【完結】婚約してる? 婚約破棄した? ところであなたはどなたですか?

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23.ゴリアテ再来

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 ジョシュアに急かされて(追い出されて)レオナルドは今日も保育学校にやって来た。


(昨日も追い返されたばかりでどうしろっていうんだ?)

 昨日対応に出てきた女性は後ろに男性を従えており、男性が両手で抱えているのは熊手。2人は鉄柵と玄関の間くらいの場所で立ち止まり真っ青でプルプル震えている。

『あの・・』『ひぃー』

(いや、まだ何も言ってないんだが。この間出て来た女性はいないのか?)

『こっこっ、ここにはその・・』

『忙しいところ申し訳ない。保育学校について教えて頂きたくて来ました』

 レオナルドは女性が逃げ出さないうちに、男性が熊手で襲いかかってこないうちにと早口で言い切った。

『あの、あの、せっせき責任者は、るっ留守にしており・・おりまっす』

『そうですか。ではまた日を改めて伺います』


 レオナルドが立ち去り際にチラッと振り返ると、熊手を地面に置いた男が腰を抜かした女性を抱き上げていた。

(そこまでか? 昔より滅茶苦茶酷くなってる気がするぞ。騎士修道会で戦いばかりしてたからか?)

 落ち込んでいるレオナルドは気付いていないがジョシュアに言われて渋々やって来ているレオナルドの眉間の皺はいつもの5倍増しになっている。威圧感も・・。




(いつなら責任者に会えるのか聞いておけば良かった。今日も昨日みたいに怯えられたら心が折れる)

 相変わらず門番のいない鉄柵の前に到着したレオナルドは、はあっと溜息を吐いて屋敷を見上げた。本人は気付いてないが眉間の皺と威圧感はマックスになっている。


 玄関のドアが開きパタパタと女性ソフィーが走って来る。

(おっ、ラッキー。最初の女の子だ。今日は箒を持ってないし)


 今日も門前払いを覚悟していたレオナルドは思わず魔王の微笑みを浮かべた。

「申し訳ありません、昨日もいらっしゃったと聞きました。保育学校の事をお聞きになりたいとか。先日も申し上げたようにうちは平民しか預らないのでお役には立てませんが」

「・・(叫んでない。腰も抜かしてない。顔は・・えっ? ちょっとだけ笑ってる?)」

 ソフィーの笑顔にレオナルドが呆然としているとソフィーが困惑の表情を浮かべた。

「あの」

「あっああ、少し話を聞かせてもらえたら助かります」

「ではどうぞ。お役に立てるかはわかりませんが」

 ソフィーは鉄柵の鍵を開けて扉を大きく開いてレオナルドを招き入れた。恐怖で叫び出さない上にすんなりと敷地内に招き入れようとするソフィーを見てレオナルドは心配になった。

(子供を預かる施設で俺を見て警戒しないとか駄目だろ?)

 自虐ネタになっているのも気付かずレオナルドは開けられたばかりの頼りない鍵を見つめた。

 玄関を入ると遠くから子供の大きな声が聞こえてきた。

「きのうのおじちゃんだー、でっけー」
「みせてー、あたしもみたーい」

 開いたドアから覗いている子供の顔が見えてレオは反射的に顔を背けてしまった。折角元気な声で喋っているのに怯えて泣かれたくない。

 ふと前を見ると先程の女性が2階に上がる階段前の柵の所でレオナルドが来るのを待っていた。

「お待たせしました」

「いえ、私がちょっと急ぎ足だったんです。いたずらっ子が部屋から出てないか確認したくて。あの子達が近づいたら大騒ぎしそうですから」

 ニコニコと笑うソフィーに違和感を感じ落ち着かない気分になったレオナルドは立ち止まって玄関ホールを見回した。

 玄関ホールは綺麗に磨き上げてあるもののあまり物が置いてなかった。床は板張りのままで階段には絨毯が敷かれていない。

(絵画もかけてないし、帽子かけもコンソールテーブルもない)


 レオが案内された部屋は2階の右手の部屋で保育学校の応接室として使っている。

 細かな地模様のある若草色の壁紙の貼られた一角にはシンプルなオークの本棚がずらりと並び、クッションのきいたソファとローテーブルのみが置かれている。
 シンプルな部屋の中で珍しい床の模様が際立っていた。レオが床を凝視しているとソフィーがにっこり笑って説明をはじめた。

「床の柄はヘリンボーンニシンの骨と言います。寄木細工の一種でこういうV字が続く柄のことですが、まだあまり見かけない貼り方なんですよ」

 この部屋の床に貼られているのは45度角の板を合わせてあるため、施工をする際はとても手間がかかる。繊細な作業の得意なデレクチームの作品。

「この部屋は応接室なのでちょっと贅沢しました。他の部屋は丈夫であることが重要なので普通の板張りです」

 レースのカーテンが揺らいでバルコニーのシンプルなテーブルセットが見えている。全体が淡い色使いのみで纏められており濃い色や派手な金色などは見当たらない。部屋のあちこちに置かれた観葉植物の鮮やかな緑が生き生きと輝いていた。


「挨拶が遅れました。私はこの保育学校のソフィーと申します」

「はじめまして。アントリム侯爵三男でレオナルド・アントリムと申します」

 ソフィーの穏やかな雰囲気に呑まれてつい本名を名乗ってしまった。

(偵察なんてクソくらえだな。ここはジョシュアの幼児学校とは別物だ)


 ソフィーがお茶の準備をしながら話しかけてきた。

「侯爵家の方が保育学校にご興味がおありだとは思いませんでした。今日はどのようなご用件でしょうか?」

「ここは平民の子供のみを預かっていると伺いましたが」

「その通りです。貴族の方はナニーや家庭教師を雇われますが平民はそうもいきませんから」


 お茶のカップをテーブルに置き、レオナルドの正面に座ったソフィーが答えた。

「温かいうちにどうぞ」

 繊細なカップに注がれた紅茶は手にする前から爽やかでフルーティな香りが漂ってくる。

「セカンドフラッシュのお気に入りの茶葉を使っています。種類は敢えて申しませんが・・」

「これは・・とても美味しいですね。茶葉の良さもあるでしょうが淹れ方がお上手なのですね。これを飲んだら・・他では飲めなくなりそうだ」

「ありがとうございます。昔沢山練習致しましたので」


「この保育学校では平民で両親が共働きの家か片親の家のいずれか。そして預け先がない家の子供のみお預かりしています」

「それで収支が取れている? 失礼だがそういった家庭の子供には平民学校があるのではありませんか?」

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