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5.シェルバーン伯爵家のライラセンサー
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「ライラ! 泣いていいのよ!! まさかこんなことになるなんて」
戸惑うライラを抱きしめたミリアーナ・シェルバーン伯爵夫人の方が泣いている。
「ごめんね、この間からお母様はずっとこの調子なの」
ミリセントがポケットから出したハンカチを手渡した後、母親の手を引いて屋敷に向かった。居間のソファに腰掛けた後もミリアーナはライラを抱きしめ涙を流した。
「ハーヴィーほど素晴らしい子は見たことがないわ。勿論ジェラルドもとてもいい子よ。でも、分かるでしょう? ハーヴィーには違った良さがあって。しかもライラとあんなに仲が良かったのに⋯⋯。わたくしはミリセントとライラの子供達が一緒に遊ぶのを見るのを楽しみにしてたの」
滂沱の涙とはこういうことを言うのだなぁと冷静に考えていたライラだったが、ハーヴィーの為に泣く人を見たのが初めてだと気付いてショックを受けた。
(そう言えば私⋯⋯一度も泣いてない)
ハーヴィーの事は大好きだった。初めて会った時から心の深いところで繋がっているような安心感があって、婚約者で親友で同士で⋯⋯家族だった。
(恋愛感情がどんなものなのかよく分からないけど、ずっと一緒にいたいし一緒にいられるのが嬉しいって思ってた)
葬儀の時のぼんやりした記憶の中に、ビクトールは勿論の事ターンブリー侯爵夫妻が泣いていたイメージがない。
(たった一人の息子が亡くなったのに侯爵夫人が泣いてないわけないわよね)
「お母様、ライラと二人にしていただけませんか? そんなに泣いていたらライラがますます悲しくなってしまいますわ」
「そうね、本当にごめんなさい。わたくしが泣いたら戸惑ってしまうわよね。困った事があってもなくても⋯⋯いつでも相談してね」
「ありがとうございます。ミリセントにもミリアーナ様にも心から感謝しています。何かあったら遠慮なく相談させていただきますね」
ミリアーナが居間を出て行くと肩を落としたミリセントが頭を下げた。
「ごめん、お母様は今日は夕方までお出かけするって仰ってたの。ライラセンサーが発動したのね」
はぁっと溜息をついたミリセントは、ライラがシェルバーン伯爵家に遊びに来るのを察知する能力が年々強力になる母親に手を焼いている。
ミリセントは歳の離れた弟と両親の4人家族。未だに人目を憚らず手を繋いで歩く仲の良すぎる両親はミリセントや弟へのスキンシップも激しい。
『大切な家族とコミュニケーションを取りたいと思うのは普通でしょう』
親の愛情をお釣りが出るほどもらって育ったミリセントに比べ、一人っ子で両親とは一緒に食事をした事も殆どないライラ。誰かの悪口か金持ち自慢しか口にしない両親と顔を合わせるのは億劫なばかりで、たまに声をかけてきたと思ったら貴族令嬢として家の役にたてと言われるだけ。
数年前までは乳母のマーサがいてくれたし今はマーサの娘のサラが専属侍女として仕えてくれている。何よりノアがいれば十分だと思っていると話したのが拙かったらしい。その日ミリアーナの中にライラセンサーが生まれた。
『それは虐待っていうのよ。ひとりぼっちの食事が当たり前だなんて! わたくし達では不足だと思うけれど一緒に食事やおしゃべりをしましょうね』
顔を合わせるとハグされて頬を撫でられ、困った事はないかと聞かれるのはなんとも面映いが嬉しくもあり⋯⋯。
「気にかけていただいて感謝してる。ハグされるのも慣れてからは結構嬉しいし」
ミリセントと2人でお茶を楽しんだ後、会わなかった2ヶ月の間にあった事を聞いた。卒業式後のプロムはハーヴィーの計画通りで大盛況だった事や期末試験の結果が思ったより良かった事。
ライラが婚約破棄に向けてアレコレ調査している最中だと話すとミリセントが満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりビクトールとは婚約破棄するのね! あんな人にライラは勿体ないもの。2人が婚約させられたって聞いた時は頭に血が上りすぎて息が止まるかと思ったわ」
「ビクトールが婚約破棄だって騒いでも今のままじゃ上手くいかないと思うから準備中なの。多分だけど現状ではビクトールが何をしても廃嫡にさえならないと思うのよね」
