71 / 145
第四章 ご利用は計画的に
29.夢を掴む者と残される者
しおりを挟む
「そんな場所が欲しいとか、なんか裏があるんじゃないか。お前が大人しく木こりだの炭焼きだのする姿が想像できねえんだが?」
話の重大さに誰も気づいていないが、トールの言葉遣いが時折乱れて平民のようになるのはそれが素だからだろうか。
「そうよ! 今までは使用人に傅かれて優雅に暮らしていたのに、突然木こりになるなんて出来るわけがないじゃない! わたく⋯⋯家族や領民を捨てて自分勝手に野垂れ死ぬのがあなたの願いだとでも言うの!?」
「野垂れ⋯⋯それほど悪くない人生になりそうな気がしてるんですが⋯⋯貧乏暇なし、時々休憩⋯⋯みたいな」
破滅すると決めつけているジーニア達の言葉に苦笑いを浮かべたビリーの横で、招待客達が吹き出した。
「ビリーなら『時々休憩』とやらをやれるかもしれんぞ?」
「いつだったか⋯⋯農民達と一緒になって泥まみれになってたわね」
「ミミズを見つけて大泣きしたのは何歳の時だったかなぁ」
「ミミズって⋯⋯あれは3歳くらいだったんじゃないですかね。今ではミミズは非常に有益だと知ってますから、見つけたら感謝して土に戻していますよ。
それは兎も角として呑気な独身ですから、小さな畑を作って野兎を探して⋯⋯切った木で火を起こして『悠々自適』に暮らすのも悪くないかと。
有効利用できそうにない林なら隠遁生活には向いてそうですし、子爵家にとって資産価値なしと判定された場所なら遠慮せず譲渡を願い出られます。
それに近くにある小さな村に実験的にとうもろこしを植えていますが、それ以外にも有用な農作物が育たないか研究出来たらいいとか。まあ、取り敢えず生活には困らない気がすると言うのが本音ですが、私がどんな暮らしをするのかについては一切口を挟まないでいただきたいのです」
あくまでも『今は』無価値の林だから欲しがっても文句は言われないと思っているフリで話を続けた。のんびり暮らしたいのがビリーの最大の願いで、細々と隠遁生活を送れれば良いと思っている⋯⋯ビリーの話ぶりで誰もがそう信じ込んだ。
(悠々自適だなんて、ジーニア達に酷使され過ぎて疲れ果てたのかしら)
(子供の頃、学者になりたいと言っておったなぁ。あの頃の夢を思い出したのか?)
「ふーん、研究ねぇ。どうせ惨めな貧乏暮らしになるって分かりきってるのに、口を挟む気はないけどよぉ」
(父上でさえ開墾を諦めたんなら問題はないのかもな。法律を盾にしてもっと金になるものを欲しがられても面倒だしなぁ。でも、ビリーがいなくなったら領地に戻れって言われそうだし⋯⋯)
「⋯⋯雑木林の件については、母上が使えないって言ってんなら良いんじゃねえか? その代わり後からもっと寄越せとか別の物も欲しいとか言っても聞かんからな」
「勿論です。遺産相続についてはこれ以上望みません。ですが後ひとつ⋯⋯セルジオに領主代行の権限を与えて下さい。いずれにしてもセルジオは亡き父上の遺言で『永代において家令を命ずる』とされたパウエル家の当主ですから、このままラバント子爵家に仕えてくれるはずですが。
領民への連絡や商人達との折衝を『領主代行』がやってきましたから、突然いなくなれば不安になる人もいるかもしれませんが、家令として知られているセルジオが『領主代行』として顔を出せばトラブルは避けられるのではないかと思います。私も安心してここを出ていけますし。
その代わりに私は、価値なしと言われている雑木林以外には何も要求しないとお約束します」
ジーニアとトールは『ビリーは働いていない』といつも口にはするが、実際はビリー達の仕事内容など全く分かっていない。領主と領主代行と家令の違いなど考えた事もなく、権限の違いは法的責任を伴うと気付いていない。
(何年もの間守り続けた領地と領民を守る為に、セルジオの地位をより堅固にしておきたいんだ。兄上に任せたらあっという間に破産して、領民達が路頭に迷う事になるのは間違いない)
ヘイリーの突然死で引き継ぎもなく領主になったのは不運だったのかもしれないが、ヘイリーが存命の頃に嫡子としての勉強から逃げ続けていたトールの責任でもある。
長子が爵位を継ぐと法で決められている事に胡座をかき、棚ぼたを狙って遊び呆けていたトールに不安を感じていたヘイリーが、将来を託したのはセルジオだった。
『法改正がなされないうちに私にもしものことがあれば、子爵家はお前に頼む』
『トールが爵位を継いでも、ビリーは領地や領民を見捨てられないだろう。ジーニアとトールに利用されて一生を終わらせるわけにはいかんのだ。どうかビリーを守って欲しい』
領主代行であれば領主が不在の間、その権限を委任され領地全体の統治や管理を行う「代理人」的な役割を行える。領主がセルジオを正式な領主代行として認めてしまえば、働く気も考える頭もないトールを言いくるめることなど簡単に出来る。
(領主代行になれば家令としての立場よりも権限が強く広範囲になる。王都にいる兄上や前領主夫人である母上にも強く出られる)
「では、契約書の内容をご確認下さい。問題がなければ母上と兄上のサインをお願いします」
「ちょっと待って! もう契約書を作っているの!?」
「えぇぇ! もう契約書作ってんのかよ!」
「はい。兄上が王都に帰られる前にサインしていただきたいと思っていましたので」
「⋯⋯あの虫に毒があるって、ネイサンは知ってた?」
「いえ、ミリー様はご存知だったんじゃないですかね」
