浮かべる。――ほの暗くて、ひんやりとした嫌な感じのする魔力……。探索魔法と同じように、周囲に神経を張り巡らせてそれを探す。
……見つからない。まあ、そもそも魔物が近くにいなければ分からないもんね。これで合っているかも分からないが、見つかるまで続けてみよう。
時々休憩を挟みながら、ぐんぐん突き進んでいく。
お昼を過ぎた頃だろうか。索敵に、微弱ではあるが反応があった。正面方向に五つほど、小さな冷たい魔力を感じる。
「チナ、見てみろ」
カイルさんが指し示したのは、私が魔力を察知した方向だった。そこには小さなウサギのような生き物が数羽。黒、白、茶色の子がいる。
「かわいい……!」
ウサギを驚かせないように小声で呟いた。ピョコピョコと飛び跳ねるウサギは、毛がモコモコで目がクリクリの愛らしい見た目をしている。
「よく見てみろ」
そう言われ、じっと目を凝らしてウサギを観察する。ウサギにバレないよう遠めからだったので、最初はよく分からなかったけど、そのウサギには僅かにモヤがまとわりついていた。
「――え、まもの……?」
確かに、私が感知していた魔力とも場所が一致している。
「気をつけろ。あんなに可愛らしい姿をしていても、あいつらは凶暴な魔物だ。ああいった類の魔物に、何も知らず近づいた子供が襲われる事件はよく聞く」
見た目に騙されてはいけない、ということか。あれは仲良くなれるようなものではない。容赦なく人を襲うし、死に至らしめるだけの力もある危険な魔物だということだ。
私たちは、ウサギの魔物に気づかれる前に遠回りをして、そこから離れた。相手が人を襲う魔物であったとしても、無駄な殺生はしない。それがカイルさんたちの方針だそうだ。
こうして、避けられる魔物は避け、避けられない魔物は倒しながら進んでいく。
夕方になる前には森を抜け、日が暮れる前に目的の町に辿り着いた。
3
「チナ、見えてきたぞ。あれが、ルテール町の入り口だ」
ここはルテール町というらしい。そういえば聞いてなかったな、目的地の町の名前。
門の前には、冒険者や商人、旅人らしき人がたくさん並んでいた。
「ひとが、いっぱいだね」
「ああ、ここはわりと大きめな町だからな。門のところで兵士が町に入る人を確認してるんだ。あそこに並んで身分証を提示しないと町には入れない」
なるほど、犯罪者を町に入れないようにするためか。町に住む人々を守るためには大切な制度だ。ただ……。
「わたし、みぶんしょうもってない……」
身分証どころか、着の身着のまま無一文なんだけど、ここまで連れてきてくれたってことは、何か入る方法があるんだよね……? もしかして、このまま兵士さんに引き渡されたりするのかな?
ここまで来たはいいものの、これから私がどういう扱いになるのか分からなくて不安になる。
「大丈夫だよ。身分証がなくても、お金を払って、悪いことをしてないか調べられる水晶板に手をかざすんだ。それで、悪いことしてないって分かれば町に入れる」
アルトさんのその言葉を聞いてホッとした。ひとまず町には入れそうだ。
「わかった。じゃあ、まちにはいるためのおかねかしてください。しゅっせばらいでかえします」
「チナちゃん、難しい言葉知ってるんだね」
私の出世払いという発言に、みんなクスクス笑っている。私は真面目に言ってるのに。
そこで突然、カイルさんが慌てたように声を上げた。
「あ、そうだ、ライ。チナに外套貸してやれ」
「がいとう? なんで?」
「チナのその容姿は目立つからだ。下手に注目を浴びたくないし、無駄に危険に晒したくもない。少し窮屈かもしれないが、我慢してくれ」
「あ、そっか。わかった……ライくんありがと」
私の安全を考えてくれての提案だった。まだ会ったばかりの私にこんなに良くしてくれるなんて……。これからどうなるかは分からないけど、三人と離れることになるならすごく寂しい。離れたくないな……。
ライくんに借りた外套に身を包み、抱え上げられる。正直、大きすぎて外套を着ているというより、毛布に包まれた荷物みたいになっていた。
外套の隙間から外を覗き見ると、何故か三人は列を無視して前に進んでいく。
塀の下まで来ると、行列ができている大きな門とは別に、人が二、三人は同時に通れそうな大きさの扉があった。
「俺たちみたいにここらで活動している冒険者には、専用の出入り口があるんだ。いちいちあそこに並んでいたら、仕事に支障が出るからな」
なるほど。よくできた仕組みだと思う。扉の横には小窓がついており、そこから兵士さんらしき男性の顔が見えた。
「あっ! カイルさん、アルトさん、ライさん。おかえりなさい!」
「おう、ただいま。悪いが水晶板を出してくれ」
三人はサッと身分証を提示し、兵士さんが確認した後すぐにしまってしまった。
「はい、確認しました……水晶板ですね。はい、こちらに手をかざしてください」
兵士さんはサッと透明な板を出す。ライくんに促されて私が手をかざすと、板は青色に光った。
「はい、大丈夫ですね」
「ああ。確か、銀貨二枚だったか?」
「はい……銀貨二枚、ちょうどですね。どうぞ、お通りください」
「ああ、ありがとな。お疲れさん」
兵士さんはニコッと笑ってお辞儀をする。すると、扉が静かに開いた。
「カイルさんたち、あのへいしさんと、しりあいだったの?」
「ん? ああ、違うぞ。俺たち、実はちょっと有名なんだよ……まあ、この話は後でな。とりあえず、ギルドに向かうぞ」
有名人……。すごく強いから? 私は、すごい人たちに拾ってもらったのかもしれない。
扉をくぐるとそこは、想像以上に栄えている町だった。尖った三角屋根の建物が両脇に連なった広い道には、人々がひしめき合っている。噴水前にいる吟遊詩人、その反対側には大道芸人。串焼きの屋台に、手作りアクセサリーの露店。いかにも、ファンタジーな街並みだ。
思わずライくんの腕から身を乗り出して、キョロキョロと周りを見ていると、腕の中に押し戻される。
「……チナ。危ない」
「落ち着けチナ。ゆっくり見て回る時間は、たくさんあるから。今は大人しくしとけ」
「そうだよ、チナちゃん。町に来て興奮する気持ちは分かるけど、まずはギルドに行かなきゃいけないからね」
全員に注意されてしまった……。少し興奮しすぎて、子供っぽさが全面に出ていたらしい。
シュンとして俯いていると、カイルさんにフードの上から乱暴に頭をなでられた。
「……後で連れてきてやるから、そんなに落ち込むな。どこ行きたいか、考えておけよ」
「……! うん! ありがとう、カイルさん!」
私はこんなに単純だっただろうか……。
◇◇◇
町並みを眺めながら少し歩くと、冒険者ギルドに辿り着いた。両開きの扉が大きく開放されている、大きな建物だ。
ギルドの中は、広いロビーの正面に受付カウンター、右側の壁にはたくさんの依頼書が貼り出されている。左側には食堂もあって、数人の冒険者が食事をしている。
「あれ、あんまりひといないんだね」
「まだ外で活動できる時間帯だからね。もう少しすると、たくさんの冒険者で溢れ返るよ。チナちゃんは潰されちゃいそうだから、絶対に一人で来たら駄目だからね」
何それ怖い。少し震えながらコクコクと頷く。
受付カウンターに行くと、綺麗なお姉さんが対応してくれた。
「おかえりなさいませ。カイル様、アルト様、ライ様」
「ああ、ただいま。ギルマスいるか?」
「はい。お呼びいたしますので、少々お待ちください」
お姉さんが奥の部屋に入っていったが、すぐに戻ってきた。その後ろから、筋骨隆々の大きな男の人が出てくる……すごいマッチョだ。
「よぉ。今、時間あるか?」
「ああ、なんだ? お前から会いに来るなんて珍しいな」
「まぁ、ちょっとな」
「……分かった。上で話そう」
ギルマスさんに見られている気がしたから、ペコリとお辞儀しておいた。第一印象、大切。ギルマスって、ギルドマスターのことだよね? 上の人には媚びておくべきだ。
異世界生活二日目。
目が覚めると、すでに日は昇りきっていて、テントの中には私一人だった。
テントを出ると、ちょうど食事の準備が終わったところだったようで、私を起こしに来たアルトさんと鉢合わせた。
「おはようございます。きのう、ごはんのあとすぐにねちゃってごめんなさい。テントまではこんでくれてありがとうございました」
「おはよう。昨日はたくさん泣いて疲れてたもんね。どういたしまして。さぁ、朝ごはんにしよう」
「うっ。ないちゃったことはわすれてください。……あさごはんありがとうございます。いただきます」
大声を出して泣いてしまったことを思い出して、顔が熱くなった。ううっ。精神年齢は大人のままなのにあんなに取り乱して泣くなんて……。何か衝撃があると大人の精神がどこかへ行っちゃうみたい。頑張って大人の精神を保とうと、密かに決意した。
