【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ

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「カーテンを閉めてくれるかしら?」

 三月になったばかりの今日、初めて足を踏み入れたこの部屋は、今まで窓が開いていたのかと思うほど冷え切っていた。

 パーティーで着ていたドレスを脱がされ、浴室に押し込められた時よりも寒く感じる。

(夜着一枚羽織っただけだから⋯⋯髪もまだ乾いてないし)

 せめて何かないかと部屋を見回したが、ここにはクローゼットさえなく⋯⋯勿論、暖炉など見当たらない。

(朝ここに連れてこられた時は『支度用の部屋』だと思っていたけど、ここが王妃の部屋なのね。侍女達の態度も侯爵家の使用人達と似ていて⋯⋯結局何も変わらない)

 狭くて埃っぽい部屋にあるのは⋯⋯鏡がひび割れたドレッサー、天板に落書きがされた机と斜めに傾いだ椅子、表地が破れたソファ。

 廃棄物と見紛う家具だらけの部屋の隅に、エレーナの持ってきたトランクがポツンと置かれていた。

(他の荷物は、売り払われてるかも)



「寒いなら、さっさとベッドへ入ってくださいな」

「ほらぁ、早くぅ」

 エレーナを急かすのは、今日から専属の侍女になったサビナとタニア。強く背中を押されたエレーナは、慌ててベッドへ向かって歩きだした。

 ひんやりとしたシーツを持ち上げベッドに上がると、ギシギシと不安を掻き立てる嫌な音が聞こえ、エレーナの気分をますます滅入らせる。

 完全なる政略結婚⋯⋯エレーナは、政務を肩代わりし持参金を運んでくる便利な奴隷で、自堕落で傲慢な王と国家が、エレーナを人間だと認めていないのは知っていた。

 エレーナの人生は暴言と暴力で埋め尽くされ、逃げ出す暇さえ与えられずここにいる。



 ベッドを囲むカーテンを閉められると、ベッドの周りは真の暗闇に包まれ、サビナ達が部屋を片付けながら文句を言っている声が聞こえてきた。

「ほんと、貧乏くじだわ!」

「あーもー、辞めようかなあ。王妃付きだなんて、恥ずかしくって人に言えないよぉ!」

(真っ暗なのは少し苦手⋯⋯この後、陛下は本当にいらっしゃるのかしら?)

 正直に言えば来て欲しくない。このまま白い結婚になってくれれば、いつか逃げ出せるかも⋯⋯。

 夢が叶った事など一度もない⋯⋯夢を見る余裕すらなく生きてきたエレーナは、ベッドの下で身体を小さく丸めた。




 ビルワーツ侯爵家令嬢のエレーナは、学園卒業と同時にエドワード王太子と結婚する予定だった。

 最終学年に上がって半年経った頃、国王夫妻が旅行中に事故に遭い死亡。エレーナとの結婚式を繰り上げ、エドワード王太子の戴冠式と同時に行うことに決まった。

 戴冠式の後に成婚の儀を行い、パレードの後に祝賀パーティーを行うと決めたのはエドワード王太子だが⋯⋯。

『別の日にやるなど、経費の無駄無駄』

『戴冠式を優先せよ。あんな女との成婚の儀など取り止めても構わん!』

『成婚の儀に金を使うなどあり得ん! 署名だけで済ませる方法を探してこい』

 税収は右肩下がりで国庫は底をつき、呆然とする議員達の前で堂々と宣言したエドワード王太子に、反論する者はいなかった。

 前倒しで届けさせた持参金は、不足している予算とエドワードの遊興費に使い込み全く残っていない。議員達も⋯⋯。

『ビルワーツとの婚姻だから、書類への署名だけで良いかもしれんな』

 この国では『ビルワーツ』は蛇蝎の如く嫌われている。



 新国王となるエドワードの為に、国王の執務室や自室は改装され、衣装や専用の馬車まで一新されたが、王妃の部屋は手付かずのまま使用不可だと言う。

『母上の部屋をあの女に使わせるなど絶対に許さん』

『奴の執務室の隣に控えの間があったはず。そこで構わん、どうせ政務以外には役に立たんのだからな』

 官僚達はエドワードの暴挙に眉を顰めるどころか⋯⋯。

『ビルワーツだから別にいいだろ? 文句があるなら追加で金を持って来いってな』



 成婚の日まで、王都のアパートから学園と王宮へ日参していたエレーナは、成婚後の暮らしに夢も希望も抱いていなかった。

(多分なんとかなるわ⋯⋯こんなに早く戴冠する事になってしまったから、混乱がおさまるには時間がかかるもの。
政務が増える一方で⋯⋯今は仕事を終わらせる事が優先)

 多くは望まないと決めていたエレーナだったが⋯⋯。

『ウェディングドレスくらい準備してこい。貴様は祝賀パーティーに出る必要はないからな』

 王妃として祝賀パーティーに出席するのだと思っていたエレーナは、エドワード王太子の言葉に目を伏せて一言呟いた。

『⋯⋯殿下の仰せのままに』





 晴れ渡った初春の空に祝砲が打ち鳴らされ、王宮の大広間では大司教による戴冠式が行われた。

 承認・宣誓・塗油・叙位・戴冠に続き、上級王族が新国王に対して忠誠を誓う。

 レガリアを戴冠し玉座に座ったエドワード新国王が、時間を忘れて列席の貴族たちの祝辞を受けている後ろから侍従長が声をかけた。

『陛下⋯⋯そろそろ神殿に移動を。大司教がお待ちです』

『煩いぞ! 余の邪魔をするでない』

(漸く玉座に上り詰めた。これからは俺様の時代だ!!)

