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29.ライラの憂鬱とビクトールの砂の城
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眠い目を擦りながら登校したライラは空席になっているミリセントの席を見つめて顔を曇らせた。
(ショックだったわよね。帰りに寄ってみようかな)
昨日、公爵邸にミリセントが遊びにきているとは思わなかったライラは自身の迂闊さにため息をついた。
(ミリセントとジェラルドが仲がいい事は知ってたんだから、ちょっと確認すれば良かった⋯⋯あんなやり方で知らせるつもりじゃなかったのに)
どんなやり方が良かったかと言われればわからないが、少なくとももう少しマシな方法があったのではないかと落ち込んでいたライラは午前中の授業が終わった事に気付かずにいた。
昼食に誘われたが食欲がないからと断って中庭に向かった。木枯らしが吹きはじめた校庭や庭にはほとんど人がおらずライラの今日の気分にはピッタリだった。
ノアは売店で食事を買ってくると言ったので待ち合わせした中庭奥のベンチへ向かった。
「⋯⋯て、言ってた」
「えー、でもそれってヤバくない?」
先客の声が聞こえてきたので足を止めたライラは踵を返したが⋯⋯。
「シエナ様って結構お年だから焦ってらっしゃるのかしら?」
「でも、それって『托卵』ってやつでしょう? ビクトール様ご存知なのかしら?」
(ん? シエナとビクトール?)
「一年生の中では有名よね。ほら、ロザンナ様がみんなに話しておられるから、いずれお耳に入ると思うわ」
「ロザンナ様のお兄様はシエナ様の取り巻きのナッシュ様よね。信憑性ありありじゃない」
足音を忍ばせてその場を後にしたライラが校舎の角を曲がった所でノアにぶつかった。
「きゃあ」
「お嬢様、俺です」
「ああ、吃驚したわ」
「俺の方こそ吃驚しました。スパイごっこですか?」
「そうだ! あっちに行きましょう」
聞いた話で頭がいっぱいのままノアの手を引いてコソコソと移動するライラは、彼の耳が赤くなっていることに気付いていなかった。
「ここなら大丈夫かしら」
手入れのされていない裏庭のベンチの上に溜まっていた落ち葉を払い、ハンカチを敷いてノアがライラに勧めた。
「どうぞ」
「ありがとう、ここは人が来ないのね」
「夏場は涼しくて良いんですが、この季節は日陰になっていて寒いですからね。で、何があったんですか?」
ノアは紙袋からパンを取り出して大きな口で齧り付いた。
「ねえ、『托卵』ってなに?」
「ゴフッ⋯⋯ゲフ⋯⋯ゴホッゴホッ⋯⋯」
「大丈夫? そんなに慌てなくてもまだ時間はたっぷりあるわ」
目を白黒させながら必死にパンを飲み込んだノアが聞いてきた。
「その、それってなんで知りたいんですか?」
「さっきの場所に先客がいたの。で、その方達が『シエナ様が托卵しようとしてる』って」
「つ、つまりその。えーっと、シエナ様は妊娠しておられて、それを秘密にしたまま別の男性と結婚するつもりだと言う事です」
「まあ、なんて事!」
「はい、なんて事です」
「ビクトールは知らないそうだから、お相手の方は取り巻きの誰かという事かしら」
「可能性は高いですね。元々いろんな方と噂のある方ですから」
「すごい事を考えるのね。もしそれが本当なら直ぐにでもビクトールと結婚しようってなってくれるかしら。そうなれば婚約破棄になってくれそうなんだけど」
「そうですね、その噂が本当ならシエナ様は一刻も早く安心できる立場が欲しいでしょう。ただ、彼が噂を聞くなり気付くなりしたら付き合いそのものが終わりますね」
「ビクトールが自分の子供だと信じるかどうかで変わるって事ね。もし信じたらこちらから婚約破棄宣言をしても良いわね」
ライラが聞いた話を簡単に説明するとノアが首を横に振った。
「噂を流すスピーカーがいるのなら、早い段階でバレるんじゃないかと思います。彼の取り巻きには一年生もいますから」
「そうか、それじゃあシエナ様は候補から外れちゃうわね」
「婚約破棄ってやっぱり必要なんですよね」
「ええ、アレをやった後婚約者なんだから助けろって言いそうだもの。そんな面倒を抱えるより、婚約破棄した直後にアレをやるのが一番だと思うわ」
ライラが言い方を誤魔化しているアレとは貿易会社の不正告発。ハーヴィーの集めた資料が手元に届いたので、一気に話が進められるかもしれないと期待していた。
告発した影響は両家ともに出る。
全ての罪を明らかにできれば両家とも破滅するのは間違いない。簡単な罪しか証明なかったとしたら被害が大きいのはターンブリー侯爵家で、ハーヴィーから聞いた話の様子では良くて借金まみれになり悪ければ領地も爵位も全てを失う。
(その時繋がりを残しておいては面倒だわ)
ハーヴィーは自身の資産を全て侯爵家とは関わりのない商会に投資したり取引のない他国の銀行に預けたりしていて、実家が破産しても影響がないように準備していた。
(もしハーヴィーが困るならいくらでも手助けするけど、ビクトールを助けるなんて絶対にお断りだもの)
ライラもハーヴィー同様に資産の保全は終わっている。
「いつになるかはビクトールの考え次第だなんてムカつくの。何か良い方法ないかしら⋯⋯」
「取り敢えず状況の確認に合わせて一年生の噂も調べてみます」
昼食後、教室に戻ろうとすると取り巻きを引き連れたビクトールが新しい恋人を腕に抱えて立ち塞がった。
(あら、シエナ様はどうなったのかしら?)
