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54.ルーカスの憂い
「あ、いや⋯⋯それは断固拒否で」
ルーカスに図星を指されて項垂れたケニスを横目で見ながらケーキを食べ終えたメリッサがお茶を飲んでから居住まいを正した。
「ハリーが真面な考えの持ち主ならだけど⋯⋯何日かしたらリリアナは変わってくるかも。ほら、引っ込みがつかなくて無茶を言ったとかパニックになって思ってもない事を言ったとかって可能性もあるじゃない?
以前リリアナと会った時お兄さん達のことがとても大事なんだなって思ったの。で、ハリーにならどんな無茶を言っても許されるみたいな甘えがあって言ったとかなら、時間が経てば落ち着くかも」
「その可能性はあるが⋯⋯今のハリーにそれを許容できるキャパが残ってるかどうかが問題だな~」
ソファにもたれたルーカスが腕を組んで顰めっ面になった。
「何か知ってるの?」
普段なら打てば響くように返事を返すルーカスが黙り込んだまま大きな溜息をついた。
「あんま言いたくねえ」
ワッツ公爵家の闇をメリッサの耳に入れたくないと思うのは娘を思う親心だった。
教会の信者による横暴や非道の陰にうまく紛れ込ませたワッツ公爵家の隠れた歴史を知った時、ルーカスはメリッサを連れてこの国から逃げ出す事を本気で考えた。
建国でさえ教会の尽力で成り立ったと言われるこの国は今でも王家より教会が実権を握っている。公には国王や議会が政策を決めているが『教会が不満を述べない』限り問題ないというのが不文律で、ワッツ公爵家が醜聞に塗れることもなく今も存続できているのは教会の権威に護られていれば何をしても許されるこの国だからこそ。
ワッツ公爵家と分家筋で遠い昔から己の欲望だけに忠実な少年が何人かにひとりという高確率で産まれる理由は分かっていない。
早い者はナニーの膝の上で愛らしく微笑みながら腕に噛みつき悲鳴を上げさせ、遅い者でも教育がはじまる頃には厨房からナイフを盗み血だらけの野犬を引き摺りながら中庭を闊歩するようになった。
彼等は皆見つかり次第淘汰されると決められたものの、飛び抜けて優秀な頭脳と穏やかそうな見た目で周りの目を欺き生き延びる者もいた。
彼らの非道は小動物からはじまりあっという間に成人を対象にするようになるのがお決まりのパターンで、呪いにでもかけられているのかと思うほど獲物に狙うタイプもその後の行動も同じ。
部屋に閉じ込めてもいつの間にか逃げ出して目標にした獲物を捕まえる為ならどんな非道でも平気で行う。監禁した獲物は気が済むまで拷問を繰り返し堂々と家に帰ってくるのも全員同じ。戦から凱旋した英雄が堂々とした態度で闊歩するように、敵を屠った際の偉大なる功績を皆に知らしめるように⋯⋯己の所業を滔々と語る様子には罪悪感は皆無。
その度に公爵家は教会に多額の献金を行って噂を揉み消してきた。
『神の慈悲により敬虔な信者によるやや行き過ぎた行いであったと公表』
七代前のワッツ公爵家三男ビリー・ワッツがワッツ公爵家から従属爵位を譲られてランクル子爵を名乗る事になったのは、あまりにも派手に殺戮を繰り返した上に自身の義兄を獲物にしようとしたからだとワッツ公爵家秘蔵の歴史書に記されていた。
『優秀すぎる頭脳で淘汰する事能わず。由緒あるワッツ公爵家存続の為には止む無し』
それ以降、ランクル子爵となったものは爵位を継承と同時に全員が病気療養中と届出を出し、執事が領地にある鉱山の運営から納税に至るまでの一切を取り仕切る。
ワッツ公爵家で運悪く淘汰されず生き残った『悪魔』がでればランクル子爵となり、全て淘汰できた時代には架空のランクル子爵を執事が支えると言う図式が出来上がった。
国の外れにある子爵領でなら不審死があろうとも隠蔽しやすく大量の遺体の処理も容易になりワッツ公爵家の憂いは激減した。
このカラクリが露見したのはルディ・サマネス枢機卿がまだ司教になったばかりの頃。たまたま領地を視察に訪れ偶然大量の遺体と獲物となった青年を発見しただけだと言い張ったサマネス司教は、事件の隠蔽を盾に領地の所有権を奪いとった。
『初夜権の行使に抵抗、武装して領主館に乱入せし領民を複数殺害せざるをえず⋯⋯当主に認められた権利の範疇として神より許しを得る』
公の登録名はランクル子爵のままで収益の全てはサマネス司教⋯⋯現サマネス枢機卿の隠し口座に送られていたが、大学卒業祝いとしてサマネス枢機卿の実子ジョージ・メイルーン司祭に贈られた。
現在は、メイルーン司教の指示により強引な採掘をはじめた鉱山のあちこちで崩落事故が発生し収入は激減している。
ルディ・サマネス枢機卿に連れられたジョージ・メイルーンが初めてワッツ家を訪れピーターと出会ったのは二人が12歳の時。それから数年後、ハリーを欲しがってただをこねたメイルーンにセオドアを紹介したのはピーターだった。
(こんな歴史、メリッサには聞かせたくねえがそうも言ってられねえんだよな⋯⋯ケニスを巻き込んだのは失敗だったぜ)
腹を括ったルーカスが報告書の写しをテーブルに放った。
「覚悟して読め。夜眠れなくなってもトイレにはついてってやらんからな」
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