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24.老人の苦悩と過去の記憶
「父は今頃準備に走り回って寝る暇がないって叫んでるかもしれませんね」
「⋯⋯アンタは何もかも知ってここに来たとでも言うつもりか?」
立ち尽くしたままの老人は疲れ果てたように小さな声で呟いた。
「いいえ、ミゲルの最後を知りません。できれば彼があまり苦しまずに⋯⋯それが知りたいんです」
「婚約者か⋯⋯」
「恋愛感情とかがあって婚約したわけじゃないんですけど、ミゲルとケニスと私はずっと一緒にいてそれが当たり前のようになってたんで、未だにミゲルがいない事を心が理解してくれない感じですね」
「親が決めた婚約っちゅうやつか」
「それに似た感じです。私の父は商会をやっていて⋯⋯ミゲルは、しがないパン屋の息子が一人娘の旦那じゃ周りが煩いから『箔』をつけてくるよって。誰もそんなこと思わないって言っても聞いてくれなくて。
だから大学ですごく頑張ってて、アイツらはそれが気に入らなかったって言ってました。平民のくせに成績が良いのが気に入らないって」
「アンタは一体何をするつもりなんじゃ?」
「何をするのかは内緒ですが、犯人の一人がヒューゴさんを探していると分かったのでお孫さんを連れてしばらくここを離れた方が安全だと思います」
「ここに来ると?」
「ワッツ達はヒューゴさんのご家族がここにいると知ってますから」
「ヒューゴを探しておるのはワッツ公爵の方だと?」
「はい、公爵家長男のピーター・ワッツが人を使って探させてます。楽観視はできませんけどメイルーンは今の所動いてないようです」
「一日だけ考えさせてくれんか? わしらだけなら簡単に決められるが、孫達のことがある。アンタが本当のことを話しとるのか⋯⋯信用して良いかも分からんし」
町外れに待たせておいた馬車に乗り込み長閑で退屈な田舎道を宿に向かっている時、ふと懐かしい記憶が蘇ってきた。
『父さんの新作だよ、一緒に食べよう』
『母さんが編んでくれたんだ、似合う?』
『頑張ってくるから⋯⋯メリッサは待てを覚えるチャンスだね』
『いつか遊びにおいで』
ガタンと馬車が揺れてハッと前方に注意を戻したメリッサが馬車を停めゴシゴシと目を擦って床に落ちてしまった鞄を拾うと、ミゲルが大学に行く日にくれた髪飾りとミゲルに送るつもりで準備したカフスとラペルピンの入った箱が出てきた。
(どっちも一度も使われず⋯⋯ずっと箱の中で、ずーっと『待て』してるみたいだね)
ミゲルは同じ第三身分だから気が楽だったのもあり、メリッサにとって親友で兄のような存在だった。婚約などせずに済めば歳を取ってもパンやおやつの取り合いをしていたかも⋯⋯と思うくらい。
身分差の大きいケニスとはいずれ顔を合わせることもなくなる人だからと、どこか一線を引いていた気がする。
(そう言えば今日はお昼も夜も食べてない⋯⋯お腹すいたなあ)
疲れすぎたせいか宿のベッドで寝返りを打ってばかりのメリッサは寝るのを諦めてベッドから起き上がった。
ランプをつけて本を取り出し読んでいるとパタパタと屋根を叩く雨の音が聞こえはじめた。蝋燭が時折ジュッと音を立て光が揺らいで影を作った。
真夜中を過ぎた頃から風の音がしはじめると立て付けの悪い窓がガタガタと音を立てた。
(雨足が結構強くなってきたなぁ)
本を閉じてランプを消しベッドに潜り込んだメリッサの耳に子供達の歌声が聞こえてきた気がした。
「おはようございます」
着替えを済ませ荷物を纏めたメリッサが一階に降りると宿の亭主が笑顔で声をかけてくれた。
朝食を済ませ馬車に乗り込む頃には降り続いていた雨は上がり青空が広がっていた。
「うーん、良いお天気ね~。絶好の移動日和だね!」
ヒューゴの奥さんに会うのはやめて王都に帰ると決めたメリッサはぬかるんだ道をゆっくりと進む馬車の中で昔を思い出していた。
(ケニスと初めて会ったのってこんな日だったなぁ)
夜半に降り続いた雨が上がり、メリッサとミゲルはパン屋と商会の間の路地でパン屋さんごっこをしていた。
『わたしがパンをつくるから、ミゲルはおみせやさんね』
メリッサが泥まみれになりながら作った泥団子を並べた後買い物客に早変わりしたメリッサがミゲルの販売するパンを買いに行く。
『坊ちゃん、危ない!!』
バチャン
メリッサ達が振り返ると店の前のぬかるみに顔面からスライディングした少年が寝転んでいた。
『毛布だ、誰か毛布を早く!』
『プハッ!』
起き上がった少年は前半分だけが見事に泥だらけになり、笑い転げるメリッサを呆然とした顔で見つめていた。
『坊ちゃん、早くこれで⋯⋯』
『ダメよそんなこうかな毛布でふいたらもったいないじゃない!』
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる使用人を無視してケニスの手を引いたメリッサはさっさと商会の裏口から入り大声で叫んだ。
『とうさーん、この子をいまからまるあらいするから、きがえだしといてね~!』
(結局一緒に丸洗いされちゃったけど、あの日からお客さん役が増えてパン作りが楽になったんだった)
懐かしい思い出に笑いを堪えていると慌しい町の様子が目に入った。
(なんだか随分人が多い気がする⋯⋯何かあったのかな?)