朝ごはんは、昨日の残りのスープに黒パン、近くの木に実っていた果物だ。
なんの実だろう? 見た目は桃っぽいけど。鑑定とかできないかな……と思っていたら、頭の中に情報が浮かんできた。
《ピーモ》
どこでも育つ木に実る、甘い果実。皮が濃いピンクになった頃が食べ頃。薄い色の実はものすごくすっぱい。
鑑定、できちゃった。何これ、チート? 鑑定って、なんとなくレベルが高い人しかできないイメージだけど。とりあえずこの世界の常識を覚えるまでは黙っておこう。ないとは思うけど、誰もできないことだったりしたら、面倒くさいことになりそうだし。
人のことも鑑定できるのかな? ちょっと気になるけど、勝手に鑑定するのは駄目だよね。人の個人情報、盗み見てるみたいでなんか嫌だし。……あ、自分のことも鑑定できるのかな? 一人の時間ができたらやってみよっと。
「どうした、チナ。ボーッとして」
「あっ。なんでもないです。……ん~! このくだもの、おいしいです!」
ピーモは見た目だけじゃなくて味も桃に似ていて、とても美味しかった。しめじっぽいきのこといい、桃っぽいピーモといい、この世界の食べ物は前の世界に似たものが多いのかな。それはちょっと嬉しいな。
食事が終わったらみんなで話し合いだ。今日から町に向かって進んでいく。ここから町までは大人の足だと一日あれば着くらしい。ただ、今回は私もいるので余裕を持って二日かけて進んでいくそうだ。
「あの、さんにんはこのもりで、なにしてたんですか? このまま、まちにむかってしまって、だいじょうぶですか?」
私はずっと気になっていたことを聞いてみた。まあ、私がいる状態じゃ、町に行くしかないだろうけど。
「大丈夫だよ。僕たちはお仕事でここに来てたんだけど、お仕事も終わって、もう帰ろうかってところでチナちゃんに会ったから」
「そうそう。仕事が思ったより早く終わったからな。時間には余裕がある。軽く探索でもしながらのんびり帰ろうって話してたところだったんだ。だから、あんまり予定は変わってないな。チナが気にすることは何もないぞ」
もしかしたら、私に気を遣ってそう言っただけかもしれないが、気持ちが少し楽になった。
「ありがとうございます。じゃあ、これからまちまで、よろしくおねがいします」
そう答えると、アルトさんが少し眉を下げて悲しそうに微笑んだ。どうしたんだろうと思って首を傾げると、アルトさんが口を開いた。
「……ねぇ、チナちゃん。そんなにかしこまって喋らなくていいんだよ? もっと気楽に話してくれた方が嬉しいな」
カイルさんとライさんも大きく頷いている。
「わかりま……じゃなくて、わかった。ありがと」
少し照れくさかったけど、三人とも満足そうに頷いて順番に頭をなでてくれる。私も、みんなと少し仲良くなれたような気がして嬉しかった。
「よし! じゃあ出発するか! チナはライに抱えてもらえ」
二回も転んだ前科からか、カイルさんにそう言われる。
確かに今の私では、一日中歩き続けるっていうのは難しいだろうから、素直に頷く。
「うん! ライさん、おねがいします!」
カイルさんの言葉に頷くと、ライさんが眉をしかめ、少し不機嫌そうな顔で見つめてくる。
「ご、ごめんなさい。ちゃんとあるけるようにれんしゅうします」
「……そうじゃない。抱っこはいつでもする。ていうかしたい」
「…………?」
「……ライさん、ってなんかやだ」
「じゃあ……ライくん?」
表情は変わらないけど、心なしか目をキラキラさせたライくんが両手を広げる。ライくんに近づいて首に腕を回すと、スッと持ち上げられる。あまり筋肉はついてなさそうに見えたけど、かなり力はあるらしい。軽々持ち上げられたことに少し驚いた。
◇◇◇
先頭はカイルさん、真ん中に私を抱いたライくん、後ろにアルトさんの順番で並んで歩く。川に背を向け、まっすぐに草原をかき分けて進んでいく。
ライくんに抱えられて視界が開けたことで、周囲がよく見えるようになった。でも、視界に映るのは草と木のみ。代わり映えしない景色が続く。
そんな中でも、まっすぐに迷いなく進んでいくカイルさん。この代わり映えしない景色だと、そのうち迷いそうだ。カイルさんはどうやって道を把握しているんだろう?
