fruit tarte

天ノ谷 霙

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暗闇 宵闇 救出譚

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私は男が嫌いだ。自分勝手で、女の子を振り回して、その責任は取らない。知らないわけない。気付いてないわけがない。自分のことを好きな女の子を裏切って、別の女の子と遊ぶ。両方を泣かせるって分かってて、自分の欲望のままに行動する。それが嫌いで、ずっと避けてきた。
あまね
私の名前を呼ぶ声がして振り向くと、大好きなりょう三峰みつみね 了がいた。了は女の子。正義感が強くて、優しい女の子。学園で起こった先生でも解決出来ない問題を代わりに解決している。かっこよくて、憧れの女の子。私は少し前から"誰も知らない部活"の「防犯部」に所属し始めた。部員は了と私だけ。秘密裏に動くのだから、あまり多くない方が良いって了が言っていた。私は了に選ばれた女の子なんだ。それが嬉しくて、前よりももっと了にくっついている。
「今日、一緒に帰りましょう」
…これは、依頼がある時の合図。2人で決めた、秘密のパスワード。依頼がある日はいつもより長く了といられる。それが嬉しくて、私は元気よく返事をした。そんな私を見て、一瞬困ったような表情を浮かべる了が見えた。
「了?」
「ん、何?」
いつも通りの表情に戻る了。私は気付かないふりをして、呼んでみただけ、と笑った。

南校舎西階段前。そこで13本の傷が重なり合った場所を了が押す。がこんっと音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。誰もいない誰も知らない秘密の場所。中にあるソファに腰掛け、向かいに座る了に聞く。
「それで、今回の依頼って?」
私の言葉に、あからさまに表情を曇らせる了。
「…周は、良い気分じゃないと思うわ」
依頼が来ている時点で良い気分も何も無いとは思ったが、今のこの幸せを害するものであるという察しがついた。了から渡された紙に目を通して、吐き気をもよおす。気持ち悪い。
そこに書かれていたのは、女の子を次々と乗り換え、捨てる男の身勝手な行動。
「…何人か、中絶も無理やりさせられている。医者とかの話も聞き入れない」
了の静かな声が、嫌なくらい私に響く。
嫌だ、聞きたくない。聞いたら悲しくて気持ち悪くて、嫌でも思い出すんだから。
それでも、私は防犯部。精神をすり減らそうが、心を痛めようが、学園の皆を守らなければならない。
「…女の子達の中には、男性恐怖症になった子もいる。他の人と付き合い始めても、思い出して先に進めない子もいる。妊娠を隠してた女の子も、中絶が出来なくなる直前で気付いて、無理やりやらせたこともあるみたい」
「…」
黙り込んで顔を伏せる私に、了は静かに手を重ねた。
「…周」
「…私がやる」
無意識に呟いた言葉に、了は「え?」と聞き返す。
「私が、あたしがそいつに仇を取る。陥れる。許さない。許さない…っ!!」
目を見開いて、呼吸を荒げる私の背中を了がさする。それでやっと我に返った。傷がズキズキと痛んで、苦しい。辛い。でも、それでも、私は、彼女たちを救いたい。了がやられそうになるのを見るのも、嫌。了がターゲットになるのが、1番嫌。
そんな私の気持ちを汲み取ったのか否か、私には判断がつかなかったが、了は静かに、そう、と言った。
「…組の男よ。今はターゲットを探しているところ、かしら。悪い噂が立たないように、携帯に脅迫用写真も残しているみたい」
「じゃあ、ターゲットにされれば、良いのね」
うまく呂律が回らない。本当は男に触られることすら嫌なのに、男に抱かれる直前まで、失敗すれば、抱かれなければならないなんて、吐き気がする。死んだ方がマシなのではないか、と思ってしまうくらいに。
「周は可愛いから、少し近付けばすぐターゲットにされると思うわ。嫌だと思うけど…きつかったら、私が行くから…」
「それは駄目!!」
了の言葉を叫び声で遮る。びっくりして目を見開く了をまっすぐに見つめながら、荒い呼吸を整えて、言葉を紡ごうとして、何も言えない。
「…分かった。でも私も後ろにいることを忘れないで。…そうだ」
了はバッグからきらきらした輪を取り出す。パステルカラーの並んだブレスレットだ。
「…これ、つけて。上からシュシュとかすればバレないし。周が危なくなったら、絶対助けに行けるように、お守り」
心配そうな表情で渡されたブレスレットに触れる。鈍く光ったそれを、私は腕につけた。そして髪ゴムの上につけていたシュシュをその上に巻く。
「…ありがと、了」
その後、私達は一緒に駅まで帰った。

