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79.ロックオンされたチョコひとつ

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 ステファン達の騒ぎなど無視してゲームに注ぎ込んだ経費を計算していたソーンがふと顔を上げて呟いた。

「今の声は誰だ?」

「ロジャー・マルティンはそこにいるクズなんか知らないからな!」

 ハンチングを目深に被ったロジャーがバタバタとルーカスの横まで走り込み仁王立ちしてもう一度繰り返した。

「俺は枢機卿のロジャー・マルティンだがお前と口を利くどころか顔も見たこともない! 俺の名前を勝手に使うなんてタダじゃおかないからな!」

「へ? マルティン枢機卿って」

 ステファンが間抜けな顔で首を傾げた。

「俺はケニスとメリッサの友人だからな~」

 ビシッと格好をつけて帽子を脱ぎ捨てたロジャーだが誰も反応せず首を傾げるものばかり。

「ええっ! 単なる知り合いだよぉ。それにマルティン枢機卿はいっつもローブで顔を隠してたから帽子をとっても意味ないし~」

「プッ!」「ブハッ!」「ククッ!」

 腰に手を当ててドヤ顔で発言していたロジャーが膝から崩れ落ちた。

「メリッサ~、そこは嘘でも友人って言ってやれよ~。張り切って飛び出してきたロジャーが流石に可哀想だろうがよお」

「あ、うん。今のところは友達だから元気出してね」

 メリッサが肩を叩くとあっさりと復活したロジャーが何故かケニスに向けてサムズアップした。

(メンタルつよ~! でも、なんでケニスにマウント取ったの?)



 ステファンやメイルーン達の騒ぎなど気にも留めていないワッツは目をギラギラと光らせて4人目の金髪翠眼をひとりずつゆっくりと吟味していた。

(へえ~、これ程極上の獲物が4人も揃うなんてびっくりだなぁ。ハリーを捕まえれば5人⋯⋯ここにいる奴等を全員殺して獲物を生きたまま連れ帰ればすっごく楽しい遊びができそうだ⋯⋯どうやろうかなぁ?)

 手持ちの武器と毒薬を頭の中に並べながら目の前の男達の力量を予測しはじめたワッツは今までで最高のシチュエーションに身震いしそうな歓喜が湧き上がってきた。



 マルティン枢機卿の乱入で目を見開いていたメイルーンの頭がフル回転しはじめた。

(奴がマルティン? 俺達と大して年も変わらなそうだし喋り方や態度も子供っぽいじゃないか)

 何度も見かけたことのあるマルティン枢機卿はローブを深く被り常に冷ややかな態度だった。会議の最中でさえ殆ど口を利かずメモ書きを代読させ、抗議する時は殺気を飛ばしてあからさまな溜息をつく横柄な人物として知られている。

(もし本人ならここで殺ってしまえば父上と俺の勝ちは確定なのに、信者が全滅した今どうやれば良いのか⋯⋯俺の手を血で汚すなんてあり得んし)

 悔しげに奥歯を噛み締めたメイルーンの目がワッツに向けられた。

(その手があったか! やはり神は俺の味方って事だな)

 信者を前にして高説を垂れる時のようにメイルーンが両手を広げた。

「ワッツ、俺達が手を結べば上手くいくと思わないか? お前が敵を全て殲滅して欲しいものを手に入れた後は俺が全てを隠蔽してやろう」

(ワッツは絶対に乗ってくる。いくらハリーに執着していると言っても好みの男が4人も並んでいれば何をしてでも手に入れたいはずだからな。そうなれば隠蔽の為に俺の力が絶対に必要になる)

 狙った獲物は絶対に誰にも譲らず必ず手に入れなければ気が済まない『ワッツ公爵家の悪魔』なら簡単に頷くはずだとメイルーンは内心ほくそ笑んだ。

(ワッツの好みを取り揃えてくれたモートン商会に感謝だな⋯⋯俺の役に立ったんだ、きっと神の元に行けるだろうね)

「⋯⋯なら条件がひとつ、ハリーを返してもらおう。セオドアはまだ俺が隠し込んでるんだ、ハリーと御者を手に入れても俺の価値は揺るがねえ」

(ええっ! ハリーがメイルーンのとこにいると思ってたの!? 何をどう考えたらそうなるのかわけわかんない)

 驚いたメリッサが思わず木箱に目をやると口をぽかんと開けたハリーと目があった。

(俺がメイルーンを頼る? そんなのあり得ない!)