ふと、探索魔法なんてものがあったな、と思い出した。確か、私が読んだ本で主人公は軽々と探索魔法を使っていた。冒険小説では定番の魔法だろう。無意識に鑑定が使えたチート臭い私だったら、使えるんじゃないだろうか……?
そういえば、コウモリは発した超音波の反射で地形を把握しているんじゃなかったっけ……と思い出し、周囲に魔力を放つイメージをする。そもそも魔力について何も知らないのだが、魔法はイメージが大事ってよく聞くし……なんて自分に言い訳をしながら。
その時、何かが引っかかったような感覚がした。意識してその感覚を探ってみると、頭の中に地図が浮かぶ。――まじか、できちゃったよ…………。
ポツポツと木が連なり、背後には大きな川。その後ろに複雑に絡み合った木々があるのが分かる。範囲は……半径一キロメートルくらいは分かるんじゃないだろうか? やっぱりチート……?
なんてことを考えていると、突然カイルさんが進む方向を変える。何を目印に……!? と静かに驚く。私が探索している範囲には何も変わったことはない。木々が点々としている以外には何もない、ただの草原だ。カイルさんの探索が私のよりも広い範囲に及ぶものだからなのか、それとも私には見えない何かが見えているのか……。内心首を傾げる。
そこで私は、冒険小説にはもう一つ定番魔法があったことを思い出した。その名も、索敵魔法。何を隠そう、これさえあれば敵の数、位置、強さが丸分かりなのである。初期魔法にして最強魔法だ。
ただ、これはイメージが難しい。探索魔法の方はコウモリ大先生というお手本があったからすぐにできたが、索敵とは……。そもそも敵意なんて曖昧なもの、どう感知すればいいのか。この世界での魔法の概念を、私は全然知らない。魔物がいる、というのは昨日のカイルさんとアルトさんの会話でなんとなく分かったけど、そもそもその魔物がどういったものか、分からないのだ。ただただ凶暴な生き物なのか、それとも魔力を持った生き物なのか、はたまた形のない魔の者という概念なのか……。
うん、考えても分からん! 私は開き直った。知らないことを考え続けてもしょうがない。これは聞くしかない。とはいっても、今話しかけるのは迷惑じゃないだろうか? 魔物がいる世界なんだし、多分、常に警戒しながら歩いてるんだよね……? と思いながら顔を上げると、バチッとライくんと目が合う。
目が合ったことにびっくりして固まっていると、ライくんがゆっくりと口を開く。
「……面白いね」
「え、なにが?」
思わず心の声がそのまま漏れてしまった。
「……百面相」
どうやら私は観察されていたらしい。考えていることが全て表情に出ていたようだ。恥ずかしくて顔が熱くなる。
「……真っ赤」
言わなくていいよ! 分かってるよ! 私はライくんの肩に顔を埋めた。恥ずかしすぎる……。
「あー、駄目だな」
唐突にカイルさんが呟く。
「どうしたの?」
アルトさんが問いかけると、カイルさんが立ち止まって振り返る。ライくんとアルトさんも立ち止まり、アルトさんがライくんの横に並んだ。
「魔物だ。なるべく遭遇しないように避けてきたんだが、この先にいるのを避けられそうにない」
やっぱり。カイルさんが進む方向を変えていたのは、魔物を避けていたかららしい。悩ましげにチラッとこちらを見るのは、私に配慮してくれているからだろう。やっぱり、優しい人たちだ。
「……ああ、あれか。僕だけ先に行ってこようか?」
何かを考えていたアルトさんが「ちょっとコンビニ行ってくる」くらいの気軽さでそう言う。ギョッとした私とは反対に、カイルさんとライくんは頷いた。
「そうだな。そうするか」
私は慌てて声をかけた。
「え、だいじょうぶなの!? まものでしょ!?」
魔物が何かは分かっていない私だが、危険なものであることは分かる。一人で行かせるなんて大丈夫なのだろうか。
私が相当不安そうな顔をしていたのか、カイルさんとアルトさんが突然吹き出した。
「ふふっ。心配してくれてるの? 大丈夫だよ。こう見えても結構強いから、僕」
「なんなら見学するか? チナが怖いかと思って迷ってたんだが、その様子じゃアルトを一人で行かせる方が心臓に悪そうだ」
え、そんな感じ? なんか、かなり余裕そう? なんの気負いもない三人を見てあっけに取られる。そんな感じなら、見学……してみようかな?