少しアピールしたら、相手はすぐに私のことをターゲットにすると決めたらしい。メッセージアプリのIDを交換して、連絡が頻繁に来るようになった。顔が見えなくて助かった。心底気持ち悪いのを表情に出したって誰からも責められない。そんなやりとりが2週間も過ぎた頃、遊びに行こう、と誘いがあった。私は行きたくないという本音を抑えて「その誘いが来るとは思っていなかったが、凄く嬉しいのが抑えられない」というふりをしてメッセージを返す。
『今度の日曜日に、○○駅前で』
既読と返信を済ませ、私は了にスクリーンショットを送る。情報管理は了の得意分野だ。
『了解。気を付けて行ってきてね』
了からの返信はいつも業務的なものが多いが、今日は私の身を心配するメッセージもあった。それが嬉しくて、了のためなら、と頑張れそうだった。動きやすく可愛い服を選び、医者と看護師の母から譲り受けた秘策を鞄に詰める。必要なものは最低限しか入れない。余計なものは全部置いて行く。
そして、約束の日曜日になってしまった。
「おはよう」
「おはようございます」
1歳年上だったので、敬語を使う。本当はタメ口なんて使って仲良さそうにみられるのが嫌だっていう気持ちが1番強い。
「可愛いね。私服姿とか新鮮だな」
「ありがとうございます。先輩も新鮮でかっこいいですね」
「ありがと。敬語じゃなくて良いよ?」
「でも先輩ですし…」
「いいからいいから、ほら、ね?」
「癖なので…じゃあ、少しずつ…」
照れているふりをして口元を、少し長い袖で隠す。ちらちらと目線を合わせようとしているふりをして、目が合ったらはにかむ。先輩の頬が少し赤くなるのが見えた。
この人は、本当に好きになったらすぐに手を出すのかしら。それとも、欲望を発散したいと思ったら手を出すのかしら。
どちらにせよ、私にはどうでもいい。前者だろうが後者だろうが、女の子を苦しめた自分勝手なゴミには変わりない。
「わかった。それじゃあ行こうか」
「はい!」
元気に返事をして「自分のことが好きな可愛い後輩」を演じる。私は今日、この男に拒否反応を示してはいけない。気持ち悪いのも、触りたくないのも、全部誤魔化さなければならない。何も知らない純粋無垢なふりをして、好きだと演じなければならない。
気が重かった。今すぐにでも逃げ出したかった。でもそれでは、今までこの男に何も出来なかった女の子達を救えない。噂で知った防犯部しかもう頼れなかった女の子達の為に、私はこいつを騙さなければならない。
ふと、袖の中のブレスレットが目に入った。了にお守りとして渡された綺麗なブレスレット。私の好きな色が並んだブレスレット。これのおかげで、なんとか頑張れそうだ。そう思いながら私は先輩の隣を歩いた。

