【完結】結婚した途端記憶喪失を装いはじめた夫と離婚します

との

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2.いつでもお売りしますからね

「ですから、この一週間のことを忘れてるんですよね。なのにお友達にお礼をして手持ちがなくなった事は覚えてるんですか?」

「ぜ、全部忘れてるわけじゃないって言っただろ!? 友達に奢ったりお礼を渡したりしたのは覚えてるんだよ。いちいち煩いな、何様のつもりなんだよ!」

 逆ギレしたステファンがドンっとテーブルを叩いて立ち上がった。

(うーん、妻⋯⋯奥様のつもりかしら? 『仮』が付くけどね)

「そうですか⋯⋯そのお友達に合わせていただけます?」

「へ?」

「夫がそんな大変な目に遭っていたなんて知らなかったんですもの。その間の様子を知りたくて⋯⋯相手の方は記憶がしっかりしておられるのでしょう? お話を聞いてみれば何が原因でこんな事になったのか分かるかもしれませんわ。
父にも連絡を入れなくてはなりませんわねえ⋯⋯私の事を覚えていないのは別にしても、記憶のない間にトラブルに巻き込まれていたりしたら大変ですもの。父の顧問弁護士に相談しておかなくては!」

 心配そうに頬に手を当てていたメリッサが立ち上がるとステファンが慌てて叫び出した。

「ダメだ! いや、相談しなくても問題ないから。ほとんどの事は覚えてるしトラブルなんか起きてないから」

「でも、私の事を忘れるほどの何か⋯⋯もしかして私の事がお嫌だったんじゃないかしら? うん、その可能性を考えてみましょうね。本当は別の女性で特別な方がいらっしゃるとか⋯⋯」

 窓の外を見るふりをしながらステファンの様子を見ていると、真っ青になってプルプルと震えていた。

「そんなわけないだろう? 俺がどれほど君の事を愛してるか覚えてるよね」

「⋯⋯ステファンは私の事を覚えてないんじゃなかったかしら?」

「あ、えーっと⋯⋯今朝友達から聞いたんだよ。なんか色々惚気てたみたいでさぁ、めちゃめちゃ愛してたって。じゃなきゃ貴族の俺が平民となんて結婚なんてするわけないだろ?」

「行き遅れだし?」

 うっと笑いを堪えたメリッサが横を向いた。



「メリッサ、そんなに自分を卑下することなんてないよ。最近は仕事に夢中になってる間に婚期が遅れる女性は結構いるからね。そのお陰でこうやって貴族の仲間入りできたんだし万々歳じゃないか」

 嘘まみれのご機嫌取りを聞き無表情で返事もせず見つめてきたメリッサに苛立ったのかステファンが『チッ!』と舌打ちして近付いてきた。

「メリッサ、ご機嫌を直してくれよ~。そうだ、この後出かけないか? 買い物でもいいし、また船に乗ってもいいよな?」

 ステファンがメリッサの肩に手を回してきた時甘ったるい香りが漂った。

「あら、すごくいい香りがしてるのね。甘い香りとフルーティな爽やかさ⋯⋯うちの商会でも売れ行き好評なヴァニラが名前についてるアレだわ!
キスマークは消えそうにないけどお風呂に入って着替えてきたら香りは消えるわよ?」

 冷ややかな態度でステファンの腕から逃れたメリッサは窓を開け放ち大きく息をした。

「うちの商会でも扱ってるからよく知ってるの。生活費は別会計のお約束だから、どなたかのお気に入りならいつでもお売りしますって伝えてくださいね」

「ど、どこでついたのかちっとも分から⋯⋯そうだ、さっき行った友達の家かも! アイツの彼女がいたからさぁ⋯⋯タオルを借りた時とかについたのかも。
なあ、そのくらいのことで妬かなくてもいいだろ? 俺はメリッサと結婚したんだからさぁ」

 メリッサが返事をせずに皿を片付けていると、風呂に入ってくると言ってステファンが部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見送りながらメリッサは溜息をついた。

(こんな人のために彼がなんて⋯⋯考えるだけで吐き気がしそう)





 この国で最も優遇されているのは第一身分の聖職者。次は第ニ身分と呼ばれる特権階級を構成する貴族達だが、同じ貴族の中でも収入や待遇は大きく異なっていた。

 領主として農民から地代を取り立て免税特権などの特権を与えられていたり、地方において農奴を使役して経営している裕福な貴族。

 宮廷貴族と呼ばれる者達は領地を持たず宮廷官職を独占し、退職後は国王から支給される年金で暮らしている。

 この宮廷貴族の中で爵位が低い者や元平民は法服貴族となるが、記憶喪失男ステファンの父コーク男爵もその一人。役職によって給与には大きな開きがあり、コーク男爵は法服貴族の中でも下位の役人に含まれる。

 それ以外の大多数の都市の商人や農民などは第三身分とされ、重い課税に苦しみ参政権も認められていない。父親が商会を営むメリッサはここに属していた。

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