「よし、じゃあ行くか。怖かったら目を瞑ってていいから、暴れるのと大声を出すのはやめろよ。危ないからな」
分かった、と頷く。
今度はアルトさんを先頭にして、カイルさんは後ろだ。
三百メートルくらい歩いただろうか。少し先の木の陰に動くものが見えた。
「いたな」
「じゃあ、チナちゃんはここで待っててね。ライから離れちゃ駄目だよ」
アルトさんは私の頭をひとなでして、颯爽と駆けていく。瞬きする間もなく抜いた剣は、敵に気づかれる前にその命を奪った。近くにいた魔物の仲間がようやくアルトさんに気づく。一頭が右から飛びかかり、牙を剥き出しにして噛みつこうとした。
私は恐怖に身を硬くしたが、アルトさんはスラッと後ろに避け、剣を一振り。見事命中して魔物はドサッと崩れ落ちる。
その隙に、正面の一頭と左の一頭が同時に飛びかかる。悲鳴を上げそうになった口を両手で押さえ込み、私は息を詰めた。
アルトさんは正面の一頭を剣で受け流しながら左手はもう一頭に突き出す。アルトさんが何かを呟いた声が聞こえた直後、水の刃が魔物を真っ二つに切り裂いた。受け流された一頭は尻尾を巻いて逃げていく。
あっという間の出来事だった。剣についた血を払ったアルトさんは、それを鞘に収め、こちらを振り返る。
「終わったよー!」
私たちはアルトさんの元へ集まる。
足元には倒れた魔物が三頭。なかなかにグロい。魔物はオオカミの姿をしていた。灰色で、大型犬くらいの大きさだ。
そして、この魔物たちは黒いモヤのようなものを纏っていた。これが魔物の特徴なのだろうか。息絶えた魔物たちからは、そのモヤが少しずつ霧散しているように見える。
完全に消えてしまう前に急いで鑑定してみると、このモヤは魔力だということが分かった。魔物特有の魔力であるらしい。詳しいことは分からなかったが、それで十分だ。索敵ではこの魔力を探せばいいだろう。できるかは分からないけど……。
「チナちゃん、大丈夫だった?」
私がじっと魔物の亡骸を見つめていると、アルトさんがかがんで私の顔を覗き込んできた。
突然現れたアルトさんの顔にびっくりして、少しのけぞる。ライくんにもたれかかった私の口からは、無意識に言葉が出ていた。
「アルトさん、すごいねぇ」
アルトさんは苦笑いで「大丈夫そうだね」と私の頭をなでる。
「……俺も」
唐突にライくんが口を開いた。ん? アルトさんになでてほしいの?
「……俺も、あれくらいは、余裕」
あ、そっちか。アルトさんに対抗意識を向けるライくん。反抗期真っ盛りの弟みたいで可愛い。私の右手は自然とライくんの頭に乗っていた。
「ライくんも、すごいねぇ」
黙ってなでられるライくん。可愛すぎる。
「そろそろ行くぞ」
カイルさんが魔物の亡骸を鞄にしまいながら言う。明らかに魔物より小さな鞄だが、亡骸はスルッと消えてしまった。おそらく収納魔法つきの鞄なのだろう。実は昨日、テントや調理道具がそこからスルスルと出てくるのを見ていたのだ。欲しい……。とはいっても、今の私はそこに入れる荷物を何一つ持っていないんだけど。
血に濡れた地面を、アルトさんが魔法で出した水で洗い流す。そして再び、カイルさん、私を抱えたライくん、アルトさんの順で歩き出した。目的の町は、まだまだ先だ。
◇◇◇
途中で野営を行い、異世界生活三日目の朝が来た。
代わり映えのない景色に、体力より先に精神がやられそうである。