 いつまでもお気に入りの貴族達と話を続けていたエドワード国王は、侍従長を睨みつけた。



 その頃、神殿では⋯⋯。

 神殿の控室で準備を済ませたエレーナは、成婚の儀がはじまるのをひたすら待ち続けていた。

 1年かけて準備する予定だったウェディングドレスは、結婚が前倒しになった事で取りやめるしかなく、サイズを直した既製品だが、レースで肩を上品に包み込んだAラインで、銀糸の刺繍が散りばめてある。

 刺繍が施されたたベールも既製品だが⋯⋯。

(もしも娘ができたら⋯⋯その子には幸せな結婚を願って、わたくしが刺した刺繍入りの真新しいベールをプレゼントするわ)

 ロングスリーブのグローブは『指輪など不要だ』と公言したエドワード王太子への当てつけ⋯⋯ではないが、指輪の交換には向いていない。そしてフリージアのブーケ。

 着付けを終えたメイド達は既に部屋にいない。ひとりぽつんと残されたエレーナが緊張と不安から席を立ち、窓から外を覗いてみると、警備している近衛兵達が悪態をついているのが聞こえてくる。

『陛下はまだか!? このままではパレードの時間に食い込んでしまうぞ』

『そんなに嫌なら結婚しなきゃいいのになあ』

『王家にはビルワーツ侯爵家の金が必要なんだから、陛下には我慢してもらわないと』

『もうちょっと美人だったら、陛下もその気になるんじゃないか?』

 不敬だぞと咎める声にも嘲るような気配が感じられ、エレーナはそっと窓から離れた。

(政略だし、こんな見た目だから欲張ったりしないわ⋯⋯真摯に政務に努めていればいつか⋯⋯いつか穏やかな関係になるかも)



 時間が足りないせいで大幅に簡略化した成婚の儀は、バージンロードを急ぎ足で歩き、大司教の前でUターンして終わったに近い。宣誓の言葉も、エドワードの『時間の無駄だ』の一言で終わってしまったから。

 そのまま慌ただしく馬車に押し込まれて王都を巡るパレードがあり、休憩をするどころか喉を潤すお茶もないまま、祝賀パーティーの準備がはじめられた。

 エドワードは難色を示したが、大臣達の説得で急遽参加が決まったパーティーへの参加。

『結婚したばかりの王妃が祝賀パーティーに不参加なのはマズいです!』

 エレーナが持参したドレスはエドワード国王の目の色⋯⋯深海のようなディープブルー。絹タフタのボディスとアンダースカートの上に、オーバースカートを重ねた最新流行のクリノリンスタイル。

 アクセサリーは、ビルワーツ侯爵領で産出されたエメラルドで揃えている。

『流石はビルワーツ侯爵家ですわねえ。美しい方にはお似合いですわ』

『本当に! 贅を尽くしたとは、まさにこのドレスやアクセサリーの事を言うのでしょうね』

 褒めているのか嫌味なのか⋯⋯微妙なラインを狙って賑やかに準備を進めるメイド達は、『あ、申し訳ありません』と言いながら、時々ピンを刺したり強く髪を引っ張ったり。

(王宮の使用人は侯爵家のメイドと同レベルね)



 時間通りに祝賀パーティーが始まったが、ファーストダンスも踊らずにエレーナを放置し、友人達と楽しげに歓談するエドワード国王。

 今日何度目か数え切れない溜め息を押し殺しながら、淑女の笑みを浮かべて他国からの賓客をもてなしてパーティーが終わった。






 慌しかった今日1日を思い出していると、部屋のドアが開かれた大きな音が聞こえ、エレーナはビクッと身体を硬くしてしまった。

「準備は?」

「はい、陛下のご指示通りに」

 少し疲れた陛下の声と別人のようなサビナの柔らかな声が聞こえ、ベッドを囲んでいるカーテンが開かれた。

 無言のままで上掛けを足元から捲ったエドワードが、エレーナの足首を掴み⋯⋯硬直したエレーナはほんの数分、痛みに耐えて⋯⋯。

 何が起きたのかも分からないうちに、エレーナの上から起き上がったエドワードが、ブリーチズのボタンを留めながら言い放った。

「貴様はこれで、白い結婚だと騒ぐこともできん。俺の望む通りに金を運び、政務をするなら生かしておいてやる。
それ以外には、貴様のような醜い女に用はない」



 エドワードが部屋を出て行くと、呆然とするエレーナの元に甘い香水の香りだけが残っていた。

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