「⋯⋯アンタは何もかも知ってここに来たとでも言うつもりか?」
立ち尽くしたままの老人は疲れ果てたように小さな声で呟いた。
「いいえ、ミゲルの最後を知りません。できれば彼があまり苦しまずに⋯⋯それが知りたいんです」
「婚約者か⋯⋯」
「恋愛感情とかがあって婚約したわけじゃないんですけど、ミゲルとケニスと私はずっと一緒にいてそれが当たり前のようになってたんで、未だにミゲルがいない事を心が理解してくれない感じですね」
「親が決めた婚約っちゅうやつか」
「それに似た感じです。私の父は商会をやっていて⋯⋯ミゲルは、しがないパン屋の息子が一人娘の旦那じゃ周りが煩いから『箔』をつけてくるよって。誰もそんなこと思わないって言っても聞いてくれなくて。
だから大学ですごく頑張ってて、アイツらはそれが気に入らなかったって言ってました。平民のくせに成績が良いのが気に入らないって」
「アンタは一体何をするつもりなんじゃ?」
「何をするのかは内緒ですが、犯人の一人がヒューゴさんを探していると分かったのでお孫さんを連れてしばらくここを離れた方が安全だと思います」
「ここに来ると?」
「ワッツ達はヒューゴさんのご家族がここにいると知ってますから」
「ヒューゴを探しておるのはワッツ公爵の方だと?」
「はい、公爵家長男のピーター・ワッツが人を使って探させてます。楽観視はできませんけどメイルーンは今の所動いてないようです」
「一日だけ考えさせてくれんか? わしらだけなら簡単に決められるが、孫達のことがある。アンタが本当のことを話しとるのか⋯⋯信用して良いかも分からんし」
町外れに待たせておいた馬車に乗り込み長閑で退屈な田舎道を宿に向かっている時、ふと懐かしい記憶が蘇ってきた。
『父さんの新作だよ、一緒に食べよう』
『母さんが編んでくれたんだ、似合う?』
『頑張ってくるから⋯⋯メリッサは待てを覚えるチャンスだね』
『いつか遊びにおいで』
ガタンと馬車が揺れてハッと前方に注意を戻したメリッサが馬車を停めゴシゴシと目を擦って床に落ちてしまった鞄を拾うと、ミゲルが大学に行く日にくれた髪飾りとミゲルに送るつもりで準備したカフスとラペルピンの入った箱が出てきた。
(どっちも一度も使われず⋯⋯ずっと箱の中で、ずーっと『待て』してるみたいだね)
ミゲルは同じ第三身分だから気が楽だったのもあり、メリッサにとって親友で兄のような存在だった。婚約などせずに済めば歳を取ってもパンやおやつの取り合いをしていたかも⋯⋯と思うくらい。
身分差の大きいケニスとはいずれ顔を合わせることもなくなる人だからと、どこか一線を引いていた気がする。
(そう言えば今日はお昼も夜も食べてない⋯⋯お腹すいたなあ)
疲れすぎたせいか宿のベッドで寝返りを打ってばかりのメリッサは寝るのを諦めてベッドから起き上がった。
ランプをつけて本を取り出し読んでいるとパタパタと屋根を叩く雨の音が聞こえはじめた。蝋燭が時折ジュッと音を立て光が揺らいで影を作った。
真夜中を過ぎた頃から風の音がしはじめると立て付けの悪い窓がガタガタと音を立てた。
(雨足が結構強くなってきたなぁ)
本を閉じてランプを消しベッドに潜り込んだメリッサの耳に子供達の歌声が聞こえてきた気がした。
「おはようございます」
着替えを済ませ荷物を纏めたメリッサが一階に降りると宿の亭主が笑顔で声をかけてくれた。
朝食を済ませ馬車に乗り込む頃には降り続いていた雨は上がり青空が広がっていた。
「うーん、良いお天気ね~。絶好の移動日和だね!」
ヒューゴの奥さんに会うのはやめて王都に帰ると決めたメリッサはぬかるんだ道をゆっくりと進む馬車の中で昔を思い出していた。
(ケニスと初めて会ったのってこんな日だったなぁ)
夜半に降り続いた雨が上がり、メリッサとミゲルはパン屋と商会の間の路地でパン屋さんごっこをしていた。
『わたしがパンをつくるから、ミゲルはおみせやさんね』
メリッサが泥まみれになりながら作った泥団子を並べた後買い物客に早変わりしたメリッサがミゲルの販売するパンを買いに行く。
『坊ちゃん、危ない!!』
バチャン
メリッサ達が振り返ると店の前のぬかるみに顔面からスライディングした少年が寝転んでいた。
『毛布だ、誰か毛布を早く!』
『プハッ!』
起き上がった少年は前半分だけが見事に泥だらけになり、笑い転げるメリッサを呆然とした顔で見つめていた。
『坊ちゃん、早くこれで⋯⋯』
『ダメよそんなこうかな毛布でふいたらもったいないじゃない!』
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる使用人を無視してケニスの手を引いたメリッサはさっさと商会の裏口から入り大声で叫んだ。
『とうさーん、この子をいまからまるあらいするから、きがえだしといてね~!』
(結局一緒に丸洗いされちゃったけど、あの日からお客さん役が増えてパン作りが楽になったんだった)
懐かしい思い出に笑いを堪えていると慌しい町の様子が目に入った。
(なんだか随分人が多い気がする⋯⋯何かあったのかな?)
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