今日は抱っこじゃなくておんぶをお願いした。昨日、私の百面相を見られてものすごく恥ずかしかったのだ。自分がこんなに顔に出るタイプだなんて知らなかった。それに、抱っこよりもおんぶの方がライくんも楽だと思うからね。
さて、ライくんの背中で暇になった私は魔法の練習中だ。昨日は分からなかった索敵魔法ができるようになりたい。索敵に引っかかってほしいのは魔物だ。
魔物は昨日、偶然にも見ることができた。黒いモヤを纏った、オオカミの魔物。ほぼ全ての魔物が、あのモヤを纏っているという。ということは、あのモヤを察知することができれば、魔物の居場所が分かるということだ。
昨日見た魔物を思い出し、あのモヤの魔力を思い浮かべる。――ほの暗くて、ひんやりとした嫌な感じのする魔力……。探索魔法と同じように、周囲に神経を張り巡らせてそれを探す。
……見つからない。まあ、そもそも魔物が近くにいなければ分からないもんね。これで合っているかも分からないが、見つかるまで続けてみよう。
時々休憩を挟みながら、ぐんぐん突き進んでいく。
お昼を過ぎた頃だろうか。索敵に、微弱ではあるが反応があった。正面方向に五つほど、小さな冷たい魔力を感じる。
「チナ、見てみろ」
カイルさんが指し示したのは、私が魔力を察知した方向だった。そこには小さなウサギのような生き物が数羽。黒、白、茶色の子がいる。
「かわいい……!」
ウサギを驚かせないように小声で呟いた。ピョコピョコと飛び跳ねるウサギは、毛がモコモコで目がクリクリの愛らしい見た目をしている。
「よく見てみろ」
そう言われ、じっと目を凝らしてウサギを観察する。ウサギにバレないよう遠めからだったので、最初はよく分からなかったけど、そのウサギには僅かにモヤがまとわりついていた。
「――え、まもの……?」
確かに、私が感知していた魔力とも場所が一致している。
「気をつけろ。あんなに可愛らしい姿をしていても、あいつらは凶暴な魔物だ。ああいった類の魔物に、何も知らず近づいた子供が襲われる事件はよく聞く」
見た目に騙されてはいけない、ということか。あれは仲良くなれるようなものではない。容赦なく人を襲うし、死に至らしめるだけの力もある危険な魔物だということだ。
私たちは、ウサギの魔物に気づかれる前に遠回りをして、そこから離れた。相手が人を襲う魔物であったとしても、無駄な殺生はしない。それがカイルさんたちの方針だそうだ。
こうして、避けられる魔物は避け、避けられない魔物は倒しながら進んでいく。
夕方になる前には森を抜け、日が暮れる前に目的の町に辿り着いた。
3
「チナ、見えてきたぞ。あれが、ルテール町の入り口だ」
ここはルテール町というらしい。そういえば聞いてなかったな、目的地の町の名前。
門の前には、冒険者や商人、旅人らしき人がたくさん並んでいた。
「ひとが、いっぱいだね」
「ああ、ここはわりと大きめな町だからな。門のところで兵士が町に入る人を確認してるんだ。あそこに並んで身分証を提示しないと町には入れない」
なるほど、犯罪者を町に入れないようにするためか。町に住む人々を守るためには大切な制度だ。ただ……。
「わたし、みぶんしょうもってない……」
身分証どころか、着の身着のまま無一文なんだけど、ここまで連れてきてくれたってことは、何か入る方法があるんだよね……? もしかして、このまま兵士さんに引き渡されたりするのかな?