午後6時を過ぎた頃、なんとか今日の予定だったテーマパークは回り終えた。四六時中吐き気を我慢していたのでもう思い出したくない。当初の予定ではここで終わり。私はもう解放される筈だった。
「…ねぇ、もう少し一緒にいたいな」
一般的に見て顔だけは良いこの男は、最悪なことにこの私に甘い言葉を囁いてきた。演技続行。解放されるのはまだまだ先らしい。いや、この後の行き先によってはもう解放されるかもしれない。垂れる嫌な汗を隠して、ショルダーバッグをぎゅっと握った。
「…私も、先輩ともう少し一緒にいたいです…」
「…同じだね。嬉しい」
そう呟いた先輩は、私の手を引いて慣れた足取りである場所に向かった。
その場所は、ホテル。
「…えっ…ここ、って…」
「俺、もう少し君と知り合いたいんだ。駄目?」
「…っでも、私達…まだ高校生…」
「大丈夫だよ。ここは俺の知り合いが経営してるんだ。バレないようにしてくれるからさ」
「…そう、なんですね」
私がその後何も言わなかったのを承諾ととったのか知らないが、勝手に歩き出す。中に入って勝手に手続きを済ませる。
「あの、お金…!」
「大丈夫。今日はいきなり連れて来ちゃったし…俺が払うよ」
どこからそんなお金が出てくるのだろうか。そんなことを考えながらお礼を言い、先輩について行く。
「さ、どうぞ?」
「あ、ありがとうございます…」
緊張している風に装って、足が崩れ落ちそうなのを我慢する。男と2人っきり。ベッドもある。やだ。嫌だ。怖い。気持ち悪い。でも。
しゃらん。
腕につけたブレスレットが、光るのが見えた。それで何とか理性を保ち、先輩と会話をすることが出来た。
食事は外で済ませてきた。この後どうしますか、と聞こうとすると、いきなり先輩は私に覆い被さって、近くにあったベッドに押し倒してきた。
「…え、あの…」
「男女でホテルなんて、することは1つだよね」
暗い部屋でベッドのそばにあるオレンジ色の光だけが不気味に部屋を照らす。先輩の顔は微妙に見えない。狙っていた女の子を捕まえられて、笑っているのかもしれないが。見えなくて良かったとも思うし、同時に不安にも駆られる。
少しだけ目を瞑り、呼吸を整える。
「…本当に、するんですか?私、こういうこと初めてで…」
「大丈夫だよ。俺が優しく教えてあげる」
そっと私の髪に触れてくる。せっかく整えた髪がぐしゃぐしゃになってベッドに広がっている。
「ねぇ、もし妊娠しちゃったらどうする?」
敬語をやめた。そもそも尊敬する相手に使うものなのに、何でこいつに使わなければいけなかったのか。距離を取るにしても、こいつを下に見た状態で取れば良かった。
「大丈夫だよ」
「責任とってくれる?」
「…うん、とるよ」
もういいだろ、と言うかのように、強引にキスをしようと迫ってくる。近付いてくる顔から目を離さずに、まっすぐに見て言った。
「そう言って何人泣かせてきたの?」
「…え」
「何人中絶させてきたの?」
「何言って…」
「男には分からないよね。お腹の中引っ掻き回されるあの感覚。腕も足も体もほとんど赤ちゃんを腹の中から引きずり出して殺すんだよ。赤ちゃんは生きたいってもがくから、ばたばたしてるのが体内なかではっきり分かるの。そんなこと、経験したことないでしょ」
男が動揺したところで腕をがっちり掴む。逃げようとしたのか、体勢を戻そうとしたのか、私への拘束が緩んだ瞬間を狙った。2人とも座っている体勢になる。
「でも私が相手で良かったね」
ぱっと太陽みたいに笑う。安心させるように、私の全力の作り笑顔。
「経験させてあげられるんだ、私。お腹を切り裂いて、その中に同じ大きさの子供みたいな機械を入れてあげる。そこから取り出してあげるね。凄いんだよ。機械が生きたいって言ってるみたいに動くの。ばたばた手足を動かして、もがくの。君のお腹の中で」