「そうか⋯⋯他に兄弟いないものね」
「うちも私しかいないでしょう? ビクトールが何を言おうと無理矢理婚姻をさせて2人の子供に侯爵家を継がせるとか言い出すと思うの」
「ねえ、前から思ってたんだけどライラが家を出たらプリンストン侯爵家はどうするおつもりなのかしら」
「実はね、お父様には12歳と8歳の男の子の庶子がおられるの」
「じゃあ!!」
「お母様が怖いのか今のところ公にはしていないけど、お父様が王都の屋敷に連れてくる機会を狙ってるのは知ってるの」
2人の庶子は母親違いだが領地にある屋敷で一緒に育てられている。優秀な方に侯爵家を継がせると言われているので熱心に勉強するのは良い事だが足の引っ張り合いも酷いらしい。
プリンストン侯爵は王都に別の愛人を囲っており庶子達の母親には関心がないらしいが、息子が後継に選ばれれば寵愛も戻ってくるはずだと息巻いている。
「昔の愛人とその子供を同じ屋敷に住まわせてるだけでもあり得ないのに、後継に選ばれた方だけ籍に入れるって言ってるそうなの。残った方は親子共々追い出すっていうのよ、本当に悪趣味で吐き気がするわ」
「プリンストン侯爵らしいって言ったら気を悪くする?」
「いいえ、私も同じ事を思ってるもの。今はまだ何もできていないけど、出来るだけ早くあの子達の環境を変えてあげたいと思ってるの。毎日、資産家の後継になるか路頭に迷うかの二択を迫られる生活なんて心が壊れちゃうわ」
「成人だと言っても私達はまだ学生だもの。出来ることなんて限られてるわよねぇ」
この国は15歳で成人となる。ライラとハーヴィーは既に貿易会社の役員の一人になっていたがビクトールは素行の悪さが影響しているのか未だに役員にはなっていない。
「念には念を入れなきゃいけないから、各役員の家にビクトールの性格や普段の行動の噂を流すつもり。役員会の決議でビクトールをハーヴィーの後釜にされたら厄介だもの」
ターンブリー侯爵は一日も早くビクトールの役員就任を受け入れさせようと金をばら撒いているが、ビクトールの噂と一緒にターンブリー侯爵家の資金状況をほんの少しだけ追加してリークすれば当面は大丈夫だと踏んでいる。
「ビクトールを役員にしたら仕事もしていないのに報酬をもっと寄越せって会社に怒鳴り込んでくるし、ターンブリー侯爵家は散財しすぎて火の車ですよって」
「お母様にもお願いしてみようかしら。お茶会でその話が流れれば⋯⋯」
戸惑うライラを抱きしめたミリアーナ・シェルバーン伯爵夫人の方が泣いている。
「ごめんね、この間からお母様はずっとこの調子なの」
ミリセントがポケットから出したハンカチを手渡した後、母親の手を引いて屋敷に向かった。居間のソファに腰掛けた後もミリアーナはライラを抱きしめ涙を流した。
「ハーヴィーほど素晴らしい子は見たことがないわ。勿論ジェラルドもとてもいい子よ。でも、分かるでしょう? ハーヴィーには違った良さがあって。しかもライラとあんなに仲が良かったのに⋯⋯。わたくしはミリセントとライラの子供達が一緒に遊ぶのを見るのを楽しみにしてたの」
滂沱の涙とはこういうことを言うのだなぁと冷静に考えていたライラだったが、ハーヴィーの為に泣く人を見たのが初めてだと気付いてショックを受けた。
(そう言えば私⋯⋯一度も泣いてない)
ハーヴィーの事は大好きだった。初めて会った時から心の深いところで繋がっているような安心感があって、婚約者で親友で同士で⋯⋯家族だった。
(恋愛感情がどんなものなのかよく分からないけど、ずっと一緒にいたいし一緒にいられるのが嬉しいって思ってた)
葬儀の時のぼんやりした記憶の中に、ビクトールは勿論の事ターンブリー侯爵夫妻が泣いていたイメージがない。
(たった一人の息子が亡くなったのに侯爵夫人が泣いてないわけないわよね)
「お母様、ライラと二人にしていただけませんか? そんなに泣いていたらライラがますます悲しくなってしまいますわ」
「そうね、本当にごめんなさい。わたくしが泣いたら戸惑ってしまうわよね。困った事があってもなくても⋯⋯いつでも相談してね」
「ありがとうございます。ミリセントにもミリアーナ様にも心から感謝しています。何かあったら遠慮なく相談させていただきますね」
ミリアーナが居間を出て行くと肩を落としたミリセントが頭を下げた。
「ごめん、お母様は今日は夕方までお出かけするって仰ってたの。ライラセンサーが発動したのね」
はぁっと溜息をついたミリセントは、ライラがシェルバーン伯爵家に遊びに来るのを察知する能力が年々強力になる母親に手を焼いている。
ミリセントは歳の離れた弟と両親の4人家族。未だに人目を憚らず手を繋いで歩く仲の良すぎる両親はミリセントや弟へのスキンシップも激しい。
『大切な家族とコミュニケーションを取りたいと思うのは普通でしょう』
親の愛情をお釣りが出るほどもらって育ったミリセントに比べ、一人っ子で両親とは一緒に食事をした事も殆どないライラ。誰かの悪口か金持ち自慢しか口にしない両親と顔を合わせるのは億劫なばかりで、たまに声をかけてきたと思ったら貴族令嬢として家の役にたてと言われるだけ。
数年前までは乳母のマーサがいてくれたし今はマーサの娘のサラが専属侍女として仕えてくれている。何よりノアがいれば十分だと思っていると話したのが拙かったらしい。その日ミリアーナの中にライラセンサーが生まれた。
『それは虐待っていうのよ。ひとりぼっちの食事が当たり前だなんて! わたくし達では不足だと思うけれど一緒に食事やおしゃべりをしましょうね』
顔を合わせるとハグされて頬を撫でられ、困った事はないかと聞かれるのはなんとも面映いが嬉しくもあり⋯⋯。
「気にかけていただいて感謝してる。ハグされるのも慣れてからは結構嬉しいし」
ミリセントと2人でお茶を楽しんだ後、会わなかった2ヶ月の間にあった事を聞いた。卒業式後のプロムはハーヴィーの計画通りで大盛況だった事や期末試験の結果が思ったより良かった事。
ライラが婚約破棄に向けてアレコレ調査している最中だと話すとミリセントが満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりビクトールとは婚約破棄するのね! あんな人にライラは勿体ないもの。2人が婚約させられたって聞いた時は頭に血が上りすぎて息が止まるかと思ったわ」
「ビクトールが婚約破棄だって騒いでも今のままじゃ上手くいかないと思うから準備中なの。多分だけど現状ではビクトールが何をしても廃嫡にさえならないと思うのよね」
「そうか⋯⋯他に兄弟いないものね」
「うちも私しかいないでしょう? ビクトールが何を言おうと無理矢理婚姻をさせて2人の子供に侯爵家を継がせるとか言い出すと思うの」
「ねえ、前から思ってたんだけどライラが家を出たらプリンストン侯爵家はどうするおつもりなのかしら」
「実はね、お父様には12歳と8歳の男の子の庶子がおられるの」
「じゃあ!!」
「お母様が怖いのか今のところ公にはしていないけど、お父様が王都の屋敷に連れてくる機会を狙ってるのは知ってるの」
2人の庶子は母親違いだが領地にある屋敷で一緒に育てられている。優秀な方に侯爵家を継がせると言われているので熱心に勉強するのは良い事だが足の引っ張り合いも酷いらしい。
プリンストン侯爵は王都に別の愛人を囲っており庶子達の母親には関心がないらしいが、息子が後継に選ばれれば寵愛も戻ってくるはずだと息巻いている。
「昔の愛人とその子供を同じ屋敷に住まわせてるだけでもあり得ないのに、後継に選ばれた方だけ籍に入れるって言ってるそうなの。残った方は親子共々追い出すっていうのよ、本当に悪趣味で吐き気がするわ」
「プリンストン侯爵らしいって言ったら気を悪くする?」
「いいえ、私も同じ事を思ってるもの。今はまだ何もできていないけど、出来るだけ早くあの子達の環境を変えてあげたいと思ってるの。毎日、資産家の後継になるか路頭に迷うかの二択を迫られる生活なんて心が壊れちゃうわ」
「成人だと言っても私達はまだ学生だもの。出来ることなんて限られてるわよねぇ」
この国は15歳で成人となる。ライラとハーヴィーは既に貿易会社の役員の一人になっていたがビクトールは素行の悪さが影響しているのか未だに役員にはなっていない。
「念には念を入れなきゃいけないから、各役員の家にビクトールの性格や普段の行動の噂を流すつもり。役員会の決議でビクトールをハーヴィーの後釜にされたら厄介だもの」
ターンブリー侯爵は一日も早くビクトールの役員就任を受け入れさせようと金をばら撒いているが、ビクトールの噂と一緒にターンブリー侯爵家の資金状況をほんの少しだけ追加してリークすれば当面は大丈夫だと踏んでいる。
「ビクトールを役員にしたら仕事もしていないのに報酬をもっと寄越せって会社に怒鳴り込んでくるし、ターンブリー侯爵家は散財しすぎて火の車ですよって」
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