ここまで来たはいいものの、これから私がどういう扱いになるのか分からなくて不安になる。
「大丈夫だよ。身分証がなくても、お金を払って、悪いことをしてないか調べられる水晶板に手をかざすんだ。それで、悪いことしてないって分かれば町に入れる」
アルトさんのその言葉を聞いてホッとした。ひとまず町には入れそうだ。
「わかった。じゃあ、まちにはいるためのおかねかしてください。しゅっせばらいでかえします」
「チナちゃん、難しい言葉知ってるんだね」
私の出世払いという発言に、みんなクスクス笑っている。私は真面目に言ってるのに。
そこで突然、カイルさんが慌てたように声を上げた。
「あ、そうだ、ライ。チナに外套貸してやれ」
「がいとう? なんで?」
「チナのその容姿は目立つからだ。下手に注目を浴びたくないし、無駄に危険に晒したくもない。少し窮屈かもしれないが、我慢してくれ」
「あ、そっか。わかった……ライくんありがと」
私の安全を考えてくれての提案だった。まだ会ったばかりの私にこんなに良くしてくれるなんて……。これからどうなるかは分からないけど、三人と離れることになるならすごく寂しい。離れたくないな……。
ライくんに借りた外套に身を包み、抱え上げられる。正直、大きすぎて外套を着ているというより、毛布に包まれた荷物みたいになっていた。
外套の隙間から外を覗き見ると、何故か三人は列を無視して前に進んでいく。
塀の下まで来ると、行列ができている大きな門とは別に、人が二、三人は同時に通れそうな大きさの扉があった。
「俺たちみたいにここらで活動している冒険者には、専用の出入り口があるんだ。いちいちあそこに並んでいたら、仕事に支障が出るからな」
なるほど。よくできた仕組みだと思う。扉の横には小窓がついており、そこから兵士さんらしき男性の顔が見えた。
「あっ! カイルさん、アルトさん、ライさん。おかえりなさい!」
「おう、ただいま。悪いが水晶板を出してくれ」
三人はサッと身分証を提示し、兵士さんが確認した後すぐにしまってしまった。
「はい、確認しました……水晶板ですね。はい、こちらに手をかざしてください」
兵士さんはサッと透明な板を出す。ライくんに促されて私が手をかざすと、板は青色に光った。
「はい、大丈夫ですね」
「ああ。確か、銀貨二枚だったか?」
「はい……銀貨二枚、ちょうどですね。どうぞ、お通りください」
「ああ、ありがとな。お疲れさん」
兵士さんはニコッと笑ってお辞儀をする。すると、扉が静かに開いた。
「カイルさんたち、あのへいしさんと、しりあいだったの?」
「ん? ああ、違うぞ。俺たち、実はちょっと有名なんだよ……まあ、この話は後でな。とりあえず、ギルドに向かうぞ」
有名人……。すごく強いから? 私は、すごい人たちに拾ってもらったのかもしれない。
扉をくぐるとそこは、想像以上に栄えている町だった。尖った三角屋根の建物が両脇に連なった広い道には、人々がひしめき合っている。噴水前にいる吟遊詩人、その反対側には大道芸人。串焼きの屋台に、手作りアクセサリーの露店。いかにも、ファンタジーな街並みだ。
思わずライくんの腕から身を乗り出して、キョロキョロと周りを見ていると、腕の中に押し戻される。
「……チナ。危ない」
「落ち着けチナ。ゆっくり見て回る時間は、たくさんあるから。今は大人しくしとけ」
「そうだよ、チナちゃん。町に来て興奮する気持ちは分かるけど、まずはギルドに行かなきゃいけないからね」
全員に注意されてしまった……。少し興奮しすぎて、子供っぽさが全面に出ていたらしい。
シュンとして俯いていると、カイルさんにフードの上から乱暴に頭をなでられた。
「……後で連れてきてやるから、そんなに落ち込むな。どこ行きたいか、考えておけよ」
「……! うん! ありがとう、カイルさん!」
私はこんなに単純だっただろうか……。
◇◇◇
町並みを眺めながら少し歩くと、冒険者ギルドに辿り着いた。両開きの扉が大きく開放されている、大きな建物だ。
ギルドの中は、広いロビーの正面に受付カウンター、右側の壁にはたくさんの依頼書が貼り出されている。左側には食堂もあって、数人の冒険者が食事をしている。
「あれ、あんまりひといないんだね」
「まだ外で活動できる時間帯だからね。もう少しすると、たくさんの冒険者で溢れ返るよ。チナちゃんは潰されちゃいそうだから、絶対に一人で来たら駄目だからね」
何それ怖い。少し震えながらコクコクと頷く。
受付カウンターに行くと、綺麗なお姉さんが対応してくれた。
「おかえりなさいませ。カイル様、アルト様、ライ様」
「ああ、ただいま。ギルマスいるか?」
「はい。お呼びいたしますので、少々お待ちください」
お姉さんが奥の部屋に入っていったが、すぐに戻ってきた。その後ろから、筋骨隆々の大きな男の人が出てくる……すごいマッチョだ。
「よぉ。今、時間あるか?」
「ああ、なんだ? お前から会いに来るなんて珍しいな」
「まぁ、ちょっとな」
「……分かった。上で話そう」
ギルマスさんに見られている気がしたから、ペコリとお辞儀しておいた。第一印象、大切。ギルマスって、ギルドマスターのことだよね? 上の人には媚びておくべきだ。
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