「お久しぶりです」
「ようやく貴様から挨拶するようになったか! 貴様に教えてやることがあるんだが⋯⋯知りたいか? あ?」
顎を上げて得意満面のビクトールは今日はなぜかとても機嫌がいい。
「どちらでも構いませんわ。お好きにどうぞ」
「ふふん、貴様が偉そうなのはあの会社の役員だからだろうが、その優位性は近いうちに崩れる。覚悟しておくんだな」
「どう言う意味でしょう? 役員になるかならないかは、役員会議で決まりますの。そこで否決されたら役員にはなれませんが?」
「だからお前は馬鹿なんだ。しっかり悩め。まあ、教えて欲しければ土下座の一つでもすれば考えてやらんこともないがな」
自分だけが楽しめるくだらないギャグにゲラゲラと笑いながら去っていくビクトールの後を、ニヤニヤ笑いを浮かべた取り巻き達がついていく。
「ノア、つく方を間違えたらしいぜ」
「俺達は勝ち組だからなあ」
「這いつくばるライラ様はさぞ見ものだろうな」
「ビクトール様ぁ、ジェシカ今日行きたいとこがあるの」
「おー、どこでも連れてってやるぜ。俺様はなんでもありだからな。欲しいものがあればなんでも買ってやる」
ビクトールのわざとらしい『はっはっは』という笑い声が遠くなっていく。
「最低⋯⋯でも、なんの事かしら。ノア、わかる?」
「いえ、でも。すごく嫌な予感がします」
「同感よ」
(ショックだったわよね。帰りに寄ってみようかな)
昨日、公爵邸にミリセントが遊びにきているとは思わなかったライラは自身の迂闊さにため息をついた。
(ミリセントとジェラルドが仲がいい事は知ってたんだから、ちょっと確認すれば良かった⋯⋯あんなやり方で知らせるつもりじゃなかったのに)
どんなやり方が良かったかと言われればわからないが、少なくとももう少しマシな方法があったのではないかと落ち込んでいたライラは午前中の授業が終わった事に気付かずにいた。
昼食に誘われたが食欲がないからと断って中庭に向かった。木枯らしが吹きはじめた校庭や庭にはほとんど人がおらずライラの今日の気分にはピッタリだった。
ノアは売店で食事を買ってくると言ったので待ち合わせした中庭奥のベンチへ向かった。
「⋯⋯て、言ってた」
「えー、でもそれってヤバくない?」
先客の声が聞こえてきたので足を止めたライラは踵を返したが⋯⋯。
「シエナ様って結構お年だから焦ってらっしゃるのかしら?」
「でも、それって『托卵』ってやつでしょう? ビクトール様ご存知なのかしら?」
(ん? シエナとビクトール?)
