1 / 14
プロローグ
しおりを挟む
「これは?」
商会役員のクロエ・ピーターソンが、広がった布を眺めながら訝しげな顔をしている。
「捺染布って言って、染料を溶かした色糊で布に模様を描いて作る布なの。漸く見つけたわ。
豊富な色で模様を描けるからバリエーションも増やせるし、今までより安くて軽いドレスが作れると思うの」
「シエナ、新しい事業を立ち上げるの?」
「ええ、商会を作るわ!」
「わあ⋯⋯つまり、とうとう始めるってこと?
一体いつまでこの状況を続けるのかと正直呆れてたの」
「知ってる。でも、あの人達にこれ以上食い物にされない為の方法を、ずっと探してたの。だって、離婚しただけでは駄目なんだもの」
シエナは捺染布をたたみ直しながら、にっこりと微笑んだ。
ファスチアン織りで財を成したウォーカー商会は、三年前からシエナ・ウォーカー・キャンベルが五代目商会長を務めている。
ファスチアン織りとは、麻と綿で織られたオリーブ色や鉛色の暗い色合いの織物で、寒冷地の男性用の外套やジャケット・フロックコートなどに使われていた。
ファスチアン織りが下火になり始めた頃、ウォーカー商会はかなり危機的状況に陥った。
そこでシエナの父は、ベルベットを使った紳士用の服飾を扱う店として、仕立屋・ベルト細工師・絹刺繍工など様々な職種の職人と提携を結び、貴族や成金相手のウエストコートなどの製造販売へ方向転換を行なった。
今では、ベルベットの品質や仕立ての確かさ、ウエストコートなどに施されている刺繍の美しさから、王都でも指折りの商会にのし上がっている。
刺繍の図案を作っているのはシエナ。クロエの担当はベルベットの品質管理。
シエナの父が事業の方向転換を始めた二年目、資金繰りが悪化した⋯⋯突然銀行が融資の差し止めを言い渡して来たのだ。
その時、手を差し伸べて来たのがキャンベル伯爵家で、銀行への保証と引き換えに幾つかの契約を交わし、ウォーカー商会は窮地を免れたのだが⋯⋯。
その時の契約の一つが、当時八歳だったシエナと十二歳のキャンベル伯爵家三男オスカーとの婚姻だった。
婚約式も結婚式も代理人が間に入って行われ、結婚後十二年経った今もシエナはオスカーと会った事がない。
『道ですれ違っても誰だか分からない結婚なんて聞いた事ないわ』
クロエからいつも揶揄われているが、シエナにしてみれば、今更現れてくれた方が困ると思っている。
キャンベル伯爵家がシエナとオリバーの結婚以外に出してきたもう一つの条件は、ウォーカー商会の売り上げを折半する事。
シエナとオリバーが離婚した場合には、ウォーカー商会の権利はオリバーの物となると言う理不尽なものだった。
(だから、このままでは離婚できない。何もしないで甘い汁を吸ってるだけの奴らに、商会や商会員を渡すなんて許せないもの!)
「商会が倒産したら沢山の人が生活に困るからって、いくらなんでもとんでもない契約を結んだものよね」
「ううん、結んだんじゃないのよ。父さんは無理矢理契約を結ばされたの。だから、このままでなんて絶対に終わらせてやらないわ」
商会役員のクロエ・ピーターソンが、広がった布を眺めながら訝しげな顔をしている。
「捺染布って言って、染料を溶かした色糊で布に模様を描いて作る布なの。漸く見つけたわ。
豊富な色で模様を描けるからバリエーションも増やせるし、今までより安くて軽いドレスが作れると思うの」
「シエナ、新しい事業を立ち上げるの?」
「ええ、商会を作るわ!」
「わあ⋯⋯つまり、とうとう始めるってこと?