「ハリー? 何のことを言ってるのかさっぱり分からないけど、やるのかやらないのか⋯⋯『ワッツ公爵家の悪魔』の前に美味しそうな獲物が4人もいるのに諦めるわけはないよな?」

「ワッツ公爵家のなんだって?」

「御者って平民が死んだ時に逃げ出した奴の事?」

 素っ頓狂な声を上げたのはキングオブモブの座を奪い合っている気配のグルーヴとソーン。

「貴様ぁ⋯⋯」

「ワッツならここにいる全員をなぶり殺しにするくらいあっという間って事。だよな~」

「ならゲームの賞品は誰の物になるんだ? 山分けとかしたら良いんじゃないかと思うんだが⋯⋯それならなんとかなりそうな気が」

 安定の守銭奴ソーンは少しでも『損』を減らせる方法はないかと思案していたらしい。この場にそぐわない提案をしてきた。

「待て待て待て待て! 賞品は俺のものだしワッツが悪魔だろうが死神だろうがどうでもいい⋯⋯商会長とその娘をワッツが殺ってしまえば終わりだろ? んで、メイルーンがいつも通り『教会に楯突いた』とかなんとか言うんだろ?」

「俺の持ち出した経費を精算してくれるならそれもいいな。そこのイケメン達をワッツがお持ち帰りしたいならその分減額だからな! よし、ワッツ頼んだ!」

「マートン、俺の分もよろしくな~。服が汚れないように避けとくからチャチャっとすませて~ついでに平民殺しの証人も殺ってもらってから祝杯あげようぜ~」

 モブ三人衆の意見は一致したがメイルーンとワッツは睨み合ったままだった。

(この流れなら親父とメリッサをやってくれそうだぜ、その後勝ち逃げしてやる)



「ハリーも御者も俺は知らないと言うか興味もない。たかが平民殺しがバレたって揉み消せばいいだけだしハリーやセオドアの代わりはいくらでもいるからな」

 チラッと横目でエリオットを見たメイルーンがニヤリと笑った。

(ひぃぃぃ! 無理無理⋯⋯セオドアの代わりなんて絶対にしないしできるもんか!)

 確実に狙われているエリオットが冷や汗を垂らしながらメイルーンの視界からじわじわと遠ざかりはじめた。

「いつまでもひとりに固執するワッツと違って俺はよりどりみどりだからなぁ。宝箱を持ってるその男は俺の信者を殺れるくらいだから使えそうだし、ワッツとふたりならここにいる奴らを殲滅するくらい簡単だろ?」

 メイルーンがハリーを囲い込んでいると信じているワッツがソファから立ち上がった時にはダガーを手にしていた。

「何年もかけて調教してきたハリーは俺のもんだから最後の顔を見るまではゲームが終わらねえ。メイルーンにはハリーによく似たセオドアを与えてやったんだからそれで我慢してりゃ良かったのに、居場所を吐かないならメイルーンから殺ってやるぜ?」

 セオドアが自分の身代わりでメイルーンの元に送られたと知ったハリーが青ざめた。

(俺がピーター・ワッツに目をつけられたからセオドアがあんな事に? 両親の死もリリアナの怪我も俺のせい⋯⋯)

 放心状態になったハリーがフラフラと木箱の陰から出てきかけた時、メリッサの明るい声が響いた。



「えーっと、話がまとまった感じなら⋯⋯」

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