「一年生の中では有名よね。ほら、ロザンナ様がみんなに話しておられるから、いずれお耳に入ると思うわ」
「ロザンナ様のお兄様はシエナ様の取り巻きのナッシュ様よね。信憑性ありありじゃない」
足音を忍ばせてその場を後にしたライラが校舎の角を曲がった所でノアにぶつかった。
「きゃあ」
「お嬢様、俺です」
「ああ、吃驚したわ」
「俺の方こそ吃驚しました。スパイごっこですか?」
「そうだ! あっちに行きましょう」
聞いた話で頭がいっぱいのままノアの手を引いてコソコソと移動するライラは、彼の耳が赤くなっていることに気付いていなかった。
「ここなら大丈夫かしら」
手入れのされていない裏庭のベンチの上に溜まっていた落ち葉を払い、ハンカチを敷いてノアがライラに勧めた。
「どうぞ」
「ありがとう、ここは人が来ないのね」
「夏場は涼しくて良いんですが、この季節は日陰になっていて寒いですからね。で、何があったんですか?」
ノアは紙袋からパンを取り出して大きな口で齧り付いた。
「ねえ、『托卵』ってなに?」
「ゴフッ⋯⋯ゲフ⋯⋯ゴホッゴホッ⋯⋯」
「大丈夫? そんなに慌てなくてもまだ時間はたっぷりあるわ」
目を白黒させながら必死にパンを飲み込んだノアが聞いてきた。
「その、それってなんで知りたいんですか?」
「さっきの場所に先客がいたの。で、その方達が『シエナ様が托卵しようとしてる』って」
「つ、つまりその。えーっと、シエナ様は妊娠しておられて、それを秘密にしたまま別の男性と結婚するつもりだと言う事です」
「まあ、なんて事!」
「はい、なんて事です」
「ビクトールは知らないそうだから、お相手の方は取り巻きの誰かという事かしら」
「可能性は高いですね。元々いろんな方と噂のある方ですから」
「すごい事を考えるのね。もしそれが本当なら直ぐにでもビクトールと結婚しようってなってくれるかしら。そうなれば婚約破棄になってくれそうなんだけど」
「そうですね、その噂が本当ならシエナ様は一刻も早く安心できる立場が欲しいでしょう。ただ、彼が噂を聞くなり気付くなりしたら付き合いそのものが終わりますね」
「ビクトールが自分の子供だと信じるかどうかで変わるって事ね。もし信じたらこちらから婚約破棄宣言をしても良いわね」
ライラが聞いた話を簡単に説明するとノアが首を横に振った。
「噂を流すスピーカーがいるのなら、早い段階でバレるんじゃないかと思います。彼の取り巻きには一年生もいますから」
「そうか、それじゃあシエナ様は候補から外れちゃうわね」
「婚約破棄ってやっぱり必要なんですよね」
「ええ、アレをやった後婚約者なんだから助けろって言いそうだもの。そんな面倒を抱えるより、婚約破棄した直後にアレをやるのが一番だと思うわ」
ライラが言い方を誤魔化しているアレとは貿易会社の不正告発。ハーヴィーの集めた資料が手元に届いたので、一気に話が進められるかもしれないと期待していた。
告発した影響は両家ともに出る。
全ての罪を明らかにできれば両家とも破滅するのは間違いない。簡単な罪しか証明なかったとしたら被害が大きいのはターンブリー侯爵家で、ハーヴィーから聞いた話の様子では良くて借金まみれになり悪ければ領地も爵位も全てを失う。
(その時繋がりを残しておいては面倒だわ)
ハーヴィーは自身の資産を全て侯爵家とは関わりのない商会に投資したり取引のない他国の銀行に預けたりしていて、実家が破産しても影響がないように準備していた。
(もしハーヴィーが困るならいくらでも手助けするけど、ビクトールを助けるなんて絶対にお断りだもの)
ライラもハーヴィー同様に資産の保全は終わっている。
「いつになるかはビクトールの考え次第だなんてムカつくの。何か良い方法ないかしら⋯⋯」
「取り敢えず状況の確認に合わせて一年生の噂も調べてみます」
昼食後、教室に戻ろうとすると取り巻きを引き連れたビクトールが新しい恋人を腕に抱えて立ち塞がった。
(あら、シエナ様はどうなったのかしら?)
「お久しぶりです」
「ようやく貴様から挨拶するようになったか! 貴様に教えてやることがあるんだが⋯⋯知りたいか? あ?」
顎を上げて得意満面のビクトールは今日はなぜかとても機嫌がいい。
「どちらでも構いませんわ。お好きにどうぞ」
「ふふん、貴様が偉そうなのはあの会社の役員だからだろうが、その優位性は近いうちに崩れる。覚悟しておくんだな」
「どう言う意味でしょう? 役員になるかならないかは、役員会議で決まりますの。そこで否決されたら役員にはなれませんが?」
「だからお前は馬鹿なんだ。しっかり悩め。まあ、教えて欲しければ土下座の一つでもすれば考えてやらんこともないがな」
自分だけが楽しめるくだらないギャグにゲラゲラと笑いながら去っていくビクトールの後を、ニヤニヤ笑いを浮かべた取り巻き達がついていく。
「ノア、つく方を間違えたらしいぜ」
「俺達は勝ち組だからなあ」
「這いつくばるライラ様はさぞ見ものだろうな」
「ビクトール様ぁ、ジェシカ今日行きたいとこがあるの」
「おー、どこでも連れてってやるぜ。俺様はなんでもありだからな。欲しいものがあればなんでも買ってやる」
ビクトールのわざとらしい『はっはっは』という笑い声が遠くなっていく。
「最低⋯⋯でも、なんの事かしら。ノア、わかる?」
「いえ、でも。すごく嫌な予感がします」
「同感よ」
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