目を、呪いのフランス人形みたいに輝かせて。私の言葉で想像してしまったのか、顔が青白く染まっていく。力が抜けたところで体を反転させ、そのままベッドに押し倒し、金縛り状態でベッドに縛り付ける。
「動けないの?何で?」
「…こ、怖い…」
「…何で?だってずっとずっとずぅーーっと女の子にやらせてきたことでしょ?女の子にやらせて自分はやらないの?痛くて怖いから?女の子には無理やりやらせたのに?」
言いながら、鞄に入れていた縄を取り出し、先輩をベッドに縛り付ける。動けなくなったところでまた鞄を漁り、手術道具を取り出す。両親から貰った大切な物。バレたら私の人生もおしまいを告げる恐ろしい手術道具。
「ほら、楽しもう?君が女の子にさせてきたこと、経験させてあげる!」
そう言って私は先輩の体を弄ぶようにしながら、似たような感覚を味合わせた。怖い、痛いと泣く先輩に腹が立って鋏を突き立てたい衝動に駆られたが、ギリギリのところで抑えた。
そんなやりとりを終え、男が痛みに耐えきれず気絶したところで電話をかける。
『もしもし』
「もしもし了?先輩をベッドに縛り付けたけど」
『うん、警察呼んだわ。被害届を出すのが怖かった女の子達も一緒。周も被害者としてその場に残ってて平気よ。警察にも、話してあるわ』
「わかった」
そのまま会話を続けたかったが、ドアをノックする音が聞こえたので警察が来たのだと気付く。私はブレスレットをぎゅっと握り、確認した後にドアを開ける。
「警察です。連絡がありましたので…その」
「三峰さんの友達よね?…事情を少しだけ聞かせて貰いたいの。被害者目線からの話を。それと、犯人は…」
男の警察の話を遮り、ベテランに見える婦警がハキハキと話しだした。私はドア近くのベッドを示す。2人の警察官はベッドに縛り付けられてぐったりとした男の姿を見て、うわ、と小さく声をあげた。
「いきなり襲われたので、多少抵抗を。過剰防衛はしていないと思います…」
抵抗というか、恨みを込めて色々やったのだけど。それは了もよくやるし、警察も目を瞑ってくれるだろう。
私は警察官に連れられて、被害者の女の子何人かとともに事情聴取を受けた。ある程度、了の根回しが入っていたので話しやすかった。そしてやっと解放されて外に出た時、人影が見えた。
「…りょ、う…」
「おかえり、周。お疲れ様」
優しい声。大好きな声。それを聞いた瞬間、涙が溢れた。私は了に駆け寄り、抱きついた。ヒールで一日中歩き回されたから足が痛い。演技をし続けて顔に笑顔を貼り付けていたから、頬が痛い。覆い被さってきた時に押さえつけられていた腕が痛い。恐怖で、身体中が震えている。あの時、先輩が激昂してきたらどうなっていたのだろう。想像したくないが、勝手に脳が想像して怖くなる。怖くて、怖くて堪らない。痛い、怖い。本当は、ずっと泣きたいのを我慢していた。
「…っりょ…っく…ひっ…ぅう…」
「ありがとう、周。周のお陰でもう悲しむ女の子はいないわ。仕返ししてくれたから、少しは気が晴れた人もいるのよ」
「りょ…ぅう…」
優しく頭を撫でられて、私は安心する。そのまま何分もそうやって慰めて貰っていた。

やがて私は泣き止み、了と一緒に帰る。了は警察の知り合いに送ってもらうから、と私を家まで送ってくれた。
「今は、1人で帰るの怖いでしょう?それに、知らない人と帰るのも」
了は何でもお見通しみたいだ。私の心を読み取って、安心させてくれる。
「…うん、ありがとう」
家に着いて了と別れた後、私はすぐに眠った。疲れきっていたようだ。
防犯部。怖いこともあるけれど、こうやって女の子を救うことも出来る。
それなら、またこういうことしても良いかな。
そんな考えは、翌朝には忘れていた。
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