《 第四章 完 》
話の重大さに誰も気づいていないが、トールの言葉遣いが時折乱れて平民のようになるのはそれが素だからだろうか。
「そうよ! 今までは使用人に傅かれて優雅に暮らしていたのに、突然木こりになるなんて出来るわけがないじゃない! わたく⋯⋯家族や領民を捨てて自分勝手に野垂れ死ぬのがあなたの願いだとでも言うの!?」
「野垂れ⋯⋯それほど悪くない人生になりそうな気がしてるんですが⋯⋯貧乏暇なし、時々休憩⋯⋯みたいな」
破滅すると決めつけているジーニア達の言葉に苦笑いを浮かべたビリーの横で、招待客達が吹き出した。
「ビリーなら『時々休憩』とやらをやれるかもしれんぞ?」
「いつだったか⋯⋯農民達と一緒になって泥まみれになってたわね」
「ミミズを見つけて大泣きしたのは何歳の時だったかなぁ」
「ミミズって⋯⋯あれは3歳くらいだったんじゃないですかね。今ではミミズは非常に有益だと知ってますから、見つけたら感謝して土に戻していますよ。
それは兎も角として呑気な独身ですから、小さな畑を作って野兎を探して⋯⋯切った木で火を起こして『悠々自適』に暮らすのも悪くないかと。
有効利用できそうにない林なら隠遁生活には向いてそうですし、子爵家にとって資産価値なしと判定された場所なら遠慮せず譲渡を願い出られます。
それに近くにある小さな村に実験的にとうもろこしを植えていますが、それ以外にも有用な農作物が育たないか研究出来たらいいとか。まあ、取り敢えず生活には困らない気がすると言うのが本音ですが、私がどんな暮らしをするのかについては一切口を挟まないでいただきたいのです」
あくまでも『今は』無価値の林だから欲しがっても文句は言われないと思っているフリで話を続けた。のんびり暮らしたいのがビリーの最大の願いで、細々と隠遁生活を送れれば良いと思っている⋯⋯ビリーの話ぶりで誰もがそう信じ込んだ。
(悠々自適だなんて、ジーニア達に酷使され過ぎて疲れ果てたのかしら)
(子供の頃、学者になりたいと言っておったなぁ。あの頃の夢を思い出したのか?)
「ふーん、研究ねぇ。どうせ惨めな貧乏暮らしになるって分かりきってるのに、口を挟む気はないけどよぉ」
(父上でさえ開墾を諦めたんなら問題はないのかもな。法律を盾にしてもっと金になるものを欲しがられても面倒だしなぁ。でも、ビリーがいなくなったら領地に戻れって言われそうだし⋯⋯)
「⋯⋯雑木林の件については、母上が使えないって言ってんなら良いんじゃねえか? その代わり後からもっと寄越せとか別の物も欲しいとか言っても聞かんからな」
「勿論です。遺産相続についてはこれ以上望みません。ですが後ひとつ⋯⋯セルジオに領主代行の権限を与えて下さい。いずれにしてもセルジオは亡き父上の遺言で『永代において家令を命ずる』とされたパウエル家の当主ですから、このままラバント子爵家に仕えてくれるはずですが。
領民への連絡や商人達との折衝を『領主代行』がやってきましたから、突然いなくなれば不安になる人もいるかもしれませんが、家令として知られているセルジオが『領主代行』として顔を出せばトラブルは避けられるのではないかと思います。私も安心してここを出ていけますし。
その代わりに私は、価値なしと言われている雑木林以外には何も要求しないとお約束します」
ジーニアとトールは『ビリーは働いていない』といつも口にはするが、実際はビリー達の仕事内容など全く分かっていない。領主と領主代行と家令の違いなど考えた事もなく、権限の違いは法的責任を伴うと気付いていない。
(何年もの間守り続けた領地と領民を守る為に、セルジオの地位をより堅固にしておきたいんだ。兄上に任せたらあっという間に破産して、領民達が路頭に迷う事になるのは間違いない)
ヘイリーの突然死で引き継ぎもなく領主になったのは不運だったのかもしれないが、ヘイリーが存命の頃に嫡子としての勉強から逃げ続けていたトールの責任でもある。
長子が爵位を継ぐと法で決められている事に胡座をかき、棚ぼたを狙って遊び呆けていたトールに不安を感じていたヘイリーが、将来を託したのはセルジオだった。
『法改正がなされないうちに私にもしものことがあれば、子爵家はお前に頼む』
『トールが爵位を継いでも、ビリーは領地や領民を見捨てられないだろう。ジーニアとトールに利用されて一生を終わらせるわけにはいかんのだ。どうかビリーを守って欲しい』
領主代行であれば領主が不在の間、その権限を委任され領地全体の統治や管理を行う「代理人」的な役割を行える。領主がセルジオを正式な領主代行として認めてしまえば、働く気も考える頭もないトールを言いくるめることなど簡単に出来る。
(領主代行になれば家令としての立場よりも権限が強く広範囲になる。王都にいる兄上や前領主夫人である母上にも強く出られる)
「では、契約書の内容をご確認下さい。問題がなければ母上と兄上のサインをお願いします」
「ちょっと待って! もう契約書を作っているの!?」
「えぇぇ! もう契約書作ってんのかよ!」
「はい。兄上が王都に帰られる前にサインしていただきたいと思っていましたので」
「⋯⋯あの虫に毒があるって、ネイサンは知ってた?」
「いえ、ミリー様はご存知だったんじゃないですかね」
《 第四章 完 》
263
あなたにおすすめの小説
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる