【完結】結婚した途端記憶喪失を装いはじめた夫と離婚します

との

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23. コルマードの子供達

 力技をケニスに、細々した全てを父親に丸投げしたメリッサは数日かけて必要な荷物を集め、御者の妻の実家があるコルマードにやって来た。

 石造りの民家が立ち並ぶ自然豊かな田舎町は初夏の日差しに暖められ、中央を流れる川にかかった石橋の上を野菜を積んだ荷馬車がのんびりと渡り、遠くから子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。

 調査員の報告書にあった地図を頼りに町中を進むと林の近くに建つ二階建ての家に辿り着いた。メリッサは庭先で鶏が餌をつついている横で地面にお絵かきをしている子ども達に声をかけた。

「こんにちは⋯⋯お家の人誰かいるかな?」

「おばあちゃんがいるよぉ」

「おじいちゃんは、おでかけしてる」

「おばあちゃんを呼んでくれる?」

「いいよ! おばあちゃーん、おきゃくさんだよー」

 持っていた棒を置いて家に駆け込んだ子供達の声が聞こえてきた。

「しらないおばちゃんだったよー」

(お、おばちゃん⋯⋯子供は正直だから仕方ないか⋯⋯)

 少し顔を引き攣らせたメリッサが気合を入れ直していると不安そうな顔をした夫人が玄関から顔を覗かせた。

「どちらさんですか?」

「初めまして、メリッサと言います。御者のヒューゴさんの奥さんにお会いしたくて参りました」

「⋯⋯帰っとくれ! あの子は今日は出かけてる」

 顔を覗かせていた子供達を家の中に押しながら慌てたように玄関を閉めてしまった。

(こうなると思ってたけど、ここからが正念場よね)

 メリッサが着いたのは昼前だったが夕方近くになっても玄関が開く事はなく、きっちりしまったカーテンの隙間から時々小さな顔が覗いては手を振って消えて行った。



 夕食の支度がはじまったのか、あちこちの家の煙突から煙が上がりはじめた。

(今日は一度引き上げようかな)

「アンタは誰だね」

 後ろから聞こえてきた声に振り返ると白髪の老人が手に鍬を持って仁王立ちしていた。

「王都から参りましたメリッサと申します。御者をしておられたヒューゴさんの奥様にお会いしたくて参りました」

「ヒューゴの浮気相手か? 奴はここにはおらんし、娘は親戚のうちに出かけとる。近所で噂になる前に帰ってくれ」

「ヒューゴさんとは一面識もありませんが、お話を聞いていただくまで何日でも待つつもりでおります」

 メリッサを睨む老人の手に力が入り鍬を振り上げるのかとハラハラしていると諦めたような溜め息が聞こえてきた。

「家には子供達がおるで⋯⋯ついてこい」

 メリッサの返事を待たずに早足で歩き出した老人の後を追いかけた。



 町はずれの古い小屋のドアを開けた老人が中に入ってランプに火を灯した。

 藁敷きの床に年季の入ったテーブルと背もたれのない椅子が置いてあり、壁際に丁寧に磨かれた農機具が並べられていた。

「ここはわしの作業小屋じゃ、気に入らんなら帰ればいい」

「ジロジロ見て申し訳ありませんでした」

 椅子に座った老人が疲れた顔でメリッサにも座るようにと椅子を指差した。

「で、話というのは?」

「私の婚約者だった人の最後を知りたくてヒューゴさんを探しています」

「⋯⋯アンタの婚約者?」

 老人が口元を歪めて目を細めた。

「彼はセルデイン大学に通っていた学生でしたが、大学からの帰りに乗っていた辻馬車が横転して亡くなりました」

「⋯⋯それは気の毒なことだと思うが、ヒューゴはここにはおらん」

「どのような状況だったのか教えてほしいと、奥様に伝言していただけないでしょうか?」

「アンタには悪いがもう何年も前の話じゃろう? 忘れて前に進む方が⋯⋯」

「ミゲルと私の家は隣同士で毎日一緒に遊んでいました。婚約が決まった後、ミゲルは私の為に大学に行くと決めたんです。私と婚約なんかしなければ彼は今もご両親と仲良く暮らしていたはずで⋯⋯彼は一人っ子だったんです。ご両親ととても仲が良くて、パン屋さんをしておられて⋯⋯小さくなった背中で⋯⋯運が悪かっただけだからって⋯⋯」



 長い沈黙の後で老人が溜息をついた。

「⋯⋯悪いがわしらには何もできん。孫を見たじゃろう? わしらはあの子達を守らにゃならんのじゃ、すまんがもう帰ってくれ」

 手をついて深々と頭を下げた老人が落とした涙がテーブルに染みをつくった。

(今日見た子供達はあの当時まだ一歳か二歳の男の子と産まれたばかりの女の子とかかな。父親の顔も覚えてないかも⋯⋯)

 屈託のない笑顔で歌を歌いながらお絵描きをしていた子供達は、窓から顔を覗かせて小さな手を振っていた。

「だったら、絶対に逃げきって下さい。必ず⋯⋯絶対に捕まらないで⋯⋯アイツらを表舞台に引き摺り出して全部終わらせます」

「アンタ、いったい何を考えとる!? バカなことを考えちゃいかん! 奴らを捕まえるなんてできるわけなかろうが!!」

 テーブルを叩いて立ち上がった老人は真っ青な顔で震えていた。

「もう一人の幼馴染にこの間言われたんですけど⋯⋯私って走り出したら絶対に止まらないって、自分でもそう思います。準備はできてますし、今回の作戦が失敗してもやめるつもりはないんで必ず逃げて下さいね」



「バカなことを考えるお嬢さんじゃ、親御さんを泣かす気か?」

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