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2.婚約の話
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「婚約したんだって? おめでとう」
自分の教室に入ると、クラスメイトのシオン・アルベルトが、私にだけ聞こえる小さな声で話しかけてきた。
「婚約? 私がか?」
今のところ、私には婚約者はいない。兄のダリアスは私と同じ歳の頃には婚約者がいたが、父が私に何の断りも無く婚約話を進めるとは思えない。
「あれ? ガセだったのか? 申し訳ない。君がどこかの令嬢と婚約が決まったって、父が客から聞いた話だから、すっかり信じてしまったよ」
シオンの家は宝石商だ。客のほとんどが貴族であるため、貴族社会の情報がすぐに入る。シオンが信じてしまっても仕方のないことだ。
「良いよ……その客が誰か、分かるか?」
人違いや勘違いの可能性もあるが、私の家の名前を利用するために、噂を広めようとしている人物がいるのかもしれない。
「すまない。そこまでは客の個人情報だからと聞けていないんだ。ただ、父が信憑性のある話だと言っていたから、君の家と近い家の人間かもしれない」
「そうか……その情報だけでもありがたいよ」
「俺は誰にも言っていないし、父も君がクラスメイトだから俺に伝えたのであって、言いふらしてはいない。もしも他で噂を聞いたら、勘違いや人違いではなく、君の家や君を利用しようとしている者がいるのかもしれない。気をつけて」
「そうだな」
「帰ったら父に改めて聞いてみるよ。何か分かったら、また伝える」
「ああ、頼む」
さすがアルベルト家の跡継ぎだ。
始めに祝い言葉を言うことによって、他の家には無い情報の速さで祝うことができ、好印象。そこから事実ではないと分かり、すぐに謝罪とできる限りの情報提供。店の評判に関わる情報漏洩疑惑の可能性の疑いを防ぐような言葉。そして、こちらの家にも気を使うような発言。
商売人は、こうやって信用を得ていくのだな。勉強になる。
私たちはそれぞれ、自分の席へと帰って行った。私は自分の席に座り、腕を組んだ。
さて。私の婚約話をでっち上げた者がいるのならば、いったい誰なのか。
疑うなんてことはしたくないが、私だけの問題ではないのだ。最悪の想定はするのに越したことはない。
まず、この話を提供してくれたシオンだが、疑う余地はない。これは単純に、宝石商の人間がその嘘を流したとして、何のメリットもないからだ。
シオンが言っていた通りに、私の家に近い人間ならば、付き合いのある家はいくつもあり、絞り込むのは難しい。
私が婚約したとされる相手が誰かを特定した方が早そうだ。ツェプラリト家を利用したい家が、娘と私の結婚を企んでいると考える方が無難なのかもしれない。外堀を埋めていけば、他に結婚話が互いに来ず、結婚というケースが昔あったらしい。
とりあえず、家には伝えておくか。
自分の教室に入ると、クラスメイトのシオン・アルベルトが、私にだけ聞こえる小さな声で話しかけてきた。
「婚約? 私がか?」
今のところ、私には婚約者はいない。兄のダリアスは私と同じ歳の頃には婚約者がいたが、父が私に何の断りも無く婚約話を進めるとは思えない。
「あれ? ガセだったのか? 申し訳ない。君がどこかの令嬢と婚約が決まったって、父が客から聞いた話だから、すっかり信じてしまったよ」
シオンの家は宝石商だ。客のほとんどが貴族であるため、貴族社会の情報がすぐに入る。シオンが信じてしまっても仕方のないことだ。
「良いよ……その客が誰か、分かるか?」
人違いや勘違いの可能性もあるが、私の家の名前を利用するために、噂を広めようとしている人物がいるのかもしれない。
「すまない。そこまでは客の個人情報だからと聞けていないんだ。ただ、父が信憑性のある話だと言っていたから、君の家と近い家の人間かもしれない」
「そうか……その情報だけでもありがたいよ」
「俺は誰にも言っていないし、父も君がクラスメイトだから俺に伝えたのであって、言いふらしてはいない。もしも他で噂を聞いたら、勘違いや人違いではなく、君の家や君を利用しようとしている者がいるのかもしれない。気をつけて」
「そうだな」
「帰ったら父に改めて聞いてみるよ。何か分かったら、また伝える」
「ああ、頼む」
さすがアルベルト家の跡継ぎだ。
始めに祝い言葉を言うことによって、他の家には無い情報の速さで祝うことができ、好印象。そこから事実ではないと分かり、すぐに謝罪とできる限りの情報提供。店の評判に関わる情報漏洩疑惑の可能性の疑いを防ぐような言葉。そして、こちらの家にも気を使うような発言。
商売人は、こうやって信用を得ていくのだな。勉強になる。
私たちはそれぞれ、自分の席へと帰って行った。私は自分の席に座り、腕を組んだ。
さて。私の婚約話をでっち上げた者がいるのならば、いったい誰なのか。
疑うなんてことはしたくないが、私だけの問題ではないのだ。最悪の想定はするのに越したことはない。
まず、この話を提供してくれたシオンだが、疑う余地はない。これは単純に、宝石商の人間がその嘘を流したとして、何のメリットもないからだ。
シオンが言っていた通りに、私の家に近い人間ならば、付き合いのある家はいくつもあり、絞り込むのは難しい。
私が婚約したとされる相手が誰かを特定した方が早そうだ。ツェプラリト家を利用したい家が、娘と私の結婚を企んでいると考える方が無難なのかもしれない。外堀を埋めていけば、他に結婚話が互いに来ず、結婚というケースが昔あったらしい。
とりあえず、家には伝えておくか。
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