一体いつまでこの状況を続けるのかと正直呆れてたの」
「知ってる。でも、あの人達にこれ以上食い物にされない為の方法を、ずっと探してたの。だって、離婚しただけでは駄目なんだもの」
シエナは捺染布をたたみ直しながら、にっこりと微笑んだ。
ファスチアン織りで財を成したウォーカー商会は、三年前からシエナ・ウォーカー・キャンベルが五代目商会長を務めている。
ファスチアン織りとは、麻と綿で織られたオリーブ色や鉛色の暗い色合いの織物で、寒冷地の男性用の外套やジャケット・フロックコートなどに使われていた。
ファスチアン織りが下火になり始めた頃、ウォーカー商会はかなり危機的状況に陥った。
そこでシエナの父は、ベルベットを使った紳士用の服飾を扱う店として、仕立屋・ベルト細工師・絹刺繍工など様々な職種の職人と提携を結び、貴族や成金相手のウエストコートなどの製造販売へ方向転換を行なった。
今では、ベルベットの品質や仕立ての確かさ、ウエストコートなどに施されている刺繍の美しさから、王都でも指折りの商会にのし上がっている。
刺繍の図案を作っているのはシエナ。クロエの担当はベルベットの品質管理。
シエナの父が事業の方向転換を始めた二年目、資金繰りが悪化した⋯⋯突然銀行が融資の差し止めを言い渡して来たのだ。
その時、手を差し伸べて来たのがキャンベル伯爵家で、銀行への保証と引き換えに幾つかの契約を交わし、ウォーカー商会は窮地を免れたのだが⋯⋯。
その時の契約の一つが、当時八歳だったシエナと十二歳のキャンベル伯爵家三男オスカーとの婚姻だった。
婚約式も結婚式も代理人が間に入って行われ、結婚後十二年経った今もシエナはオスカーと会った事がない。
『道ですれ違っても誰だか分からない結婚なんて聞いた事ないわ』
クロエからいつも揶揄われているが、シエナにしてみれば、今更現れてくれた方が困ると思っている。
キャンベル伯爵家がシエナとオリバーの結婚以外に出してきたもう一つの条件は、ウォーカー商会の売り上げを折半する事。
シエナとオリバーが離婚した場合には、ウォーカー商会の権利はオリバーの物となると言う理不尽なものだった。
(だから、このままでは離婚できない。何もしないで甘い汁を吸ってるだけの奴らに、商会や商会員を渡すなんて許せないもの!)
「商会が倒産したら沢山の人が生活に困るからって、いくらなんでもとんでもない契約を結んだものよね」
「ううん、結んだんじゃないのよ。父さんは無理矢理契約を結ばされたの。だから、このままでなんて絶対に終わらせてやらないわ」
778
あなたにおすすめの小説
わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。
朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」
テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。
「誰と誰の婚約ですって?」
「俺と!お前のだよ!!」
怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。
「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」
【完結済】結婚式の翌日、私はこの結婚が白い結婚であることを知りました。
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
共に伯爵家の令嬢と令息であるアミカとミッチェルは幸せな結婚式を挙げた。ところがその夜ミッチェルの体調が悪くなり、二人は別々の寝室で休むことに。
その翌日、アミカは偶然街でミッチェルと自分の友人であるポーラの不貞の事実を知ってしまう。激しく落胆するアミカだったが、侯爵令息のマキシミリアーノの助けを借りながら二人の不貞の証拠を押さえ、こちらの有責にされないように離婚にこぎつけようとする。
ところが、これは白い結婚だと不貞の相手であるポーラに言っていたはずなのに、日が経つごとにミッチェルの様子が徐々におかしくなってきて───
短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした
朝陽千早
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。
子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。
だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。
――私は静かに調べた。
夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。
嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
6年前の私へ~その6年は無駄になる~
夏見颯一
恋愛
モルディス侯爵家に嫁いだウィニアは帰ってこない夫・フォレートを待っていた。6年も経ってからようやく帰ってきたフォレートは、妻と子供を連れていた。
テンプレものです。テンプレから脱却はしておりません。
白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかパーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした
今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。
二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。
しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。
元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。
そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。
が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。
このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。
※ざまぁというよりは改心系です。
※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる